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3-9

 

 午後の散歩を済ませ、テオを連れて子供部屋に戻るとお茶の時間になっている。


「ねぇ、ジュストのおにいちゃま今度は何時動物園連れていってくれるの? 」


 まだ遊びたかったせいで、日の沈む前に子供部屋に押し込められたことが不服なテオが口を尖らせる。


「ん~ 何時だろ? 

 エジェね、お仕事がすっごく忙しいんだって」


 適当にはぐらかしながらわたしの胸が痛んだ。


 もう、二度とエジェと一緒にテオを連れて動物園になんていけない。

 けど、正直に言ったところでテオにはわかんないし。

 申し訳ないけどいい加減なこと言っておくしかない。


「じゃ、テオ着替えていてね」


 言いつけて隣の部屋に戻る。


 テオはすっかり自分で着替えることを憶えてくれた。

 おかげで大助かり。

 今までは散歩から帰っても自分のドレスは着替えるどころか、軽く埃を払うのが精一杯だったんだけど。


「お嬢様、お荷物が届いていますよ」


 ドレスのボタンを留めていると、わたしの帰りを待っていたかのようにドアがノックされステラが小包を抱えて入ってきた。


「なぁに? 」


 その包みを目に首を傾げる。


 贈り物なんて久しぶりなんだけど。

 誰からだろう? 

 

「もしかして、エジェから? 」


 わたしは期待を胸に振り返る。


「残念ながら、違いますよ」


 言いながらステラは小包をわたしに差し出す。


「そう…… 」


 わたしはあからさまに大きなため息をついて肩を落とした。

 

 正直、あの日からずっとエジェの帰国を待っている。

 我が家側からの一方的な婚約破棄の知らせを聞いて直ぐにでも帰ってきてくれるんじゃないかって、期待してた。

 だけど、エジェは帰国する様子もなくて、それどころか手紙一通届かない。

 


「……向こうも、年寄りの酒の上での冗談に付き合わなくて済んでほっとしているんじゃないのか? 」


 毎晩ベッドに入ると必ずあの時のお兄様の言葉が脳裏に蘇る。

 

 エジェ、本当にそうなの? 

 だから手紙一通くれないの? 

 だったら、エジェはどうしてわたしを抱いてくれたんだろう。

 あんなに優しく甘やかに。

 単なる冷やかしや、気ばらしじゃないよ、ね? 

 

 何度となく側に居ないエジェに問い掛けてみる。

 本当はエジェから直接その言葉を聞きたいのに…… 

 もしかして、一方的に婚約破棄したから怒っている? 


 お兄様のことだもの、婚約破棄はわたしが望んでのことだと、言ったかもしれない。


 それで何も言ってくれないの? 

 一度でいい、もう一度、エジェの顔が見たい。

 あって、この話はわたしの意思じゃないことだけは、どうしても伝えたい。

 例え、もう二度とエジェが口を利いてくれなくなっても、それだけは…… 

 


「お嬢様? どうかなさいました? 」


 不意に黙り込んでしまったわたしの様子を心配するようにステラが訊いてくる。


「ううん、なんでもない。

 贈り物なんて久しぶりだから、誰かなって」


 慌てて言いながら荷札をとる。

 荷札に目を向けると懐かしい名前が飛び込んできた。


「マレナ・ロメリ…… 

 ばあやから! 」


 思わず目を見開く。


「どなたなんですか? 」


 ステラが訊いてくる。


「お母様の乳母だった人よ。

 この家にお母様がお嫁に来た時にも一緒に来て、お母様のレディ・メイドをしてくれていた人! 」


 言いながら包みを開ける。


 淡いブルーの編地の上に一通の封書が添えられている。


「わたしも可愛がってもらったんだけど、お母様が亡くなると直ぐに辞めてしまったの」


 はしゃぎながら封を開ける。


「ああ、それで…… 」


 ステラが納得したように頷いた。


「何? 」


「いえ、お嬢様に似合う色をわかっていらっしゃる方だなって」


 箱の中を見つめていう。


 手にとると手編みの大ぶりのショールだ。

 肩に掛けるとふわりと軽いのに暖かい。


「良くお似合いですよ」


 ステラがふわりと笑う。


「あ、そうだ。こんなことしている場合じゃ…… 」


 何かを思い出したようにステラは呟く。


「お嬢さん、申し訳ないんですが今夜のお食事、少し早めにお茶と一緒でいいですか? 

 厨房の手が足りなくて…… 」


「早い分には構わないわよ。

 遅くなるとテオ待ちきれなくて寝ちゃうから」


 きっとメイドか誰かお休みでもとっているんだと思う。

 でもって、そう言うときに限って普段夕食はほとんど家で食べないお兄様が居たり、うっかりすると予定のないお客様が来たりなんかしてバックヤードはおおわらわ。

 そんなもの。


「じゃ、そうさせてください。

 もう少ししたらお持ちしますね」


 あわただしくステラは降りてゆく。


 その背中を目に、わたしは荷物に添えられていた手紙の封を切る。

 


―お嬢ちゃま、ご結婚おめでとうございますー

 

 手紙はそんな書き出しで始まっていた。


 マレナは子供の頃お嬢様って呼んでいたお母様と区別して、わたしのことはお嬢ちゃまって呼んでた。


 懐かしい記憶。

 

 手紙は昔の思い出と、式に出られない代わりにせめてお祝いの品を…… 

 

 そんな文章が綴られていた。

 優しくて、少し厳しくて、だいすきだったマレナばあや。


 ここを辞めてからも時々思い出していたけど、今どうしているのかな? 


 なんとなく会いたくなった。


 でもきっとばあやはわたしの顔を見るのは辛いんだよね。

 お母様と同じ髪色のお母様と同じ瞳がお母様を思い出すから。

 だからお母様が亡くなるのと一緒にこの家を出てしまったんだってきいてる。

 

「お嬢様、お食事をお持ちしました」


 ステラが隣の部屋から声をかけてきた。



 

 


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