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「それで、今日のお話は? 」
メイドがお茶を運んできたのを切りに、わたしは家令さんの座っていたソファの対面に腰を降ろした。
「本日はお式を挙げる神殿の手配が済んだことをご報告に上がりました。
式次第はこちらです」
家令さんは一通の書類をわたしの目の前に差し出した。
式を挙げる神殿、その時の立会人、披露宴の場所にお料理、招待客。
ドレスや宝飾品。
双方の家の事情もあり話し合わなければ決められないことが山ほどあるのに、大概は侯爵家で勝手に決めて報告に来るだけだ。
わたしは受け取った書類に目を通す。
「あの、これ間違いじゃ? 」
記載された神殿の名前を目に思わず口にする。
「いいえ、間違いではございません」
家令さんは首を振る。
「何かご不満でも? 」
次いでわたしの物言いが気に入らないとでも言うように眉を顰めた。
「ううん、なんか思っていたのと違ったから、びっくりしただけ。
侯爵様、ご親戚に公爵様もいらっしゃるお家柄だって伺っていたから、まさか式をあげる神殿が街外れの小さなところだとは思わなくて。
ほら、王族に縁故があるお家って、王族に縁のある大きな神殿で節目の式をするのが普通でしょ? 」
別に大きな神殿での式を夢見ていた訳じゃないから場所なんかどっちでもいいんだけど。
この選択はあまりにも意外すぎた。
おまけに普通なら新郎新婦に二人ずつつくはずの立会人の欄に新郎側の一人の名前しかない。
「そう言うお式をご希望でしたか? 」
わたしの言葉が気に入らないと言いたそうに家令さんは睨みつけた。
「そうじゃないけど、少し予想外だって思ったから訊いてみただけ」
慌てて首を振ると家令さんは持っていた書類に視線を落す。
「そちらは小さいですがこの街ができる以前からある由緒ある神殿で、侯爵も幼い頃から大変お世話になっております。
その関係から、結婚式は是非ともここでというのがこちらの希望です。
それと、神殿の礼拝堂がとても狭いので、立会人とお式に参列できる人数がごく少数になりますので、こちらで絞らせていただきました」
「あの、お兄様はなんて? 」
リストに上がる人数のあまりの少なさには、さすがにわたしも口を出したくなった。
わたし自身のお友達どころか、ティツアーノに近い親戚筋の名前までほとんどない。
これではお兄様とお義姉さまが黙っている筈がない。
「全てこちら側で決めていいと、了承をいただいております」
「そう? ならいいけど」
そう言う話がわたしのいないところで交わされているのなら、別にわたしがここにいる必要なんかないと思う。
「あと、式とそのあとのドレスの件ですが」
「ウエディングドレスならこちらで用意できました」
さっきの光景を思い出しながら言う。
「いえ、当方でご用意いたしましたのでそちらをお召しいただきます」
「何から何までご手配いただいて、申し訳ありません」
ここまで来るともうわたしの言うべきことなんてない。
お兄様もお義姉さまも、本来立ち会わなければならないこの場にいない訳がやっとわかった。
とにかく侯爵様側のいいようにしていいとか、そう言う取り交わしでもしてあるのだ。
その代わり費用は全て侯爵様持ちなんだろう。
「では、ドレスは後ほどお届けにあがりますので」
家令さんは用事が済んだとばかりに立ち上がる。
「あ……
これっ」
その立ち姿を見上げながらわたしはさっきお父様に貰った封筒を差し出した。
「何か? 」
家令さんが首を傾げる。
「オペラのチケット。
いただいたのだけど、侯爵様とご一緒したいの。
渡してくださる? 」
「申し訳ございませんが、先ほども申し上げたとおり、侯爵は今手の放せない案件を抱えておりまして。
このような催しに出かける時間はございませんので、お誘いいただいてもお断りするように申し付かっております。
ご家族、お兄様にでもエスコートしていただくのがよろしいかと」
家令さんはあからさまに迷惑そうに言う。
「それでは、私はこれで失礼致しますので。
お見送りは結構ですよ」
家令さんは一礼すると、慌てて帰っていった。
「どうしよう? これ」
手の中に残ってしまった封筒を見つめわたしは呟いた。
一人で観に行くにしてもエスコートなしじゃ劇場には入れない。
家令さんの言うようにお兄様にお願いなんかしたら、絶対取り上げられてしまう。
それじゃ、いつもお兄様やお義姉さまに内緒でわたしに気を配ってくれるメイドにでもあげるほうがマシ!
なんだけど。
わたしは封筒の中のチケットに記載された席を見てため息をつく。
侯爵様をお誘いするようにってお父様が手配してくれたチケットは桟敷席。
裕福な貴族のお家で借り切っているお隣。
こんな上席メイドたちじゃ入れない。
エジェだったら、忙しいとか常に口にしていても、こういう特別なケースなら例え遅刻したって絶対付き合ってくれるはず。
とは言っても、もうエジェと顔を合わせることなんかできないし、今更婚約者と違う男性にエスコートしてもらうなんてもってのほかだ。
「あら? 侯爵様はもうお帰りになったの? 」
考えあぐねていると突然ドアの方から声がする。
顔をあげると外出から帰ったばかりの装いのお義姉さまが目の前に立っていた。
「それは何? 」
わたしが握り締めていたチケットを目ざとく見つけてお義姉さまは手を伸ばす。
「まぁ! ジャンノーニの『天界の薔薇』じゃないの。
これ今大人気で、なかなか手に入らないチケットよね。
しかも上座の桟敷席! 」
お義姉さまの目が輝く。
「良かったらどうぞ」
諦めのため息混じりにわたしは言う。
お義姉さまの目に入ってしまったら、もう隠すことなんか絶対無理。
「あら、いいの?
侯爵様のお誘いならあなたが行かなければ失礼でしょ? 」
お義姉さまの顔が綻ぶ。
それでも多少はわきまえていると見え、付け加えた。
「逆よ。
わたしがお誘いしたの。
だけど侯爵様お忙しいんですって」
「あなたが?
こんなものどうやって手に入れたって言うの? 」
お義姉さまの顔が先ほどとは真反対に歪む。
「お父様にいただいたの」
「お父様に? 」
お義姉さまの顔が更に引きつった。
「何処にまだ自由になるお金隠してあったのかしら」
声を潜めて呟くけど、しっかりわたしの耳にも届いている。
「あ、なんかわたしの婚約祝いにって贈ってくださった方がいたみたい。
親子で出かけるのも最後になるだろうから記念にって」
お義姉さまの言葉に、わたしは冷や汗を浮べて慌てて否定する。
お義姉さまがお父様の宝石やコレクションを何かと理由をつけて徐々に持ち出してしまっていることは知っている。
あるものはお義姉さまの宝石箱に収まり、お義姉さまが気に入らないものは売り払われている。
我が家の経済がこんなことになっているのだから仕方がないとは思うけど、せめて一番最後にして欲しいと思うところにお義姉さまが一番に手をつけているのは明らかだ。
まるで身包みをはがす勢いで。
これ以上お父様に私物に手をつけて欲しくはない。
だから、お父様にもう金目の物なんてないって、どうしても印象付けておきたくて言う。
「でもお父様、あの状態でしょ?
侯爵様と楽しんできなさいって言って下さったの」
「あら、そうなの?
まだそんな知り合いとお付き合いがあったのね。
……そう言うことなら頂いて構わないわね」
既にお義姉さまの目につくところに保管されたものはほとんど持ち出されていると見え、わたしの言葉にお義姉さまはあっさりと引いた。
「じゃ、これはいただいていくわね」
お義姉さまはチケットを手に部屋に引き上げていった。
「お嬢様、いいんですか? 」
オスティさんが非難を込めた目でわたしを見つめる。
「お義姉さまに見つかってしまったんだもの、ね。
どうせ侯爵様にお断りされたらエスコートお願いできるような方他にいないんだもの。
無理して手配してくれたお父様には申し訳ないけれど。
むしろ無駄にならなかったこと喜ぶべきじゃない? 」
わたしはオスティさんの顔を見上げる。
「ですが…… 」
「その代わり、さっきの『いただいた』っていうのが嘘なのはお義姉さまには絶対内緒よ? 」
まだ渋い顔をしているオスティさんにわたしは目配せした。
恐らくベッドから出られないお父様の指示を受けてこのチケットを手に入れるため奔走してくれたのはオスティさんだ。
「承知しております」
オスティさんが軽く頭を下げた。




