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1-2

 

 わたし宛の招待状を握りつぶしたのはきっとお義姉さまだ。


 想像はつく。

 よく知らない人に囲まれての気の張る昼食会に出席しないで済んだのはありがたいけど、出席できないお詫びの手紙を書かないなんて危うく礼儀知らずになるところだった。

 

 二つの子供用ベッドの中を交互に覗いて、よく寝付いたことを確認するとわたしは立ち上がる。

 

 とにかく大至急お詫びの手紙を書かないと。

 

 テオのベッドの足元に同じように丸くなった仔猫を抱き上げ部屋を出る。

 二人を起こさないようにできるだけそっとドアを閉めた。

 

 子供達二人がおとなしくベッドに入ってくれたのは久しぶり。

 おかげで今日は少しだけゆっくりできそう。

 乳母が辞めて以来毎日子供達の世話に追われてゆっくりした覚えがないのよね。

 弾む足取りで裏階段を下り、そのままキッチンへ向かう。


「おや、お嬢様。

 おちびサン達のおやつですか? 」


 キッチンへ顔を出すと料理人のドナーテさんが顔をあげ訊いてくれる。

 わたしがここへ来る時はそれ以外の用事はないと思っているみたい。


「ううん、今日はこの子のお届けに」


 わたしは抱いてきた仔猫を差し出す。


「ああ、どうりで。

 さっきまで親猫が妙な鳴き方していたと思ったら、これでしたか」


「ごめんなさい、テオが勝手に連れ出したみたいなの」


「坊ちゃん達にしてみたら、仔猫は珍しいですからね。

 すみません、今パイの皮を捏ねていて手が放せないんで、その猫パントリーの籠の中に入れていってくださいな」


 粉だらけの手をわたしに見せながらドナーテさんは言う。


「うん、そうする。

 お仕事の邪魔してごめんなさい」


 言われるままにパントリーへ行くと、傍らに置かれた籠にもう一匹、手に居るのと同じ仔猫が眠っている。

 わたしはその隣へ抱いてきた仔猫をそっと戻し半地下のキッチンを出る。

 


 大急ぎで部屋に戻ると、書き物机に向かってペンを手にとったもののわたしの手はそこで止まってしまう。

 

 お義姉さまはなんて言って断ったんだろう? 

 仮病? それとも急用? 

 確かルイーザは多忙って言われたって言ってたけど、何が忙しかったんだろう? わたし。

 口裏を合わせないと余計お相手に失礼になってしまうし、かといってお義姉さまに訊いてもいつもと同じように教えてくれるとは思えない。


 訊いたところで、


「あら、あなた行きたくなさそうだったから断っておいてあげたわよ」


 と、上から言われて終わりだ。

 さすがにそれは悔しい。

 

 とりあえず…… 

 

 時候の挨拶に次いでご招待へのお礼を書き綴る。

 そして、理由はすっ飛ばしとにかく謝る。


 ごめんなさい、申し訳ありません。次回はぜひ…… 

 そしてお決まりの招待主の幸運を祈る文章で締めくくる。

 

 ま、こんなところでしょう。


 便箋の中央に五六行簡単に書いて顔をあげペンを置いた。


 欠席理由が欠損しているのは、ちょっと妙だけど仕方がない。


「ださないよりはよっぽどマシ! 」


 呟きながら便箋を折り、封筒に入れる。

 

 それから靴を履き替え帽子を手に取った。


「とりあえず、よしっと」


 一応鏡に向かって今着ている物を確認する。

 普段着だけど、とりあえず染みもなければ皺もない。


 ……いいや、このままで。

 本当なら、ドレスも外出用に着替えなくちゃいけないんだけど。

 自分一人で着替えるのはものすごく大変。

 だけど、手薄のこの邸でメイドの手を借りるのも、ちょっと…… ね。

 それなら誰かに街まで行って貰っても手間的には大して代わらない。

 それに恐らくぬかるんでいる道を歩くなら、普段着の丈の短いスカートの方が都合がいい。

 

 封筒に封をして、それを手に部屋を出たところでわたしの足が止った。


 正面のお父様の病室のドアが開き、二つの人影が出てくるところに出くわした。


 一人はこの邸の執事のオスティさんで、もう一人は往診にきてくれたお医者様だ。


「こんにちはジャネラ先生」


 わたしはその二人に駆け寄ると、先生に向かって軽く膝を折り頭を下げる。


「やぁ、グリゼルタ。

 相変わらず元気そうだね」


 いつもと同じ挨拶をしてくれる先生だけど、なんだかバツの悪そうな顔をしている。


 この先生、お医者様なのに考えていることが全部顔に出るタイプみたいで、こんな顔されている時は、恐らくお父様の様態が芳しくない証拠。


「お父様、どうですか? 」


 それでも、子供に病状を突きつけるのが嫌なのかはっきりしたことは言ってくれないから、こっちから訊いてみる。

 

 頷く先生の顔は明らかに嬉しそうじゃない。

 もう、本当にバツが悪くて今すぐに逃げ出したそうな顔だ。


「あんまりよくなってはいないのね? 」


 仕方なくこっちから探りを入れる。


「お父様なんだけどね。

 魔術師の系統の家と血縁があるだろう? 」


 諦めたように先生は大きなため息を吐くと、わたしの期待した答えとは別のことを口にした。


「ええ、確かわたしの曾おばあ様が魔術師の家系の生まれだったって聞いてます」


 その言葉にわたしは頷く。


 世の中には魔術師という職業がある。

 魔術師になれるのは生まれながらに魔力を持ったごく少数の人間で、ある一定の家系に集中している。


「できれば、その、魔術医師に一度みてもらうほうがいいんだが…… 」


「でも、わたしもお父様も魔力なんてかけらもなくて、至って普通、なんです、けど? 」


「それは私も承知しているよ。

 ただ、正直思ったほど回復がはかどっていなくてね。

 もしかしたら魔術師の血が影響しているとも考えられなくもないんだ」


 先生が渋い顔をする。


「君の婚約者は、確か魔術医ジュスト伯爵のご兄弟だったね? 

 どうだろう、一度診てもらっては。

 魔術医は多忙でなかなか予約が取れないが、君の口利きならお見舞いという形で診てもらえると思うよ」


 その言葉に並んで立っていた執事が首を横に振った。


 きっとお父様が、また我儘言って魔術医の診察を拒んでいるんだ。

 魔力のさっぱりない自分が多忙な魔術医の手を煩わせたら悪いとか何とか理由をつけて意地を張っているんだ。

 

「残念だけど、エジェ…… エジェオ様は今遊学中なの」


「そうか、なら仕方がないね」


 医師は諦めたように息を吐き出すと一枚の紙片を執事に差し出した。


「それ、お父様の処方箋ね? 」


 執事の手に渡った紙を目にわたしは聞く。


「ええ」


 先生が頷いた。


「これ薬局へ持っていけばいいのよね」


 執事の手からその紙片を取り上げてわたしは一応確認する。

 オスティさんは頷いた。


「じゃ、わたしが行ってくるわ」


「お嬢様、ですがこれは私共の仕事ですし」


 オスティさんが渋い顔をする。


「いいの。オスティさん忙しいでしょ? 

 わたし丁度手紙を出しに、街に行こうかなって思っていたところだったの」


 とりあえずわたしは笑いかける。


 この屋敷の使用人が手薄なのは充分承知。

 お義姉さまは先日辞めた家令やメイドの代わりを探すどころか、子供達の乳母やわたしの家庭教師までくびにした。

 だからさっき書いた手紙も、自分で投函に行くつもりだった。

 どうせ外出するなら用事は一つも二つも大して代わらない。

 

「申し訳ありません。お嬢様。

 それではお願いします」


 執事は申し訳なさそうに言って先生を送りに行ってしまう。

 その背中をわたしも慌てて追いかけた。

 

 


 エントランスを出ると青い空が広がっていた。

 昨日までの雨はすっかり上がり、今日は上天気。

 案の定、道には所々水溜りができていた。


 気軽に引き受けてしまったけど、少し急がなくちゃいけないかな? 


 少しだけできた予期せぬ隙間時間に気を良くして出てきてしまった。

 だけど、チビ達がお昼寝から起きる前には帰らなくちゃいけない。

 特にテオは寝起きが悪いから、起きた時に誰もいないと大泣きする。

 階下にまで聞えるほどの声で泣かれたら、またお義姉さまに何言われるかわからない。


 自然とマーケットの並んだ広場の端にある薬局まで少し駆け足になる。


 程なく薬局のドアを開けた。

 乾いた薬草の香りが店内に広がり身体中を包み込む。


「いらっしゃい! 」


 カウンターの奥に立つ小太りのおじさんが愛想よく声を掛けてきた。


「あの、すみません。

 お薬をお願いします。

 これオスティ先生から預かって来ました」


 言ってカウンターに処方箋を差し出す。


「はいよ。

 ああ、この薬は処方に少し時間が掛かるからお待ちください」


 処方箋に目を通しておじさんが言う。


「どのくらい? 

 ごめんなさい、あんまり時間がないの」


 その言葉にわたしは冷や汗をかいた。


「いいよ、じゃ。

 あとで届けてあげるから。

 ティツアーノ子爵様のところだね」


 おじさんは想良く言ってくれた。


「じゃ、お願いします」


 頷いてわたしは店を出る。


「んと、せっかく来たんだから、チビ達のお菓子でも買っていこうかな? 」


 人のごった返すマーケットに並んだ店の光景を見てわたしはつぶやく。

 お義姉さまにばれたら叱られるけど、ぐずるテオ達をなだめるにはポケットの中に忍ばせた飴玉がよく効く。

 今日だってもう、テオのお目覚めに間に合うかどうかわからないから必需品。

 

「グリゼルタ? 」


 キャンディ屋さんにめぼしをつけて歩き出した途端突然誰かに呼び止められた。



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