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3-4

「おくつろぎ中のところを申し訳ございません。

 エジェオ様、お店の方から使いの者が参っておりますが」


 邪魔にならないようにそっと入ってきた執事がエジェの耳もとで囁いた。


「悪い、ちょっと外す」


 エジェは急に真顔に戻ると部屋を出て行ってしまう。


「全く…… 」


 その後ろ姿を見送りながら伯爵様がため息を漏らす。


「悪いね、エジェとの結婚長いこと待たせて」


 伯爵様が申し訳なさそうに顔を歪めた。


「ううん、お仕事の方が大切だって判ってるから」

 わたしはドレスを箱に戻しながら、慌てて首を振る。

「最近益々綺麗になって、もたもたしていたら誰かに横から攫われそうだ。

 こんなことなら遠慮せず、わたしが貰えばよかったかな」


 不意に伯爵様が距離を縮めてきた。


「えっと、あの。

 お気持ちは嬉しいんですけど…… 」


 その様子がなんか妙で、戸惑いながらわたしは少しあとずさる。


「ごめんね、ちょっとからかった。

 判ってるよ、君が子供の頃からエジェしか見ていないことは」


 少し悲しそうな笑顔を浮かべる。


 そんなこと言われたら、なんて返していいのかわからない。

 わたしが口をつぐんだせいで、少しの間部屋の中に妙な空気が広がる。


 き、気まずい。


「ね? これ、今着てみてもいい? 」


 とにかく少しでも距離を置きたくて、わたしは慌てて話を変える。


 せっかくいただいたドレスだもの、一番はやっぱりエジェと伯爵様に見てほしい。


「いいよ。

 邸の客間を使うといい」


 伯爵様が満足そうな笑顔を浮べてくれた。

 


 伯爵様が呼んでくれたメイドさんに案内されて、診療所の隣に立つ瀟洒な館の一室に足を踏み入れた。


 エジェはお店の二階で寝起きしていて、伯爵様もほとんど診療所に居るはずだから誰も使っているはずないのに、お掃除が行き届いていて気持ちがいい客間。

 部屋の壁際に置かれたひときわ大きな姿見が目を引いた。


「お手伝いしますね」


 手際よく持ってきた箱の中からドレスを取り出し、大きく振って皺を伸ばしながら、メイドさんは言う。


「ありがとう、でも大丈夫だから」


 正式に着るんだったらお手伝いは欲しいけど、仮に着てみるだけだったら一人でも平気。

 むしろ人に着替えを手伝ってもらうのは慣れていないから、なんとなく恥ずかしい。


「そうですか? でしたら手を必要でしたらお呼びください」


 そんなわたしの気持ちを察してか、メイドさんは一礼して部屋を出てゆく。


 ドアが閉まるのを待って、わたしは着ていたドレスに手を掛けた。

 


「うん、やっぱり綺麗…… 」


 鏡に写った自分の姿を目に私はつぶやく。


 エジェの贈ってくれる仕立てのいいドレスは着た時のシルエットがものすごく整っている。

 お悔やみ事にも着られるようにと仕立てられたドレスは普段のボールガウンよりデコルテの開きとかすこし控えめで上品。

 こういうのが欲しかったって言う、まさに理想の一枚。


 あとは靴とアクセサリーなんだけど。

 お母様、このドレスに似合うようなヘッドドレス持っていたかな? 

 靴は…… 

 考えていると、ドアがノックされた。


「あ、はい! 」


 顔をあげて振り返る。


「グリゼルタ、靴どれがいい? 」


 エジェが靴箱らしき大きさの箱をいくつか抱えて入ってくる。

 もう、どうしてわたしの考えていることわかっちゃうんだろう? 

 ドレスだけだって充分重荷なのに、靴までそろいで誂えてもらうなんて、申し訳なさすぎる。


「遠慮はなし、だからな。

 せっかく誂えてやったのに、揃ってなければ着られないだろ」


 エジェは言いながら、ドレスと同じ色味の靴を床に並べる。


 確かにそうなんだけど。


「あ、その右から二番目の、素敵…… 」


 恐縮しながらも目に止まった一番気に入った物を口に出すと、エジェがそれを拾い上げわたしの足元に置く。

 置かれた靴に足を滑り込ませている間に、エジェが私の背後に回った。

 頭上から闇色の石の連なりが降りてくると、デコルテに置かれる。

 宝飾品の留め金を止めてくれたエジェの唇が項を僅かに掠めた。


「こんな感じか? 」


 肩越しに鏡に写ったわたしの姿を見て呟く。


 派手すぎず、地味でもなくてすごくいい感じ。

 なんだけど…… 


「どうした? 」


 思わず浮かない顔になってしまうわたしを見てエジェが訊いてきた。


「わたし、お礼。どしたらいいの? 」


 なんか、至れり尽せりで言葉だけのお礼しか返せない自分が惨めになってきた。

 下を向いたまま唇を噛み締める。


 エジェが軽くため息をつきながら、少し距離をとる。


「だったら、来いよ」


 部屋の中央に置かれたベッドに腰掛け、わたしを誘う。


 伸ばされた手に、引き寄せられるようにわたしは自分の手を重ねる。

 その手を握り引き寄せると、エジェは早々にわたしを背後から抱きしめて首筋に顔を埋めた。

 これから起こる事を予見して小さな徒息をこぼすと、その口をふさがれた。

 

 耳朶やデコルテに何度となく繰り返されるキスに誘発され躯の芯から何かがこみ上げてくる。

 気がつくと何時の間にかドレスは脱がされ半裸の状態。

 だけど、もう理性なんかすっ飛んでいて、躯の中から湧き上がる欲が押えられない。

 もっと、もっと、もっと…… 

 エジェの与えてくれる刺激が欲しくて、重なる肌から伝わる熱を感じたくてエジェの背中に腕を廻す。


「ん? 」


 わたしから何かの言葉を引き出そうとするかのように、エジェが動きを止め顔を覗きこんでくる。


「エジェ…… 大、好き…… 」


 乱れた息の下からかろうじて絞り出す。


「うん、知ってる」


 余裕のない顔で笑顔を浮べると、一気に躯を沈めて来た。

 こっちだって余裕なんかない、途切れることなく与えられる快楽に何も考えられなくなる。


 ……もう何度目になるんだろう。


 確か最初は、婚約発表から二度目の誕生日だった。

 溺れていたエジェの与えてくれる熱から開放されて、ぼんやりと考える。


 エジェの胸に抱え込まれた頭の上から、穏かな息使いが伝わってくる。

 エジェの胸に抱きしめられた、この時間が一番幸せ。

 熱に浮かされ、流されて何も考えられない時より、もっともっとエジェを感じられるから。


 ずっとずっと続けばいいのに。


 エジェの鼓動を感じながらその幸せを噛み締める。


「な? 晩餐食べていくだろ? 」


 枕に頭を預けたまま、少し眠たそうにエジェが訊いてくる。


「え? 晩餐? 」


 その言葉がわたしを一気に現実に引き戻した。

 窓に目をやると日が傾きはじめている。


 毛布を手繰り寄せ胸元を被うと慌ててベッドを降り脱ぎ散らかした衣服を探す。


「ごめんなさい、エジェ。

 夕食は帰ってにするわ。

 テオが待ってるから」


 ベッドの中にエジェを残し、大慌てで身支度をはじめた。


 子供部屋の食事は早いから、急いで帰らないとテオの食事に間に合わない。

 本当はエジェと一緒に食べたいけど、そうしたらテオが一人になってしまう。

 最近少し知恵のついたテオは自分だけがお兄様たちと離れて食事をすることに不満を漏らすようになった。


「お前も大変だな」


 ようやくベッドから降りてきたエジェがコルセットを締めるのに手を貸してくれた。


「無理もないんだけどね。

 上のルイーザはテオの年にはもう大人と同じ晩餐のテーブルを囲んでいたんだもの。

 せめてわたしだけでも付き合わなくちゃ、メイドが悲鳴をあげちゃう! 」


 ドレスを着込んで髪を整える。


「お茶、ご馳走様でした。

 ドレスありがとうございましたって、伯爵様に伝えておいてね」


 いただいたドレスを箱の中に詰めなおし、わたしは腰を上げる。


「じゃ、送っていくから。

 今、馬車廻させる」


 その間に一足早く身支度を済ませた、エジェが一足早く駆け出していった。

 

 


 家に戻ると夕方近くなのに一台の馬車がエントランス前に止っていた。


「お父様っ? 」


 一瞬寝たきりのお父様の事が頭をよぎる。


 馬車を降りると早々にわたしはエントランスに駆け込んだ。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 エントランスホールに立ち尽くしていたオスティさんが迎えてくれる。


「お父様、どうかしたの? 」


「いえ、病状は安定していますよ。

 ただ、家督を若旦那様にお譲りになる決心をなさったようで、今手続きのための方がいらっしゃっておりまして」


 オスティさんは気の毒そうな顔をわたしに向ける。


「そう…… 

 仕方がないわよね。

 お父様、ここ数年家の事業には携われずにいたのだもの」


 わたしは視線を落す。


 子爵や男爵家などの下級貴族だと昨今は領地だけの収入ではやっていけなくて、なんらかの事業に携わっていることも少なくない。

 かくいう我が家もなんだけど、最近はお兄様が経営を一手に握っていた。

 そうなると子爵子弟より、現子爵の肩書きの方が断然有利になることはわたしにだって判っている。


「お嬢様、そちらは? 」


 オスティさんはわたしが抱えてきた大きな箱を目に首を傾げる。


「ん? 頂いたの。

 エジェから少し早いけどお誕生日のプレゼントですって。

 お部屋のクローゼットに入りきらないから、また預かっておいてくれる? 」


 言いながら箱をオスティさんに渡した。


「それはよかったですね。かしこまりましたお預かりします」


 オスティさんは笑みを浮べるとわたしからその箱を受け取った。


「着替えてくるわ。

 それから、テオの食事、下より先に済ませても構わない? 

 今夜は遅くなりそうだし、テオにはいい加減で寝てもらわないといけないから」


 了解の印に頭を下げる執事を残してわたしは自室に戻る。


「……大丈夫よね。

 きっと何も変わらないわ」


 デイドレスに着替え鏡を覗き込みながらわたしはつぶやいた。

 

 


※次話「ホストの俺が……」八話

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