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3-3

 

 馬車が走り出すと同時に、先ほどまでエジェの顔に浮かんでいた笑顔が消える。

 まるで何かが気に入らないとでも言うように、わたしと視線を合わせない。


「やっぱり、残ればよかった…… 」


 妙な空気に居たたまれなくなり、わたしはポツリと口にする。


「それで、婚約者が居ると判っていながら求婚するような非常識な奴と懇意になるつもりかよ」


 不機嫌そうな顔のままエジェが訊いて来た。


「聞いてたの? 

 ってか、あんなの性質の悪い冗談じゃない。

 そもそもエジェオ様が悪いのよ。

 わたし放り出して他のご婦人とばかり話しているから、からかわれたんだわ」


 少しだけ、わたしもムキになる。

 今日のお茶会は、せっかくエジェにエスコートしてもらえると思って、楽しみにしていたのに。

 肝心のエジェは遅刻するし、おまけに居合わせたご婦人方に取られて満足に話もできないなんてあんまりよ。

 不意にエジェの手が伸びわたしの肩を抱き寄せた。


「……ごめん。

 お前をエスコートしてるのに、商売柄客をないがしろにできなくて。

 悪かったと思ってる」


 エジェの顔が近付いた耳元で小さくささやかれた。


 それだけで胸が高鳴る。

 頬が熱くなる。


「思っているんなら、もう少しわたしの相手をしてくれてもいいんじゃない」


 妙な動揺を悟られたくなくて、わたしはエジェの肩に廻るエジェの腕を振りほどいた。

 その手が項に下がるわたしの巻き毛に触れる。

 どうしてだろう、髪に触れるエジェの手はこんなに気持ちがいいのに。


「家寄っていくだろ? 

 兄貴が待ってる」


 湧き上がった幸せな気持ちを確かめていると不意に言われた。


「って、エジェオ様、用事があったんじゃなかったの? 」


「ん、ああ。

 それな、なんて言うか、口実? 」


 わたしの問いにエジェの歯切れが悪くなる。


「お前をあんな、無作法にべたべた触る奴の居るところになんか置いて置けるかよ」


 少し怒った風に言う。


「あんなの、社交辞令じゃない。

 そりゃ、できればやめて欲しいけど、無下に突っぱねるわけにも行かないもの。

 だからね、その。ありがとエジェオ様」


 正直、エジェが聞いたらまた怒り出しそうな性質の悪い冗談も伯爵様は口にしていたし、あの場所から離れたかったのは確か。


「それと、なんだよ? そのエジェオ様っての」


「だって、さっき嫌いだって言ってかたら」


 わたしもそう呼んじゃいけない気がして気を使ったつもりなのに、エジェはやっぱり不機嫌そう。


「お前がそう呼ぶからだろ? 

 お前以外にそう呼ばれたくないって意味だってこと、察しろよな。

 子供の頃から俺のことエジェって呼ぶのはお前だけだったから、今でもそれでいいんだよ」


 少し照れたような顔でエジェが言う。


「ありがと! 」


 なんだかものすごく特別な物を貰ったような気がして、意図せずにわたしの顔に笑みが浮かぶ。

 ふと向かいに座っていたエジェが黙ったと思ったら、唐突にわたしの隣に移ってくる。

 わたしの肩を抱き引き寄せるエジェが少し戸惑うようにすると徐にその唇がわたしの口に重なった。


「エジェ? 」


 思わずわたしの顔に血が上る。


「っ…… 悪い。

 暫くこうさせてて」


 両手を背中に廻し抱き寄せたまま、わたしの額に頬を寄せエジェはつぶやく。

 伝わってくる体温がとても優しく暖かで、わたしはその温もりに暫く酔いしれた。

 



 暫くそうしていると、やがて馬車が止る。

 わたしを抱きしめていたエジェの腕がするりと解けると同時に馬車のドアが開いた。

 

 エジェに抱き下ろされるようにして馬車を降り、魔術医院のエントランスを入るとジュスト伯爵様が迎えてくれた。


「お帰り、早かったね」


「ああ、まぁ、いいだろう、たまには」


 まさか嫉妬して腹を立てそうそうに帰ってきたとは、さすがのお兄様にも言えなかったみたいで、エジェは曖昧に答えている。


「どんな理由でも私は問題ないけどね。

 こうしてグリゼルタとお茶が飲めるのだから、むしろ大歓迎だよ」


 そんなエジェを見透かしたように言って、伯爵様は笑みを浮かべてわたしを見る。


「そんなこと言われても何もでてこないわ」


 向けられた笑顔にわたしは少し戸惑ってしまう。

 そんなに嬉しそうに言われても、わたしじゃ伯爵様相手に気の利いた会話一つできない。


「本当に君はわたしを退屈させないね」


 伯爵様は意味不明な言葉を続ける。


「そんな、ことっ、ないわよね、エジェ」


「ほら、甘いの。

 お前好きだろう」


 運ばれてきたお茶を早々にがぶ飲みしていたエジェが突然砂糖菓子をさしだしてきた。


「いただきます」


 ガラス細工の容器の中の砂糖菓子に言われるままに手を伸ばし口へ運ぶ。

 口に含んだとたんに砂糖の衣が解け甘さが広がる。


 う~ん、シ・ア・ワ・セ。


 思わず顔を綻ばせた途端、エジェと伯爵様が顔を見合わせる。


「な、に? 」


「気が付いていないんならいい」


 エジェがからかうように言う。


「そういえば、お前来月誕生日だったよな。

 これ、俺と伯爵家から」


 何かを思い出したようにエジェは席を立つと、書き物机に置かれていたリボンの掛かった箱を取り上げ差し出した。


 明らかにドレスが入っていると思われる大きさと体裁の箱にわたしは戸惑った。


「これ、またドレスよね? 」


「気に入らないってか? 」


 エジェはわたしの言葉に少し呆然としたようだった。


「ほら見ろ、兄貴! 

 だから今度はアクセサリーの方がいいって思ってたのに、どうしてくれるんだよ」


 次いで伯爵様に突っかかる。


「そうじゃないの、エジェ! 

 嬉しいのよ、とっても。

 でも、その…… 

 ドレスも宝石もどっちもバースデープレゼントには高価すぎるんだもの。

 初めての時にはしきたりだと思ったからいただけたけど、そのあと降誕祭の度にプレゼントしてくれるでしょ? あと、カーニバルとか…… 」


 エジェは習慣でプレゼントを贈りあう時には必ずこうしてドレスをくれる。

 それもわたしが断れないように必ずジュスト伯爵家と連名で。

 絶対に口には出さないけど、新しいドレスをわたしが作ってもらえないことを知っていて、気を廻してくれるんだと思う。


 わたしがお返しに贈れるのはせいぜい手作りのパイとか、伯爵家の紋章を刺繍したクッションカバーとかその程度。


「こうも毎回だとさすがに申し訳なさすぎて、いただけないわ。

 その、お花や本なら喜んで受け取るけど…… 

 それにこれに見合うお返し、わたしにはできないもの」


 そっと目を伏せ箱に結ばれたリボンを見つめる。


 エジェのことだから、多分中身はボールガウン。

 それも街一番のタイユールの作ったものすごく着心地のいい。


 新品のドレスなんて久しぶりだし、本当は凄く嬉しいんだけど、素直に喜べない。


「だからそう言うの気にするなっていつも言ってるだろう」


「気にするわよ! 」


 申し訳なさすぎて知らずに涙が浮かんでくる。


「判った、じゃこれで最後にするから。

 せっかくお前のサイズで仕立てさせたんだから、お前が着てくれなかったら無駄になる」


「受け取ってあげてくれないかな? グリゼルタ。

 これでもこっちは相当に譲歩したんだよ。

 正直言うとね、今年は君のバースデーパーティ我が家で開こうかって話も出た。

 けれどさすがにティツアーノ子爵家の体面もあるだろうから、思いとどまったんだよ。

 我が伯爵家で開催する夜会から比べたらささやかなものだろ」


 少し切羽詰ったエジェの声と穏かな伯爵様の言葉が重なる。


 いつも頂きっぱなしってのが凄く心苦しいんだけど、これ以上お断りしたら失礼になるわよね。

 ましてやわざわざ誂えて作ったものなら尚更、わたしが袖を通さなかったらエジェの言うとおり完全に無駄になる。


「じゃ、本当に今回だけ、ね。

 ありがとう、エジェ。伯爵様。

 開けていい? 」


 気持ちを切り替えて顔をあげる。


 満足そうに頷く二人の笑顔を受け、わたしはリボンに手を伸ばした。

 蓋を開けると光沢を押えたシルバーグレイの生地が目に飛び込んでくる。

 一応仕立てはボールガウンみたいなんだけど、色をそろえたレースは控えめで凄く落ち着いた印象。


「これって」


 エジェの選んでくれるドレスはいつでも上品だけど華やかで、それから比べると少し違和感。


「気に入らなかったか? 

 その、お前にはもっと明るい色のほうが似合うのはわかってる。

 こういうのも一枚くらいは必要だって、そのタイユールに勧められて…… 

 もちろん押し着せじゃなくてちゃんと生地もデザインも吟味したんだけど」


 明らかにエジェがうろたえている。


「ううん、ちょうどこういうの欲しかったの! 

 どうして判ったの? 」


 ドレス一枚にはしゃぐなんて子供みたいだなって自覚はあるんだけど、興奮が押えきれない。


 同じ夜会でもお祝いとか追悼とか記念日とか時によって開催理由が違うし、招待主を配慮したりすると、あんまり派手なドレスは着ていけない時がある。

 先日もそのせいで夜会のご招待を一つ、仮病を装ってお断りしたばかり。


 エジェはタイユールに勧められたなんて言っているけど、多分知っててわざわざ作ってくれたんだと思う。

 笑顔を隠し切れなくて声を弾ませると、エジェが安心したように息を吐いていた。

 


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