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3-2

「でも、珍しいわよね」


 脇で盛り上がっている人々を目にミリアムが首をかしげた。


「何が? 」


「ん、普通は婚約発表すると、大概一年以内には結婚式挙げるものじゃない。

 だけど、グリゼルタ達、何年だっけ? 

 もう一年どころじゃないような気がするんだけど」


「二年半よ」


 わたしはため息混じりに答える。


「子供の頃からの取り決めだと、そう言うのもありなのかしら? 」


「よく、わからないんだけど、ね。

 最初の話だと、エジェの仕事が軌道に乗ったら、ってことだったんだけど」


「それならとっくでしょ? 

 今エジェオ様のお店って街じゅうで評判になるほど繁盛しているって話よ? 」


「そこが、問題よ。

 今度は忙しくなりすぎて…… 」


 わたしはうめくように声をあげた。


「全く、婚約者他人に盗られてもいいのかしらね? 」


 呆れたようにミリアムが言った背後で、サロンの人たちの視線が一斉にドアに向けられた。


「ね、あれって…… 」


「御覧なさいな、噂をすれば…… 」


 あちこちからため息が漏れる。


 つられて顔をあげると、エジェの姿があった。

 細身の引き締まった身体に銀鼠と白金で統一されたジュストコールを纏い、手にはもち切れないほどの大きなピンクの薔薇の花束。

 腕には同じ色のリボンの掛かった箱を抱えている。

 それだけでも人目を引くのに、その動作のスマートなこと。

 見慣れているわたしでもため息が出そうになる。

 

 早速扉近くに居合わせたご婦人が歩み寄り言葉をかけているようだ。

 エジェはニ三言葉を交わした後、ごく自然にまるで当たり前のように婦人の手を取るとその甲に唇を落す。

 さすがは本職、こんなところでも営業かけてる。


 少し呆れながらわたしはその光景を見つめる。

 ただ、ごく当たり前に呆れているわけじゃなくて、なんか悔しい。

 まるで王子様のような、エジェのあの顔はわたしには向けられた事がない…… 


 わたしの背後で若い女の子達が小さな悲鳴をあげた。


 その声にひきつけられるかのようにエジェの視線がこちらを向きわたしを捕らえる。

 エジェは少しバツが悪そうな笑顔を浮かべると颯爽と歩み寄ってきた。


「ごめん、遅くなった」


 近くまで来るとわたしの耳もとで囁く。


「それを言うなら、ミリアムにでしょ? 」


 わたしは今日の主催者に視線を向ける。


「あぁ…… 

 せっかくのご招待、遅れてしまって申し訳ありません」


「遅刻のことは 気になさらないで。

 あなたがエスコートしてくださらないと、わたくしの大切な親友が来てくれないからお招きしただけですもの」


 ミリアムは少し辛辣な言葉を返す。


「それを言われると、悲しいな。

 これで機嫌を直してくれると嬉しいのですけど」


 エジェは持ってきた大きな花束を差し出す。


 少し青味掛かったピンクのオールドローズはミリアムの大好きな花。

 しかも季節柄このシーズンにこれだけ大きな花束を用意するのは楽じゃないはず。

 さすがに女性を喜ばせることについては本職なんだなって思う。


「ありがとう」


 ミリアムはその花束を受け取ると顔を埋め、嬉しそうに顔を綻ばせた。


 その様子を横目にエジェはわたしの肘を突付く。


「グリゼルタ、お前これ馬車の中に忘れただろ? 」


 耳もとで囁いて抱えていた箱をわたしに差し出した。


「いっけない! すっかり忘れてた」


「御者が途中で気が付いたみたいで、入り口でうろうろしてた」


「ありがとう」


 お礼を言ってエジェの手から箱を受け取る。


「あと、馬車は帰しといたから」


「は? 今なんて」


 わたしはエジェの言葉に耳を疑う。


 馬車を帰してしまったら、お義姉さまのことだから、適当な時間に迎えをよこすはずはない。

 それを承知だから御者だって待っていてくれたはずなのに。


「わたし、どうやって帰ればいいのよ? 」


 エジェの勝手な行動に、少し膨れて見せる。


「なぁに、二人で顔を合わせた早々に痴話喧嘩? 」


 ミリアムがからかうように聞いてくる。


「喧嘩って程のことじゃないのよ。

 そう、ミリアムにお祝い。

 おめでとう。

 元気な赤ちゃんを産んでね! 」


 わたしはエジェが持ってきてくれた箱を差し出した。


「これ、お願いしていたおくるみよね。

 嬉しい! 」


 ミリアムは心底嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


「奥さま、カメリーの男爵夫人がご挨拶をと…… 」


 家令か執事と思われる初老の男がミリアムに耳打ちした。


「ごめんなさい、ちょっと行って来るわね。

 エジェオ様ゆっくりしていってくださいね」


 言い置いてミリアムは立ち上がった。


 主が席を外したとたんに、エジェの周りにはご婦人たちが集まりだす。

 

「こんにちは、エジェ。

 昨夜は楽しかったわ」


 わたしの方をちらちらとみながら、少し年上の妖艶な女性が意味ありげに言う。


「こちらこそ。

 楽しんでいただけて光栄です。

 サヴェリオも喜んでいましたよ」


 エジェは顔色一つ変えずに冷静に返している。


「こちらのお嬢さんは? 」


 その婦人の視線が不意にわたしに向いた。


「ティツィアーノ子爵のご令嬢です。

 子爵家とは子供の頃から懇意にしておりまして、ご令嬢とも兄弟のように付き合っております」


 こういう席でエジェは絶対わたしのことを婚約者だとは紹介してくれない。

 相手も、エジェに婚約者が居ることはうすうす知っていながらもそこはスルーする。


 商売柄、しょうがないとは思うんだけど。

 ……やっぱり、淋しくないといえば嘘になる。


「そういえば、ね。

 エジェ、今度…… 」


「申し訳ありませんが、その呼び方やめていただいていいですか? ガレッティ公爵夫人。

 嫌いなんです」


 少し困ったような表情を浮かべ、やんわりと、凄くスマートにお断りを入れている。


「あら、ごめんなさい」


「私のことはエジェオとお呼びください」


 婦人の手をとって軽くキスして、その言葉に、少し困惑気味になったご婦人を難なくあやしてしまう。

 さすが商売柄、相手を不機嫌にさせない方法を心得ている。


 そこは凄いなって思うんだけど、この感じはなんなんだろう。

 大勢の招待客が居る中でなんだかわたしだけ置き去りにされた気分。


 会話の相手が途切れてしまい、ソファに座ったままぽつんとたたずんでいると、誰かに見られているような視線を感じた。

 誰だろう、あのジュスト伯爵様の舞踏会の夜から、ずっとわたしが出席する夜会で必ずといっていいほどある視線。

 

「グリゼルタ、ご紹介したい殿方が居るんだけど、少しいい? 」


 視線の主を探して、会場の中を見渡していると、ミリアムが寄ってきた。


「あ、うん」


 断りを入れようかとエジェをみるけど、お店の常連客と思われるご婦人との会話が途切れそうもない。

 ミリアムのお相手をあんまりまたしても失礼になる。

 わたしは仕方なくエジェをそのままに場所を移動した。

 

「こちら、ミヌレッチ伯爵様。

 わたしの旦那様の遠縁に当るの」


 日差しの入る窓際に移動すると、緑の瞳が印象的な若い男性が待っていた。


「伯爵様、お待ちかねのティツアーノ子爵令嬢よ。

 紹介はいらないと思うけど…… 」


 少し呆れた風にミリアムは言う。


 とりあえずドレスの裾を上げ軽く膝を折ると、伯爵の方も型どおりに手をとり唇を寄せる。

 ただ、その動作がなんとなくぎこちなく感じるのはどうしてなんだろう。


「いいこと? 

 何度もお話してあるけど、グリゼルタには婚約者がいるの。

 間違っても妙なことなさらないでね」


 ミリアムは男性に向かって釘を刺している。


「別に構わないだろう? 

 求婚くらい」


 男性は大真面目な顔で言う。


「聞くところによると伯爵家の三男だって言うじゃないか。

 だったら私の方が条件がいいんだ、勝ち目があるかも知れないだろ? 」


 一応ミリアムと内輪話をしているみたいなんだけど、この距離だとしっかり聞えてしまってるのよね。


「あの、冗談も大概に…… 」


 わたしは浮かんだ冷や汗をこっそりと拭う。

 またあの視線がわたしに向けられているような気がして、思わず振り返った。


「グリゼルタ? 」

「どうかしましたか? 」


 ミリアムと伯爵が同時に訊いてくる。


 背の高い黒髪の男性と僅かに視線が合ったような気がした。


「ごめんなさい、なんだか誰かに見られているような気がして…… 」


 つぶやきながらわたしは視線を戻す。


「それは、あなたのこの髪のせいじゃないですか? 

 この国ではめったにない珍しい色ですから。

 どこか異国の血でも? 」


 伯爵は遠慮なくわたしの項に垂らした巻き毛に手を伸ばす。


 一瞬、悪寒が背筋を走った。


「ええ、母方の曾祖母が北方の国の出だったと聞いていますけど」


 身を捻り男性の手から髪を遠ざけながらかろうじて言う。


 何故だろう、こういうことエジェも時々するけど、悪寒が走ったことなんてない。


「失礼…… レディ・ミリアム」


 背後からした柔らかな声に振り返ると何時の間にかエジェが立っていた。


「急に用事を思い出しまして、お暇させていただきます」


「え? あら…… まだ来たばかりですのに」


 突然の言葉にミリアムがあからさまにうろたえた。


 無理もないのよね。

 今このお部屋に集まっている招待客のご夫人半分は、エジェ目当てみたいなものだから、帰られたりしたらお客様をがっかりさせてしまう。


「申し訳ありません。

 所用は全て済ませてきたつもりだったのですが、一つ欠かせない用件をわすれておりまして。

 この埋め合わせはまた今度」


 誠実そうな顔でそういわれたら、帰さないとはミリアムもさすがに言えないみたい。


「残念ですけど、仕方がありませんわね。

 お約束ですわよ」


 笑みを浮かべてミリアムは返す。


「それから、子爵家の馬車を帰してしまったので、グリゼルタも一緒につれて帰りますから」


 エジェはわたしの手を握ると強引に引き寄せる。


「え? ちょっと…… 

 やっ…… 」


 わたしは戸惑って声をあげる。


 久しぶりにミリアムと会えたのに、もう少しゆっくり話をしてゆくつもりだったのに。

 こんなに早く帰ることになるなんて計算外。

 ここに残ってもミリアムは帰りの馬車を出してくれるから不自由はないんだけど。

 でも、今帰ればエジェと同じ馬車で帰れるのも確かで…… 


「では、これで失礼します」


 快活な笑みを浮かべて挨拶の言葉を口にすると、エジェは半ばわたしを強引に引きずって邸を出た。

 


※スピンオフ「ホストの俺が……」七話

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