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2-12

「それもそうか…… 

 にしてもチビのこのはしゃぎっぷり半端ないな、そんなにここ珍しいか? 」


 目を輝かせわたしの手を強引に引っ張って行くテオの様子にエジェが首を傾げた。


「うん、わたしはよくお父様に馬車で連れてきてもらったんだけど。

 テオに歩いて往復してもらうにはまだちょっと距離があるんだもの。

 家からだとここ東口は近いんだけど、こっちの西口はね公園の外周廻るか公園の中突っ切らなきゃならないでしょ? 」


「ああそっか。この公園馬場なんかもあって無駄に広いもんな」


「わたしが一人で連れてくるのはまだ無理。

 本当はね、わたしのちっちゃな時みたいに頻繁につれてきてあげたいんだけど」


「このくらいの距離歩けるようになるの、すぐだぜ」


 慰めるようにエジェが言ってくれた。


「早くそうなって欲しいわよ」


 ため息混じりに口にした。


「いいのか? 今度は追いかけてもつかまらなくなるぜ」


「う…… それ、は…… 

 まずい、かも」


 からかうように突っ込まれて言葉に詰まる。


 そのくらいの年になったらお義姉さま、坊ちゃま専属の家庭教師でもつけてくれないかな? 

 お義姉さまのことだからテオが学校に入るまで面倒見させられそう。

 

「おねえちゃま、ライオンさんとこいく! 」


 自分で想像したことにまたため息が出そうになったところへ、テオが弄れたように乱暴にわたしの手を引っ張った。


 言われるままにわたしたちは歩き出す。


 大きな檻に入った鬣を持つ金色の獣はテオの一番のお気に入り。

 檻の前に着くと目を輝かせてじっと見つめている。

 多分暫くは動きそうにない。

 僅かな風に揺れるテオの髪を目にわたしは一息ついた。

 背後のオランジェリーから南の国の鳥達の囀る声が耳に届く。

 ついでにオランジェリーに隣接したカフェからも人の声が溢れてくる。平日の割に今日は人が多いみたい。

 

「どうぞ…… 」


 不意に小さなグラスが差し出された。


「え? 」


 思わぬ出来事に睫を瞬かせる。


「あちらの新しいご夫妻からです。

 よろしければお祝いしていただけますか? 」


 グラスを差し出してくれたウエイターが、カフェの一角を指し示した。


「ウエディング・パーティ? 」


 目に飛び込んできた、いかにも式を挙げたばかりといったウエディングドレスのカップルが軽く会釈してくれる。


「お祝いの振舞い酒みたいなもんだろ。

 せっかくだから頂こう」


 エジェがわたしに促すように言ってグラスを受け取るとわたしに差し出してくれた。


「うん」


「おめでとうございます、お幸せにね」


 ご夫妻にお祝いを言ってグラスを口に運ぶ。

 少し苦味を帯びたオレンジの香が口の中に広がる。


「おねえちゃま、ずるい! 」


 さっきまでの様子じゃライオンから目を離しそうになかったテオが目ざとく見つけて叫んだ。


「ぼくはこっちだよ」


 ウエイターさんがさっきわたしが飲んだものとは色の違う飲み物の入った小さなカップを差し出してくれた。


「ありがとう! 」


 テオは上機嫌で頭を下げると、それを受け取ると一気に喉に流し込む。

 その愛らしい仕草をご夫妻は目を細めて見つめていた。

 

「こんな場所でウエディング・パーティーなんてできるのね」


 華やいだ雰囲気にさっきまでの嫌な想像なんか一気に吹っ飛んでエジェに訊く。


「ん? ああ、一般市民の家じゃよくあるぜ。ホールでもある貴族の家じゃともかく大きな人寄せする時には場所を借りなきゃならないから。

 ここに限らず町のオープンカフェとか、マーケットの中央広場とか」


「ふぅん。

 素敵ね。道行く皆にお祝いしてもらえるなんて」


「じゃ、俺達のパーティもここでするか? 」


「いいの! 」


 思わずわたしは声を張り上げた。


「あ、でもジュスト伯爵様のお許し出ないわよね。

 エジェだって一応貴族だし、立派な館があるんだもの」


 婚約婚約披露の舞踏会をしてもらった伯爵家の豪華な広間が頭に浮かぶ。


「あの素敵なホールでお祝いしてもらうのも嬉しいんだけど」


「構わないだろ? どうせ所帯を持った時点で俺貴族の席から抜けるし。

 だったらご近所さんになる街の人に顔売っておいたほうがいいだろ」


「ホント? 」


「ああ、約束する」


 綻んだわたしの顔に目を細めエジェが頷いてくれた。

 

 

 それからテオに付き合って動物園の中を歩き回る間わたしは上機嫌だった。

 やっぱりエジェと一緒だと楽しいし安心する。

 だけど、公園に併設された動物園はそう広くはないとは言っても三歳児には広大に感じられたみたい。


「おねえちゃま…… 」


 半分も廻らないうちにテオがわたしの手を握ると顔を見上げてくる。


「ん? 疲れちゃった? 」


 まだ日が落ちるまでには時間があるしもうちょっとエジェと居たかったけど、ここから家までテオを抱いて帰ることを考えたら諦めたほうがよさそう。


「ごめんなさい、エジェ。

 わたしそろそろ帰らなくちゃ」


 屈み込んでテオの顔を覗き込み様子をみてから顔をあげる。


「じゃ、家よってけよ。

 兄貴が最近顔を見てないって心配してた」


「そうしたいけど、招待状もいただいていないお家に突然お邪魔してお茶をご馳走になるなんて非常識なこと、テオが憶えたら不味いから。

 今日は帰るわ」


「そうか、じゃ、送っていってやるよ」


 テオを抱き上げるとエジェは歩き出した。


 

「今日は本当にありがとう。

 楽しかった」


 家に向かう馬車の中でテオはわたしの膝にもたれ、もう瞼を瞬かせ始めている。


 それを目にエジェに改めて御礼を言う。


「いいんだよ。

 こうでもしなきゃおまえとゆっくり過す時間取れないし。

 悪いな、色々急がしすぎて、夜会にもめったに連れ出してやれなくて」


「ううん、お仕事だもの仕方ないわ」


 笑みを浮べてわたしは応える。

 正直この国じゃ貴族の娘なんて着ける仕事がないんだもの、未来の旦那様に頼るしかない。

 だからここはどんなに淋しくても我儘言っちゃいけないって判っている。

 だけど、今だけもう少し一緒にいたい。

 なんて思うと同時に馬車が止まった。


「さ、テオお家だよ」


 間一髪目が閉じる前のテオを馬車から降ろす。


「じゃぁ、またな」


 わたし達が馬車から降りるのに手を貸してくれたエジェがもう一度馬車に戻りながら笑顔を向けた。


「今日はありがとう。

 今度…… 」


 言いかけた言葉をわたしは飲み込む。


「今度? 」


 エジェが首を傾げた。


「ううん、なんでもないの。

 また、ね」


 飲み込んだ言葉の代わりにわたしは笑顔をエジェに向けた。

 

 ……今度、何時会える? 

 

 言いたかったけど、言ったらきっとエジェの負担になる。

 判りきったことだから。

 


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 馬車の音を聞きつけたオスティさんが邸から駆け出してくると同時に声を掛けてくれる。


「ごめんなさい、少し遅くなった? 」


「大丈夫ですよ。

 若奥様もまだお戻りになっていませんから」


 わたしの不安を打ち消すようにオスティさんは教えてくれた。

 

 

 




※次話・「ホストの俺が……」4・5・6話

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