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2-10

 

「グリゼルタ! おめでとう」


 ホールの隅に下がると同時に、人を縫って一人の若いご夫人が近付いて声を掛けてくれる。


「ありがとう、ミリアム。

 久しぶりね」


 小さな頃から仲良しだったミリアムの顔にわたしは声をあげる。


「グリゼルタがデビュタントを済ますのずっと待っていたのよ。

 これからは、お茶会や夜会ご一緒できるわね」


 嬉しそうに顔をほころばせてくれた。


 わたしより少し先に十六歳のお誕生日を迎え、社交界に出てしまったミリアムとは生活パターンがまったく合わなくなり、自然と疎遠になっていた。


「グリゼルタ? 」


「あ、お友達の、ミリアム嬢。

 お互いのお母様が仲良しで、小さい頃はよく行き来していたの」


 わたしは訊いてきたエジェに簡単に説明する。


「はじめまして、エジェオ・ジュストだ。

 よろしく」


 エジェは少し腰をかがめてミリアムの手を取ると、その甲に軽くキスを落す。


 ミリアムが恥ずかしそうに微笑む。


 ……なんか、面白く、ない。

 妙な感情がわたしの胸に湧き上がった。


「悪い、グリゼルタ。

 ちょっと外すけど」


 何か急用を思い出したように、エジェが離れていった。


「素敵な婚約者さんね」


 その後姿を目で追いながらミリアムが広げた扇の陰で小さく息を吐いた。


「ありがと」


「知らなかったわ、グリゼルタに婚約者がいたなんて」


「うん、よくはわからないんだけどね。

 わたしが生まれて早々、お爺様が御酒の席で先々代の伯爵様と「くれ」「やる」みたいな適当な会話で決めてきたんですって。

 それを聞いて、おばあ様が卒倒したって、話したことなかった? 」


「聞いていないわよ」


 ミリアムは少し不服そうに言う。


「ごめん。

 その経緯がまるで猫か犬の仔をやり取りするみたいだって、わたしの周りじゃ結構有名な話だから、てっきり知っていると思ってたの」


「わたしも、婚約者を決めてくれるお爺様が欲しかったわ」


 ミリアムは悔しそうなため息を漏らす。


「どうして? 

 わたしは自由なミリアムの方が羨ましいけど」


 婚約者なんていると、時に制約があって思うように動けない事だってある。

 例えば、この先。

 夜会や観劇なんかの公の場所、両親か婚約者のエスコートナシだと出られない。

 未婚の令嬢は家族や知人のエスコートが許されているのに、絶対不公平だと思う。


「もぅ、大変なのよ。

 お婿さん探し。

 グリゼルタもすぐにわかると思うけど、毎日どこかの夜会に晩餐会。

 もう、いい加減くたくたよぉ…… 」


 うんざりしたようにミリアムは眉根を寄せた。


「ミリアム」


 少し離れたところからミリアムのお母様の声がする。


「今日はお運びいただいてありがとうございます。おば様」


 わたしは慌てて頭を下げた。


「良かったわね、グリゼルタ。

 おめでとう…… 

 ミリアム、今パジーニ伯爵様をお見かけしたの。

 ご挨拶に行きますよ」


 おば様は型どおりの挨拶をわたしに返すとすぐに、娘に向き直る。


「これだもの。

 ごめんなさい、グリゼルタ。

 じゃ、またね」


 おば様に引っ張られるようにしてミリアムは招待客の中に消えていった。

 小柄なミリアムが人影に遮られ見えなくなるまでに、そう時間は掛からなかった。


 なんだろ、少し休みたいな。


 慣れないドレスの重みとお客様の視線に酔い、なんとなく疲れを覚え、束の間一人になったことでわたしは息をつく。

 その途端、誰かに凝視されているような視線を感じ、わたしは振り返った。

 途端に目があった一人の年嵩の男性が、徐に視線をそらせて人に紛れる。


「グリゼルタ? 」


「エジェ? 」


 声を掛けられ軽く肘をとられて何時の間にか戻ってきたエジェにわたしは視線を向ける。


「どうした? 」


「あ、なんか。

 誰かに見られているような気がして…… 」


「そりゃ、そうだろ。

 今日の招待客は皆お前の顔を見にきているんだから」


 当たり前と言いたそうにエジェが笑顔を向けてくれた。


「来いよ。

 俺の叔父が来てる」


 少し強引に引いてくれる手が頼もしくて、わたしはその腕に身をゆだねた。

 

※次話・「ホストの俺が……」三話

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