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2-9

 

 鏡を前にわたしは息を吐いた。


「お気に召しませんでしたか? 」


 伯爵様のお邸の一室で、髪を結ってドレスの着付けを手伝ってくれたメイドが、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。


「ううん。

 すっごく、素敵。

 だけど、なんだかわたしじゃないみたいで。

 それにね、デコルテ辺りすーすーする」


「お嬢様は正装は初めてでしたね」


 着替えを片付けながらメイドが微笑んだ。


 エジェが贈ってくれたドレス。

 凄く上品で綺麗なんだけど、襟ぐりが広く取ってあって。

 おまけに髪まで上げたから首から背中の上のほうも剥き出しで、慣れないせいか妙に寒い。


「さ、これでお支度は整いましたよ」


 リボンのチョーカーを首に結び付けてくれた後、メイドは巻いて項に垂らした髪をもう一度整える。

 ふわふわと揺れる髪がこれも広い襟元のせいで剥き出しになった皮膚をくすぐる。


「ね? この髪、上げちゃ駄目? 」


 振り返ってメイドに訊いてみる。


 邪魔って言うほどじゃないけど、なんとなく気になる。


「構いませんけど、勿体無いと思いますよ。

 せっかくお綺麗な金色の髪をしていらっしゃいますのに全て纏めてしまっては」


「そうぉ? 」


「それに、お年を召したらできない髪形ですもの、今のうちに楽しんでくださいね」


 励ますように背中を叩いてくれた。


「ありがとう。

 助かったわ」


 立ち上がると、ずっしりとドレスの重みが身体に掛かった。

 


 子供の頃、こんなドレスを纏って優雅にダンスを躍るお母様の姿に憧れたけど、これは…… 

 実際着てみると、みているのとは大違いだ。

 足に絡まるスカートを捌くだけでも苦労しそう。

 


「綺麗にできたね」


 夜会の行われているホールの入り口まで行くと伯爵様が待っていてくれた。


「あの、ありがとうございます。

 着替えのお部屋とメイドさん貸していただいて…… 」


 テオがぐずることとか、メイドの手が足りないとか、その他もろもろのおかげで、結局、ドレスの着付けまで伯爵様のお世話になってしまった。

 そもそも今日の夜会の許可をお父様にとってくれたのも伯爵様だった。

 お礼を言いながらもわたしはエジェの姿を探す。


「エジェオなら、一足先に挨拶に出ているよ。

 その、今日はごく内輪にするつもりだったんだけど、なんか来客が増えて」


 珍しく伯爵様が申し訳なさそうに言いながらホールのドアを開いた。

 焚かれた明かりが一気に目に飛び込んできた。

 間違っても狭いとはいえない大きさのホールにはこれでもかってほど、人が溢れている。

 お父様が元気だった頃我が家で行われていた夜会とは比較にならない。

 その光景にわたしは思わず唾を飲み込んだ。


「おいで、エジェオはこっちだ」


 溢れるほどの人込みの中から伯爵様は簡単にエジェの姿を見つけたみたい。

 わたしの手を取るとホールの中を泳ぐように歩き始めた。

 


「エジェオ、お姫様の準備ができたよ」


 人を掻き分け、エジェの背後まで来ると会話の途切れるのを待って伯爵様は声を掛ける。


「おや、そちらのお嬢さんは? 」


 エジェと話をしていた男性が、エジェが振り返るのより早く訊いてくる。


「グリゼルタ・ドメニカ嬢。

 ティツィアーノ子爵のお嬢さんで、弟、エジェオの婚約者ですよ。

 グリゼルタ、こちらはガレッティ公爵」


「はじめまして、グリゼルタと申します」


 紹介されてわたしはドレスの裾を軽く上げて膝を折る。


「おかわいらしいお嬢さんだ。

 これで伯爵家も安泰ですな」


 お世辞半分で微笑んでくれた。


「そういえばティツィアー子爵は患っておられるとか? 」


「はい、この場に来られずご挨拶を欠く失礼を詫びていました」


 とりあえず型どおりの返事をする。


「そうか、それは残念ですな。

 お大事に。

 では伯爵」


 公爵様はわたし達に背を向けた。

 


「来いよ、グリゼルタ。

 躍るぞ」


 流れていた曲を耳にエジェがわたしをホールの中央に引き出した。

 

「凄い数のお客様ね」


 エジェにリードされステップを踏みながらわたしは息を漏らす。

 恐らくこのダンスが終わったらご挨拶なんだろうけど、これだけの人数の顔と名前を覚えられる自信はない。


「悪い、兄貴が後継者ができるかもって調子に乗って、あちこちに招待状配ったらしい」


 ステップを踏みながらエジェは申し訳なさそうな顔をした。


「後継者って、さっきの公爵様も言ってたけど。

 エジェ、三男よね。

 跡取りじゃないわよね? 」


 妙な話にわたしは首を傾げた。


 現にジュスト伯爵家はエジェのお兄様が継いでいる。


「あれ? 話してなかったっけ? 

 その、普通の貴族は長男が家督をつぐんだけど、家は仕事柄特殊なんだよ。

 もともと魔術の腕で爵位を貰った家だからな。

 家督を継ぐのは一族で一番魔力の強い男子って特例が出てるんだ。

 おまけに、魔術師なんて薄気味の悪い職業やっている相手に嫁に来てくれる物好きも少なくて、嫁さん探すのにも苦労するんだよ」


「そういえば、伯爵様もまだ独身よね? 

 見た目はエジェよりよっぽどいいし、優しいのに」


 わたしは首を傾げる。


「そう言ってくれるのはお前だけ。

 な、訳で。

 将来俺の子供がもし魔力があれば、後継ぎ決定ってわけ。

 兄貴にしたら浮かれたくもなるよな」


「もしかして、伯爵様がエジェとわたしの婚約急いで下さったのって、そのせい? 」


「そ、貴重な嫁逃げられたらことだって、な」


「わたし、そんなに期待されても、困るんだけど? 」


「細かいことは気にするなよ」


 エジェは言いながら腰に添えていた手に力を込めわたしの身体を引き寄せた。

 少し動きが大胆になる。

 あ、このくらいの方が好き、かも。

 暫くエジェとは踊っていなかったけど、やっぱりエジェのエスコートが一番躍りやすい。

 丁寧なホールドが心地よくて、まるで王族の姫君にでもなったような気分にさせてくれる。

 そうよね、細かいことなんか今考えていても仕方がない。


 せっかくエジェと踊れるんだもの、この時間楽しまなくちゃ損よね。


 その腕の中の居心地を暫く堪能していると、程なく音楽が鳴り止む。

 軽く息を切らせて、パートナーを務めてくれた相手に向き合うと礼を送る。

 本当はまだ難曲でも踊っていたいけど、今夜ばかりは遊んでは居られないのよね。

 途端に、ホール高い天井に割れるほどの拍手が鳴り響いた。


「なに? 」


 周囲を見渡すとホールに居た人々が全て壁際に寄り、わたし達だけが立っているホールの中央に視線を向けていた。


「もしかして、今踊っていたのってわたし達だけ? 」


 エジェとのダンスのあまりの心地よさに酔いしれて気が付かなかったんだけど、何時の間にかホールで踊っていたのはわたし達だけになっていたみたい。

 当然、ホールの人々の視線が皆こっちに向いている。

 さすがに気まずくて、恥ずかしくてわたしの顔が一気に染まる。

 それまで見られていると思うと尚恥ずかしくて、わたしは顔を伏せた。


「ほら、顔をあげて」


 何時の間にかこれ以上ないほど近くにきていたエジェにつぶやかれ、顔をあげると、額に軽くキスを落とされた。


「やだ、エジェ。

 こんな人前で! 皆が見てるのに」


 エジェが額や頬へキスしてくれるのは初めてじゃないけど、さすがにこんなにたくさんの人が見ている前じゃ恥ずかしすぎる。

 いつものわたしなら反射的にひっぱたいてしまっていたかも知れないけど、さすがにこの状況に思いとどまった。


「いいんだよ。

 見せる為にやってるんだから」


 面白そうにエジェが笑みを浮かべた。


「ほら、挨拶して」


 促されて差し出された手を取ると、わたしはエジェに支えられたまま膝を折る。

 もう一度、ホールの中に拍手が湧き起こった。


「ね? どういうこと? 」


 わたしはエジェと手を繋いだまま、ホールの端に下がりながら訊く。


「ちょっとした、演出。

 これでここに居る招待客に、お前の顔見せられただろう。

 一人一人に挨拶して廻るより、余程効率的ってな」


「そんな手抜きしていいの? 

 わたしなら、構わなかったのに」


「いや、さすがに挨拶だけでも、ここに居る人間皆にして廻ると、夜が明けるぞ」


 面白がるようにエジェが言う。


「……とりあえず、ありがとう」


 すっごく恥ずかしかったけど、気を使ってもらったのは確かだし。

 わたしはポツリと口にする。


「それと、この先のことなんだけど、俺飲食店はじめることにしたから」


「飲食店? 」


 わたしは突飛な声をあげた。


 伯爵家の子弟と言ってもエジェは三男だから、いずれは家を出て何か暮らして行く仕事をもたなければならないのはわかってたけど。

 普通は弁護士とかお医者さまとか、貿易に携わる人もいる。

 だけど、さすがに飲食店は貴族の子弟がするべき仕事じゃないと思う。


「そう。

 それで、その準備で暫く忙しくなるから、そのつもりでいて」


 何をそのつもりで居ればいいのかわからないけど、とりあえず今ここで突き詰めることができないのだけはわかる。

 わたしは仕方なく頷いた。

 


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