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2-8

「どうした? 

 お前、こういう賑やかなの嫌いじゃなかっただろ? 

 街のカーニバルとか。

 寝た振りして大人の夜会に忍び込んだり、よくやってただろう? 」


 エジェが首を傾げる。


「あ、デビュタント前だからってのは心配しなくていいから。

 兄貴、お前のデビュタントの報告と、俺たちの婚約発表まで纏めてやるつもりだよ。

 なんか、一度で全部済まそうってのが手抜きで悪いけど」


「何が、手抜きだって? 」


 そこへ伯爵様が大きな箱を手に戻ってきた。


「だから、帰国祝いと快気祝いと、ついでに婚約発表まで一度に済まそうってのがだよ」


「仕方がないだろう。

 順番からしたら帰国祝いと快気祝いが先になる。

 それじゃグリゼルタが出席できないだろう。

 我が家としては、早いところ子爵家との婚約が正式に整ったことを公にしたいんだよ」


「……だそうだ」


 呆れたようにエジェは息を吐く。


「グリゼルタも構わないだろう? 

 社交界へのお披露目が延期になっている理由って、ティツィアーノ子爵の病気だって聞いているよ。

 だったら、伯爵家でのお披露目でも」


 伯爵様の言いたいことはわかってる。


 子爵や男爵みたいな下級貴族の娘は時に箔をつけるため親戚筋の侯爵家なんかでお披露目をすることがある。

 だから全然不自然じゃなくて、むしろありがたいんだけど…… 


「うん。ものすごく嬉しいんだけど。

 その日は、ちょっと用事が、あって、ね」


 言いながらわたしは視線を反らせる。


 何の用事だって突っ込まれたら、答えに困る。

 本当は、用事じゃなくて。

 まさかねぇ、着ていくドレスがないなんて言えないし。

 十六のお誕生日パーティーをお父様の病気を理由に延期されたあと、正式な場所に出る為のドレスをまだ一枚も作ってもらってない。


 お義姉さま曰く、正式な社交界へのお披露目が済んでいない娘に、正装した場所へのお呼ばれなんて絶対にない。

 まだ背が伸びている最中だから、そのうちにドレスのサイズが合わなくなったら勿体無いって。


 だから、デイドレスだって未だに丈が短いまま。

 普通なら十六の誕生日を過ぎれば例え何らかの事情でお披露目が遅くなっても、ドレスと髪型くらいは改める物なんだけど。

 お義姉さまのドケチ振りは今に始まったことじゃない。


「兄さん、それ例の奴だろ? 」


 不意にエジェは伯爵様の持ってきた箱に視線を向けた。


「ああ、そう。

 丁度間に合った。

 はい、グリゼルタ。

 エジェオからだよ」


 伯爵様はその箱をわたしに差し出した。


「えっと、その…… 」


 突然のことにわたしは戸惑う。


 多分、恐らくプレゼントだと思うんだけど、誕生日でも記念日でもお祝いの日でもなくて。

 だったとしても、普通なら花とか本とか小物とかが常識。

 こんな大きなものありえない。


「少し早いけど、婚約者から嫁さんになる人への贈り物、な。

 それと遊学先の土産何にもないから、その代わり」


 エジェが少し照れたように頬を染めた。


「全く、婚約者への土産忘れるなんて、どこか抜けているだろう。

 買ってきたのはお茶だけだって言うんだから」


 伯爵様が笑う。


「仕方ないだろう? 

 その、女の子の喜びそうな物なんてなんだかわからなかったんだし」


 エジェはもごもごと言う。


「エジェ、ありがとう、嬉しい。

 ね? 見てもいい? 」


 躊躇いながらわたしは訊く。


「もちろん」


 頷いてもらってわたしは蓋に手をかける。


 途端に、箱の中いっぱいに詰め込まれた吸い込まれそうなほど綺麗な青いいろにわたしは目を奪われた。


「きれい…… 」


 思わず口をついてでる。


「って、エジェ。

 これドレスじゃない! 」


 思いもかけない贈り物にわたしは、戸惑いながら声をあげる。


「気に入らなかったか? 」


「ううん、そうじゃなくて。

 ドレスなんて、いただく筋合いがないもの。

 贈る方も受け取ったほうも非常識になっちゃう」


「だから言っただろう。

 婚約者からの贈り物だって。

 婚約披露のパーティには婚約者から贈られたドレスを着るのが常識だろ? 

 どこか問題あるか? 」


 確かに婚約者だったら許されるのかも知れないけど。


「まだ正式に決まった訳じゃないのに」


「いいだろう? もうとっくに決まったようなものだし」


「それとも、お前俺との婚約拒否する? 」


「絶対、イヤ! 」


 反射的にわたしは叫んでいた。


 小さなときに婚約者だよって現れたエジェは、わたしにとってはもう家族も一緒で。

 今更他の人を旦那様にするなんて考えられない。


「本当に、仲がいいね」


 目を細め呆れたように伯爵様につぶやかれ、わたしは頬を染める。


「ドレスも揃ったし。

 これでお前に拒否権なしな。

 どうせ、用事ってチビの子守りだろ? 」


 何もかも見透かして、決まったことのようにエジェは言う。


「どうして、それ! 」


 わたしはエジェの顔を見た。


 エジェは確かに多少の魔力を持っているけど、魔法は使えない筈。

 当然予知だってできない。


「バレバレなんだよ」


「嘘っ! 」


 一応惚けたつもりだったんだけどな。

 何処でばれちゃったんだろう? 


「おまえさ、嘘吐く時や答えに困ったとき、必ず視線があさっての方、向くよな。

 ついでに、それ」


 エジェはわたしが握ったままになっていた封筒を指差す。


「封を開ける前に、どうして日付けがわかったんだよ? 

 お前魔力はからっきしないだろ? 

 予知なんかできるわけないし」


 さっきわたしが思ったのと同じ言葉を言われる。


 しまった…… 

 うっかり「その日は…… 」なんて言ったりしたから。


「ごめんなさい、嘘ついて」


 わたしは肩を落として小さくつぶやく。


「さて、話が決まったところで。

 グリゼルタ、時間はいいのかな? 」


 促すように伯爵様が訊いてくる。


「! まず…… 

 そろそろ帰らないと。

 ご馳走様でした。

 エジェ、ドレスありがとう。

 またね」


 わたしは立ち上がると頭を下げた。


「送っていくよ、グリゼルタ」


 次いで伯爵様も立ち上がる。


「大丈夫です。

 走って帰れるし、伯爵様忙しいのに」


「そうは行かないよ。

 お預かりしたお嬢さんを歩いて帰すなんて」


「だったら俺が行く」


 二人の声が重なった。


「エジェオはまだ外出禁止。

 わかっているだろう。

 魔力持ちは弱っている時に妖魔に狙われやすいって。

 それに、ティツアーノ子爵に許可を貰わなくてはいけないからね。

 家長の私の役目だ」


 書き物机に置かれていたもう一通の封筒を取り上げて伯爵様は言った。

 

 


「済まなかったね、一方的に何もかも決めてしまって」


 馬車の中で伯爵様は息を吐く。


「こうでもしないと、話が進まなそうだったからね」


 伯爵様のその言葉に恥ずかしさで思わずわたしの頬が染まる。

 

 お父様の病が癒えるのを待って、なんてお兄様とお義姉さまのただの口実だって解っている。

 本当はデビュタントも婚約発表もこのままにしておいて、あと一年も惚けたら結婚させて家から追い出すつもりでいること。

 エジェが三男で、もう暫くしたら家を出て貴族の戸籍から除外されるのを言い訳に、貴族らしいしきたりをそっくり端折っても伯爵家から文句はでないだろうと踏んでいることも。

 正直悔しくないと言えば嘘になるけど、それでも病気のお父様の前で騒ぎを立てたくはなかったし、とっくに諦めていた。

 

 ただ、その内情が伯爵様の耳にまで入っていたと思うと、ものすごく恥ずかしい。

 しかも、先にお兄様に相談してなんて正当な手順を踏んでいたら、費用を出し惜しみするお義姉さまに話自体が潰されてしまうことも承知で一方的に進めてくれたんだと思うと、もうどうしていいのかわからない。


「あ…… ありがとう、伯爵様」


 染まった顔を見られたくなくてわたしは俯いたまま言う。


「エジェオのところにお嫁にきてくれる大切な女の子だからね」


 伯爵様は笑いかけてくれた。


「それで、子爵の様態はどうだい? 」


「あの、それがあんまり…… 

 ジャネラ先生は一度魔術医に診てもらうほうがいいって言うんだけど、お父様がどうしても首を縦に振ってくれなくて」


「子爵は、君が可愛くて仕方がないんだね」


「どうしてそうなるの? 」


「君の周りはどうか解らないけど、世の中魔力持ちは奇異な目で見られることも多いからね。

 しかも遺伝することが知られているから、親が魔力持ちだと判ると子供も同じ目で見られる。

 魔術医に診察を頼んだことが近隣に知れたら、魔力持ちだと誤解されかねない。

 娘まで同じ目でみられるんじゃないかって心配さなっているんだろう」


「わたしのことまで気にしなくてもいいのにね。

 それよりお父様が早く良くなってくれる方がどんなにいいか…… 」


 わたしは視線を落としてぼんやりと足もとを見つめる。


「そうだね。

 子爵には早く元気になってもらわないと。

 いいよ、今日はこの件で訪問の約束をしているんだ。

 魔術医ではなく、ジュスト家の当主としてだけどね。

 それとなく様子を診てみよう。

 それによってはジャネラ医師も治療の方針を変えたいんだろうし」


 伯爵様は手にしていた封筒をわたしに指し示した。

 

 


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