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2‐7

 遠慮がちな軽いノックが、子供部屋の低い天井に響いた。


「はい? 」


 わたしはテオと一緒に覗き込んでいた絵本から顔をあげる。


「お嬢様。

 ジュスト魔術医院からお迎えがきていますが」


 女中頭のラコーニさんの声が言う。


「伯爵様のお迎え? 」


 わたしは頭を傾げた。


 確かそんなお誘いはなかったはず。


「魔術医院からのお迎えですよ。

 お嬢様、退院後診察に全く見えていないそうですね」


 ラコーニさんの顔は少し怒っている。


「そういえば、先日送ってもらった時に伯爵様がそんなこと言っていたような気もするけど…… 」


 あれって単なる社交辞令くらいに思っていた。


「とにかく、行ってきてください。

 お迎えをお待たせするわけにはいきませんよ」


「そうしたいんだけど、ね…… 」


 わたしは膝にもたれかかるようにして絵本を見ているテオに視線を移した。


 お昼寝しているのならまだしも、まだ午後までには程遠いこの時間にテオを一人置いては行けない。

 だからエジェのことはずっと気になっていたけど、様子を伺いに行くことができないでいた。


「テオドールお坊ちゃまなら、こちらで見ていますよ」


「いいの? 」


 わたしの問いにラコーニさんは頷いてくれた。


「お医者様が必要だと判断したから、こうしてお迎えをよこして下さっているのに。

 無視して、万が一の事があったら旦那様になんて言えばいいんですか? 」


 あからさまにため息を吐きながら言われてしまった。


「じゃ、お願いね! 」


 わたしはいそいそと部屋に飛び込むとコートと帽子を手に取る。


 これでエジェの顔を見にいける。

 こんなチャンスめったにない。


「お嬢様、お着替えをお手伝いしますよ」


 すぐにラコーニさんが気付いて追いかけてくる。


「ありがとう、でもいいわ。

 外出着も今のも大して変わらないし」


 コートを着込みながら言う。


 そもそも、外出用のドレスなんてここ数年作ってもらっていない。


「お嬢様、その…… 

 ドレスもう少し丈の長いものはお持ちではないのですか? 」


 ラコーニさんの気の毒そうな視線がわたしに向けられた。


「気にしないで。

 行ってきます! 」


 着替えのことなんて気にしていないように笑ってわたしは部屋を出た。

 

 

 迎えにきてくれた馬車に揺られ数分。


 伯爵様のお屋敷の傍らに立つ病院のドアの前に立つとわたしは大きく息を吸い込んだ。


 確かに「診察に来い」といわれたてのに、それを勘違いして無視してしまったのはわたしの落ち度。

 何を言われても仕方がないんだけど…… 

 伯爵様をがっかりさせたり、非常識な娘だっていう印象をもたれたら、と思うと気が重い。

 このドアを叩かずに帰りたいような気持ちに苛まれる。


 と、呼吸を整えている間に突然ドアが開いた。


「やぁ、グリゼルタ。

 待っていたよ」


 伯爵様自らドアを開き、顔には満面の笑みを浮かべている。


「ごめんなさい! 

 ごめんなさい。

 その…… 忘れたわけじゃなくて、ですね。

 社交辞令だとばっかり思っていて…… 」


 被っていた帽子を取りその縁を握り締めながらわたしはもじもじと言う。


「ん? 」


 それが耳に入らないかのように伯爵様はわたしの顔を覗き込む。


「よしっ、顔色も悪くないね。

 おいで」


 伯爵様はわたしの肩に軽く手を触れると、診察室ではなく、居間の方に促した。


「あの、診察するんじゃ? 」


 戸惑いながらわたしは訊く。


 そのためにわざわざお迎えの馬車を用意してくれたはずなのに。


「だから、今診たよ。

 傷はとっくに治っているはずだし、顔色も悪くない。

 これといって薬も必要なさそうだしね。

 いいよ。

 これで経過観察終了だ。

 で、せっかくきたんだからお茶でもしていきなさい」


 言いながら伯爵様はドアを開いた。

 


「よ、やっと来たな」


 暖炉が焚かれ暖かな部屋の寝椅子から顔をあげると、エジェが笑いかけてくる。

 顔色も悪くなく、いつものエジェの笑顔だ。


「……よかった」


 思わず口にした。


「何が良かったんだよ? 」


「ん、エジェ。

 思ったよりずっと元気そうだから」


 暖炉の前に置かれた椅子に案内され腰を降ろしながらわたしは言う。


「何言ってんだよ。

 兄貴も最初からそう言ってただろ? 」


 既に慣れっこにでもなっているのか、確かにあの時二人は全く動じていなかった。


「驚かせてすまないね。

 魔力枯渇は魔術師特有の症状だから、魔術師本人や魔術師が身近に居ない人間は驚くよね。

 エジェの場合、めったにあることじゃないけど、ごくたまに思い出したように一度あるから。

 我が家のお嫁さんになるんだから、慣れてもらったほうがいいね」


 席に付きながら伯爵様は言う。


「こんなこと、また、あるの? 」


 一向に目覚めないエジェに胸を潰されそうになりながら、目覚めを待つなんて一度でたくさん。


「もし、次に目覚めなかったら? 死んじゃう、なんてことないわよね」


 思わず血の気が引く。


「大丈夫、エジェの場合最悪魔力が戻らなくなって普通の人間に戻るだけだから。

 命の方は保証するよ」


 まるでそんな大事ではないと言う感じ。


「だから、安心して」


 にっこりと笑って言うけど、まだ納得はできないかな? 


 そんなことを考えながら、出されたお茶を口に運ぶ。

 ふわりと華やかな香りが口の中に広がった。


「おいしい! 」


 思わず口に出る。


「だろ? 」


 エジェが得意げな笑みを浮かべる。


「これ、エジェオの遊学先からのお土産なんだよ。

 コイツにしては気が利いているだろう」


「なんだよ、兄さん。

 コイツにしてはって」


 二人でじゃれて笑いあっている。


 なんか、いいな。

 こういうの。

 わたしとお兄様じゃ絶対ありえない…… 

 ま、いいんだけどね。

 どうせ、あと何年もしないうちにお嫁にいくんだし。

 

「旦那様…… 」


 入ってきたメイドが伯爵様の耳もとで何かをつぶやいた。


「悪いね、ちょっと…… 」


 カップを置くと伯爵様が席を立つ。


「あ、患者さん? 

 だったら、わたしもお暇…… 」


「いや、すぐ戻るから。

 もう少しゆっくりしていて。

 エジェも話し相手でも居ないと退屈だろうし」


 立ち上がりかけたわたしを制して伯爵様は部屋を出て行った。


「……たく、過保護だよな。

 俺まだ外出許可でないんだぜ? 」


 伯爵様の背中を見送りながらエジェが訴えるようにつぶやく。


「それって、魔力がまだ戻っていないから? 」


「らしい。

 けど、俺の魔力って本当にあるかなしかなんだぜ。

 絶好調の時だって初歩の呪文一つ成功させられないほどの」


「だからじゃないの? 」


 わたしはもう一度淹れてもらったお茶を口に運んだ。


 ここのところテオに付き合ってケンブリックティーかミルクばかりだったから、普通のお茶は久しぶり。


「もともとちょっぴりしかない魔力、底をついているんだもの。

 もし何かあったら、今度は…… 

 って伯爵様も心配なのよ、きっと」


「なんで、そこで兄貴の肩を持つんだよ? 

 そんなに兄貴が好きなら兄貴と婚約すればよかっただろ? 」


 少し拗ねるようにエジェが言う。


「酷い、そう言うこと言うわけ? 

 だってエジェを心配するのって伯爵様もわたしも一緒だもの。

 少しだけ意見があったってだけじゃない。

 どうしてわたし責められるの? 

 もういいわ。帰る」


 このままここに居たら、口喧嘩に発展しそうでわたしは席を立つ。


「ごめん。

 そう言う意味じゃなくて…… 

 その。

 そうだ、これ! 」


 言葉に詰まってエジェオは一通の封書を引っ張り出してわたしに差し出した。


「今日、呼んだのは、これを渡そうと思ったからで。

 今帰られるのはちょっと、まず、い、かな」


 バツの悪そうなエジェの声が徐々に小さくなる。


 その反応にわたしは首を傾げた。


 なんだろう? 

 いつものエジェと少し違う? 

 わたしの知っているエジェは、こんなにすぐに謝ったりしてこなくて、バツが悪そうにもしなかったのに。


 勢いで出て行きかけた足を止め、エジェを振り返る。


 エジェは差し出した封筒をまだ引っ込めずに待っている。


「これ…… もしかして招待状? 」


 受け取った封筒には表側にはわたしの宛名、裏側は伯爵家の家紋がデザインされた封蝋が押してある。

 きちんと封蝋が押してあるってことは正式な夜会か舞踏会の招待状。


 どうしよう。

 すっごく嬉しい! 

 ……ん、だけど。


「そ、夜会。

 俺の帰国祝いと快気祝いと…… 」


「ごめんなさい! 

 夜会は、ちょっと」


 エジェが言い終わる前にわたしは思いっきり頭を下げて、その言葉を遮った。 




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