拭われない因縁
靖はパソコンの前でずっと考え事をしていた。
「う〜ん…、やっぱり調子悪くない?」
靖の母も父も困り果てていた。
「この住宅街だけ電波の調子が悪いのよ…」
「ああ、電波と一緒に電磁波も使えなくなった。電子レンジは壊れるし、テレビやラジオで映らない局はあるし、ネットも繋がらない。」
「それ、なんかおかしくない?ねぇ、原因とかってないの?」
「それが奇妙な話、無いんだ…」
「やっぱり…」
靖は何を思ったのかそのまま家を出てしまった。
昴はアトを公園で遊ばせていた。
「昴様、アトめは大変嬉しゅうございます!」
「お前、いっつも思うけどちっこいよなぁ…」
「はい!何千年もの昔からこの姿でありますが」
このような口調と成熟し切ってる精神を除けば、アトはそこら辺にいる園児と混じっても全く違和感は無かった。
「今まで遊んでもらった事は無かったのか?」
「はい、全くもってそんな事はございません!」
すると靖が二人の元へと駆けて来た。
「これはこれは靖様ではありませんか、どのような件があって主に御用でありましょう?」
「アト君、僕にまで様をつけるの…?」
「はい!主の大切な友でありますので!」
「そっか…、ありがとう」
「で、俺に何の用なんだ?」
「実はね…」
すると、杏も姿を現した。
「あれ?靖君!ちょうど私も昴君に用があったんだ」
「へぇ、そうだったんだ、まさか電波が悪い話?」
「まさか靖君もその事について聞きに来たの?」
靖と杏は朝の一件について話した。するとこんな答えが返ってきた。
「まさかギガのせいか?なぁ、アト」
「はい…、最近冥府神霊達は華玄の魂を狙ってこの町をあらしているらしいんです。」
「アト君もついこの間まで華玄の魂狙ってたんじゃ…」
アトは一瞬赤面したが、すぐに切り替えた。
「冥府神霊の一人であるギガは、『遮断』っていって波を遮断する能力がございます。恐らくそれで電波や電磁波を遮断して人々の暮らしに影響力を与えているのではないでしょうか」
すると昴は立ち上がった。
「よし、俺が行く」
「えっ?」
「ちょっとあんた大丈夫なの?!」
「何言ってるんだ、俺だぜ?今まで冥府神霊どもはぶっ倒してきたじゃないか」
すると杏は不服そうな目をした。
「ねぇ、あんたホントに大事なの?それに、同級生のはずなのにこんな凄い力を持って、何者なの?」
「あぁ、俺?少なくとも俺は人間じゃない」
「えっ…、ちょっとあんた何言ってるのかさっぱり分からない」
ここまで色々振り回されながらも、杏は信じられないという顔をしていた。
「俺は死神と陰陽師の力を持って産まれてきたんだ」
「それで、あんなに強いの…?」
「まぁな、」
「実は僕も厳密に言えば人間じゃないんだ」
「えっ、ええっ?!」
杏は昴と靖を交互に見て驚いた。
「今の僕は身体が死んでいる」
「えっ?あんたひょっとしてゾンビ?ホントに大丈夫なの?!」
「僕、生きてるんだけど…」
「身体が死んでいるんだよね?」
杏が靖の身体に触ると、硬直していて冷たかった。
「僕は死んでもないし腐ってもない!まぁ、たまにある話だから気にしないで」
「私の周囲に人間じゃないやつが三人居る地点で普通じゃないって!」
杏はそう叫ぶとまたため息をついた。
「で、昴君はどうなの?しょっちゅう命狙われてるけど」
「まぁ、俺は死なないからな」
「こ、この歩く爆弾!公害、いや…、災害!しっかりしてよ!」
「俺は本当の事を言ってるだけだから」
「その自信過剰なとこが心配なの!死んでも知らないんだからね!」
「だから俺は死なないって…」
「で、もっかい聞くけどさ、昴君は何者なの?」
「俺は将来冥府を統べる者であり、言ってしまえば神だよ」
「はぁ〜?!」
杏は呆れてこれ以上昴に言い返す事は無かった。
「まあまぁまぁ、杏お嬢様、お気を確かに…」
アトが杏をなだめた。
「で、アト君は何なの?ネズミ?」
「僕はネズミじゃなくて冥府神霊、怪の一種だよ!」
「冥府神霊って言うのは冥王から称号を送られ神化の力を得た冥王の下僕さ」
「で、アト君は昴君の下僕なの?」
「はい!そうでございますが?」
杏は色々ツッコみたかったが、これ以上するのはやめた。
「で、ギガのせいだったんだよな?」
昴は気を取り直して、アトにそう聞いた。
「はい、それで間違いないかと」
「やれやれ、現地に向かうか…」
「現地にって、分かるの?」
「あいつらが狙ってるのは俺だぜ?俺が動けば奴らも動くだろう」
「そういうもんなの…?」
昴は先々進んでいく。
「俺と靖は良いけど杏、何かあったらすぐに逃げろよ?」
「本当に大丈夫なの…?」
昴は何も答えなかった。
しばらく歩いていると、正面から威勢のある声が聞こえた。
「華玄!まさかお前から来てくれるとはな!」
そこには雷を纏った雄豹の姿の怪が立っていた。
「お前、ギガか」
「お前の魂を今すぐにでも奪ってやる!それと、アト様!あなたは何故華玄に寝返ったんだ?!」
「僕は今も昔も変わってない!」
「『金神円舞』!」
「『霊力遮断』!」
ギガは昴の力の波を遮断した。
「まさかお前、電磁波以外も遮断出来るのか?」
「強くなってるのはお前だけじゃない!『電波放出』!」
「『土神円舞』!」
昴は直ぐ様地面を隆起させてギガの電磁波を防いだ。
「ぐっ…!おのれ!」
ギガは狙いを変えて、靖達に拳を食らわせようとした。
「危ない!」
アトはそれを庇い、傷を負った。
「あっ…!」
「くっ、ギガめ…これ以上手を出すな!」
アトは三叉矛を取り出してギガに向かうが跳ね除けられてしまった。
「アト様、同じ冥府神霊ではありませんか?何故手を出そうと?」
「ギガ…、主を守るのが我々冥府神霊の役目じゃなかったのか?」
「まさかアト様、華玄を主と?!くっ…許すまじ!」
ギガはアトにとどめを刺そうとした。
「『積念の傷跡』!」
その時、アトの傷が消えたと思うと、ギガに傷がついていた。
「ぐあっ!」
ギガはその痛みに苦しんでいる。
「昴様、今です!」
「『冥王の鉄槌』!」
昴の鎌はギガを貫いた。
「ぐっ…、華玄!」
「お前、誰の命で動いてた?お前は腕っぷしは強いがあんまり能力使わない質だったよな?何故だ?」
「それは…」
その時、ギガの体内から瘴気が湧き出し、消滅してしまった。
「あっ!」
「口封じに瘴気が込められた魔水晶を埋められていたのか…」
昴は三人の方を見た。
「今回はアトの手柄だったな」
「お役に立てて光栄に預かります!」
靖と杏は目をぱちくりさせていた。
「ねぇ昴、魔水晶って何?」
すると昴は右手を出した。
「『集風霊晶』」
するとそこに『風』が集まり。群青色の水晶が現れた。
「これは霊水晶、霊力が込められた水晶だ。更にこれに魔や鬼、怪なんかの力が加わると魔水晶と呼ばれるものになる。」
昴は霊水晶を二人に手渡した。
「これは二人にやるよ」
「ありがとう!でも…良いの?」
「良いさ、これは使用者を守ってくれる力がある。俺の力だから相当強いぜ?」
「うん!大切にするよ!」
四人は笑い合っていた。
翌日、その日は体育があった。バスケットボールの練習で先生に決められたペアでキャッチボールをする事になった。昴は杏と組んでいた。一方の靖は、中々決まらず、クラス内でもあまり知らない人と組む事になった。その子の名前は黒木修司という名前だった。
修司は黒髪に紫や青が混じったような黒目をしていて、周囲に人を寄せ付けないような気を発していた。靖はそんな修司を気にしながらもキャッチボールを続けた。
しばらく経った頃、修司は靖にこんな事を聞いてきた。
「なぁ、靖、最近あいつと一緒に居るよな?何があったんだ?」
靖は修司のボールを受け止めながら返事を返した。
「あいつって、昴の事?」
「ああ…、何故あいつの側に人が居るのか分かんないんだよ」
「修司君って昴と話した事無かったよね?何で知ってるような事を言うの?」
「別にお前とは関係ないだろう?」
修司は強烈なボールを靖に向かって投げてきた。
「あっ!」
「危ない!」
そのボールは昴が受け止めていた。
「…大丈夫か?」
「うん…」
修司は昴を睨みつけていた。
「俺がお前に何をやったっていうんだ?」
「お前って奴は…!」
修司は昴に殴りかかろうとしたが、昴は片手でそれを止めた。
「今は体育の授業中だ」
「くっ…!」
修司はそのまま何処かに行ってしまった。
先生からの号令があり、みんなが集まっていた。
「全体、前にならえ!」
先生の合図で前ならえをした。靖の後ろはちょうど修司だった。
「うん?」
靖の背中に妙な感触があった。その時は特に何もなかったが、放課後、予想だにつかない事が起きてしまった。
「うっ…!」
ランドセルを持って帰ろうとした時、靖は脱力感と妙な痛みに苦しんだ。
「靖君?!」
「靖、大丈夫か?!」
顔は青褪め、痙攣もしている。
「こりゃただの病気じゃないな…、妖に取り憑かれたのか?それとも…瘴気を入れられたか?」
「分からない…」
昴がシャツとカーディガンを捲ると、そこには紫色の痣があった。
「何時、何処で、誰にだ?」
「分からない…でも、苦しい……」
昴は靖を背負った。
「杏はランドセルを持て、婆さんの家に行こう。」
「うん…!」
昴達は梨乃の家にやって来た。そこには梨乃と勤、玲奈
それから親戚にあたる英治が居た。
「昴?!どうしたんだ?」
「婆さん、爺さん、英治さん…靖が大変なんだ!和室貸してくれないか?」
「うん、良いけど…」
昴は杏を和室に入れると、背負ってきた靖を寝かせた。棚には巨大な霊水晶があり、引き出しには昴の数珠がある。
「ここって、変な儀式とかするの?」
「いや、特にはしないけどさ…何かあった時の為にここに入ることにした。」
昴は左手に数珠を巻き、鎌を構えた。
「かの者に憑いてるものよ…その姿を現せ!」
だが、靖の身体からは何も出て来ない。
「それで出てくるの?」
「原因は怪や妖では無さそうだな…」
「うっ、…苦しい……」
靖はますます元気がなくなってくる。昴はその身体を触り、ズボンのポケットから霊水晶を取り出した。
「ねぇ、この前と変わってない?」
群青色だった霊水晶は、濁った黒色をしている。
「瘴気の影響だな…待ってろよ…」
昴はその霊水晶を鎌の刃先に着け、靖の胸に突き刺した。
「ああっ!」
靖の身体から瘴気が上がり、水晶の中に吸収されていく。
「今は身体が死んでるはずさ、大丈夫だとは思うが…耐えろよ」
「うっ…!」
そして、瘴気が抜けたと同時に、黒ずんだ霊水晶が飛び出してきた。
「あっ、僕は…」
「昴君、これって…」
杏は水晶を触ろうとしたが、昴に止められた。
「やめろ!お前…死ぬぞ!」
「だってこれ霊水晶なんじゃ…」
昴は水晶を拾って見た。
「これは魔水晶、怪や妖の力が込められた水晶だ。さっきのギガには恐らくこれと同じものが入ってたんだな」
「うわぁ…」
「で、怪でも死ぬようなやつをなんで昴君は素手で持ってるの?」
「俺は大丈夫だからな」
「本当にこれ大丈夫なの?!」
昴はそれを見ながらこう呟いた。
「ギガといい、靖といい、誰かに瘴気を植え付けられたんだ。一体誰が……」
昴は魔水晶を握り締め、二人の前に立った。
「探そう、そして何故そんな事をしたのか聞くんだ」
「昴?」
「お前らも、協力してくれないか?」
二人は頷いた。
三人が家を出ようとすると、英治が昴を呼び止めた。
「昴、君は確かに強い。ただ、それは君だけの力じゃない。」
「英治さん?」
「昴は華玄のようにはなっていけないんだ」
昴は考えながらも頷いた。