冥界への道
冥界には幾つもの門がある。魂は山や海からここに渡ると言われ、その道は厳重に守られていた。その中の一つを守る岩石の死神、アクス。彼は鎌ではなく斧を使う珍しい死神であり、智の母方の従兄弟でもあった。
アクスは門番として冥界の門を守っていた。
「今日も平和だな…、うん?」
その時、空から何かが割れるような音がした。
「えっ?!」
真上を見ると、冥界を取り巻いてる結界が割れていた。
「何があったんだよ…」
アクスは割れた結界の方へ向かって行った。
「靖!」
青い炎を足に纏った昴は、結界を突き破って冥界に降りて来た。
「ったく、何処行ったんだよ?!」
昴は辺りを見回すと下の方に降りて行った。
「華玄よ、何をしている?」
真上から声がしたと思って見上げると、そこには影のような巨大で黒い怪が見下ろしていた。
「お前は確か…、キロか」
「俺がいる限りお前はあいつに辿り着けない」
昴は鎌を取り出した。
「倒せばいいんだろ?」
「倒せるもんならな」
昴がキロに向けて鎌を振り上げようとすると、突風が吹いて飛ばされてしまった。
「もう一体居るのか?」
すると、鳥の姿の怪が現れた。
「ヘクト…、お前もかよ」
「華玄!その魂をよこせ!」
「お前らなんかにくれる魂があるかよ」
ヘクトとキロは昴に向かって一斉に攻撃を放った。
「『遠被弾』!」
「『減圧』!」
ヘクトの上昇気流から生まれた積乱雲と、キロの弾が昴に向かって行った。
「『雷神円舞』!」
昴は雷撃でヘクトを墜落させる。
「くっ…、華玄…!」
「言っとくがな、お前らに付き合ってる暇は無いんだよ」
昴はキロの方に鎌を向けた。
「『遠距離』!」
キロは自分と昴の距離を一気に引き離した。
「俺が死神だけの力じゃないと分かってるのにな…『土神円舞』!」
昴はキロの周囲の地面を隆起させ、動きを封じた。
「これで能力は使えないだろう?」
「くっ…しまった!」
「『冥星の一刈』!」
昴の鎌の一撃でキロは消えてしまった。
「急がなきゃな…早く靖を!」
昴はそう言って駆け出して行った。
一方、靖の身体はその場に放置されていた。靖よりも年下らしき小学生の集団がそれを見つけ、公園に運んで行った。
「えっ…これなんだろ…」
「人、だけど動かない…、息もしてない…」
「まさか死体?!」
「えっ、嘘…どうしよ…、俺達が疑われたらまずいよな?」
「どうする?」
すると、一人の少年が大きなスコップを持ってきた。
「これで埋めよう」
「うん、そうしよう!」
少年達はスコップで靖の身体を埋めてしまった。
昴は丘を抜け、死神の集落に差し掛かった。そこでも怪は人々を襲っていた。
「うっ!」
「あっ!」
立ち向かった雷の死神であるライトと、水の死神のウォルは怪にやられていた。
「なんなのこの力は…」
「流石、冥府神霊なだけはあるな…、メガ、で…、あの能力なんなんだ?」
メガは巨大な蝿、テラは蛾のような姿の怪だった。
「みんな!」
「大丈夫ですか?!」
「アクス、シオナ、来るな!」
アクスは岩、シオナは氷樹を繰り出したが、メガに霊力を吸収され、テラにそれぞれの弱点の技を打ち込まれた。
「えっ?!」
「そんな…」
アクスはその場に倒れたが、シオナは立ち上がり、攻撃を続けた。
「『氷柱の雨』!」
「『霊気吸収』」
だが、攻撃はメガに吸収されてしまった。
「『霊気放出』!」
すると、メガが今まで溜め込んでいた霊気が弾となり、一気にシオナに向かった。
シオナは氷樹でそれを防いだが、直ぐ様テラに炎を繰り出され、大ダメージを負った。
「うっ…!」
「シオナは木属性と氷属性の合わせ技だから、火の技は四倍のダメージを負ってしまうんだ…」
「シオナ!」
するとそこにシェイルとフォレスが飛び込んで来た。
「お父さん!お母さん!」
「『覇気吸収』!」
「『能力封じ』!」
二人の技もメガに吸収され、テラによって弱点をつけられた。
「アハハハハ!何なの?最近の死神はこんなにヤワなの?!」
「テラ、このままやっちゃいましょうよ」
二体が一同を圧しようとしたその時、一筋の斬撃が貫いた。
「お前ら…、何処まで俺を邪魔すれば気が済むんだよ…」
そこには昴が立っていた。
「華玄!まさかお前から来るとはな!」
「さっさとその魂をよこせ!」
昴が鎌を構えようとした時、空から誰かが降ってきた。
「母さん!」
そこには神化した真莉奈が立っていた。
「帰りが遅いから来てみたらこの有様か…」
「母さん、靖が…」
「早く行って!ここは私が食い止める!」
昴は頷いた後走っていき、真莉奈は『虚月』を構えて二体の前に立ち向かった。
「死神が何人来たところで…」
「『白月斬』!」
鎌の白い斬撃は二体に当たった。
「この力も吸収…って、ええっ?」
「元々無いものを吸収しても意味ないよね?」
真莉奈はふわりふわりと飛びながら、メガの背後についた。
「『虚月斬』!」
メガの力が吸収され、そのまま消えてしまった。
「おのれ…、死神の分際でっ!」
残されたテラは能力を発動させようとしたが、何をやっても技は出ない。
「確か…『悩殺』、だっけ?相手の属性の弱点の技を発動させる能力。だけど、今の私には属性そのものがない。つまりはその能力が使えないって事よ!」
「その力は、まさか皇女様の!」
テラは無数の蛾の怪を呼び出した。
「『幻影月破』!」
真莉奈は蛾を一気に消し去り、テラの方に向かう。
「『神力の狂弾』!」
テラは真莉奈の方へと攻撃する。
「『逆悩殺』!」
「『虚無の斬縛』!」
「ああっ!」
テラは消滅して行った。
「真莉奈さん!」
シオナは真莉奈の方へ向かう。
「シオナちゃん、それと皆さん…、無事で良かった」
「真莉奈、君が居なかったら倒せなかったよ」
「そうですかね?しかし、昴は何処に行ったんだろ…」
真莉奈は昴が行った先を見つめていた。
昴は、楼閣や田園地帯を抜け、広い草原へ辿り着いた。
「この先が、確か…」
昴の目の先には光の塔が見える。ここは地の果ての世界。冥界を超えた先にあると言われる場所だ。
「ここを登れば生まれ変わってしまう…、靖、早まるなよ」
昴は光の塔に向かって走って行った。
そこに着いた時、昴は人影を見つけた。
「靖!」
名前を呼ばれ、靖は驚き、振り返る。
「昴?どうしてここに…?」
「それはこっちの台詞だ、靖、良いから戻ってこい!」
「戻るって…?」
「ここを登れば魂は生まれ変わる。お前はお前じゃなくなってしまう、つまり、死んでしまうんだ!」
「えっ…、そんな…」
靖の身体は震えていた。
「だから…、戻ろう。靖はまだ死んじゃいけないからな」
「うん…」
二人は草原を抜け、冥界に戻った。
「靖、帰ろっか」
その時、周囲が燃えだし、靖の身体が縛られたように動かなくなった。
「また冥府神霊か?!」
そこには黒くて大きな影のような怪が二体居た。
「ペタ、エクサ、まさか同時に出てくるとはな…」
「華玄!その魂をよこせ!」
昴は靖を置いて鎌を取り出した。
「誰が魂をくれてやるかよ」
昴は飛び上がり、二体に斬りつけた。
「『抜魂の一刈』!」
「『瘢痕の烈火』!」
ペタの炎で周囲は一気に燃え上がった。
「あっ、靖!」
昴は炎に向かって技を放った。
「『海神円舞』!」
すると、水が一気に吹き出し、火は消え去った。
「華玄!俺の炎を消し去るとは!」
「とっとと終わりにしてやるよ、『冥道裂斬』!」
「うわっ!」
ペタは炎を繰り出したが、自分の炎に焼けてしまい、そのまま消えてしまった。
「くぅ…!華玄!」
ペタを倒しても、靖は動けないままだった。
「確か、『踏影』だったっけな?相手の影を踏んで動きを封じるってやつは」
「物分りが良いな、華玄も…『影絵踏』」
すると、昴の影も踏まれ身動きがとれなくなった。
「くっ…『雷神円舞』!」
雷がエクサの身体を貫いた。
「『暗黒舞踏』!」
エクサは影を呼び出し、二人を締め付けようとした。
「これで華玄、お前も終わりだな…」
だが、昴は笑っていた。
「フッ…、俺が影を操れないっていつ言ったっけな?」
「なに…?!」
「『陰陽光陰』!」
すると、昴と靖に纏わりついていた影が一気に離れた。
「しまった!」
「『天生地想』!」
するとエクサの身体と魂が分離し、朽ちていった。
「ふう…」
だが、戦いが終わっても昴の力が収まらなかった。
「まずいな…、靖、一旦離れとけよ?」
「えっ?」
昴の身体は燃えていた。
「力が暴走してるな、戦いが続いたせいか…、まだ身体が力に追いついてないんだ」
昴はそのまま空へと飛び立つと、何処かに落ちていった。
「あっ…、昴!」
靖は大慌てで駆けて行った。
昴が落ちた先は、三途の川だった。川の力で昴の炎は消え
力も収まった。川には骨魚や水生生物の魂が泳いでいる。
「急いで、上に上がらないと…」
その時だった。目の前に何かが被さったと思うと、何かヌメヌメとした鱗のようなものに抱かれ、水面へと上がって行った。
「昴!大丈夫か?!」
昴が目を開けると、顔は魚で、身体が裸の人間という生物が立っていた。よく見ると、身体中に鱗が付いている。
「魚人族、ですか…?」
「良かった…、オイラはカイル、魚人族だ」
「昴!」
するとそこに、靖とウォルが現れた。
「昴、無事だったんだ…」
「勝手にオイラの身体が動いたんだ。んで、気づいたらこうなってた」
「俺がやったんだよ」
ウォルがカイルの肩を叩いた。
「そっか、ウォルは水の死神だから…」
「『冥操魚』って技で操ってたんだ」
「そろそろ離してくれない?オイラ、地上には十分以上居れないんだ…」
「あっ、そっか、お疲れ」
カイルはそのままムーンサルトで三途の川へ戻って行った。
「昴、ずっと冥府神霊達と戦って疲れただろう?」
ウォルは鎖鎌を取り出すと、鎖を三途の川に投げ入れた。
「『水流鎖』!」
そして、鎖を引くと、一匹の魚が釣り上がった。魚は地上をピチピチと跳びはねている。
「これ、魂じゃないですよね?俺、ウォルさんと違って魂を喰う事は出来ませんよ?」
「大丈夫さ、これは俺が現世で釣りをした時に釣った魚で、小さいから川の下流で泳がせてたのさ」
「色々大丈夫ですか…?」
「餌もやったし、川を綺麗にもしておいた。それに、水質自体は問題ないだろう?それに、ここは冥界だ。例え死んですぐ戻れるさ。」
「は、はぁ…」
ウォルは魚を串に刺すと、魂はそこから抜けて川に泳いていった。
そして、昴の技で焼くと、美味しそうな焼き魚が完成した。
「ウォルさん、本当に良いんですか?」
「ああ、現世では美味しいもの食べさせてもらってるし、たまにはいいさ」
「そうですか…、靖、一緒に食べよう?」
「うん!」
二人は仲良く焼き魚を食べた。激流の中で育った魚は身がしっかりしていて美味しかった。
二人がそうしている間、ウォルはずっと昴を見ていた。
「魂、か…、魂喰っても腹にはたまらない。だがな…、ひょっとして、昴…、華玄の魂ならたまるのか?」
「えっ?ちょっと待って下さい!」
「冗談だよ、冗談。今のお前は俺と戦っても十分勝てるからな。魂なんて奪えない。しかし…、『華玄の再来』、か…、俺達冥界の死神はずっと華玄の復活を恐れていた。あいつは桁違いの力を持ってるらしい。長らく華玄は封印されていた。だが、それが昴という形で復活してしまった。」
「あっ…」
二人は焼き魚を食べ終えていた。
「さて、二人は青波台だっけ?近くの門まで送ってやるよ」
「ありがとうございます!」
二人はウォルに送られ、現世へと戻って行った。
一方その頃、一人の冥府神霊が、ある少年に向かって声を掛けた。
「上様!他の冥府神霊達が皆華玄に…」
「そうか…、親分は到底来ないだろうし、しばらくは俺が…、あいつらは無事なのか?」
「はっ!現在華玄や周囲の人達を狙ってる頃合いでございます!」
少年は左手を見つめると、紫色の爪を持った黒い腕へと変えた。
「全ては冥王様の為…、華玄、お前を、お前の存在を許さない」
少年の目は殺意に満ちていた。