6章ー7:決闘の横やりと、戦士の歌
「私は、私は……」
自分をじっと見て言葉を探す様子の角持ち少女へ、命彦は冷たく言い放った。
「負けたんだよ、お前は。いい加減認めろ。そして、さっさと家宝の魔法具を出せ」
『決闘自体はそちらの申し出で始めたことです。約定も口約束ですが交わしましたし、校門前でのやり取りは、私達以外にも聞いている生徒達がいましたね? 約束を守らねばこの決闘の件、あちこちに流布されますよ。それでは困るのではありませんか?』
命彦の言葉に続き、腕に抱えられたミサヤが《思念の声》で冷徹に告げると、角持ち少女と片割れ少女が、揃って渋面を浮かべた。
「くうっ! お、お嬢様の顔に、泥を塗るわけにはいかん……出してくれ」
角持ち少女が言うと、片割れ少女が自分の〈余次元の鞄〉から、1本の剣を取り出した。
「ほう? 両手剣か」
「ああ。三火家の家宝、武具型魔法具〈炎竜の両手剣:ホムラオロチ〉だ」
「魔力の気配も相当ある。いいだろう、決闘した甲斐があった。約束通り、それはもらうぞ」
「約束は約束だ、持って行け。それはもう……貴様のモノだ」
家宝の魔法具を地面に置き、片割れ少女と角持ち少女が後ろに数歩下がった。
そして、命彦が魔法具に歩み寄ろうとした時である。
訓練場の入り口が開き、2人の少女が入って来て、先頭の少女が叫んだ。
「……そこまでよ! その魔法具、そこのバカ者達に返してくださるかしら? 魂斬命彦さん?」
「「お、お嬢様っ!」」
訓練場に突然現れた2人の少女は、【ヴァルキリー】小隊の眼鏡の魔法具を装備した小隊長と、双子の片割れ少女のうちのもう一方であった。
現れた少女達は、魔法具と命彦との間に立ち塞がり、角持ち少女達をも庇って言う。
「我が小隊のバカ〔騎士〕が、貴方と交わしたお約束、この私が預からせていただきますわ」
「はあ? その言い分が通ると本気で思ってるのか、お前は?」
身勝手極まる言い分に腹が立ち、命彦が言い返すと、メイアも続いて言った。
「魔法士同士が交わした約束は、権利能力と責任能力を持つ成人同士が交わした契約とも言えるわ。契約に横やりを入れられた場合、こちらは法的にそっちを訴えることができるんだけど、それを分かった上で、預かるって言ってるの?」
メイアの言葉に、【ヴァルキリー】小隊の小隊長、眼鏡少女が答える。
「ええ。その魔法具の代替品を用意しました。そちらで我慢していただきます。魂斬命彦さん、貴方のことを少々調べて、この私が見繕った権利ですわ。きっと気に入る筈です」
「自信満々って感じだね?」
「ああ。言うだけ言ってみろ」
空太が命彦に語りかけると、命彦も少しだけ関心を持ったのか、眼鏡少女に先を問うた。
すると眼鏡少女が堂々と宣言する。
「では、言わせてもらいますわ。この私、炎堂恋火を、1日好きにできる権利を差し上げましょう。ですから今回の一件は、無効としていただきます」
「い、いけません、お嬢様!」
「お嬢様が責任を取る必要はありませんわ!」
「そうです。これはそこのバカ2人が始めたこと。どうしてお嬢様が……」
眼鏡少女の発言に、角持ち少女と肩を貸す片割れ少女が慌てて詰め寄る。
眼鏡少女の横にいたもう一方の片割れ少女も、初耳だったのだろう。
小隊長の眼鏡少女を、驚きの表情で見詰めていた。
「いいのですよ、貴方達。三火家にはよくしてもらっています。我が身を差し出して、その家宝が守れるのであれば、悔いはありませんわ。それにこれは好機です。あの男、上手く垂らし込めば、魂斬家と神樹家の分断に使えます。私もそういう経験はありませんが、見るからに地味でモテにくいであろうあの男も、それは同じ筈。主導権を握りさえすれば、私に溺れさせてみせますわ」
「「「おじょうざまぁぁーっ!」」」
【ヴァルキリー】小隊の小隊員が、小隊長の眼鏡少女へ縋り付いて嗚咽する場面を見て、命彦達は白けた表情で虚空を見上げた。
「……聞くだけ無駄だったね? というか、それ以前に狙いがこっちにバレてるし」
「ああ。代替案の方を選ばせたいんだったら、本案よりも上の条件を提示するのが普通だろうに」
「エライ条件が下がっとるで?」
「数千万円以上することがザラにある、歴史ある魔法使いの一族の魔法具を入手する権利を捨てて、アホのお嬢様との1日逢引権が手に入るとか、それもう詐欺よね?」
命彦達の会話を聞いていた眼鏡少女が、怒りの表情で口を開く。
「わ、私では不満と仰るつもりですか! 殿方にとって美しい女性を1日好きにできるというのは、最高の褒美でしょうが! 漫画や小説にもそう書いてありますわ!」
「現実と虚構を混ぜるんじゃねえよ、このボケどもが! 主従揃って同じことほざきやがって!」
「ぼ、ボケだと! 貴様ぁ、お嬢様を愚弄するか!」
角持ち少女が命彦に言い放つと、ずっと黙っていたミサヤが遂に、頭痛を覚えるほどの《思念の声》による怒号を放った。
『我が主を愚弄しているのは貴様らの方だ、小娘どもがっ! 黙って聞いていれば図に乗って、そもそもマヒコの傍には常にこの私がいる。貴様ら程度の色気に揺らぐと思うてかぁっ!』
怒れるミサヤが《旋風の纏い》で飛び上がり、周囲の目があるため、魔力物質で多量の灰色の靄を生み出して身に纏いつつ、精霊儀式魔法《人化の儀》を具現化した。
ずっと黙って人の精霊を集めていたのか。それとも人の精霊が集めやすい場所だったのか。
魔法の効力は瞬時に展開され、巫女装束で美女姿のミサヤが、命彦の横に降り立って厳かに言う。
「この私の美貌と力に勝てるのであれば、前に進み出るがいいっ! 即座に八つ裂きにしてくれるわ!」
「じ、《人化の儀》だと?」
「み、ミサヤさんが人間の姿に……」
ミサヤの言葉とその美しい姿を見て、【ヴァルキリー】小隊の少女達は絶句した。
そして、人の姿のミサヤを初めて見た舞子も、言葉を失っている。
恐ろしく整った美貌ゆえに、人化したミサヤの怒りの表情は恐ろしかった。
「くっ、その顔立ちや体付きは反則ですわよ」
ドヤ顔かつ上から目線で、逢引する権利をやろうと命彦に言い放った眼鏡少女も、さすがにその美しい容姿と怒りの表情に息を呑み、負けを認めるように俯いた。
「ミサヤ、落ち着けって……モテねえのは事実だから気にしてねえよ。俺はミサヤと姉さん、母さんにだけ愛されればそれでいい。それ以上は望まねえから」
「し、しかしマヒコ! ……はうぅ、分かりました」
命彦がギュっと抱き締めると、ミサヤはすぐに怒りを治め、命彦を抱き締め返した。
そして、また魔力物質の靄で身を包み、人化を解除して子犬の姿に戻る。
子犬状態のミサヤを腕に抱えて、命彦は疲れた表情で言った。
「もうお前らと会話するのは疲れたから、今回の件は貸しといてやる。さっさと帰れ」
「貸し、とはどういうことですの?」
「そのまんまの意味だ、とりあえず家宝の魔法具の所有権は俺がもらう。但し、現物の魔法具はお前らに預けておく。お前らにできることで、俺に貸しを返したら、俺が所有権をお前らに返す。現物の移動は起こらんから今まで通りだ。それでいいだろ?」
「……つまり、私達が貸しを返せば魔法具はそのままということですね?」
「ああ。権利移転の手続きは梢さん、頼むよ。ここでの会話は、全て訓練場を管理する人工知能が記録してる筈だろ?」
「ええ。そっちのお嬢さん達も、命彦に所有権が移ったことを認める会話をしてたし。すぐに権利移転の同意書を作成しましょ? 依頼所の受付で手続きするわ」
「分かった」
「手続きの時に嘘の情報を教えても、確認したらすぐバレるからやめときや?」
「私は嘘はつかん! 行くぞ」
「あんた、人に肩借りてるくせに」
「偉そうよ」
ブツブツ言いつつ、角持ち少女と肩を貸す双子の少女達が、梢に先導されて訓練場を出て行った。
残ったのは命彦達と、眼鏡少女だけである。
「お前もさっさと行け。相手してると頭痛がする」
『さっさと帰って、負け犬の自分の容姿を、周囲に喧伝するとよいでしょう。ドヤ顔で自分を売り込み、失敗したとね?』
ミサヤの思念による口撃にどうにか耐えて、眼鏡少女は僅かに頭を下げた。
「ぐぬぅっ! ……ゴホン。一応、魔法具を取り上げずにいてくれたことについては、感謝しておきますわ」
「はいはい。感謝は受け取ったから、あのバカ〔騎士〕にはしっかり紐を付けとけよ? お前の呪詛を解いて欲しくて、決闘までしたんだ。今後も相手をするかもしれんと思うと、鬱陶しいこと山の如しだ。次にもし今回と同じことがあれば、今度は呪詛の効果を切らずに一方的に攻撃するぞ?」
命彦の言葉を聞き、眼鏡少女は意外そうに目を丸くした。
「真っ当に戦ってあの子に勝ったのですか? てっきり、呪詛の力を使って勝ったと思っていましたが……見かけのワリに意外とできるのですね? 少し驚きましたわ。……今回はあの子の要望に合わせてくれたというわけですね? いいでしょう、おいおい紐は付けます。それで、その呪詛のことですけれど」
眼鏡少女が呪詛について口にした瞬間、命彦の目に厳しさが宿る。
「解呪して欲しいんだったら、まず舞子に謝れ。そして100万円払え。それは譲らんぞ」
「……っ!」
命彦の冷たい言葉を聞いて、眼鏡少女が舞子を見る。
舞子がビクリとしたが、眼鏡少女はその舞子を無視して、言葉を続けた。
「ふん、嫌ですわ。別に解呪してほしいとも思っていませんし。私が知りたいのは効力期限です。この呪詛の効力が切れることはあるのですか?」
「……いや、呪詛の対象者が生きてる限り、呪詛は続くが?」
「そうですか、それは結構です」
眼鏡少女はふっと笑ってから、訓練場を去って行った。
笑顔で去る眼鏡少女の姿を見送り、勇子が怪訝そうに言う。
「あいつ、頭おかしいんとちゃうか? 呪詛が永続するって聞いて喜んどる感じやぞ?」
「まあ、人によって受け取り方は様々だ。彼女は呪詛としての効力よりも、蟲の加護の方を重視して、自分の利に働くと受け取ったんだろうね?」
空太が苦笑して言うと、メイアが渋い表情で語る。
「ふてぶてしくて図太い神経の持ち主ね、ああいうのが一番面倒だわ」
呆れ気味に言うメイア達の横では、命彦がどこか苛立った表情で語った。
「気に入らねえ……舞子。腹立つから、学校であいつらを見かけたら、魔力を送って腰砕けにしてやれ。俺が許す。というか隊長命令だ」
「え、ええっ! できませんよ!」
命彦の命令に、舞子が慌てて叫んだ。
決闘を終えた命彦達は訓練場を出て、依頼所の喫茶席で一息ついていた。
『まったく、マイコの送迎だけの待ち合わせのつもりが、とんだ面倒事に巻き込まれたものです』
「まあまあミサヤ、もう終わったことだしさ、とりあえず許してやろうぜ? 白玉あんみつと水羊羹も奢ってくれたし、ウマウマ」
座敷席に座ってくつろぎ、ミサヤを膝の上にのせつつ、和菓子を堪能する命彦。
八つ当たり気味に舞子へ絡むミサヤを落ち着かせて、命彦が苦笑していると、勇子も自分で注文したどら焼きを食べつつ、口を開いた。
「せやで。決闘や【ヴァルキリー】小隊との再会は、舞子のせいとちゃうんやから、そこは当たったら可哀想やわ。事故やと思えばええねん、事故やと。ぬふぅーん、美味し!」
「まあ、二度と遭いたくねえ類の事故だったのは確かだ。……ういー、甘いモン食って回復回復っと。さあて、これからどうするよ? 俺としては、梢さんから約束通り、前払い報酬分の[結晶樹の果実]を受け取ったら、もう色々と気疲れしたんで家に帰りたいんだが?」
おやつを食べ終わった命彦が口を開くと、メイアが叱るように言う。
「待って! 舞子の魔法訓練をするって、校門前で相談したでしょ、忘れたの? そもそも[結晶樹の果実]が報酬にもらえるのは、舞子の修行を見るからでしょうが!」
「それはそうだけどよぉー」
「のっけから予定狂っちゃったしねえ? 訓練は明日にしてさ、もう解散ってことで……」
空太も命彦と同じく家に帰りたがる。
その様子を見て、こちらも甘味を食べ終えた勇子が呆れて言った。
「ウチの男どもはどうしてこうも家に帰りたがるんや! 舞子も依頼主として、ここはビシッと言うたりって……舞子、聞いとるんか?」
「え、あ、すみません。話を聞いていませんでした!」
「あら、報道番組を見てたの? 気を引く情報でもあった?」
「は、はい! これです」
命彦達がウダウダと会話している間、依頼を確認するために使う卓上端末で、報道番組を視聴していた舞子。
その舞子が、自分の見ている番組を卓上端末の空間投影装置を使って平面映像に映し出し、命彦達にも見せた。
「ああ、舞子憧れの3人組亜人歌手【精霊歌姫】の話題か」
「へえー、先々月に出してた新曲が、関東と九州の迷宮防衛都市で、急に試聴数が伸びとるんか。購買数も右肩上がりと?」
「はい! 【逢魔が時】で苦しいけど、これを聞くと元気が出る。とか、魔獣の怖さをこの曲が消してくれる。って、そういう意見があるみたいです」
「この歌を聞いてるのは、魔法士だけかい?」
「んー魔法士と一般市民、両方みたいね? 関東と九州は今が1番きつい時期だから、街の住人が戦闘で疲弊した時の、心の拠り所にしてるんだと思うわ」
「ほぉう? 舞子、この【戦士の歌】ってのはどういう楽曲だ?」
「あ、無料試聴用の編集曲があるので、ポマコンで送りますね? ……送りました」
周囲の席には他の客もいるので、舞子はその場で楽曲をかけると迷惑だと思い、命彦達のポマコンへ無料で視聴することができる、短く編集された楽曲情報を送信して、自分達のポマコンで試聴してもらおうと考えたらしい。
「あんがと舞子、どれどれ」
全員が自分のポマコンを耳に当て、楽曲を聴く。
ミサヤも関心があるのか、命彦が耳に当てたポマコンへ自分の耳をくっ付けて、楽曲を聴いていた。
『立ーち上がーれー、せーんしたーちよー……思いー出しーて、背負いしものぉぉーっ!
いつも通りの毎日が突然壊れて行くー。僕らはー知るだろぉぉー、危機は常に傍にあると。
だからー手にするんだ、あらがーうための武器をー。僕らがしーっている、いつもの世界守るためー。
ラララー震える身体、ラララー叩き起こし、ラララー折れた心、ラララー甦らせ。
怖くてもぉー、痛くてもぉー、僕らは今ぁーまだ生きてぇーるっ!
マスラ・ク・ディーア。マスラ・ク・ディーア。立ち上がーれ戦士達よ!
その背にぃー負うた命が、不屈の魂を呼ぶっ!
マスラ・ク・ディーア。マスラ・ク・ディーア。立ち上がーれ戦士達よ!
戦士のぉーたましーいが、守り通せと叫ぶからっ!』
伴奏も入れて2分ほど続いた試聴用編集曲を聞き、命彦達が楽しそうに笑って言う。
「疾走感もあるけど、全体的に魂をビンビン揺らす感じの歌だよね? 女性の声ってことを忘れそうだよ。僕的には、出だしの叫びが1番気に入ったね」
「俺も結構好きかもしれん。特に、異世界言語の部分が気に入った」
「ウチもや。マスラ・ク・ディーア。マスラ・ク・ディーア。立ち上がれ戦士達よって、あの繰り返しの部分は結構グッと来おった。単純やから憶えやすいしね?」
「その部分、多分エレメンティアの古い言語ね? 単語は親方から聞いたことがあるもの。確か意味は……」
「そのものズバリ、戦士の歌という意味だそうです。楽曲作成は全て亜人である【精霊歌姫】の3人が行うので、サビの部分はワリと異世界言語が多いですよ?」
「へえー……さすがは愛好者だ、よく知ってるじゃねえか」
『ふむ。応援歌という感じの歌ですね? まあ人間が苦しい時によく聞く歌というのは、分かる気がします』
感心する命彦の膝の上では、ミサヤがフリフリと尻尾を揺らしていた。
どうやらミサヤも気に入ったらしい。
好印象の命彦達を見て嬉しそうに笑う舞子であったが、すぐにその笑顔を陰らせた。
「えへへ、皆さんに理解してもらえて、ちょっと嬉しいです。……でも、個人的にはあんまり喜ぶのは不謹慎に思えるんですよね? この楽曲が今よく聞かれてる背景事情を考えると、特にそう思ってしまって」
「あーまあ、仕方あらへんやん。しんどい時にこそ、人は縋れるモンが欲しいしね?」
「確かにそうね。まあ事情はどうあれ、人を元気付けてるのは確かだし、愛好者として喜んでいいと思うけどね?」
「僕もそう思うよ? ……それにしても、あっちの情勢はホントに膠着してるね? 国家魔法士委員会の試算した【逢魔が時】の終結期間って、確か6日以内だったっけ?」
「ああ。【神の使徒】を2人体制で配置してからの試算だから……」
「今は5日以内の筈ね」
「残り5日か。……ていうか【神の使徒】が2人もいるんだから、明日明後日にでも、【逢魔が時】が終わると思いたいんだけど」
「それはどうだろ? 情報が少ねえから、どうにも判断がつかねえよ」
『コズエにでも聞いてみればよろしいのでは? [結晶樹の果実]をもらいに行く時に会うのですし、今だったらミツバも戻ってるかもしれませんよ』
「うーむ、それが1番手っ取り早いし、そうするか。よし行くぞ!」
命彦達は勘定を済ませて、依頼所の2階に上がった。




