5章ー2:マイコの戦闘訓練、芋の試練
「ぎぃいやああああーっっ!」
目前に迫った牙と甘い香り。
夕空と夜空の狭間で、舞子は1m以上もあるバカでかい紫の芋から逃げ惑っていた。
「シャギャギャギャーッ!」
植物種魔獣【殺魔芋】。
文字通り、魔法士をも殺し得る戦闘力を持つ、恐ろしい芋である。
甘藷に似てすらりと長い紫色の芋の胴体から、幾つもの側根が伸び、それらが手足の代わりをして、植物にあるまじき機敏さで動く魔獣で、胴体からひょろひょろと伸びて一輪だけ咲く花には、口腔部と多数の牙があり、人間も余裕で餌にするとんだ肉食の敵性型魔獣であった。
その見た目からしておぞましいサツマイモと今、舞子は1対1で戦わされていたのである。
「いやああああぁぁーっ!!」
「ギョギャーッ!」
サツマイモが側根を4本の足のように束ねて使い、ジャカジャカと逃げる舞子を追う。
さっきまで移動用に使っていた風の魔法力場、《旋風の纏い》を身に纏っている分、舞子の方が圧倒的に有利で戦闘力も高い筈だが、おぞましい魔獣の見た目と動きに激しく動揺しているため、戦意が挫けて逃げ回っていた。
もっとも、幾ら逃げようとしても心の動揺のせいで足元の注意が散漫気味のため、道路の割れ目や瓦礫に足を取られて物凄い勢いで舞子は転びまくっており、その結果魔獣に追い付かれ、逃げ道を塞がれている。
本人は気付いているのであろうか。俯瞰的に舞子の行動を見ると、魔獣と同じところをグルグルと追いかけっこしているように見えた。
動物性細胞と植物性細胞を併せ持つ植物種魔獣は、厳密に言うと植物にあらず、どちらかといえば動物に分類されるべき生物であり、双方の細胞が生体を構築する比率によって魔法戦闘力や行動力、知能に相当の差が出る魔獣種族であった。
動物性細胞の比率が高い植物種魔獣は、戦闘力が高く行動も複雑だが、植物性細胞の比率が高い植物種魔獣は、戦闘力が低く行動も単純である。
サツマイモは植物性細胞の比率が高いため、植物種魔獣でもまだ動きが単調で、相手をしやすい敵性型魔獣であった。
おまけに陽が落ちると、基本的に次に太陽が昇るまで地下に身を潜めて休眠するため、陽が沈みかけの時は、人間で言う睡魔に誘われたまどろみの状態にあり、活動能力が相応に低下している。
まさに初めて魔獣と戦う、新人の戦闘訓練には打って付けの相手であった。
ただまあ、実際に相手をする者にしてみれば、見てくれの異様さが極まって相当怖いし、まどろみの状態でもそこそこ機敏に動く。舞子がその場を逃げ回るのも当然であった。
「そらそらいつまで逃げとんねん、相手は1体だけやで? 陽が落ちとるから昼間より弱っとるし、魔法も使えん。楽勝や! あ、でも根っこの一撃は人間の骨を簡単にへし折るから注意しいやー。今纏ってる《旋風の纏い》抜きで喰らったら、死ぬほど痛いでー」
「あとは体当たりだね? 昔、そいつに体当たりされた一般人が、全身を複雑骨折して病院送りにされたらしいから、魔法力場が消失した場合はきっちり攻撃を躱すんだよー」
「打倒サツマイモよ。1対1で勝てたら、次は2体を同時に相手にするからね? あ、そうそう、くれぐれも〈魔甲拳〉の弾を使っちゃ駄目よ? 自力で戦ってねー」
「皆さん、鬼ですかっ!」
「これぞ芋の試練だ、耐えろ舞子。センシへの第1歩だ」
『上手いこと言いましたねマヒコ、戦死と戦士をかけているわけですか』
「上手くありませんよっ! きゃあああーっ!」
舞子の悲鳴を、命彦達は笑顔で無視した。
[結晶樹の樹液]を採取後、命彦の先導で30mほど場所を移動した舞子達は、【殺魔芋】の群れと遭遇した。
遭遇したと言っても、それはどちらかと言うと命彦達が奇襲したに等しい。
廃墟の真下にある道路、地面が露出した場所に、花だけ出して地下へと潜み、休眠状態で獲物が近くを通るのを待ち伏せていたサツマイモの群れがあって、見敵必殺と言うように、勇子が上から群れへ突っ込んだのである。
来る時と同じように廃墟の屋上にいた命彦達は、移動用の《旋風の纏い》を展開したまま、フレイムフィストの弾倉を回して、隕石のようにサツマイモの群れへと突っ込む勇子を、にこやかに見送った。
〈魔甲拳〉は、仕込み籠手とも呼ばれるカラクリ仕掛けの魔法具であり、籠手の装甲内にある回転式弾倉へ魔法結晶を装填し、内蔵された破砕杭で魔法結晶を破壊することで、結晶内の魔法を発動させる機能があった。
そのために、〈魔甲拳〉に装填する魔法結晶は弾丸に例えられ、弾と呼ばれるのである。
手動による弾倉の回転と共に内部に仕込まれた破砕杭が稼働し、固定され、装備者の殴打による衝撃で破砕杭が固定具から外れて、弾倉内の魔法結晶を砕く。
あとは弾倉と〈魔甲拳〉の射出口を通過して、至近距離で魔法結晶から解放された魔法がぶちかまされた。
具現化した魔法は、〈魔甲拳〉の装備者の意のままに制御できるため、攻撃に使うことも防御に使うこともできる。
弾数制という欠点はあるものの、〈魔甲拳〉自体に封入された精霊付与魔法の攻撃力と防御力に加え、魔法結晶による追加の魔法発動もあり、一撃の破壊力に関しては、他の魔法具を圧倒し得るのが〈魔甲拳〉の利点であった。
ただ、仕込み機構の問題から点検・整備が難しく、一度壊れたらまず修理不能という欠点もあるが。
風の魔法力場を纏い、サツマイモ達の上から突っ込んだ勇子は、勢いそのままに地面へ〈魔甲拳〉を叩き付けた。
するとゴガンと衝撃が〈魔甲拳〉に走り、肘の伸びていた破砕杭が縮んで弾倉内の魔法結晶を砕く。
その瞬間、地面に埋まった勇子の右拳から攻撃魔法が解放され、周囲の地面一帯を広く爆砕した。
廃墟の屋上からの20m近い高速落下の衝撃に、魔法力場と攻撃魔法の破壊力が上乗せされ、10mほどの深さの落下痕が出現し、多量の瓦礫と土砂が宙を舞う。
まどろみ状態で、瓦礫や土砂と共に上空へと舞い上げられた芋達は計16体。
そのうち10体が、勇子の一撃の間近に密集していたため、空に舞い上げられた時点で黒く炭化し、地に落ちると同時に砕け散った。
残りのうち5体は、メイアと空太がそれぞれ具現化した精霊結界魔法、《旋風の動壁》による長く幅広の移動系魔法防壁2枚に上下からビタンと挟まれて圧迫され、依頼所談話室での勇子と空太のように、地上から6m付近で身動きを封じられている。
本来の魔法防壁の使い方と違う上に、魔獣の捕獲に適した捕縛用の結界魔法をメイアと空太は使える筈だが、今回は魔獣自体がそもそも弱体化していて抵抗力が弱いため、手を抜いて捕縛したらしい。
そして、最後の残り1体が今、舞子を追い回していた。
3分近く【殺魔芋】と対峙している舞子。
しつこい追いかけっこを繰り返したことで、動揺が治まりつつあるのか。舞子の瞳に怒りが宿った。
「くぬうう、いい加減にして! いつまでも逃げてばかりいるもんかぁああーっ! 包め、《火炎の纏い》!」
「ギャギャッ!!」
舞子が咆えて、移動用に使っていた《旋風の纏い》の上から、さらに短縮詠唱の精霊付与魔法《火炎の纏い》を展開し、風と火の2重の魔法力場で全身を武装して、サツマイモに飛びかかる。
高まった敏捷性に加え、全身の筋力も上昇し、繰り出された舞子の右拳は、【精霊本舗】製の武防具型魔法具〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉の力と相まって、火の魔法力場の効力が底上げされ、炎を発して燃え上がった。
その燃える右拳がサツマイモの胴体を貫通し、内側から焼き上げる。
サツマイモは焼き芋と化し、あっさり絶命した。
「え?」
あまりに簡単に決着がついて、カクンと拍子抜けする舞子。
怖がって逃げ回ってたのがバカみたいであった。
芋の焼けるいい匂いが周囲に漂い、ぱちぱちと拍手も響く。
「よしよし、良い感じだ。じゃあ次行ってみよう。空太、勇子、焼き芋を運んでくれ」
「「はいよー」」
「うええっ!」
ぎょっとする舞子をよそに、笑顔の空太と勇子が舞子の腕を芋から引き抜き、その場でパカリと割って、山吹色に輝く断面を見せた。
さっきまで魔獣だった焼き芋の、焼き具合を確認しつつ運んで行く2人。
「いい匂いだねぇ、夕飯前だけどちょっとつまみたいよ」
「じゅるり……命彦、これ今喰うてええ? ウチも小腹がすいた」
「子どもかお前らは。……ふむ、芯まで火が通ってるか微妙だから、もう少し焼け。そしたら甘みも増す。空太、頼むぞ」
「合点、料理はお任せあれ」
命彦が〈余次元の鞄〉から恐ろしく長い串を取り出し、いつの間にか包丁を取り出していた空太がそれを受け取った。
空太がだらんとした芋の根と花の部分を切り落とし、適当に芋を寸断している間に、勇子が周囲の瓦礫をささっと配置して即席の焼き場を作り、〈余次元の鞄〉から固形燃料を取り出して、魔法で火球を生み出し、焼き場に火を付ける。
そして、空太が芋の切り身に串を突き刺し、勇子の前で焼き始めた。
そのあまりに素早い作業風景を呆然と見詰める舞子へ、メイアが笑顔で言う。
「次、2体だから気を付けてね? 今度は魔法を使って来るわよ?」
「はへ? それってどういう意味ですか? メイアさん、メイアさーん!」
舞子の問いかけをまるっきり無視して、メイアは空太に目で合図し、器用に自分の具現化した魔法防壁を縮めて、2体のサツマイモだけを解放する。
サツマイモを圧迫していた魔法防壁は命彦達の頭上にあり、落ちて来るサツマイモ2体は、風の魔法力場を瞬時にまとった命彦と勇子に軽く蹴り飛ばされ、少し離れた場所にいた舞子のすぐ横に転がった。
「「ギャギャン! ……シャギャギャギャァアーッ!!」」
「ひぃいいいいー!!」
攻撃されたことにご立腹の、2体のサツマイモが最も近くにいる舞子へ殺到する。
舞子はまた悲鳴を上げた。
2体の【殺魔芋】を相手にして、そろそろ10分が経過しようとしている。
太陽はもう没する寸前であり、周囲も暗いが、舞子の周囲は燃える右拳のおかげで明るかった。
「こんのぉぉおー!」
いい加減、芋の姿や発する威圧感にも耐性が付き、自ら攻勢に出た舞子が、魔法力場を纏うマグマフィストの燃える右拳を振るった。
しかし、先ほどのように芋の胴体を拳は貫通せず、サツマイモは弾き飛ばされるだけであった。
よく見ると、サツマイモの周囲に薄黄色がかった魔法力場が展開されている。
見た目芋のくせに、精霊付与魔法《地礫の纏い》を使用していた。
「く、固い。はあ、はあ、見かけはお化け芋のくせにぃ……」
舞子が口惜しそうにサツマイモ達を見てから、助言を求めるように命彦達に視線を送った。
「ちーと苦戦しとるやん、もしゃもしゃ」
「ああ。しかしモグモグ……こいつ、活きが良かったから当たりだぞ。美味い」
『……確かに、モグモグ』
「こっち見てるけど、助言あげた方がいいかしら? ムシャムシャ」
「まだいけるでしょ、メイアだって同じ試練を受けたわけだし、モッサモッサ」
舞子の苦戦する様子を、8mほど離れた位置から観戦する命彦達。
全員が廃車の上に布を敷き、外側の皮をきっちり剥いで、湯気を放った山吹色の焼き芋の切り身を、バクバクと食べていた。芋焼き場の炎が5人を照らし、野山でたき火を囲む風情すらある。
あからさまに観戦気分の命彦達の姿にさすがに腹が立ったのか。髪も乱れて全身土埃にまみれた舞子が、荒い呼吸で言った。
「はあ、はあ……ひ、他人事だと思って……のんびりお芋を食べて。信じられませんっ!」
「はよ終わらしたら、舞子も食べれるでぇー、ウマウマ」
「そういう意味じゃありません! それ魔獣ですよ! 食べていいんですかっ! それに観戦するにしても、せめてもっとこう、応援してくれるとか、戦い方を教えてくれるとかしてくださいって、言ってるんです!」
「亜人街の商店で普通に魔獣料理は売ってるだろうが。食える魔獣を喰って、文句を言われる筋合いはねえ。あと、芋程度に負けてたら問題外だぞ? 昼でも夜でも、サツマイモはこの迷宮で最弱の部類の敵性型魔獣だ。3体は同時に相手にできねえと、魔法戦闘技能を得るのは夢のまた夢だぞ? アチチ、ほふほふ……」
「で、でも、さっきと違って魔法を使って来るんですよ! きゃあ!」
「ギョギョギャー!」
サツマイモの1体が地の魔法力場で身を覆ったまま、体当たりして来る。
廃墟の壁を突き破るその威力に舞子が戦慄していると、勇子が苦笑して言った。
「魔獣に分類されとんねんから魔法使うのは当然やんか。……仕方あらへんねぇ、特別やで? どっちか1体先に倒してみい、そしたら魔法を使わんから」
「え! は、はいっ!」
《旋風の纏い》と《火炎の纏い》の魔法力場に魔力を追加し、魔法の効力を増した舞子は、廃墟に突っ込んだ1体に素早く飛びかかり、マグマフィストを突き刺して内側から燃やした。
サツマイモは魔法力場に守られていたため、魔法具から伝わる感触は異様に固かったが、それでも力任せに拳を押し込んだ。
「シャギャアッ!」
自分の背後から、残ったサツマイモが飛びかかって来ることに気付いた舞子は、右拳が刺さって弱ったサツマイモを蹴り飛ばし、飛びかかって来るサツマイモにぶつける。
芋同士がぶつかって体勢を崩している間に、舞子は駆けた。
弱ったサツマイモが起き上がると同時に、間合いを詰めていた舞子の燃える右拳が、再度振るわれる。
ゴスッと拳が深々と突き刺さり、弱っていたサツマイモも絶命し、遂にこんがりと焼けた。
「ギョギャアッ!」
「いっつぅ……ってアレ?」
残ったサツマイモが体当たりして来るが、2重の魔法力場を纏う舞子にはまるで効かず、舞子はたじろぐ芋を蹴飛ばして、勇子を見た。勇子がニヤリと笑う。
「言うたとおりやろ? もう魔法を使えんわ。いてもうたれ!」
「はい!」
舞子が黒い笑顔を浮かべ、サツマイモに殴りかかった。




