4章ー12:模擬戦闘訓練1戦目、接近戦
ひとしきり身体を動かした後、舞子と勇子が20mほどの距離を置いて対峙する。
審判役の空太が両者の間に立ち、助言役のメイアが舞子の近くに立った。
命彦だけが、ミサヤを腕に抱えて4人から距離を取り、訓練場の隅にある椅子に座っている。
全員の位置を確認したところで、勇子が口を開いた。
「一応聞いとくけど、格闘術の心得とかあるん、舞子?」
「自分で言うのもはずかしいですが、これでも一応良家のお嬢様ですから多少は心得があります。といっても、日本舞踊の師匠であるお祖母様に、週に1度片手間で教わった程度の古流柔術ですが」
「ええ祖母ちゃんやん。舞は武に通ずってウチの父ちゃんもよう言うてるし。古流柔術やったら、投げ技や関節技以外にも打突技を教える筈や。拳の握り方や突きの動作、打撃の受け方くらいは知ってると見てええね? せっかくどつかせてあげたのに、突き方知らんで手首イカレタとか、ウチは勘弁してほしいし……」
「はい、心配無用です!」
舞子が一度拳を突き出して、手刀の構えを作ると、案外その姿が決まっていて、自然体で立つ勇子が感心するように目を丸くした。
命彦が空太に目配せし、合図を受けた空太がサッと手を上げ、厳かに言う。
「それじゃあ模擬戦1戦目、接近戦試技、開始」
「参ります、勇子さん!」
「先手は譲ったる、ばっちこーい!」
合図と共にすぐさま真横に駆け出した舞子が、走ったまま魔法を詠唱する。
「其の火炎の天威を衣と化し、我が身に火の加護を与えよ。包め《火炎の纏い》」
「とりあえず距離を取って精霊付与魔法を詠唱か。動き続けるのはええ判断やねぇ?」
勇子が暢気に観察している間、舞子の精霊付与魔法《火炎の纏い》が展開され、薄赤色がかった魔法力場が身体を包み込み、舞子の全身の筋力を活性化させた。
精霊付与魔法《火炎の纏い》。火の精霊達を魔力に取り込んで使役し、身体の筋力を活性化する薄赤色の魔法力場を作って、魔法の対象である生物や無生物を、その力場で包む魔法である。
魔獣との接近戦を行う戦闘型前衛系学科魔法士には必須の精霊付与魔法であり、《旋風の纏い》と同様に、魔法力場を操作することで、火の精霊特有の魔法的効力や魔法攻撃力、魔法防御力を、対象へと手軽に付与することができる魔法であった。
魔法力場を纏う舞子が、弾丸のように勇子へと迫る。
「てやあぁぁーっっ!」
「迷わず突貫かい、ウチ好みや! 包め《火炎の纏い》」
勇子はニヤリと笑い、短縮した詠唱で舞子と同じ《火炎の纏い》を展開すると、同じ薄赤色の魔法力場を身に纏い、舞子の拳を掌で受け止めた。
舞子の拳が纏う魔法力場と、勇子の掌が纏う魔法力場が激突し、一方的に弾き飛ばされた舞子が、驚きの表情を浮かべる。
「う、嘘でしょっ! ……私の方が撃ち負けた?」
1つの魔法を繰り返し使用して、その魔法に習熟すれば、呪文詠唱をある程度省略しても、簡略化された魔法の脳内想像図と魔力操作だけで、魔法の具現化は可能である。
しかし、当然のことだが魔法は、詠唱>短縮詠唱>無詠唱の順で、効力が下がって行く。
詠唱した方が魔法の構築に時間をかけられ、魔法の想像図を緻密化して、魔力や精霊をより多く魔法へと注ぎ込めるからである。
しかし今、舞子の詠唱した《火炎の纏い》は、勇子の短縮詠唱した《火炎の纏い》に抗せず、あまつさえ一方的に弾き飛ばされた。
舞子と勇子の間には、確かに魔法士として力量に差があったが、勇子が《火炎の纏い》に注ぎ込んだ魔力量と精霊量は、舞子が《火炎の纏い》に注ぎ込んだ魔力量や精霊量を明らかに下回る。
「どういうこと? 消費した魔力量や吸収した精霊量、どちらも私の《火炎の纏い》の方が上。魔法的効力は……魔法力場は、確実に私が出力で上回っている筈。それがどうして撃ち負けるの?」
ジンジンと痛む拳を見て、想定外の事態に唖然とする舞子。その舞子に、勇子が余裕の表情で手招きした。
「今ので終わりか、舞子? これでも目一杯手加減しとるんや、呆けとる場合とちゃうで?」
「くっ! ま、まだですっ!」
舞子が痛む拳を握り、再度拳打を放つが、勇子に普通に防がれ、魔法力場同士の激しい反発で、一方的に弾き飛ばされる。
全身の筋肉を総動員して、身体ごと拳をぶつけに来る舞子に対し、勇子は防御するだけであった。自然体で立ち、舞子の突き出す拳を、ただ掌で受け止める。
それだけで舞子は吹き飛ばされた。魔法力場同士が干渉し、反発するのである。
手を出そうと思えばいつでも出せるのだろう。勇子は楽しそうに笑っていた。
その勇子の様子に舞子は愕然とする。勇子と対峙した時から実力差は感じていた。
体格、筋力、戦闘技術、魔法技能。全てにおいて、現時点では勇子が舞子に圧勝している。
しかし、同じ年齢、同じ人間、同じ魔法士である。
手加減されている状態であれば、組み付くことくらいはできると、舞子は思っていた。
打撃を目晦ましにして、とにかく勇子に組み付き、底上げされた身体能力と、経験を活かした投げ技や関節技へ持ち込む。それが舞子の狙い、舞子にできる唯一の戦術だった。
しかし、現実は厳しい。魔法力場の反発に合い、立っているだけの勇子に指1本触れられず、弾き返される。
我が身に起こっていることに理解が追い付かず、舞子は混乱していた。
左右に素早く動き、虚実を織り交ぜて打撃を放つが、勇子の掌が全て受け止め、弾く。
「くうっ! どうしてここまでの差が……」
6度目の拳打を弾き返された舞子が、必死に現状について考えていると、ようやくメイアが動いた。
舞子に自分で気付いてほしかったようだが、無理だと判断して助言する。
「舞子、落ち着いて。魔法力場が反発し、撃ち負ける限りは、勇子に組み付くのは無理よ? まずは魔法力場が撃ち負ける原因に気付くこと。舞子が攻撃した時、勇子の纏う魔法力場はどうだった? よく思い出してみて」
「あ、はいっ! 勇子さんの魔法力場は……」
舞子の脳裏で、これまでの6度の攻防が思い出される。
舞子の拳打を勇子が掌で受け止めた時、勇子が身に纏う魔法力場は、拳を受け止めた掌に、より多く移動していた。そう、全身へ均等に配分されていた魔法力場が、いつの間にか手に移動し、集束していたのである。
勇子の表情や掌の動きにばかり気を取られていた舞子は、自分の視覚が捉えていた答えを、今の今まで見逃していた。迷宮で命彦が見せた技術、魔法力場の集束を、勇子は最初からずっと使っていたのである。
「ああっ! いつの間にか魔法力場が移動して、一瞬だけ特定部分の力場が増してる!」
「ようやく気付いたわね? 戦闘型や探査型の魔法学科が使う付与魔法は、魔法力場を集束させる。模擬戦前にも散々言ってたでしょ? 防御の時、勇子は全身へ均等に配分して纏っていた魔法力場を、瞬間的に攻撃を受ける部位へ集束させてたのよ」
理論として見聞きしていたことを、体感した舞子。舞子の眼に理解の色が宿った。
「……自分と相手の動きにばかり気を取られて、見えていた筈のモノに気付きませんでした」
舞子の悔しがる表情を見て、勇子がヨシヨシと満足そうに首を振る。
「わかったようやね? ウチは手加減するために、あえて短縮詠唱で効力を下げた《火炎の纏い》を使っとる。確かに今のウチと舞子との間には、魔法士としての基本能力に結構差があるけど、ウチはそれを考慮せんで済むよう、舞子の《火炎の纏い》よりも、あえて効力が低い《火炎の纏い》を使っとるんや。ってことは……」
「私が思ったとおり、使っていた《火炎の纏い》自体の効力は、私の方が勇子さんよりも上ということ。それでも撃ち負けるということはつまり、私と勇子さんとでは、魔法の使い方が違うということです。それが魔法力場の集束。魔法力場を流動させ、瞬間的かつ部分的に力場の密度を増す。総量で勝っていても、密度に劣るから私は撃ち負けていた。ですよね?」
「その通りよ。互いの攻防を、具体的に数値化すれば分かりやすいわね。短縮詠唱で80の魔法力場を纏った勇子は、60くらいの魔法力場を右手に集めて、舞子の拳を防御したわ。それに対して、通常詠唱で100の魔法力場を纏った舞子は、全身へ均等に効力を配分していたために、拳が纏っている魔法力場が20くらいだった」
「60対20やったら撃ち負けるのも当然やろ? 舞子が攻撃する時に、ウチは身に纏う魔法力場のほとんどを、掌へ集束させて、舞子の拳と魔法力場を受け止めた。どの攻防も、全部同じことの繰り返しや」
メイアの解説を受けた舞子へ、勇子がニヤリと笑う。
「さて、撃ち負ける種明かしも済んだところで、今度はウチの番やね? たった6度やけど、そこそこ舞子が動けるんは分かったわ。重心の移動、踏み込みの速度、弾かれた後の受け身、身体の連動。一応打突技もあるとはいえ、投げ技や関節技が主体である筈の古流柔術を、ただかじってるだけにしては十分及第点や。2戦目もあるし、初戦はここで終いにしとこ」
勇子が初めて拳を握り、構えを取る。そして言った。
「最後に、ウチの右手の魔法力場をよう見とき! 狙うんは胸、両腕を固めて防御しいやっ! 空太も手出し無用や、加減はするから!」
「はいっ!」
「やれやれ、分かったよ。好きにするといい」
地面の床を砕くほどに踏み込み、魔法力場で高められた身体能力を持って、一瞬で舞子まで肉迫した勇子は、拳打を胸へと繰り出した。
「そいやぁっ!」
「うぐううぅぅっっ!! きゃあああっっー!」
両手を交差し、勇子の拳を受け止めた舞子は、確かに見た。
勇子の全身に纏う魔法力場が一瞬薄まり、代わりに勇子の拳へ魔法力場が集束した瞬間を。
そして、自分の魔法力場と勇子の魔法力場とがぶつかり、自分の魔法力場が部分的に吹き飛ばされ、破壊された様子を、確かに見たのである。
勇子の拳打は舞子へ僅かに接触せず、寸止めの状態であったが、魔法力場同士が激突し、砕けたために、魔法の余波が衝撃波と化して、舞子の身体を突き抜けた。
勇子の寸止め拳打に吹き飛ばされた舞子は、30mほど放物線を描いて、訓練場の壁に貼り付けられた衝撃吸収材に激突し、めり込む。
空太が苦笑しつつ手を上げた。
「勝負あり、模擬戦1戦目終了」
空太の宣言を聞き、勇子が化学合成繊維で作られた衝撃吸収材に埋もれる舞子を助け出す。
気絶している舞子の頬を勇子がぺちぺちと軽く叩くと、舞子は目を覚まし、興奮した様子で言った。
「おーい、舞子、起きやぁ」
「はれ……ゆ、勇子さん? あっ! 見えました、見えましたよっ!」
「そら見えるように遅く突いたから当然やて、見えてもらわんと困るし。……けど、今ので分かったやろ? あれが戦闘型の前衛系学科魔法士が使う、付与魔法の力場集束や。付与魔法は攻防一体の魔法術式。この魔法を使えんと魔獣達との接近戦は不可能や。ぶっちゃけた話、極めればこの魔法術式だけでも魔獣とそこそこ戦える。意外と凄い魔法やろ?」
「はい。実際には寸止めで、触れられてすらいませんでしたが、凄い衝撃でした。あれが当たっていたらと思うとゾっとします」
「まあ当てとったら、最低でも両腕の骨は砕けて、肺や心臓も破裂しとったやろ、多分。ええ経験したと思っとき。手加減しても、拳圧だけで人ひとりを吹き飛ばせるんや。戦いに使える、戦いに必要とされる魔法の使い方いうんが、身に染みて分かったんとちゃうか?」
「はいっ! しかし……どうすれば、私はその使い方を身に付けられますか? 自分でも少し試してはみたのですが、上手くできませんでした」
「人によって違うんやけど、ウチや命彦は、全身を包む魔法力場を、頭で自分の全身を覆う膜やと思い込んで、その膜を厚くしたり、薄くしたりする想像をしてるわ。例えば拳で攻撃する時は、拳を覆う膜を厚くして、防御する時は、相手の攻撃が当たる身体の部位の膜を、厚くする感じやね。舞子も真似てみる? 無詠唱でええから《火炎の纏い》で試してみ?」
「はい! 魔法力場を自分の全身を覆う膜だと想像し、膜の厚みを動作に合わせて操作する……ぬぬぬう」
勇子に言われたとおり、無詠唱の《火炎の纏い》を使用し、薄い魔法力場を身に纏う舞子。
目を瞑り、想像を明確にしてみると、舞子の纏う魔法力場が揺れ動いた。
「おおっ! まじでか、動き始めたやん! ……めっちゃ遅いけど」
「ほ、本当です、格段の進歩ですよ! 自分で試していた時は、ピクリとも動きませんでしたが、今は微かに動いています。頭で明確に想像できるだけで、ここまで違うんですね!」
歓喜の表情の舞子であるが、すぐに表情が固まった。
頭の想像が揺らぐと、すぐに魔法力場の流動が止まるのである。
しかも、舞子の脳内での想像では、膜の移動を速くしているつもりだが、現実に動く魔法力場は物凄く遅かった。拳を突き出しても、突きの動作が終わった後に、魔法力場が動き出すほどである。
頭に思い描く想像と現実との落差に苛立ちつつ、舞子は魔法力場の操作を必死に続けた。
「ぐぅぬぬぬぬ……」
しかし、どんどん舞子の顔が赤らみ始めたのを見て、心配した勇子が止めに入る。
「舞子、焦ったらあかんて! 力んでも頭の血管切れるだけや。こればっかりは日々の訓練が必要やから。でも、見込みはあると思うで? 一応魔法力場はじわじわ動いとるわけやしね。あとは速度を速めるだけや。根気よく続けて行けば、そのうち想像と力場が合ってきよる」
「ほ、ホントですかっ!?」
「その筈や。ウチはそやったし……そのキラキラした目はやめてんか? はずかしいわ」
目を輝かせる舞子に困った勇子は、背後まで歩いて来ていたメイアと空太に、視線で助けを求めた。
メイアがくすくす笑って言う。
「そうね。普通は動かすだけでも相当苦労するって命彦が言ってたし、思ってた以上に魔法力場の操作技術はあるみたいだから、遠からずできると思うわ。もしかしたら、〔魔法楽士〕学科での付与魔法の魔法実習、訓練の経験が、多少は活きているのかもね?」
「接近戦も見ていて少し驚いたよ。片手間で教わったわりに、意外と動けるもんだね? もしかしたら、友達と独学でしてたっていう戦闘訓練の効果も、微妙にあったのかも。真剣に命彦と勇子にしごかれたら、十分前衛役が務まると思うよ?」
メイアと空太の望外の賞賛に、舞子が目を潤ませ、頬を染めて照れる。
「良かったです。〔魔法楽士〕学科の付与魔法の魔法実習も、お祖母様の教えも、自分達が独学でした戦闘訓練も、少しは意味があったと思えて……少しでもこの場で活かせて、本当に良かった」
「しんみりすんのは早いで? 次は命彦との模擬戦や。命彦はウチより厳しいで? 魔力はまだいけるやろうけど、身体はどうや? どっか異常あるか?」
「必要だったら、私か空太が治癒魔法をかけるけど?」
「いえ、平気です!」
舞子はニコニコ笑い、嬉しそうに立ち上がった。若干フラついているが、意識ははっきりしている。
舞子は、心底今の状態を楽しんでいた。
本当は、全身に伝播した衝撃波の影響で、身体機能はそこそこ落ちている。
酔ったように平衡感覚もおかしいし、身体の芯には、衝撃のせいで重い倦怠感があった。
しかし、心の充実感がそれらを上回った。
昨日より、数分前より、自分は明らかに夢に思い描いた自分へと近付いている。
歌って、踊れて、戦える〔魔法楽士〕へと近付いている。その実感が、舞子の背を押していた。
舞子の心情に気付いているのか、勇子達は顔を見合わせて笑う。
「まあ、舞子自身がいいんだったら、好きにさせてあげるべきだね? 舞子、今できることを、全力で命彦にぶつけるといいよ」
「私達の小隊長に、余さず自分の力を見せて来てね?」
「せや。まだ訓練初日やし、時間も十分ある。今の内にしっかり当たって砕けてきい!」
「はい!」
舞子が、椅子に座っている命彦を見詰め、歩き出した。




