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学科魔法士の迷宮冒険記(最終版)  作者: 九語 夢彦
3章 迷宮防衛都市
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3章ー1:三葉市の日常風景と、融和型魔獣と人類の関係

 別館から出た命彦(まひこ)は、近場にいたエマボットに空の皿が載ったお盆を預け、その場でミサヤに言った。

「よしミサヤ、人化を解いてくれ」

「はい」

 人間の姿であるミサヤが精霊付与魔法《旋風の纏い》を使い、履いていた草履を器用に地面へ脱ぎ捨て、高く飛び上がって精霊儀式魔法《人化の儀》を解き、本性である白い狼の姿に戻った。

 着ていた魔力物質製の巫女装束も花吹雪のように霧散し、風に舞う落ち葉のように降りて来るミサヤ。

 全ては一瞬の出来事であった。

 自分の横でフワフワと浮くミサヤから、傍にいたエマボットへ視線を移し、命彦は草履を指差して指示する。

「お盆と一緒に、草履も母屋へ届けといてくれるか?」

『はい。承知しました』

 平面映像と発声で返事をし、母屋の方へ去って行くエマボットを見送って、命彦は浮いたままで自分の周囲をぐるぐると飛び歩くミサヤへと、視線を戻した。

 鯱や象ほどもある白い狼が、地上から1mほど上の空間をテクテクと歩くように飛行する姿は、常人から見るとさぞかし異様であろうが、一緒に暮らしている命彦にとっては、ごく普通の日常の一風景である。

「それじゃミサヤ、【樹皇神社】まで頼む」

『お安いご用です。さあ、お乗りください』

 ポマコンが表示する時刻を確認した命彦は、ミサヤの了解の思念を受けて、ポマコンを〈余次元の鞄〉に仕舞い、高度を下げたミサヤの背へと身軽に飛び乗った。

 命彦を乗せたミサヤは、薄緑がかった魔法力場で風を操り、再度天高く飛び上がる。

 空を駆けるミサヤの背から、命彦はいつものように街の景色を見ていた。

 迷宮防衛都市、三葉市と、その三葉市を迷宮と仕切っている巨壁、【迷宮外壁】が、視界に映る。

 命彦は、自分が生まれ育った街をいつも守ってくれている、太陽の下で輝く白の巨壁を見詰めていた。

 関西迷宮【魔竜の樹海】は、一葉(ひとは)市、二葉(ふたば)市、三葉市、四葉(よつば)市の、4つの迷宮防衛都市に、ぐるりと周囲を真円状に取り囲まれた迷宮である。

 そして、それら4つの迷宮防衛都市が等しく持つ街としての特徴が、高さ30m、厚さ平均40mにも及ぶ、円形の巨壁、【迷宮外壁】であった。

 接地面の厚さが60mで、最上面の厚さが20mと、上に行くに従って壁の厚さがすぼまっていく、台形に近い断面を持つ【迷宮外壁】は、真円状に広がる迷宮域を均一に囲い込み、迷宮に隣接する4つの防衛都市と、迷宮とを完全に隔離・分断していた。

 4つの防衛都市が接する【迷宮外壁】の総円周距離は、200kmを超えると言われており、円形に建つ【迷宮外壁】の内側には、淡路島がすっぽり納まるという話もある。

 【迷宮外壁】がどの位の規模か、また、その【迷宮外壁】に囲まれた【魔竜の樹海】がどれくらい広いのかが、こうした話からも容易に想像できるだろう。

 命彦達の祖父母の世代、そして親の世代が、【魔晶】の出現から10年近くかけて建設した【迷宮外壁】は、敵性型魔獣に破壊される(たび)、改修されてその堅牢さを増し、今に至るまで20年以上もの間、三葉市で暮らす人々の生活を守っていたのである。


 命彦は、【迷宮外壁】から街の景観へと視線を移した。

 真円状に迷宮を囲む【迷宮外壁】の、4分の1と隣接する三葉市は、他の迷宮防衛都市と同様に、(おうぎ)型に土地の区画整備が行われており、街の住民が多く生活する住居地区は、【迷宮外壁】から最も遠い位置にあった。

 個人邸宅や高層集合住宅といった、富裕家庭が暮らしている三葉市の高級住居地区が、命彦の眼下にある。

 ふと命彦が眉を上げ、道路を見下ろすと、専用線路を走る人工知能搭載型の全自動路面電車の天井に、小動物っぽい融和型魔獣が多数乗っており、のんびりと午睡を楽しんでいた。

 命彦は魔力を目に集め、細胞活性作用で視力を底上げして、融和型魔獣達を観察する。

 玉のように丸々として、小さい猪にもよく似た、小獣種魔獣【丸猪(マルイノ)】。

 翼のように使える二股の尾を持つ狸とも言うべき、妖魔種魔獣【風狸(フウリ)】。

 掌に乗るほど小さい、頭に花が咲いた小人の、植物種魔獣【花精(コロポックル)】。

 その他多くの小型魔獣達が、()のように寝転がり、空に腹を見せて幸せそうに寝ていた。

 見覚えのある融和型魔獣もいれば、初めて見る新顔の融和型魔獣もいる。

 しかし、その全てが無防備で愛らしい姿を晒し、春の陽気を受けて眠りこけていた。

 白狼姿のミサヤが飛行速度を少し緩め、意志探査魔法《思念の声》を使って命彦に語りかける。

『初めて見る者達がチラホラいますね? ここ数日間で迷宮において保護された者達でしょうが……保護施設での観察処分が解かれて、自由行動を満喫しているのでしょうか?』

 ミサヤの魔法力場に包まれ、本来口を開くのも難しいほどの風を浴びているのに、そよ風を受けているかの如く余裕の見える命彦が応じた。

「どうだろう? 観察処分が終わったかどうかについては分かんねえや。全員が管理端末を身に付けてるけど、アレって確か身元引受人が決まった融和型魔獣に発行されるモンで、観察処分の終了を示すわけじゃねえし。保護施設を抜け出して、息抜きしてる不届き者も混じってるかもしれん。でもまあ……いいんじゃね、ああして寝こける分には平和だしさ?」

 寝そべる魔獣達が手足に付けている円環型の機器を見て、命彦が苦笑した。

 融和型魔獣は、敵性型魔獣と違って気性が穏やかで争いを嫌っており、迷宮内でも学科魔法士と遭遇すると、基本的に対話か逃走を選ぶため、とても見分けやすい。

 たとえ融和型魔獣自身が高い戦闘力を持っていても、自衛以外でその力を行使する可能性が極端に低いため、敵性型魔獣と非常に区別が付けやすく、迷宮に潜った学科魔法士は、融和型魔獣を見付けると、迷宮防衛都市に来るよう積極的に勧誘し、連れ帰ることが多かったのである。

 都市に連れ帰られた融和型魔獣は、都市魔法士管理局に併設(へいせつ)された保護施設で、数日をかけて地球での基礎知識を教わり、施設職員との対話で、魔獣自身の知る異世界の情報や知識を色々と聞き出されるのである。

 この対話や学習の期間を観察処分と呼び、対話を繰り返して粗方(あらかた)の情報収集が終わり、かつ都市での生活が可能と職員に判断されると、観察処分が解かれて、迷宮防衛都市内に限り、自由行動が許された。

 迷宮防衛都市へ連れ帰った魔法士の所に身を寄せる者もいれば、保護施設から紹介された身元引受人の所で過ごす者もいる。保護施設の職員を気に入って施設で暮らす者もいるし、観察処分の都市案内時に接触した、街の住人の所へ転がり込む者もいた。

 日本の迷宮防衛都市内においては、融和型魔獣はわりと自由であり、身元引受人さえいれば、連絡用の管理端末を身に付けるだけで、単独行動も許されている。

 ただ、問題を起こすと身元引受人が責任を取らされるため、融和型魔獣達との間に信頼関係の構築は必須(ひっす)であった。

 余談だが、この保護施設での観察処分を拒む融和型魔獣も当然いる。

 ミサヤがこの種の融和型魔獣であり、そういう融和型魔獣達は、都市に連れ帰った者が自動的に身元引受人として扱われ、異世界の情報を聞き出して、保護施設に報告書を提出するという、面倒極まる義務を課された。

 命彦とミサヤの付き合いは長いが、今も新しい異世界の情報・知識がミサヤから語られる度に、命彦は報告書を保護施設に提出している。

 命彦本人は喜んで報告書を提出しているが、他人から見れば物好きの(きわ)みに見えるだろう。


 三葉市に連れ帰った際、保護施設へ行くことを嫌がり、当然のように自宅に居座って、一緒に生活し始めたミサヤのことを思い出し、命彦がふっと頬を緩めた。

「……しかしまあたくましいと言うか、図太いと言うか。ミサヤもそうだけど、融和型魔獣ってどいつもこいつも驚くほど(きも)が据わってるぜ。新顔の奴らも、都市に来てたった数日間であの融け込みっぷりだろ? 俺にはとても真似できねえわ」

『ふむ、誉めていただいていることはわかりますが、どうしてそう思ったのです?』

「敵性型魔獣は迷宮で暮らしてるけど、融和型魔獣は人間の都市で暮らしてる。迷宮内は、魔獣達の本来の世界に近い環境だから、敵性型魔獣も暮らしやすいだろうが、その一方で融和型魔獣は俺達人間の、地球人の都市で暮らしてる。見るのも聞くのも初めて尽くしの、異世界の都市で暮らしてるんだ。それって、普通は凄くしんどいと思うぞ?」

 命彦が融和型魔獣達を優しく見て、言葉を続ける。

「でも融和型魔獣は、彼らにとって全く未知の世界に放り出され、見知らぬ土地で生活してるってのに……その土地に数日程度できっちり適応して、どいつもこいつものびのび生きてる。別の世界での暮らしに、たった数日間で適応できるってのは、肝が据わっててよっぽど神経が図太いからだろうと、俺は思うわけだ」

『……この国だからですよ、私達がすぐに適応できるのはね? 日本は、いえ日本人は、私達にとても寛容ですから。警戒する必要性をそもそも感じません。精神的にも気楽ですので、神経もあまり気疲れしませんしね?』

「うーむ……寛容ねえ、一応ほめ言葉として受け取っとくよ? お人好しは国民性だからさ。……あれ? でもミサヤは、保護施設に行くのを滅茶苦茶嫌がったろ? てことは、多少の警戒心はあったんじゃねえの?」

『分かってるくせに、私にそれを言わせるのですか? あれは単純に、マヒコの傍に居たかっただけです。警戒心というよりは、思慕の念から来る行動ですよ?』

 ミサヤが耳をヒクヒクさせて、()ねるように思念を飛ばした。

「ははは、ごめんごめん。言わせたかっただけだ、許してくれミサヤ」

 命彦がミサヤの反応を見てくすくす笑ってから、融和型魔獣達へ視線を戻した。

「話を戻すが、警戒の必要性が薄いにせよ、異世界の都市にそう簡単に適応できるとは思えねえ。俺だったら、あいつらみたいにすぐ適応するのは難しいと思う。この地球上の外国の都市でも、たった数日間であそこまでのんびりと落ち着けるとは到底思えねえもん。最低2週間は警戒心全開の筈だ。俺って意外と怖がりだしさ?」

 命彦がおどけて言うと、ミサヤが楽しそうに思念を返した。

『うふふ、どの口で言っているのやら。我が(あるじ)も意外に適応できると思いますけどね? 口では怖がりだと言いつつも、敵性型魔獣が闊歩する迷宮で活動できるほどの図太さをお持ちですから』

「くくく、言ってくれるぜ。まあ1人だったら無理だろうが、ミサヤや姉さん、母さんが傍にいてくれれば、多分どこへ行っても、俺はのびのびと生きていけるだろうさ。そういう自信は一応あるよ」

 ミサヤの両耳をクイクイと()まんで遊び、言葉を返した命彦が、追い抜いて後方に見える路面電車の天井で、スピーっと寝こける融和型魔獣達を再度見て、また苦笑した。

「それにしても、ホント幸せそうに寝やがって。あそこで寝ちゃ駄目だって、保護施設で人間側の常識や慣習を教わってると思うんだが。危ねえからすぐに止めさせるべきだろうけど、可愛らしいから怒る気まで失せる。困った奴らだよ、まったく。あれで人類を救った救世主だって言うんだから、あまりの落差に笑っちまうわ」

『まあ確かに、あの手の小型魔獣には、救世主という言葉から想起される威厳や神々しさ、勇ましさが、まるで感じられませんからね? あの者達が、地球人が魔法を得るきっかけを作った救世主だと言われても、普通はポカンとするでしょう』

 命彦がミサヤの思念にコクリと首を振ってから、自慢げにミサヤの首筋をくすぐる。

「ああ。その点ミサヤは凄えよ。同じ融和型魔獣でも、あの可愛らしい魔獣達と違って、威厳も神々しさも十二分にある。しかも、白狼の姿や人間の姿の時は別嬪さんで、子犬の姿の時はあの魔獣達に負けず劣らず愛くるしいときてる。最高かつ完璧だ、俺も鼻が高いよ」

『ありがとうございます、我が主よ』

 命彦がミサヤにモフッと抱き付くと、ミサヤは嬉しそうに耳と尻尾をフルリと回した。


 魔法が人類の間に技術として広く伝播(でんぱ)し、対敵性型魔獣用の武器として一般に修得され始めたのは、今から30余年前。【魔晶】が地球に出現してから3カ月も後のことであった。

 その当時、地球の各国に暮らしていた魔法使い達は、【魔晶】の出現後、一部でも魔法技術を開示して、人類一丸で魔獣達に対抗すべきだと言う対抗派と、どこまでも自分達の既得権益たる魔法を秘匿しようとする秘匿派に分かれ、3カ月もの間、平行線を辿(たど)る議論を続けていたのである。

 この魔法使い達の平行線の議論を、対抗派に一気に(かたむ)けたのが、融和型魔獣達であった。

 【魔晶】の出現後、多数の敵性型魔獣達の影に隠れて、少数の融和型魔獣も地球に出現しており、地球人類と信頼関係を築いた一部の融和型魔獣が、人類に魔法を教え始めて、簡易的ではあるが、魔法を修得した者達が世界各地に出現し始めたのである。

 魔法使いの一族以外の者が、融和型魔獣に魔法を教わり、その力を手にする事例の発生によって、多くの魔法使い達は、遠からず魔法が人類の間で一般化する未来を予見した。

 自分達が魔法を教えずとも、融和型魔獣達が人類へ勝手に魔法を教える。

 このまま手をこまねいていると、自分達と同じ権益を持つ者が無秩序に出現する。

 自分達の持つ既得権益の価値が、どんどん低下して行く。

 この時流が止められぬ以上、せめてそれに代わる新しい権益を確保したい。

 そうした危機感や思惑があって、世界各国で暮らす魔法使い達は動き出し、自国の政府と接触して、魔法の基礎技術や基礎知識を限定的に開示するという、歴史的決断、歴史的転換点を作ったのである。

 人類史の裏で暗躍していた魔法使い達を、(いや)(おう)にも歴史の表舞台へと引きずり出した。

 それが、融和型魔獣達の最たる功績である。

 既得権益の一部を失ってもいいから、新しく生まれた魔法使い達、今で言う学科魔法士や学科魔法士の卵とも言うべき魔法技能者達を、自分達で管理したい。

 魔法の独占という権益を失う代わりに、国家権力を手に入れて、どうにか魔法の授受や伝播を、総合的に管理したい。

 多くの魔法使いが持つこの思惑はその後成就し、魔法使い達は自国の政府に働きかけて、学科魔法士制度や魔法士育成学校といった、魔法に関連する諸制度や諸機関を設立させ、これらを管理・監督する地位や立場を手に入れた。

 そして、表立って国家の(かじ)取りにまで影響力を持った魔法使い達の手により、各国で迷宮防衛都市の建設が始まり、人類は魔獣の進攻を押し止める防波堤を手にして、【魔晶】が出現する以前の生活を、ようやく取り戻したのである。

 結果から見れば、融和型魔獣のおかげで、腰の重い魔法使い達が動き出し、学科魔法士達が誕生して、人類が生き残る一連の時流、歴史の動きが作られた。

 その意味では、融和型魔獣達はどれだけ愛くるしかろうが、ホケーっと暢気(のんき)に昼寝していようが、まさに地球人類を救った救世主だったのである。

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