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文官との交渉


 宮廷魔術師長の老婆が二人を見回して口を開く。


「支配人。 実はこのエルフの少年は楽器の練習場所を探しているのです」


そんなことを老婆に話した覚えはないので、ユイリは老婆の後ろに立っているフウレンを軽く睨む。


銀髪の少年に目を逸らされたので間違いなさそうだ。


「王宮の中では無理としても、休日に王都のどこかで安心して練習出来るところはありませんか?」


ああ、やっぱり王宮内は難しいよね、とユイリは思う。


この人のように盗み聞きされ、一人優雅に遊んでいると思われて妬まれる種にもなりかねない。


ユイリはずっとそういう心配はしてはいたが、他に良い場所が無かったのだ。




 考え込んでいた支配人が少し顔を上げた。


「劇場の建物内に小部屋がいくつかございますし、いつも誰かしら練習に来ていますよ」


ユイリと顔見知りである支配人は、彼が劇場近くの商会の身内だと知っている。


借りるには必ず支配人の許可はいるそうだが、それは良いことを聞いた。


「でもそれって、無料というわけではないですよね」


ユイリの言葉に紳士は頷いた。


「しかし、条件さえ飲んでいただければ無料にしても良いですよ」


「条件ですか?」


「ええ。 実は楽団員でなければ利用は出来ないのです」


ターラー師匠なら団員だから借りられる。 そう思ったのだが、本来は団員でも有料な上に、その連れでも許可がなければ入れないそうだ。


なるほど、とユイリは頷く。




「そこで条件を一つ」


いたずらっぽい顔をした紳士は、指を一つ立ててユイリを見た。


「将来、うちの楽団に入っていただけるならば入場許可証をお渡しします」


団員にエルフがいるというのは宣伝にもなる。


「む、それはどうであろうな。 この者は将来は王宮務めが決まっておるし」


「え?」


ユイリにはそんな気はなかったので驚いた。


「いえ、僕は楽師を目指しているので」


「何を言う。 お前さんは成人したら文官になる約束で行儀見習いに来ておると聞いているぞ」


ユイリはチッと舌打ちしたくなるのを抑えた。


 それは王宮からの要請が来た時に、田舎では得られない新しい音楽の情報が欲しくて承諾した結果である。


「文官になるのは本当ですけど、僕は楽師の道も諦める気はないんです」


それはどういう意味だとユイリ以外の全員が首を傾げている。



◆ ◆ ◆



 父親のギードは、ユイリの件で王宮の文官に対して交渉を行った。


「子供の将来を大人が決めることには反対なんです」


ユイリを王宮の従者見習いとして出仕させる時、ギードはある条件を出した。


「ですから、文官という肩書はありがたいですが、仕事は要請があった時だけにしてもらいます」


「ん?、なんだそれは」


ギードから黒い笑みが漏れる。


「どうせ必要なのはエルフ族との交渉。 早く言えばセシュリ様の話し相手でしょう?」


うっ、と周りの文官や交渉担当者が口をつぐむ。




「あの子は楽師になりたがっている。 それが成功するかどうかはまだ分かりません」


だが親として、その道を閉ざすことはしたくない。


「両方を体験させて、将来は、より比重が高い方の仕事に就かせるというのでどうでしょう」


「兼務だと?!」


そんなものは今まで聞いたことがない。 国王も文官たちも驚き、戸惑う。


「つまり、文官の仕事もさせつつ、楽師としても活動させるということか?」


「やれるかどうかは本人次第です」


うまく立ち回らなければ、当たり前だがどちらからも文句が出る。


ギードは頷き、一つため息を吐いた。


「子供の将来など誰にも分かりませんよ」


だが、大人たちはそうなるべきだと決めつける傾向にある。




 フウレンの父親であるハクレイも、その場に立ち会っていた。


彼もフウレンが王宮に出仕することには反対しているのだが、本人が引き受けてしまったのだ。


そのため、ギードと同行して苦情を申し立てに来ている。


「ふむ、なるほどな。 うちのフウレンも最近、魔術師になるのは嫌だと言い出してるし」


それには大人たちはぎょっとした。


フウレンはハクレイの後継者として優秀な魔術師になると誰もが思っていたからだ。


そうでしょうね、と言ってギードは出されたお茶を飲んでいる。


「一度、他の仕事も体験させて、どれくらい自分が恵まれているか思い知らせたほうがいいかも知れん」


ハクレイは腕を組んで考え込む。


親が偉いと自分も偉いと勘違いしている子供が実に多い。


それは単に環境というか、周りの大人の育て方が悪いのだが、子供のほうは当たり前だと思っているのだ。


 この見習い制度の良い所は、そういった上流階級の子弟の鼻っ柱を簡単に折れるところにある。


その上で、子供のうちから王宮の生活を体験させ、王族への忠誠心を育てる良い教育機関だ。


ギードはこんな制度を作った者や承認した国王にも感心していた。


「とりあえず、ご迷惑にならない程度にやらせてみてくださいな」


ユイリにはきちんと見習いの仕事はさせ、就業時間以外は干渉しないという契約になった。



◆ ◆ ◆



「つまり、今は両立が出来るかどうかを試しているということですか」


支配人はぐっと眉を寄せて唸っている。


「まあ、そんなところでしょうね」


ユイリの言葉に、そんな話は初めて聞く年配の宮廷魔術師も戸惑っているようだ。




 世の中の楽師といわれる人々の多くは裕福な者か、貴族だったりする。


一部の名手以外は、楽師だけでは生活出来るだけの収入が無い。


劇場所属の楽団員のほとんどが他に職業を持ち、兼務している。


「確かにうちの楽団員も楽器の師匠や他の職業に就いている者が多いですが」


しかしそれが王宮の文官というのは聞いたことがない。 あり得ないだろう。


「そういえば、お父様は確か、英雄のエルフ様でしたね」


劇場で上演された『砂漠の英雄』という劇。


それに登場する砂漠の町を救った英雄と呼ばれるエルフ、それがユイリの父親であるギードだ。


「あれは劇の上だけで、父は普通の商人です」


ギードは人前に出ることはあまりない。 それで少々誤解されている。


「いえいえ、海上輸送に、獣人雇用、領地拡大。 本当に目覚ましいご活躍をされていらっしゃいます」


それには魔術師長もうんうんと頷いている。


支配人は結局のところ、そのギードの息子ならば文官との兼務も出来るだろうと判断したらしい。


「まだお若いのですから、ここは将来に期待してということで」


後日、劇場で手続きの上、許可証を発行してくれることになった。




 次の休日。 ユイリはターラー師匠と共に劇場を訪れた。


迷子属性の師匠だが、この町を定期的に回っている馬車ならどこで乗っても必ず広場に出る。


劇場に勤めている彼女もそこなら大丈夫ということで、今日は劇場前で待ち合わせをした。


実はユイリ自身もまだ半信半疑だったが、やはり父親の影響は絶大だったようで無事に許可が下りた。


そして支配人から一枚のチラシを受け取る。


「これは?」


師匠と二人でそれを見ると、それは新楽団員の募集だった。


「毎年、冬に募集があるのです。 よろしければ是非ご応募ください」


ターラーが指導しているということで、支配人も試しに受けてみたらどうかと薦めてきた。


「でも、これ年齢制限がありますよね?」


確か成人していないと試験は受けさせてもらえないはずだ。


「そこは一応目安です。 ユイリ様なら見かけも大人と変わりませんし、腕前次第ですよ」


厳しい審査に受かる腕があるのなら、多少の特別は許されるということか。


「か、考えておきます」


ユイリは顔を引きつらせながら頷いた。




 師匠について練習を始めたのは、この春からである。 まだひと月しか経っていない。


毎年あるなら、審査を受けるのは来年以降でいいよね、とユイリは思った。


今はリュートを習っているユイリだが、まだ自分に合う楽器を色々と探している最中なのである。


「む。 これは大変ですよ、ユイリ君。 冬までに間に合わせないと!」


かわいらしい顔の師匠が、鼻息も荒く張り切っている。


「あは、あはは」


(無茶言うなー)


ユイリは師匠の説得から始めなければならないと思った。



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