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出会いと衝動


 夕暮れ前には師匠の家を出た。


ユイリはまだ十二歳であるが、背丈はごく普通の人族の男性と変わりがない。


エルフの男性の平均身長は人族の男性より高いので、成人の頃まではまだ伸びる予定である。


しかし、エルフという種族は身体がしなやかで細く、顔だちも中性的である。


 そんなユイリが暮れかかる下級地区に近い場所を歩いている。


(つけられてるか)


師匠の家に通い始めて約ひと月。 出入りしているのを見られていたようだ。


 王都のように、住民の数が増えれば増えるほどその町の闇は濃くなっていく。


(ギドちゃんならどうするだろう)


ユイリは闇属性のハイエルフである父親の顔を思い浮かべる。


荒事は脳筋である妻のタミリアに任せっぱなしだが、彼は決して弱いわけではない。


(僕にギドちゃんみたいなことは出来るんだろうか)


家族の前では武力で争う姿など見せない父親だが、決してかなわないと思わせる何かがあった。


ユイリは道に迷ったふりをして、わざと裏道へ入る。




 角を曲がって一旦姿を消し、つけて来た者を迎える。


「ねえ、僕に何か用?」


その手には短弓がある。 すでに矢がつがえられていた。


それを突き付けられた相手は、あわあわと驚いている。 小柄で、見ただけで卑しい身分の男性であることがわかる。


「な、なんだよ。 ただ歩いてるだけだってんだ」


すごんで否定するが、目は油断なく周りを見ている。おそらく仲間がいるのだろう。


「そう」


ユイリはそのまま矢を放った。


「ひっ」


矢はその男性のすぐ側の壁に突き刺さる。


「あ、ごめんね。 手が滑っちゃった。 おじさんも気を付けてね」


そう言ってユイリがにやりと笑うと、相手は舌打ちし、踵を返して逃げるように道を戻って行った。




(ユイリ様。 あまり意味の無いお遊びはなさいませんように)


「うん。 わかってる」


影の中から守護精霊が声をかけてくる。 守護といってもユイリが契約しているのではなく、父親の眷属精霊だ。


ユイリに付いている精霊は風の最上位精霊の分身で、エルフの少女の姿をしていた。


普段はユイリの影に住み、必要時だけ姿を見せるのである。


家族と精霊を通して連絡を取ったり、荷物を影の中に預けることが出来るので重宝しており、今も楽器や武器である弓など色々預けている。


長い年月を生きてきた精霊なので、たまにこうして注意されたりするのが面倒といえば面倒だ。


 精霊の声は直接耳に聞こえるし、返事をする必要もないのだが、ユイリはつい口に出してしまう。


「でも邪魔臭いなあ。 何とかならない?」


姿の見えない眷属と会話する彼は、周りからはぶつぶつと独り言をつぶやいているように見える。




 王都でもエルフ族の数は増えているが、人族に比べれば絶対的に少ない。


容姿が良いので女性と間違われたり、後をつけ回されるなどしょっちゅうだ。


それでもユイリは祖父母の商会ではわざと姿を見せて、宣伝に一役買っている。


そのため、商会はユイリ目当ての客も増えて繁盛していた。


一時、取り込もうとする貴族や上流階級の者が押し寄せたことはあるが、今はユイリが王族の庇護下に入っているため、誰も手が出せなくなっている。


(ではやはり練習場所を替えるしかないでしょうね)


「そうだねえ」


ユイリは帰り道を急ぐ。


王都の雑踏は色んなものが混ざり合い、エルフの少年には夕陽に染まる町は重苦しく感じられた。




 翌朝、ユイリはいつも通りに夜明け前の散歩に出る。


王宮内では警備の問題上あまり出歩くことは出来ないので、久しぶりに屋根の上に上がり、まだ薄暗い町を見下ろしていた。 


「どっか良いとこないかなあ」


一番高い教会の尖塔の上で、ぼんやりと新しい練習場所を考えていた。


 その時、どこからか音が聞こえて来た。


エルフの耳は種族特性でかなりかすかな音でも拾うことが出来る。


夜明け前の静かな町に、その音は確かに流れてきた。


「こっちか」


ユイリはその音がする方向へと、屋根伝いにぴょんぴょんと飛んで行く。




 下級地区まで来てしまった。


東正門の近くの裏通りに、住民用の井戸が見えた。


中級以上の地区には井戸は無い。 ほとんどの家庭には魔道具が設置されているからだ。


井戸の側の岩に腰掛けた少女が、古ぼけたリュートをぼろんとつま弾いている。


(あれか)


ユイリは近くの共同住居の屋根の上で、それをじっと見ていた。


 黒っぽい髪を邪魔にならない程度に結い上げた少女は、ひたすらリュートを奏でる。


しかし、楽器なのか、彼女の腕のせいなのか、音は小さく掠れていた。


気づかれないよう、ぎりぎりの場所で見ているので顔はわからない。


それでもその音は、ユイリの耳に残るほど優しく、切ない音をしていた。 


 やがて薄闇の空が晴れ、今日も新しい一日を告げる朝が来る。


井戸の周りというのはその近くに住む者たちの生活の場だ。


ぽつぽつと人が増え始め、彼女も楽器を置き、生活の中へと埋もれていった。




 ユイリはそっとその場を離れようとした。


だが、その際に嫌なものを見てしまう。


ユイリをつけていた、あの小柄な男性だ。 土地勘はあるようで、するすると小路を歩いている。


「あの音、確かこっちからだったな」


下品な様子がわかる声が聞こえた。


つまりは、あの男性も楽器の音を聞きつけ、何かをしようと思っているのだろう。


 ユイリの中にもやもやとした黒い意識が生まれた。


(嫌だ。 なんか気持ち悪い)


どうしてもそれを拭いきれず、ついその男性の跡を追った。




 井戸の側には大勢の女性や子供たちが集まり、朝の支度をしている。


そこへふらふらとその男性が入って行く。


声をかけられているところを見ると、おそらくこの辺りの住人なのだろう。


しばらくごそごそ、きょろきょろしていたが、木の陰に隠されていた彼女の楽器を見つけ出し、それを手に取ろうとする。


「おじさん、それは私のです。大切な物なの」


彼女はそれに気づいて、静かに諭すように声をかけた。


しかしその男性は目を吊り上げて怒鳴った。


「おりゃあ、しくじりっぱなしで昨日から何も食ってねえんだ!。 こんなもん、おめえにはもう必要ねえだろ」


明らかにお金目当てに取り上げようとしている。


(まあ、こんなところで楽器なんて珍しいからな。 ぼろくても多少のお金にはなるんだろう)


彼女が音を出来るだけ小さくしていたのは、おそらくこういう事を危惧していたのかも知れない。




 黒髪の少女は首を横に振った。


「いいえ、おじさん。 その楽器は呪われているの。 それを持っていると、私のように酷い目に遭うわ」


ユイリは首を傾げる。 彼女は何を言ってるのだろう。


その男性は少し戸惑っていた。


「返せー。 お姉ちゃんのだぞー」「そうだーそうだー」


近くにいた子供たちが声を上げた。 おかみさんたちも顔を顰めている。


「そうだよ、止めときな。 他人の大切な物でお腹を膨らませたって、心は貧しくなるだけだよ」


ユイリはその言葉を聞いて、これはダメだなと思った。


正論なんて、そんなものではお腹は膨れない。


ユイリ自身は両親のお陰で不自由はなかったが、友人である獣人の子供たちは幼い頃は飢餓が身近にあった。


真剣に訴えるその恐ろしさは、ユイリにも何となく理解出来た。




「う、うるせー」


その男性は周りの子供たちを蹴散らし、楽器を抱えて走り出した。


しかし、小路に入ったところで足をもつれさせ、


「ぐはっ」


と転倒する。


「おじさんっ」


一番近くにいた彼女が駆け寄る。


「あ、足がいてぇー」


ごろごろと転がり、必死に抑えている男性の足首の辺りを見ても、特に血が出ている様子はなかった。


捻挫でもしたのだろうと誰もが思った。


「おじさん、大丈夫ですか?。 だから言ったんです。 この楽器は呪われているんですよ」


哀しそうな少女の顔をユイリは遠くからじっと見つめた。


そして漂ってくる朝食の匂いに顔を上げ、急いで祖父母の家へと戻って行った。




 その少女は見た。


自分の大切な楽器を持ち去ろうとした男性の足に刺さっていた矢を。


そして、その矢が次の瞬間には消えて無くなったことを。



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