第1話「閉鎖空間と疾走時間」
第1話「閉鎖空間と疾走時間」
1
黄色と黒のテープが張り巡らされていた。
この街の中心部分を切り取り、隔離しているように。
実際、この何か危険を感じさせる縞模様にその区域は隔離されているのだ。
この中では大規模な工事が行われていることになっている。
江戸時代からあった道なのだが、老朽化が酷く、ついに工事がされることになった。
とてつもない範囲での立ち入り禁止に、住民や国民からとてつもない批判を受けることになったのにも関わらず、工事を実行したのだ。
指示した政治家はもう二度と戻れないであろう。
だが、真実は違う。
行われていないのだ。工事は。
そのかわりに何が行われているのか、一部の関係者を除き誰も知らない。
知られてはならない事だった。
もし知られれば、社会の混乱はこの国だけでは済まされない。
それに、下手に手をつけるとさらに大きな被害が出る可能性は誰にも否定できない。
ただ、彼らに任せるしかなかった。
2
僕はテープを跨いだ。
本来立ち入ってはいけないはずの区域に足を踏み入れ、目標地点へと走っていると、”
もう戻れない”という感覚が僕の体をじわじわと蝕んでいくように感じる。
だが、これは意味のある事なのだと思う。僕にとっても、皆にとっても、顔や名前も知らない誰かにとっても。
「もうそろそろポイントに到達か…」
自分に言い聞かせるように呟いた僕自身の言葉は、冷たい感覚となって僕の心や体を貫く。決して”決意”や”やる気”であるはずのないそれは、しかし僕の動きを鋭くしていく。
ピッという音が聞こえた。
僕の眼に密着している”コンタクト”が、僕の右耳の装置へと反応があったことを伝える音を出力させる。
「………近い。」
僕は小さく呟き、やはり眼の”コンタクト”に表示されている地点を目指す。
そして、”それ”はいた。本来この場所に立ち入ってはならないはずの、人の形をしていた。
しかし”コンタクト”はその体から発せられる”何か”をしっかり捉え、僕の眼に可視化していた。
「今回は当たり…か。」
そう呟いた瞬間、目の前の人間は僕に襲いかかって来ていた。
認知しているが、やはり人の動きではない。
“気持ち悪い”と感じさせる動きだ。腕をぶらんと後ろに投げ出し、足の力だけでこちらに向かってくる。
だがしかし、前に見た力の塊のような物を飛ばしてくるような相手ではないと判断した僕は、少し前に出る。
相手ともう接触しようという瞬間、右側に身体を投げ出し、楽な姿勢を保持したまま
足がバランスをとってトトトと勝手にステップを踏むのをやめるのを待つ。
比較的早く停止した足を、今度は相手との距離を取るために前に力を込める。
そして…………
「4Dストレージ、”ハピティカル・ピストル”をポップ」
呪文のような言葉を僕の口が唱えた瞬間、僕の手には”光線銃”が二丁、握られていた。
細身の銃身に青い光のラインが描かれたその銃は、ディスプレイも何もない空中に“ビームトリガー“モードを示すマークを浮かび上がらせる。
そして、僕は撃った。連射した。当てるつもりはなかった。牽制だ。
光の雨が目の前の目標の周りに突き刺さっていくが、“たったひとつを除き”当たらなかった。
“しくじった”そう思った。まさか当たるとは。
下手な攻撃は、相手の怒りを買う可能性がある。あまり好ましい事ではない。
だが当たってしまったものは当たってしまったもの。
こうなれば決着は早めにつけてしまおうと判断した僕は、
「4Dストレージ、”ハピティカル・ライフルユニット”をポップ、コネクト。」
と唱える。
瞬間、僕の手の二丁拳銃の内一丁が消え、もう一方には青光りする 『ハピティカル・ライフル・ユニット』が周りを浮いていた。
そして、キーンと音を立て、『ピストル』と『ライフルユニット』が連結していく。
そして…『ハピティカル・ライフル』が完成する。
「本当はこう使いたくないけど…」
そう呟いた僕は照準を至近距離と表現しても良いであろう距離の相手に向け、引き金を引く。
その瞬間、光が相手を貫いた。本当に一瞬だった。
光の残像。そう表現するべきであろうものが見える。
そして、静寂。
ここにきて、この戦闘はそこまで激しいものでなかったことを僕は意識する。
「よかった…」
崩れ落ちる目の前の人間を直視しながら、僕は安堵の言葉を口にする。
そして”コンタクト“の反応が消滅したことを確認しつつ駆け寄り、心臓やら何やらが活動を停止していないことがわかると、右耳の装置を操作し、
「終わったよ。迎えに来てくれない?」
と言う。
『ターゲットの回収は行う。君もそれに着いてくればいい』
との返答。
何となく棘のある口調ではあるが、何かした覚えはないので口調についてはスルーし、
「了解。それと一緒に戻るよ」
と返した。
直後、こちらに向かってくるヘリを見とめる。
「さすが仕事早いな…」
自分も参加している組織ではあるが、毎回それについては感嘆せざるを得ないと僕は思う。
「さてと…」
そして今日の仕事の終わりを告げるヘリのうるさいプロペラの音に向かい、僕は歩いた。
なぜか、先程乗り越えてきた本来知らされている使われ方をされていないテープのことを思い出した。
意味も、ないのに。
3
「ふわぁ〜〜」
気が抜けたあくびをしながら俺は起きた。
昨日はテストが終わったので夜遅くまでゲームをしていた事を思い出した。
そして途中で眠くなりベッドに入って寝た事も思い出した。
目覚ましは鳴った記憶はない。
「よっと…」
起こされたわけではない、起きたんだ…と意味のない満足感を味わいながら、俺はかけ布団を剥ぎ、起きる。
そして時計を見る…………と、
「げっ!?ちょ、もうこんな時間かよっ!?」
時計は7時半を指していた。
ドタバタと学校の制服に着替えて、時間確認のためいつもは付けない腕時計をつけ、持ち物の最終確認をして、やっと玄関のドアを開け放って外へ出る。
「しくったな…夜遅くまでゲームするもんじゃないな…」
今更遅い後悔の念を呟きながら、俺は学校への近道を走る。
腕時計を確認したところ、幸いギリギリ間に合いそうだ。
「なんか忘れ物とかありそうだなー」
だがしかし確認に戻っては時間が間に合わないのでその思考を無理矢理捨て去る。
そういえばこの町は割と田舎だと思う。だが田舎といっても田んぼが彼方此方にあるわけでなく、ここには大きなビルなどがないという意味だ。車はちゃんと走っているし、店だって多い。都会よりは田舎だと思うだけだ。
というか、俺はよくこんな非常事態に呑気な事を考えていられるな。
そんな事を考えているうちに俺は学校へ着いた。
「はあ…はあ…」
息が上がってしまっているが、とにかく着いた。間に合った。よかった。
教室に入ると、どうやら寝坊したにも関わらず俺が最後に来たわけではない事が発覚した。だからどうこうではないが、なんとなく安心した気持ちになった。
「ふー…」
息を吐きながら席に座ると、
「お疲れタク。全力疾走だったねえ」
と声をかけられた。
「おはようハッピー。朝から嫌味言うのか?」
と返しながら顔を上げた俺の目に入ってきた姿は、中学の時から共にいる“晴馬昼矢”、みんなや俺から“ハッピー”と呼ばれている奴だった。
こいつは、多くの人間が“天才”と呼ぶ部類の人間だ。
何の勉強をしなくてもテストで満点の点数を取れてしまうし、勉強以外の事だって大概のことには頭が働く。
それでもあまり他の人間に嫌われていないというのは、この学校の人間のおおらかさもあるが、ハッピー自身の力もあるのだろうと思う。
「いやーさすがだよねー。あんまり運動しないにしてはやるもんだ。タク。」
“タク”というのは俺、“月浦拓夢”のことだ。
こんな“天才”と一緒にいる俺だが、俺はまったくもって特技を持たない。
そういえば昔はあったか……………。
何にせよ、俺は今は普通の中学2年生だ。
“タク”という呼び方は今のところハッピーにしか使われていない。
「タク、今日さ、放課後用事ある?」
「いやないけど…」
「じゃあさ、きて欲しいところがあるんだけど」
何となく気になる言い方だ。まさかとは思うが確認しておくか。
「ハッピー………ごめん、俺男とはそういう関係には…」
「君は何の話をしてるんだ」
違ったらしい。
「とりあえず俺はお前とどこに行けばいいんだ?」
さっきのは冗談だったことにして、俺は聞いた。
「あそこに見える山」
とハッピーが指差した方向はこの町から見える山の、一番大きな一つだった。
「山登りは苦手なんだけど…」
そう俺が言うと、ハッピーはこう言った。
「少年は山に登るべきだ」
なんでそんな説教を俺は聞かされるんだ?
いやそもそもなぜ今日のタイミングで山登りなんだ?と考えていると、
「冗談に決まってるじゃん。ただの山登りなら土日で誘ってるって」
と言われ……………………少しムカついた。
「じゃあただの山登りじゃないんだな?」
と俺が聞くと、ハッピーはこくりと頷いた。
「ふーん」
と納得したような声を俺は出した。
だが、ハッピーが言う“ただの”は本当に何かあると考えるべきだと噂されている事を俺は知っていた。
何故ならこのハッピーは中学一年の時、海外の探偵の助手をしていたのだ。
詳しい事は知らない。聞いても教えてくれなかった。
それでもハッピーは凄い経験をしてきたのではないかという事がハッピーのオーラから滲み出ているように感じる事はある。こういうと厨二病って言われそうだが…。
それとは別に、ハッピーはたまに突拍子もない事を言う事がある。
それについては少し不安を覚える事があるのだ。
今回感じた不安もそれと似た雰囲気を持っていた。
「あのさ…」
「何?タク」
「………………いや…なんでもない」
何か聞くべきかと考えたが、やめた。
何か起こったらその時にどうにかしよう。そう考えることにした。
「なにそれ。一番気になるやつじゃん」
ハッピーはなにか察したような顔を一瞬したように見えたが、いつも通りの口調で言い、
「じゃあ放課後ね!」
と言って自分の席に戻った。
(別にクラス同じなんだから次会うのは放課後じゃないだろ)
そう考えながら俺も、いつのまにか主が立っていてお役ご免になっていた椅子に腰掛け、朝のホームルームを待った。
この時に、何か起こったら自分の力でどうにかなる、と考えていたのは、結論から言うと間違いだった。
第1話 END