デビルリンチは囲んで棒で殴る
「そういや、下の人はもう新モーションって試した?」
「うん?」
昼食後にログインし、ゲッコーの屋台でうどんを啜っていたら唐突にそんな事を聞かれた。
本来、満腹中枢の関係でVRで食事をするのはリアルで食事をする前の方が良いのだが、オズの場合はアバターが大きいせいでうどん一杯では腹が膨れない。逆に言えば、リアルとゲームの食事タイミングを好きに選べるという事で、地味に活用している。
それはさておき、新モーションである。オズもリリースノートでモーションサポートに新パターンが追加されたのは知っていたし、一応どんなものか確認はしていたのだが。
オズにとってモーションサポートはあくまで『自分の動きに取り込めるかどうか』が重要であって、モーション自体が使えるかどうかはあまり重要ではない。
今回追加されたモーションは、オズが普段使っている動きと似たような物が多かったので、あまり参考にはならなかった。自分の戦い方と、運営の想定する竜裔の戦い方がそう外れていないと確認する意味では、まあ役立ったが。
そんな事情を、ゲッコーにそのまま話す。
「つー訳で、追加された新モーションが実際に使えるかどうかってのは試してないな。
自分で言うのも何だが、俺は戦闘慣れしてる方だから、素人さんが参考に出来るかどうかってのも怪しいと思うが」
「あー、まあ、その辺は分かってるつもりだ。
ただ実を言うと、俺も午前中に少し試してみたんだが、使いこなせてないからかもしれんが微妙に使いづらい印象だったんだよな」
「モーションサポートって戦闘に慣れてない素人さんの為のものだから、使いこなせないと駄目だって時点で破綻してるだろ」
「そうなんだよなぁ……」
ゲッコーがうなだれる。
実を言えば、このゲームは徒手格闘にはアビリティや身体の構造など色んな条件が複雑化しているので、素手で戦うのは他のゲームより難しかったりする。
例えば、相手に組み付いて膝蹴りを見舞う攻撃をしたいとなると、相手に組み付くための【掴み】と膝蹴りのための【蹴技】が必要になるのだが、竜裔の様な恐竜脚だとそもそも膝蹴りが出来ないためアビリティがあっても使えない。
体格や関節構造、装備などの要素もあって一概に『これが使える』『これが強い』とは言い難いので、その辺を自分で検証して確認する必要があり、結構面倒なのだった。
ゲッコーもリザードマン拳法のためにそこそこアビリティは取っているはずだが、それらを組み合わせて戦い方を組み立てられるか、となるとまた別だろう。
「別に、使いこなせないなら無理して使う必要も無いだろ。とりあえず現状だとリザードマン拳法で戦えてるし、モーションの方も少しずつ練習すりゃ良いんじゃないか」
「俺個人は、それで良いんだけどな。竜裔スレだと今ん所リザードマン拳法が必修みたいになってるから、新モーションでそれを解消出来れば、と思ったんだが」
「あんなもん、他に使う奴が居たんだな」
「スレだと結構人気だぜ。ソロだと物理アビはほぼ必須になるし、野良パーティに混ざるにも物理要員の方が混ざりやすいってのがあったしな」
以前、ゲッコーに頼まれてお蔵入りさせていたリザードマン拳法の解説動画を渡した事はある。
ただ、大層な名前に反してやってる事は単に腕をぶん回してるだけだし、竜裔であれば魔法も使えるので需要は無いだろうと思っていたのだが。知らない所で流行っていたというのに、少し驚いた。
話を聞いてみると、先月までは人型から大きく外れた種族は物理攻撃アビリティ自体が地雷となっているので、どうしても物理要員は減っていく傾向にあったそうだ。
その為、竜裔で物理攻撃アビリティが使えるというのは野良パーティに混ざるのに丁度良いと言う事で、そこそこ受けが良かったらしい。
「前もちらっと話したと思うが、竜裔は生産職が結構多いんでな。普段は街で働いて、レベリングの時だけ外に出るってスタイルの奴が大半だ。
どうしても固定パーティを組むのは難しいんで、野良に混じって適当に戦える技術ってのは結構ありがたいんだよ。就職システムのお陰で、APはまだ何とかなるしな」
「ボツ動画をありがたがられるってのも複雑な気分ではあるが、まあ役に立ったなら良かったよ」
「まあ、それ自体はありがたいんだが。今月から入ってくる新人さんに『リザードマン拳法覚えろ』とも言いたかないし、どうしたもんかって感じだな」
ゲッコーの嘆きも分からないでは無い。
リザードマン拳法はあくまでオズが適当に編み出した非公式の戦い方で、それがないと戦えないという時点で竜裔という種族はハンデを背負っているのに等しい。
オズの様に掲示板を見ないプレイヤーも居るし、掲示板を見ないからと言ってオズの様に自分で戦い方を模索するのが好きとも限らない。公式が用意したモーションのみで戦えるなら、その方が良いに決まっているのだ。
「そう言う事であれば、俺の方でも新モーションがどんなもんか試してみるかね」
「悪いな、厄介事を押し付けたみたいで。そうだ、厄介事ついでに、俺も付いてって良いか?
動画撮って上げとけば、まあ見たい奴は見るだろうし」
「ん、構わんよ」
1ヶ月使っていて竜裔という種族には愛着があるので、不人気になったりしたらオズとしても面白くはない。
レベリングのために灰人の道へは行くつもりだったので、ついでに色々試せば良いだろう。オズだけだと意見が玄人寄りになる恐れもあるので、そう言う意味ではゲッコーの申し出もありがたい。
ゲッコーの屋台が一旦店仕舞いするのを待って、街の外へと繰り出す。
結論から言えば、新モーションは微妙だった。
決して出来が悪い訳ではない。今まではとにかく大振りで腕だの尻尾だのを振り回すモーションしか無かったのが、小技を中心として使いやすいモーションが増えており、使い勝手が大きく改善されているのは間違いない。
普通のモンスターと戦うだけなら、モーション頼りでも何とかなるかも知れない。ただ、このゲームのモンスターは妙にAIが良いのが混じっているので、そういうのを相手にするとなるとモーションだけでは色々と足りないのも事実だ。
例えば、ミドルオークを相手にするにも1対1ならモーション頼りで何とかなるが、そもそもミドルオークは常にこちらより多数で攻めかかってくるので、そうなると途端に不利になる。相手は連係攻撃も駆使してくるので、それをモーションで捌くのはほぼ不可能だ。
魔法やアイテムを駆使すれば何とか出来ない訳でもないが、道中の雑魚敵でしかないミドルオークを相手に、常に総力戦を強いられるというのはかなり厳しい。
「とは言え、相手が色々駆使してくるのに、こっちが個人の物理アビリティのみでどうにかしようってのが、間違いっちゃ間違いだからな。
そう言う意味では、強すぎず弱すぎず、って塩梅と言えなくもない」
オズの感想としては、大体そんなところだった。ゲームバランスを考えるなら、ソロの竜裔が物理攻撃縛りで複数のオークを問題無く処理出来る方がおかしいので、仕方が無いと言えば仕方が無いのかも知れない。
竜裔のポテンシャルを活かせば不可能ではないだけに、歯がゆく思えるのもまた事実だが。まあ、そういうのはモーションに頼らない人間がやれという運営のメッセージだろう。
ゲッコーの感想としては、また別のようだ。
「俺が戦い慣れてないのもあるだろうけど、オーク一匹を相手にするにも、物理だけだと少し厳しい感じだな。まあ、それは仕方ない部分もあるとして。
小技はともかく、大技のモーション当てるのが難しいってのは先月から変わらないんで、そうなるとリザードマン拳法も混ぜた方が戦いやすい、かな」
小技は確かに当てやすいが、その分だけダメージも少ない。相手が長く生きていればそれだけ事故の確率も上がるので、やはりダメージを稼ぐとなると、大技が欲しい。
ただ、大技の当てにくさ自体は先月から変わっていないので、そうなると多少ダメージが落ちても腕をぶん回すだけのリザードマン拳法の方が使い勝手は良い。リザードマン拳法で相手を大きく崩せたなら、その時は改めて大技を使う選択肢もある。
なまじリザードマン拳法という選択肢を知ってしまっただけに、それをわざわざ縛って戦うとなると厳しいように思える、と言うのがゲッコーの結論だった。
「わざわざ下の人に出張って貰ったのに、あんま良い結論にはたどり着かなそうだが」
「ま、モーション頼りの初級者より、そこから一歩先の中級者の方が強いってのはVRゲームの宿命でもあるしな。ある意味、仕方あんめぇ」
ゲッコーは気落ちしているようだが、オズとしてはレベリングとオークの装備集めは出来ているので、当初の目的は達成しており文句は無い。
新モーションも全く使えないという訳では無かったので、物理アビリティを選んだ時点で即地雷認定というようなことも無さそうだし、そこまで落胆するような事も無いと思うのだが。
そんな事を話している内に、ボスエリア前のポータルが見えてきた。
「さて、どうする?」
「まあ、ボス戦だけやって帰れば良いんじゃね? 下の人なら、大して時間掛からんだろ」
オズもゲッコーも竜裔なので、ボスを倒しても悪魔の村には入れない。
ゲッコーのクラスチェンジの際にオーガの内蔵は調達済みなので、特にボス戦をやる意味は無い。ちなみに、手に入ったのは【竜の顎】という噛みつき攻撃に補正が載るアビリティだった。
ゲッコーの言うとおり大して時間も掛からないので、避ける理由も無いかとボスエリアに足を踏み入れた。
そこに居たのは、数人の悪魔族だった。羽の大きさや肌の色から、恐らくは夢魔系の上位種だろう。
見た瞬間に、しくじったと思うがもう遅い。中央の老婆が、口を開いた。
「夜魔の宝玉を、返して貰いましょう」
「やなこった。んな義理がどこにある?」
予想通りの要求が来たので、間髪入れずに答えを返す。そもそも売り払った後なので、オズの手元には無い。まあ、あったとしても返す気は無いが。
イベント時にサルデス少年もボスエリアにいたので、他の悪魔族がここに居ても不思議では無い。ただ、イベント後に何度かオーガ達と戦っているが、これまで悪魔族がちょっかいを掛けてくる事は無かったので、油断していた。
よりにもよってゲッコーが居る今このタイミングで、と思わないではないが、それを言っても始まらない。事情が飲み込めていないながらも、何やらマズい事が起きていると察したらしいゲッコーは、一歩下がって沈黙を守っている。正直、ありがたい。
「あれは神話の時代より受け継がれし、我らの宝。返却を求めるのは、当然では?」
「クラスチェンジ前の小僧が盗み出せるような、雑な管理してたくせに。小僧を倒して手に入れたんだから、もう俺の宝だ」
不遜な態度で返しつつも、頭はフル回転させている。
事態はかなりマズい。相手は間違いなく高レベルのNPCだ。単純に戦って勝てるかという問題以前に、大抵のPRGではNPC殺害は大罪だという問題がある。オズ一人なら最悪「知った事か!」で済むのだが、ゲッコーが居る今はそれも出来ない。
宝玉の返還も無理だ。オズに所有権が無いというのもあるし、だからと言って正直に事情を話したりすれば、今度はレベルドレイン側に迷惑をかける恐れがある。オズの活動的にもゲッコーの屋台的にも、レベルドレインと敵対して良い事は一つも無い。
ボスエリアなので、死ぬか勝つか以外で脱出手段は無い。となると、残る手段は自決してのリスポンくらいしか思い付かない。これも、特殊イベント中に通常通りリスポン出来るのか賭けではあるが、哀しい事に他の選択肢よりはまだ成功の目がある。
『スマン、ゲッコー。駄目っぽいわ』
『よー分からんが、なんかそんな感じだな。後で事情は説明してくれよ?』
パーティ内会話で謝りつつ、とりあえずは先にゲッコーをリスポンさせようと腕を上げかけたときだ。
落雷のような轟音が響き、衝撃波がオズとゲッコーを薙ぎ払う。咄嗟に地面に爪を立てて身体を支え、吹っ飛んでいきそうになっているゲッコーを尻尾で掴んだ。
何事かと思い音のした方を見れば、そこにはレベルドレインの店長が立っていた。手には、たった今話題に上がっていた夜魔の宝玉を持っている。
「申し訳ありません、お客様。少々力加減を誤りました」
「ああいや、まあ、助かりました」
まるで測ったかのようなタイミングが気にならないでは無いが、助かったのは事実だ。
店長が二人を庇うように前に進み出ると、再び老婆が声を上げた。
「ホープ!」
「お久しぶりね、ギヴァ。ご覧の通り、夜魔の宝玉は私の手にあるわ」
店長がこれ見よがしに夜魔の宝玉を掲げてみせれば、悪魔族は目に見えて殺気立った。
小悪魔のサルデス少年が持っていてもヤバかったアイテムなので、それを神子の店長が持てばどうなるか。それは、本来の持ち主である悪魔族の方が理解しているのだろう。
「欲しければ、取り返してご覧なさいな。もっとも、貴方達に出来れば、の話だけれど」
店長は静かにそこに立っているだけなのに、オズは全身の鱗が逆立つような感覚に襲われる。アダプターは本当に良く出来ているな、と場違いな事を考えた。
「ホープ、貴方まだ諦めていないの……!」
「いいえ。『諦めていなかった』が正しいわ。そこの彼を見て、何も気付かない?
それとも、小さい頃に見た絵本の挿絵なんて、もう覚えていないかしら?」
この村のイベントは、オズそっちのけで会話が進むのがデフォらしい。
店長の言葉で何かに気付いたらしい老婆が、射殺さんばかりの目付きでオズを睨む。その目付きが気に入らないので、舌を出して頭の横で両手をピラピラさせ、思いっきり挑発しておいた。
「必ず、必ず後悔する日が来るわ!」
「あら、随分訳知り顔で言うのね。した事も無いくせに」
歯ぎしりがここまで聞こえてきそうな勢いで老婆が歯がみするのを尻目に、店長に連れられてボスエリアを出た。




