朋あり別ゲーより来たる
スータットの噴水前広場は、プレイヤーでごった返していた。
第二陣プレイヤーのログイン時刻になって、新規プレイヤーが一気にログインしてきたのだ。今日は平日でまだ昼前なのだが、それでも1ヶ月前のサービス開始に見劣りしない混雑が生まれている。
まあ、今日明日が過ぎればまたゴールデーンウィークなので、それに合わせて休みを取った人間が多いのだろう。オズも同類なので、そこは置いておいて。
人の多い噴水前広場だが、オズの4mの巨体はかなり目立つ。大型種族でもクラスチェンジ前は3mくらいの種族が多いので、頭一つ飛び抜けている。待ち合わせには便利だ。
視界の端にメニュー画面を開けば、時計は10:05を示している。時間には五月蠅い相手なのに珍しい事だと思いながらメニューを閉じると、丁度声を掛けられた。
「済まん、悪タレ。待たせたの」
振り向けば、伸長170cm程の昆虫男性がそこに居た。黒茶の体色と4本腕は甲虫族に見えなくも無いが、明らかに大型種族の大きさではないし、頭にカブトムシの角も見えない。
新しく追加された種族かと考えながらも、ひとまずは挨拶を返す。
「ま、そんなに待ってもないし、構わんよ。こっちじゃ初めましてだが、オズ悪人だ」
「ちゃんと事前にフレンドコード登録してきたから、分かっとるわい。ドクトル翁じゃ」
「爺さん、とうとう文明の利器を使えるようになったのか……」
「やかましい」
ドクトル翁はオズが別のゲームで出会ったフレンドで、このご時世には珍しくかなり高齢になってからVRゲームを始めた人間だった。
その所為かゲーム全般の知識に乏しく、あろうことか「孫と一緒に遊びたいから」という動機でR-18(G)ゲームのサムライ スライスを選んでしまったと言うのがオズとの出会いだったりする。
お孫さんは残念ながら18歳未満だったのでサムライ スライスにはログイン出来なかったが、本人はチャンバラゲーが気に入ったらしく入り浸り、そのままオズとの友誼も続いていたのだった。
そして、オズがアダプター目当てにミリオンクランズ・ノーマンズに鞍替えしたのと、ドクトル翁が「孫と遊ぶ」という本来の目的を1年半越しに思い出したため、こちらのゲームで合流する事になったのだ。
「爺さんのアバター、見覚えがない感じだが、なんて種族なんだ?」
「うん? 確か、蜚蠊族と言ったかの。黒狼虫なる、素早い虫がモチーフだそうじゃ」
「こくろうちゅう……」
コックローチ(cockroach)は和名を御器被りと言い、平たく言えば皆大嫌いな例のアレである。恐らくまた誰かに騙されたのだろうな、と当たりを付けた。
幸か不幸か、ドクトル翁の見た目は普通に昆虫モチーフの鎧を着た人間と言った感じで、殊更に生理的嫌悪を煽るようなものではない。虫嫌いには辛いかも知れないが、そうでなければ大丈夫だろう。
当人は気に入っているようだし、折角選んだアバターにケチも付けたくないので、真実はオズの心の中にしまっておく事にする。
「ま、どんなもんかは実戦で試すとして。ひとまず、外に出るか」
「それなんだがの。孫達がもう少ししたらログインしてくる筈なんじゃよ。急で悪いが、孫達も一緒に連れて行けんかの?」
今までどうやって現代社会を生き抜いてきたのか不明だが、ドクトル翁はネットリテラシーがガバガバで、こういうリアル話がポンポン飛び出てくる。
当人はともかく、流石にお孫さん達の情報を漏らすのは捨て置けないので、一旦注意しようと口を開きかけたときだった。
「おじいちゃーん!」
「おお、さy…… アグァ!?」
駆け寄ってくる少女の名前を口にしかけたドクトル翁を、思い切りしばき倒す。恨めしげな目で見られたが、口の前でバッテンを作ってやると自分が失言しかけたという事に気付いたらしく、何も言わずに立ち上がった。
自分の祖父を思いきり殴り飛ばされた少女は、ビックリした目でこちらを見ている。ダサい初心者装備に身を包んでいるのでプレイヤーなのは間違いないが、身体的特徴から見るに恐らく小悪魔だろう。悪魔族がプレイアブルになっているというのは知らなかったので、少々驚いた。
身長は140cm程度。アバターの見た目にリアルを反映しているのであれば、ゾフィーと同じか少し上くらいか。こちらの第一印象は最悪だろうが、まあ仕方が無い。さてどう声を掛けようかと思案したところで、新たにこちらへ歩いてくる人影に気付いた。
「サーヤ、お祖父ちゃん居た?」
「え、あ、うん」
サーヤと呼ばれた小悪魔の少女が答える。
こちらに歩いてくるのは、身長2.5m程のライオンのたてがみを持つ男性と、全高3m程の蜘蛛の下半身を持つ女性だった。そう言えば、ドクトル翁は「孫達」と言っていたか。
「おお、随分大きくなったの。えー……」
「頭の上にプレイヤーネームが出てるはずだから、それで呼べ」
「そうじゃった、シレーオとストリーン」
横からアドバイスしてやる事で、未来ある青少年が本名バレするのを防ぐ。
ドクトル翁は「孫と遊ぶ」という当初の念願が叶ったのが嬉しいらしく、まさに好々爺と言った表情を浮かべている。流石に邪魔するのも野暮なので、しばし談笑しているのを横で見守っていた。
「ところでお祖父ちゃん、そっちの人は?」
「ん? おお、悪タレ、自己紹介せんかい」
「初めまして。ドクトル翁さんのフレンドの、オズ悪人と申します」
「初めまして。ストリーンです」
「シレーオです」
「サーヤラーヤです」
自己紹介を済ませる事で、やっとお孫さん達のプレイヤーネームが判明する。
ライオン男がシレーオ、蜘蛛女がストリーン、女小悪魔がサーヤラーヤだった。
「コイツが、先月からこのゲームやっとると言うんでな。丁度良いから、案内させようと呼んだんじゃよ」
「そう言う訳ですので、皆さんよろしくお願いします」
ゲーム慣れしている相手であれば、普段の態度でもロールプレイとして許容して貰えるが、そうでない人間に馴れ馴れしい態度を取ると過度なストレスを与える事がある。
そういうのが積み重なるとゲームを離れる人間も出てくるので、素人さんっぽい相手には殊更丁寧に対応するのが、ゲーム沼に沈めるコツだ。
孫達の前でええ格好をしたいドクトル翁が、音頭を取る。
「じゃ、時間も勿体ないしそろそろ出発するかの。確か、沼に行くんじゃよな」
「その前に一つ確認を。この中で、VRゲームが始めて、もしくはVRMMOに慣れていなくて自信が無いという方はいらっしゃいますか?」
オズの質問に、シレーオとサーヤラーヤが手を挙げる。モーションサポートを切っているっぽいシレーオが初心者というのは意外だったが、まあリアルで何かやっているのかも知れない。
初心者がいるとなると、沼はあまり良い行き先ではない。予定を変更する事にした。
「では、ひとまず樹精の森、プレイヤーには森1と呼ばれてるエリアに行こうと思います」
「あの、沼の方が経験値効率が良いって聞いたんですけど」
事前情報を集めていたらしいストリーンが、手を挙げて質問してくる。
オズも、ドクトル翁一人を案内するなら沼で良かったのだが。
「それは事実ですが、沼地は少し遠く普通の種族でも歩いて1時間、足の遅い種族なら1時間半程かかるので、今からですと移動するだけで正午にかかってしまいます。
それと、森は難易度が低のでボスエリアまで行くのも簡単で、ボス戦を含めた経験値効率だとそこまで沼地に劣らない、という事で選びました。
それでも沼に行きたい、という事であれば考慮しますが」
「いえ、そこまで考えての事なら文句はありません。ありがとうございます」
表向きの理由を並べればストリーンも納得してくれたらしく、大人しく引き下がった。
沼に行きたくない本当の理由としては、事前情報が出回っている以上沼地は混みそうなので、出来れば避けたいのだ。
オズはクラスチェンジも果たしている高レベルプレイヤー――今はレベル1まで下がっているが――なので、付き添いとは言え初心者がいるエリアに居ると狩場荒らしと思われても文句が言えない。人目を集めれば変なのに絡まれる可能性も増えるので、避けるに越した事はない。
ドクトル翁だけを案内するなら、【乗騎】で運んだ上で沼地をサッサと抜けて山でオークと遊んでれば良かったのだが、初心者さんが居るならそうもいかないので、人の少なそうな森を選んだというのが真相だった。
そんな事はおくびにも出さず、森を目指して歩き出す。
「爺さん、歩くの速い」
「おお、済まん」
オズの注意で、ドクトル翁が歩くペースを緩める。
サムライ スライスはそこまでプレイヤー間に速度差が出るゲームではなかったので、その感覚で歩いていると他の人間を引き離す事になる。最後尾を歩くオズが何度か指摘して、その度にペースダウンはするのだが、気を抜くとまた歩く速度が上がるのだった。
そんな細かい問題はあった物の、森の攻略は今の所そこそこ順調にいっている。
初心者にありがちな「人型の敵に対する忌避感」というのはシレーオもサーヤラーヤも大丈夫だったようで、ゴブリン相手にも危うげ無く立ち回っていた。
意外に苦戦したのはストリーンの方で、彼女は片手剣を武器として使っているのだが、蜘蛛の下半身が大きすぎるせいで体躯の小さいゴブリンや狼相手だと切っ先が届かない事がままある。わざわざ屈んでから敵に斬りつけるのは意外にしんどいらしく、両手剣を振るうシレーオや爪と尻尾でなぎ倒すオズを羨ましそうに見ていた。
オズがアドバイスしてドクトル翁はキャラメイク時に【精霊語】を取得していたので、ハニーキャリアーとの戦闘も回避出来ており一行はそのまま森の奥へと進んでいく。
途中で一度だけ小休止を挟んだものの、それでも昼前にはボスエリア前のポータルへと辿り着いた。初心者も居るので、一応はポータルに関しても説明しておく。
「と言う訳で、これがボスエリア前のポータルになります。
事前にも説明したとおり、今の状態だと街に帰るためにしか使えませんが、この奥に居るボスを倒すと街のポータルからここまで来れるようになります。
次回から森を歩かなくても良くなる、俗に言うファストトラベルに使えるわけです」
「なんて言うか、思った以上に雰囲気ぶち壊しなデザインですね」
「まあ、下手に周囲に溶け込むと発見が難しくなると言う問題もありますので」
シレーオの感想はこのゲームのプレイヤーなら一度は思うものだったが、そういう物だと納得して貰うしかない。
チームメイトに確認したが、特に帰りたいという者は居なかったので、そのままボスエリアへと進む。
バンディットウルブス を討伐しました。
樹精の森1 が攻略されました。樹精の森2 へ進行可能となります。
ボス戦は、特に盛り上がりも無く終わった。
そもそもレベル1のオズ一人でどうにかなるような相手なので、初心者二人を抱えている事を差し引いても過剰戦力なのだ。苦戦を期待する方が間違っている。
メニューを見れば、大型種族のシレーオとストリーンはレベル4、他の面子はレベル5まで上がっていた。時間効率としては中々の物だ。まあ、森の本命はここではない。
「この先の樹精の森2が、この森のメインエリアとなります。
とは言え、友好的モンスターしか居ない非戦闘エリアなので、そこの爺さんが期待してるような事はありませんが」
「なんじゃ、つまらんのー」
「この森はスータットの住人にとっては半ば聖域のような扱いなので、友好的モンスターを傷付けたり無闇に木を伐採したりすると、最悪街から追い出されます。
そこの、老い先と気の短い老人は特に気を付けるように」
「お前にだきゃ言われたくないわい」
やいのやいの言いながら、ボスエリアの先に抜ける。
樹精の森2は、相変わらず不思議な『森感』に包まれていた。オズは流石に慣れたが、今日始めてきた面々には衝撃的な体験らしく、あたりをキョロキョロと見回していた。
ドクトル翁が落ち着かない様子で声を上げる
「なんちゅうか、こう、骨の髄に直接安らぎを差し込まれとるような、気持ち悪い様な良い様な不思議な感じじゃの」
「ま、アダプターに付随する新技術って奴だろ、多分」
今まで森の雰囲気に関してネガティブな意見を聞いた事が無かったので、少し驚く。感じ方は人それぞれではあるし、こういうのも合う合わないがあるのかも知れない。
しばらく歩いていると、樹精と出くわした。とりあえずは顔見知りのオズが挨拶を交わす。
「ども。こんちわ」
「ウン、ヨク来タ。後ロノ連レハ、初メテ見ルカ?」
「今日こっちに来たばかりの異邦人です。こちらの作法に疎い故ご迷惑をおかけするかも知れませんが、長い目で見て戴ければ」
「マア、オ前ニハ世話ニナッテルシナ」
ドクトル翁は【精霊語】を取得しているので、オズと樹精の会話も聞こえている。
簡単な森のルールとクエストの受け方を説明し、ついでに【マッピング】で作製した森1と森2の地図も渡しておいたので、あとは自分なりにやるだろう。
オズが付きっきりだと、ドクトル爺が孫の前で良い格好をするチャンスを潰す事になる。とりあえず序盤の攻略に必要と思われるアンチョコを渡し、丁度昼食の時間だという事でその場は解散としたのだった。




