悪魔の罪に吝嗇は含まれない
「ああ、お客様。お待ちしておりました」
「こうやって何度も店長さんに出迎えて貰うと、自分が偉くなったように錯覚するな」
いつもの――と言っても、客として来るのは久しぶりだが――のレベルドレイン入り口で、店長に出迎えられる。
用件が分かっているので無意味にビビりはしないが、それでも落ち着かないのに変わりはない。こちらの心情を察したのか、店長は社交辞令もそこそこに話を進めてくれた。
「先送りになっていた、追加報酬の件に付いてしばしお時間を戴ければと」
「あー、うん。まあ、はい」
案内されるまま、奥の部屋へと入っていく。
部屋には、先にデシレが居た。あちらもガチガチに緊張していたが、昨日のように気分が悪いという事はなさそうだ。顔色が分かりにくいので、表情から推察した限りでは、だが。
促されるままソファに座ると、店長が早速話を始める。
「さて、報酬の話に入る前に一点。単刀直入に言いますと、夜魔の宝珠をお譲り戴きたく」
「……あー、ぶっちゃけ昨日の時点で譲ったつもりだったんだが。まあ、欲しいならどうぞ」
「随分簡単に手放しますね? 一応、神話級のアイテムなのですが……」
「言うて、悪魔族の為のアイテムだろ。俺に使えるか分からんし、使えたとして有用かどうかも分からん。
手に入れたのだって偶々サルデス君が持ち出したからだし、惜しむ理由も無い」
オズからしてみれば、夜魔の宝珠は単なるイベントアイテムの扱いだ。昨日のサルデス少年を見るに、色々と悪さの出来そうな品ではあるが、それをやりたいかと言われると微妙な所ではある。
NPCからの好感度も存在するゲームなので、友好的なNPC相手であれば稼げる時に稼ぐのは悪い話ではない。最近は小悪魔達も屋台のプレイヤーと打ち解けてきてはいるが、オズがこの店に来る事になった切っ掛けは迷惑プレイヤーではあるし、明後日には第二陣プレイヤーも来るためそこで揉め事が発生する可能性もある。出禁になりたくは無いので、ゴマをすれるならすっておいて損はあるまい。
元々、『悪魔族の村に返しに行く』という選択肢は無かったので、快く譲渡に応じる。
そして、ようやく本題へと移った。
「さて、では改めて、追加報酬の話をさせて戴きますが―― 正直に申しますと、どれだけ支払えば良いか見積もるのも難しい額になります」
「黙ってはした金渡しとけば良かったのでは?」
「そうは参りません。この場はそれで済んでも、後になって事が発覚すれば店の信用に傷が付きますので。
それに、吝嗇な悪魔族の言う事など、誰も聞きませんし」
プレイヤーなら割とホイホイ聞くんじゃないかな、とは思ったが黙っておく。
来夢月から聞いた話だが、レベルドレインはプレイヤーの間では結構評判の店らしい。ガチのケモナーはともかく、ライト層にとって『ちょっと悪魔的なパーツが付いた女の子』というのは取っつきやすい上、店員は良く訓練されていてテクニックも一級品である。値段が高く最初は選べるメニューも少ないが、ゲームとして考えればそれもモチベーションアップに繋がるそうだ。正直、気持ちは分かる。
話が逸れたが。
少し詳しく話を聞けば、夜魔の宝珠は神話級のアイテムなのでそもそも値段が付けられず、新商売のアイデアに関してはどの程度の利益になるか分からないのでこちらも別の意味で値段が付けられない。村に入れなかったのにデシレが悪魔に成れた事に関しては一定の成果として算出出来るが、これだけだと前二つに比べて大した値段にはならないのだそうな。
夜魔の宝珠と新商売については、オズとしても自分の成果として誇るのが憚られる部分ではあるが、だからと言って放置しておいて後でゴネられても困ると言うことだろう。
「新商売に関しては、昨日も言ったが俺の知り合いにもココに来れない奴が居るから、始めて貰うだけでも一定の利はあるんだよな。
その上で、開店する時にクーポンでも貰えりゃ、知り合いに配って適当に恩を売れるが」
「そんな事で良いのですか? 正直な話、経常利益の一部を還元することも検討していたのですが」
「それでランニングコストが上がれば、結局は値段に反映しなきゃならなくなって本末転倒だろ。
そもそも、俺が金を使うのなんて消費アイテムかここぐらいだから特に金には困―― あ」
話している途中で、そう言えばデシレのサービス代を確認していなかったことに思い至った。
クラスチェンジが一人前として認められた証であるのなら、当然クラスチェンジ後はサービス代も上がるだろう。店としては、昨日の報酬があれば十分賄える算段だったのだろうが、残念ながら家を買う際に使ってしまっている。今オズの手元にあるのは、今日一日で金策をして稼いだ額だけだ。
一応、デシレがクラス1だった時であれば十分すぎる金額を用意しているが、これで足りるかどうかは分からない。
散々景気の良い事を言っておきながら、「今日はお金無いんで帰ります」という情けない事態になりかねない訳で、少ししくじったなとは思う。ただ、新商売が軌道に乗ってそのお零れを貰うとしても、大分先の話であって今日この場では意味が無いのだが。
こちらの様子に気付いた店長が問うてくる。
「どうされました?」
「ああ、いや、黙ってても仕方ないから白状しちまうと、昨日の報酬を使い果たしてな。
一応金は稼いできたんだが、デシレがクラスチェンジしたってのを考慮してなかったんで、情けない話だが手持ちが足りるか分からん」
「あの金額を一日で使い切ったんですか!? 財宝を寝床に敷き詰める趣味にでも目覚めたので?」
今まで黙って置物になっていたデシレが、思わずといった風に口を挟んでくる。本人は言ってから「しまった」と思っているようだが、オズとしてはこの話題はありがたい。
「その寝床を確保するのに使った訳だ。この図体だと、どうしても家が手狭でな。街外れの倉庫が安かったんで、そこを買って住むことにした」
「はぁ、それは、おめでとうございます」
「いやぁ、ちょいと遠いのが難点だが、この俺が文字通り羽を伸ばせるくらい広くてな。アレは良い買い物だった」
実際、あの家はかなり気に入っているので、買ったことに後悔はない。支出計画をキチンとしていなかったのが問題なだけで。
話を聞いていた店長は、何かを思い付いたようだった。
「街外れの倉庫というと、あの大きな水車のある?」
「ああ、それそれ。知ってたのか」
「あの当時は丁度、この店を開いたばかりの頃でしたので。騒ぎに巻き込まれて、右往左往した覚えがあります。
そうですね、そう言う事であれば―― 少々、お待ち下さい」
そう言って、店長が部屋を出て行く。
しばらく、事情を知らないデシレに家を建てた商人が起こした騒動について説明していたのだが、オズも当時を知っている訳ではないので、そこまで詳しい話も出来ずすぐ終わってしまう。そのまま、今の家について話している内に、店長が大荷物を持って戻ってきた。
床にデンと置かれたそれは、色んな所にある物でありながら、どこにあっても絶妙に景観に馴染まない――
「ポータル?」
「ブランチポータル、という拠点用のオブジェクトになります。家主と許可された人間だけが使用出来る、限定的なポータルですね。
こちらを、夜魔の宝珠の代金として納める形にさせて戴きたく」
「俺としちゃありがたいが、かなり貴重品なのでは?」
少なくとも、家のカタログを見た限りでは、ブランチポータルのようなオブジェクトは無かったはずだ。
聞けば、ブランチポータルは拠点のある街のポータルとしか行き来が出来ないそうだが、それでも自宅の利便性は大きく上がる。あって損は無いオブジェクトの筈だが、オズが思い起こす限り、街中で見た覚えが無い。
「そこそこ貴重な物ではありますが、それでも神話級のアイテムに比べれば大分見劣りはします。
実を言えばアビリティと材料があれば作成は出来ますし、そうでなくとも条件を満たせば購入も可能ですが、今のお客様ですとそのどちらも難しいでしょう」
「まあ、そう言う事であれば、ありがたく」
作成可能という事は、少なくともゲーム内で再現可能な技術で作られてはいるのだろう。偶々ドロップしたアイテムの報酬としては破格なので、ありがたく貰うことにした。値段は怖いので聞かないでおく。
ややこしい話になりそうだった追加報酬も、終わってみれば双方損の無い形に落ち着きそうで、一安心である。
「それと、デシレが無事悪魔へと成れた事に対する報酬ですが。お手持ちが心許ないとの事でしたので、本日分のサービス料を割引するという形にさせて戴きますわ」
正直、これが一番ありがたかった。
さて、久しぶりの賢者タイムである。
ちなみに、悪魔は凄かった。悪魔は、凄かった。
それはさて置き、メニューを見ると色々と出来ることが増えている。値段も跳ね上がっているが、オズの稼ぎもそれなりに上がってはいるので、頑張れば何とかなるだろう。
「ふむ、デートプランとかあるんだな」
「お客様も、ニッチなところに目を付けますね」
とりあえずメニューの中でそれなりに目を引く物を指摘しただけなのだが、デシレの反応は呆れ気味だった。
「そんなにニッチか?」
「悪魔族と一緒に歩いてるのを見られたい人間は、そう居ませんよ。街の人達は、ボクらの職業を知ってますし」
「言うて、お前さん達だって最近は大分普通に外を歩いてるだろうに」
「小悪魔の内は、出来ることも限られますからそこまで警戒もされませんけど、夢魔になるとそうも行きませんから。
ボクは悪魔ですし、尚更でしょうね」
そう言えば、上級淫魔になれば《エナジードレイン》の成功率が上がるのだったか。実際にするかどうかはさて置いて、確かに外を歩いていたら警戒されるかも知れない。ただ、それを言い出せばオズだって爪だの角だのを剥き出して歩いてる訳で、危険度で言えばそう変わりは無いのだが。
役所のコリーも言っていたように、彼女達とて立派に働いて税金も納めている訳で、もう少し堂々としても良い気もする。まあ、余所者のオズがそれを言っても、あまり意味は無かも知れないが。
「じゃあ、今度デートしようぜ」
「時々、ボクとお客様が同じ言語を話してるのか不安になりますよ」
「言うてお前、新商売始めたら成人エリアの外に店構えることになるし、そこの店員が育てばいずれはクラス2になるだろ。
未来の後輩が堂々と往来を歩く日のために、誰かしらが何らかの筋道は立てにゃなるまい」
「それは、そうかもですけど……」
オズの言う事は理屈として理解は出来るようだが、それでもデシレは消極的な様子だった。コリーも「差別は無くなっていない」と言っていたし、何か辛い経験があるのかも知れない。
とは言え、メニューにある以上は言えば連れ出せるだろう。面倒なのに絡まれても通報すれば良いだけだし、街中で刃傷沙汰になったりはすまい。色んなゲームを渡り歩いているオズは、通報ラインの見極めに関しては自信がある。
「ま、お高いプランだから今すぐって訳にも行かんけどな。その内連れ出してやっから、覚悟しとけ」
「はぁ、分かりました。お手柔らかにお願いしますよ」
そんなことを言いながら、店を後にした。
余談ですが、ブランチポータルをプレイヤーが手に入れる主な方法としては、下記の3つになります。
①プレイヤークランを設立し、クランハウスを建てた街で実績を上げてクランレベルを一定以上にする
②個人として街に貢献し、上記に匹敵する実績を上げて街から許可を貰う
③ブランチポータルを作成出来る個人に依頼する
一番現実的な案は①で、次が③。②は単純に手間暇掛かるので、結構面倒くさいです。
作中でも言及のあったように作成は可能ですが、ブランチポータルが作れるって事は当然それに類するアビリティを持ってる訳で、わざわざ作る手間と材料を考えると別の意味であまり現実的ではありません。
ちなみに、オズが手に入れたのは店長のお手製です。




