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やはり俺は水棲生物ではないらしい

「オーッス、オッさん」

「おう、ゾフィーか」


 3階から降りてきたゾフィーが、こちらへ駆け寄ってくる。

 彼女は秘密基地で寝泊まりするのが余程嬉しかったのか、夕食時のログアウトもわざわざこちらで行っていた。ポータルから距離がある分、単純に遊ぶ時間が減るはずなのだが、それも気にならないらしい。

 まあ、こちらに入り浸っていれば飽きるのも早くなる訳で、ジョージ夫妻としては願ったりだろう。オズとしても3階を使う予定は無いので、入り浸られて困ることもない。


「何見てんの?」

「んー、家に設置出来る設備のカタログ。かなり色々弄れるっぽいが、金が掛かるから今は見てるだけだな」


 倉庫兼作業場として建てられただけあって、この家はかなり色々な物が設置出来る様になっていた。設置出来たからと言って使う訳ではないのだが、カタログがあると何となく隅から隅までチェックしたくなってしまう。

 まあ、買わない物を延々眺めていても仕方が無い。丁度良いので、カタログから目を離して立ち上がる。


「さて、とりあえず狩りでも行くか。ゾフィーも、ポータルに行くなら乗っけてってやるぞ」

「ん、サンキュー。あ、そうだ、ブーちゃんの装備が修理に出ててパーティお休みだから、どっか連れてって」

「構わんぞ。行きたいところあるか?」


 オズの質問に、ゾフィーが考え込む。

 街に着くまでには何かしら思い付くだろうと考え、彼女を乗せて家を出た。

 しばらく道なりに走っていると、ゾフィーが頭の上から声を掛けてくる。


「オッさんさー、精霊が居るとこってどっか知ってる?」

「オッさんが知ってるのは、森と海だけだな」

「海って、人魚に通せんぼされてなかったっけ?」

「そっちじゃなくて、こないだ行った砂漠の先の海岸から、海に入った先に水の精霊が居る。

俺も一回しか行ってないし、その時も半分イベントみたいな感じで強制的に移動させられたから、今のレベルで辿り着けるか分からんが」


 今週は半ばからずっと灰人の道攻略に注力していたので、あれから水の精霊には会っていない。

 ヒュドラーケンとやらは気にはなるが、なにせ情報が曖昧なので緊急度や危険度も分かりにくく、何をとっかかりにすれば良いのかも不明だ。デシレのクラスチェンジを優先したというのもあるし、位置関係的に真っ先に被害を被るのはトーネックスなのでオズとしては困らないというのもある。

 一応、その辺に関しては来夢月にも情報を渡してあるが、そちらの調査も難航しているらしい。調査をするならトーネックスになるのだが、クラス2でないとまともに情報収集が出来ない都合上、そもそも調査に使える人員が限られる。

 レベル30に達しているプレイヤーというのは現時点ではかなり高レベル帯に位置しているので、聞き込みだけをさせる訳にも行かないのだ。生産組をキャリーしたりして協力者を増やしてはいるが、現状では圧倒的に人手が足りていないそうな。


「水の精霊にアタシも会ってみたいんだけど、ダメ?」

「行くのは良いけど、さっきも言ったとおり辿り着けるか分からんぞ」

「んー、そこはダメだったらダメだった時に考える」


 クラスチェンジに失敗しただけでブンむくれていたお子様の台詞とも思えないが、ソレを指摘するのは止めておいた。

 金策のことを考えても、新しいフィールドに行くというのは悪い案ではない。街のポータルから、破濤海岸へと飛んだ。



「オッさん、また右からトビウオ来た!」

「ええい、鬱陶しい!」


 迫り来るミサイルジョーの群れを、ゾフィーが魔法と射撃で迎撃する。

 討ち漏らして何匹かがゾフィーに齧り付こうとするのを、羽を広げて阻止する。翼膜を破られてダメージを負うが、そちらにかまけている暇はない。

 この海のメインとなる敵は、ビッグタートルという名前の通り馬鹿でかい海亀である。デカくて速くて硬いというお手本のような強敵で、HPも多いので戦闘が長引くウチに他のモンスターから横殴りを食らう。横殴りも結構痛いのだが、ビッグタートルはゾフィーを一呑み出来る大きさのため、下手をすればそのまま持って行かれる危険性もあり目を離すことも出来ない。必然、オズは亀にかかりきりで、他のモンスターはゾフィーに任せっぱなしになっていた。

 もう何度目か分からない亀の突進を躱しながら、前ビレに爪を立てていく。前ビレもかなり硬いのだが、全く爪が立たない甲羅よりは大分マシだ。ゾフィーの《アーマーピアース》であれば甲羅も貫通出来るが、そうすると他の雑魚掃討が滞るのでダメージが嵩む。根本的に、こちらの手が足りていない。


「今度は下!」

「はいよぉっと!」


 トラッパーシェルは、恐らく強くはなっているのだろうが攻撃パターンは砂浜に居た頃と変わらない。が、海亀から目を離せない現状で、しかも動きの鈍い水中となると途端に厄介度が跳ね上がる。

 ゾフィーの【気配察知】もレベルが上がっているため、攻撃される直前には感知出来る様になっているのだが、万が一食いつかれて動きが止まれば海亀の突進を避けられない。ほとんど条件反射に近い形で、羽ばたきながら跳び上がって距離を稼いだ。

 地上ではあまり役に立たなかった背中の羽は、水中だとフィンの様に使うことで効率的に水を掻く事が出来る。ただ、所々食い破られている所為で左右のバランスがおかしく、意図した方向とズレるのが難点だが。それでも、間一髪でトラッパーシェルの顎から逃れることは出来た。

 獲物を捕らえ損ねたトラッパーシェルがズブズブと砂に沈んでいくのを、為す術も無く見送る。倒そうにも、あちらも中々タフなので手を出している余裕が無い。しつこく突進してくる亀を躱し、減ったスタミナをゾフィーの《リジェネレート》で回復して貰う。

 しぶとく逃げ回りながら、ビッグタートルの前ビレにダメージを蓄積していく。《騎手回復》のお陰でゾフィーのMPには余裕があるので、ダメージレースは少しだけこちらが有利だ。

 我慢を重ねた甲斐あって、ビッグタートルの右前ビレの動きが鈍る。泳ぐ速度にも陰りが見えたので、ここがチャンスとばかりに前ビレに取り付き、思い切り捻じり上げた。ボキリと嫌な音が響き、一瞬遅れて海亀の野太い悲鳴がこだまする。

 ビッグタートルは何とか残った左前ビレで水を掻くが、こうなってしまえば文字通りの鈍亀だ。


「っし、一気に畳みかけるぞ!」

「Ja!」


 亀の背中に取り付いてドツキ回し、何とかHPを削りきった。まだ一戦しかしていないのに、どっと疲れが出てくる。

 ビッグタートルは、甲羅だけでもオズがスッポリ隠れる程度の大きさがあった。重量もそれなりの物で、『軽量化の鞄』のお陰でペナルティこそ発生していない物の、何匹も狩るとなればそれも怪しい。

 ビッグタートルが格上だからか、はたまた途中で何度も横槍を入れられたからかは分からないが、先の一戦だけでオズのレベルは36に上がっている。経験値テーブルの重い大型種族でこれだから、狩場として美味しいのは事実だが、今のような戦闘をずっと続けるのは無理がある。オズは、撤退を決意した。


「ゾフィー、悪いが戻ろう。今の調子だと、水の精霊の所に辿り着くまでに事故る可能性が高い」

「えー…… てか、今どのくらい進んでんの?」

「まだ1割も行ってない」


 【マッピング】で作った地図を見せ、現在位置を指差してやる。先日は海中を一直線で引きずられたため、地図も綺麗に直線部分しか判明していなかったのが、今回は亀から逃げ回っていたので少しだけ広がっていた。

 オズの指差した位置を見て、ゾフィーもここから行軍する愚を悟ったらしい。やや不満げではあったが、最終的には撤退を受け入れた。

 全速力で近くの海岸まで戻り、その後は破濤海岸でしばらく狩りをして過ごした。



「ただいまー……」

「はい、お疲れさん」


 家に帰り着く頃には、ゾフィーはヘロヘロだった。当たり前の話だが、ゲームの回復魔法は精神的疲労には効果が無い。

 ログアウトの時刻までは少し余裕があるという事で、戦利品を広げて眺める。その中でも、やはり一際目を引くのはビッグタートルだった。


「やっぱデカイね、この亀」

「だな。甲羅もやたら硬いし、防具には丁度良いんじゃないか?」

「ブーちゃんの盾とかに良さそう」

「このサイズだと、盾と言うよりはそれこそ壁とか衝立に近い形になりそうだが」


 甲羅は硬くてオズの爪では碌にダメージを与えられなかったため、綺麗な状態で残っている。このままジョージに引き渡せば、何かしら使えるだろう。と言うか、今まで爪で解体出来ない獲物というのがいなかったので、解体しようにも道具が無いのだが。

 とりあえず装備に使えそうな素材だけを取り分けておき、残りはアイテムバッグにしまい込む。海岸で戦っていただけあって大半は食材となるので、あとでゲッコーに卸せば良いだろう。

 駄弁っているウチにゾフィーのログアウト時間になったので、そのまま3階に送り届ける。流石に疲れが抜けないのか、大人しくしたがってくれるのがありがたい。


「あ、そうだ。オッさん、明日何時にログインする?」

「ん?」


 寝室のドアノブに手を掛けたところで、ゾフィーがそんな事を聞いてきた。

 一瞬考えたが、明日は日曜日なので特に予定も無い。ゴールデンウィークに合わせて有休も取ったため、家事についても急いで片付けなければいけないような事もないし、まあ何とでもなるだろう。


「別に決めてないが、一緒に遊びたいってんなら合わせるぞ?」

「じゃあ、10時で」

「了解。じゃあ、おやすみ」

「Gute Nacht」


 寝室のドアが閉じられるのを見届けて、下へと降りた。

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