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トカゲ屋敷に遊びにおいで

 体の中を流れ落ちる清水の感触で、ログインしたことを知覚する。

 ベッド代わりの寝藁から身体を起こし、大きく伸びをする。手足を自由に伸ばせる自宅というのは、素晴らしい。

 寝藁は自宅に設置出来る家具の内、寝具としては一番安い物だ。家を買ったばかりで金が無いため、床で寝るよりはマシかと思って購入したのだが、思ったよりも寝心地が良い。リザードマンのアバターにも似合っているし、このまま置いておいても良いかもしれない。

 改めてメニューを開いて確認してみると、自宅はかなり弄れる項目が多い。家具の設置や、仕切りを増やして部屋を作る、地下室に各種工房を設置したり、庭に畑を作ったり等。ここを建てた商人とやらは、本気でここを街の重要拠点とするつもりだったのだろう。

 ただまあ、色々弄くるにも費用が必要で、今のオズの懐具合では何も出来ない。

 金策も兼ねて破濤海岸に向かおうかと腰を上げたところで、フレンドからコールがかかる。通信元を確認すると、ゾフィーからだった。珍しいこともあるものだと思いながら、通話を開始する。


「はい、もしもし」

「オッさん、大変! オッさんの家、空き家になってる!」


 切羽詰まったゾフィーの報告に何事かと思ったが、すぐに事態を理解した。ログアウト前に、フレンドには引っ越した旨のメールを送ってはいたのだが、彼女はそれを見ていなかったのだろう。

 で、前の家は役所で引き払う手続きをしたのでその時点で空き家となり、それに気付いて慌ててコールをしてきたのだ。とりあえずは彼女を落ち着かせるべく、のんびりと声を掛ける。


「オッさん新しく家を買って引っ越したから、前の家は返したんだよ。昼頃にメールしたけど、届いてないか?」

「えっ!? ……あー、届いてた」

「じゃあ良かった。ま、ちょっと遠くなったけどスータットなのは変わらんから、気が向いたら遊びにおいで」


 やはりメールに気付いていなかっただけの様だ。誤解が解けたなら良かったと会話を打ち切ろうとしたのだが、それより早くゾフィーが言葉を繋げてくる。


「新しい家ってどんな感じ?」

「広くてデカくて、快適だぞ。街の端っこだから、ちょっと不便だけどな」

「ふーん。遊び行って良い?」

「ああ、構わんぞ。メールに地図付けといたから、それ見ておいで」

「ん、分かった。じゃあ、また後で」


 通話を終えてから、こちらから迎えに行った方が良かったかと思ったが、ゾフィーのAGIならそこまで時間は掛からないだろうと思い直す。

 家具が無いので何のもてなしも出来ないが、まあゾフィーであれば水車と昇降機を見せてやればそれなりに喜ぶだろう。寝藁の上で横になり、のんびりと待つことにした。



 ゾフィー達がやって来たのは、10分ほど経った頃だった。

 出迎えるために外に出て、思ったより大所帯だったので驚く。ゾフィーの付き添いでジョージ一家が来るのはそこまで意外でもなかったが、他にも来夢一家と、ゾフィーとよくパーティを組んでるキリカマー、カブータスが付いてきている。クラスチェンジ故か、何人かは最後に見た時から姿が変わっていた。

 足の遅い面子を乗せるため、何頭かレンタルホースを借りてきている様だった。そのレンタルホースは、庭先で下りた途端に走って街へと帰っていったが。


「いらっしゃい。思ったより大人数だな」

「オッさん、またクラスチェンジした?」

「いや、これはクエスト報酬で貰った奴だ。来夢月には、昨日メールしたよな?」

「ああ、受け取ってるよ」


 オズの見た目は、羽が生えたことによって大きく変わっている。クラスチェンジと見紛うのも無理はないが、誤解を解いておく。以前の反省を踏まえて、レベルドレイン関係の情報は率先して来夢月に送るようにしており、今回の件も昨日の内にメールして置いた。

 メニューから設定を呼び出し、やって来た全員に家へ入る許可を与える。

 羽が羨ましいのかズルいズルいと連呼するゾフィーを、カブータスが宥めている。そのカブータスは、身体が大きくなってオズと同じ4m程になっていた。身体を覆う甲殻は以前よりも分厚くなり、頭の高さはオズとほぼ同じだが、角が更に立派になったので頂点の高さで言えばオズより上だ。


「ゾフィーちゃんかて、新必殺技覚えたやん。あれ見せたったら、先生ビックリするで」

「あ、そっか。ガブ、出ておいで」


 ゾフィーの声に応えるように、光のエフェクトを纏って何かが現れる。ソレは、猫のようなネズミのような、奇妙な動物だった。強いて言えば、ハクビシンが一番近いだろうか。あの後、無事精霊使いにクラスチェンジしたという話は聞いていたので、恐らくアレが精霊なのだろう。

 ゾフィーが、自慢するように紹介してくる。


「雷の精霊の、ガブリエルだよ」

「ガブリエルとは、またカッチョイイ名前だな。でも、ガブリエルって雷要素あったっけ?」

「え? いや、よく噛みつくからガブリエル」


 言うが早いか、ガブリエルはオズの右足にガブリと噛みついてくる。大きさとしては中型犬と同程度なのに、オズとの体格差を恐れもせず噛みついてくるのは、勇敢と言うべきか無謀と言うべきか。

 システム的にはゾフィーからの攻撃扱いになるのか、噛みつかれても特にダメージは無い。当人(?)的にはじゃれついているつもりの様だが、オズの足は噛みつき甲斐があるのかガジガジしながら引っ掻いたり蹴っ飛ばしたりと忙しい。

 ゾフィーの電子ペット飼育阻止に失敗したマルガレーテが、後ろの方で嘆息していた。


「オッさんの臑を囓るのが得意なあたり、ゾフィーそっくりだな」

「アタシはオッさんの足なんか囓んねーし!」


 ゾフィー怒りのネズミキックが、オズの左足に炸裂する。これ以上無いくらいに似た者主従だ。

 ダメージは無いが、足元をウロチョロされると危ないのでゾフィーを摘まみ上げて首の所に乗せる。ガブリエルは、ゾフィーが呼べばそのままオズの身体を駆け上ってきた。オズの頭の上にデンと居座る辺り、既に大物の風格が現れている。

 そのまま客人達を引き連れて、家の中に案内した。


「うおー、すっげぇ! 体育館みてぇ!」


 ゾフィーが、ガブリエルと共に駆け出していく。倉庫という情報を聞いていたのでそちらに引きずられていたが、柱が無く天井も高い広い建物という意味では、彼女の言うとおり体育館の方が近いかも知れない。

 子供達も、ゾフィーに釣られたように中へと駆けていく。ラインハルトなどは、空を飛んで床と天井の間を往復している。そういうクラスなのか、背中の翼は以前よりも更に大きくなっていた。


「こんだけ広いと、バスケ出来そう」

「出来るとは思うけど、ラインハルト君が上からボール落とすだけの競技になるのでは?」

「ヒキョーだぞ、ハル!」

「せやせや、お前にスポーツマンシップは無いんか!?」

「まだ何もしてないだろ!?」


 子供達はギャーギャーと騒がしい。まあ、勝手に楽しんでいるようなので、オズは大人達に説明をしていく。


「元は倉庫兼作業場として建てられた施設らしくて、1階と2階、地下はワンフロアでここと同じ様な空間が広がってる感じかな」

「一人暮らしの家だから、広いと言ってもこの人数だと入りきらないかもと思ったけど、そんな事なかったわね」

「普通の家だと、天井の高さがどうしてもね……」

「作業場と言う事は、工作機械なども設置出来るのかね?」

「外にある水車の動力使って、色々設置出来るみたいですよ。

まあ、実際には歯車だクランクだのを入れるんじゃなくて、設備の使用リソースを設定値内に納める形になるみたいですけど」


 生産職のジョージ夫妻はやはり作業場の仕様が気になるらしく、色々聞いてくる。別に隠すことでも無いので、家具の設置メニューを見ながら質問に答えていた。

 奥にある引き戸を見つけたゾフィーが、声を張り上げて聞いてくる。


「オッさーん、このドアなーに?」

「荷物の搬入口だぞ。開けると外の船着き場と繋がってて、そこから昇降機で荷物を上げ下げするんだ」

「え、見たい。開けて開けて!」

「ちょっと待ってろ」


 昇降機は外に出て水路と一緒に案内するつもりだったのだが、まあ見たいというのであれば断る理由も無い。オズの背よりも遥かに高い引き戸に手を掛け、そのまま横にスライドさせて開けてやる。

 搬入口は水路に面していて、5m程下がった所が船着き場兼昇降機の搭乗口になっている。横を見れば直径20m程の大水車が回っているのを見ることが出来、中々に大迫力だ。

 ゾフィーは、【壁歩き】を使って器用に昇降機の所まで下りていった。


「これ、どうやって動かすの?」

「そこにレバーがあるだろ。それを、水車側に倒すと昇って、反対側に倒すと降りるぞ。止める時は真ん中な」

「お? おお。

おおおおおおおおぉぉぉー!!」


 ゾフィーがレバーを倒すと、ガタガタと結構大きな音がして昇降機が昇り始める。彼女は目を輝かせたまま、オズの目の前を通り過ぎていった。2階にも搬入口があるので、そこまで昇っていったのだろう。

 上の方でギアを組み替える音がして、今度は昇降機が降りてくる。子供達は興味を引かれたのか、戻ってきた昇降機に乗り移っていった。やたらとレバーをガコガコ言わせているが、まあゲームだしあの程度で壊れたりはしないだろう。

 その間に、大人達を連れて水路を案内することにする。


「これが水路。システム的には、水路にある程度食い込む所までウチの敷地になってる感じかな。

船を買えば水路を通って街に出たり、あとは魚も泳いでるんで【釣り】とかも出来るらしい」

「地図を見る限り、この水路って街に入る辺りで途切れてますよね?」

「一応、地下に入ってそのまま水道として利用されてるらしいぞ。船は、街の手前で降りることになるが。

元々は街の拡張計画があったらしくて、その際に区画整備しつつ少しずつ街側の水路も広げてく計画だったらしい。

ここを建てた奴は、それじゃまだるっこしいってんで強引に地上げとかやろうとして、失脚させられたらしいが」

「見る限り、ここが街の上流にあたるのか。水路さえ整備されれば街の全体に荷物を運べただろうから、気持ちは分からないでもないね」

「それで総スカン食らった上、拡張計画までお流れになりかけてんだから、世話はないけどな」


 来夢夫妻の質問に、分かる範囲で答えていく。ほぼコリーからの受け売りだが、まあ興味があれば自分達で調べるだろう。

 昇降機を一通り堪能したのか、子供達も水路へと降りてくる。水路の説明をもう一度繰り返したところで、最後に全員で昇降機に乗ってみようという事になった。

 昇降機は、10人で乗ってもまだ余裕がある。ゾフィーがレバーを倒せば、問題無く昇り始めた。


「安全装置の類がないのは、少し気になるな」

「まあ、その辺はファンタジーな雰囲気との兼ね合いじゃないですかね。ゲームなら、最悪死んでもリスポンするだけですし」


 荷物を上げ下ろしする都合なのか昇降機には手すりのようなものも無く、落ちたり壁と挟まれたりの危険はある。ジョージは、その辺が気になるようだった。ゾフィーは昇降機が動いている間もウロチョロしているので、親としては無理ないのかも知れない。

 途中で何度か上げ下げを挟んだが、昇降機は問題無く稼働した。昇降機や搬入口の大きさから察するに、もっと大きな荷物を上げ下ろしする用途で作られたのだろうから、当然と言えば当然なのだろう。

 ゾフィーが、キラキラした目で訴えてくる。


「オッさん、アタシここ住みたい!」

「ゲーム内別居になったらジョージさん泣いちゃうから、偶に遊びに来るくらいにおしよ」

「じゃあ、お父さんもここに住もう!」

「まあ、魅力的な提案ではあるが……」


 ジョージが困ったように頬をかく。

 実際問題、ジョージ夫妻が商売をするのに、この家の立地は明らかに向いていない。郊外のショッピングモールじゃあるまいに、「皆様お車でお越し下さい」なんて大名商売は出来ないだろう。

 娘のおねだり攻撃に父がタジタジになっているのを見かねて、妻と息子が助け船を出す。


「そもそも、ここはワル君の家で、私達の家じゃないでしょ」

「僕は嫌だよ、あのだだっ広い所に布団だけ敷いて寝るの。街の体育館に避難してるみたいだし、プライバシーも無いし」

「だったらアタシがオッさん()の子になるし、部屋が無ければテント敷いて寝るもん!」


 家族からのロマンの欠如した反対意見に、ゾフィーが意固地になりつつある。マルガレーテとラインハルトも言い過ぎたと気付いたようだが、今更発言を撤回も出来ない。

 流石にこのままだとマズいので、妥協案を提示することにした。


「あー、とりあえず今日のところは泊まってって良いから、オッさん家の子になるかどうかは後日落ち着いてゆっくり考えよう。な?」

「ホント!? じゃあ、テント持ってくる」

「いや、3階に行けば普通に部屋あるから、テントは要らん。ベッドは有るか確認してないから、無かったら言いなさい。

そんくらいは、オッさんが買ってやるから」


 オズにとって意味の無い施設なので忘れていたが、3階は作業員達の居住区になっている。使用する気も無かったので間取りも内装も確認していないが、まあゾフィー一人泊める位なら何とでもなるだろう。

 実を言えば、ログアウトするだけならベッドは必ずしも必要では無いのだが、だからと言って子供に「床で寝ろ」と言いたくもない。この際、必要経費と割切ろう。

 マルガレーテとしてもこれ以上の妥協を引き出すのは困難だと悟ったのか、ひとまずは娘のお泊まりを認める方向に動くようだ。


「ワル君、居住区があるのにわざわざ倉庫に藁敷いて寝てたの?」

「広くて天井の高い家が欲しくてここ買ったのに、わざわざ狭くて天井低いところで寝たかないよ」

「狭いって、どの程度?」

「部屋の間取りは確かめてないから知らんけど、床面積は2階と変わらんから、そこまで酷い事は無いと思うよ。

天井は、俺が歩いてギリギリ天井を擦らない位。カブータスだと危ないかも」

「じゃあ、申し訳ないけど、ゾフィーの面倒お願い出来る? ベッド代は、言ってくれればこっちで出すから」


 ゲームであまりケチ臭い事も言いたくないが、現時点では所持金が雀の涙なので、申し出はありがたく受けることにする。

 ひとまず、ゾフィーが今夜寝る部屋を確認すべく、3階に向かうのだった。

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