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リザードマン家を買う

「あら、オズさん。家をお探しですか?」

「ああ、コリーさん、お久しぶり。ご覧の通り図体がデカくなったもんで、今の家が手狭になりまして」


 明けて土曜日。オズは、スータットの市役所にやって来ていた。

 一番の目的は{訓練所}で羽の動かし方を覚えることだったのだが、それは既に達成し、とりあえず羽を任意に曲げ伸ばしする程度は出来るようになっている。

 そのまま冒険に出ても良かったのだが、頭に角が生えたことでいよいよ借家の天井を擦りそうになっており、借り物に傷を付ける前に引っ越そうと市役所に貼られている物件情報を見に来たのだった。

 市役所で買える物件はどれもプレイヤー向けで、契約さえ成立すれば住所変更手続き等も一発で済む親切設計だ。昨日のクエスト報酬は、『特別メニュー』の代金を差し引いてもかなりの額が残っている。さすがに街の中心一等地に豪邸を構えるほどの余裕は無いが、郊外のちょっとしたクランハウス規模の物件なら即金で買える程度には懐は温かいのだが……


「やっぱり、天井の低い物件が多いですなぁ」

「スータットにもそれなりに大型種族の方は居られますが、オズさんほどの大きさの人はまず居ないですからね」


 ゲッコーがクラスチェンジしてもそこまで大きさが変わらないことで判明したのだが、どうもオズは同じ走竜から見てもかなり大きい方らしい。

 一応、大型種族向けの物件であれば天井を擦るようなことはなさそうだが、それでも天井が近いと結構圧迫感を感じるし、これ以上大きくならない保証もないので多めにマージンを取っておきたい。ゲームだけあって、物件購入後に拡張も出来るそうなので、そちらで済ませる手も無いではないが。


「部屋の拡張にも金がかかるし、何となく損した気分になるんだよなぁ」

「そうですね…… 住居でなく倉庫のような物件なら、内部も広めに作られているのでそちらを改装する手も有りますが……

ああそうだ、確かこの辺に…… ありました」


 コリーが何か思い出したのか、一枚の物件書を探し出して提示してくる。下の隅の方に隠れるように貼り出されていたそれは、オズ一人ならまず気付けなかっただろう。

 話の流れから何となく想像はついていたが、それは倉庫兼作業場のような物件だった。地上3階地下1階で、水車付き。住所を見ると、郊外――と言うか、ギリギリ街の外ではない、と言った位置だ。オズも、【マッピング】で地図を埋めるために、一度だけ足を運んだことがある。

 かなり巨大な建物なので当然値段も高いが、立地条件で相殺されているのかオズの所持金でもギリギリ買える。1階2階は天井も高そうだし、条件はピッタリだ。


「良いですね、これ。見学とかって、出来ます?」

「ええ、勿論。今から行きますか?」


 オズに断る理由は無かった。



 案内された物件は、思ったより遠かった。街の中心から、コリーを背中に乗せて10分程度。足の遅い種族なら、倍以上はかかるだろう。

 周囲に何もないだだっ広い土地に、レンガ造りっぽい見た目の水車小屋がデンと建っているのは中々に壮観だ。水車がある事からも分かるように、小屋のすぐ脇にはかなり大きな水路が通っている。地図を見れば分かる事だが、水路は街の方まで続いていた。

 周囲の土地は庭扱いらしく、かなり広い範囲が柵で覆われている。水運拠点として利用する予定だったのか水車から少し離れたところには船着き場があり、荷物の上げ下ろしをするための昇降機と思しき物が設置されていた。恐らく、あれも水車を利用して動くのだろう。

 オズの中では水車小屋と言うとこぢんまりしたイメージがあったが、ゲームだからなのか水車だけでも直径20mくらいあり、巨大な水車が稼働している様はそれだけで迫力がある。物件情報で分かっていたことではあったが、建物自体もかなり大きい。物件情報から想像していたよりも、更に立派だった。


「元々は、街の拡張計画が持ち上がった際に、先走った商人が倉庫兼作業場として利用するため建てた物です。

街との共同事業という形で水路も整備して良いところまで行ったのですが、件の商人が性急に事を進めようと強引な手段を取ったため、周囲の反発にあって失脚。この建物は街が買い取ることになりました」

「見た感じ水路も立派だし、街を拡張するならここも重要施設になるのでは?」

「『いずれ』そうなるとしても、『今』そうではない、と言うのが重要でして。街としても、拡張計画を進めるために『ここを利用する人が居る』実績が欲しいのですよ」


 街の政治はよく分からないが、半分訳あり物件のような感じらしい。それでオズにも手が届く値段で売ってくれるのだから、文句は無いが。

 コリーが鍵を開けてくれたので入ってみれば、やはり中もかなり広かった。1階はちょっとしたスーパーの売り場程度のスペースが仕切り無しのワンフロアになっており、天井はオズが手を伸ばしても余裕で届かない程に高い。広い空間なのにフロア内に柱が見当たらないのは、ゲーム特有のファンタジー建築だからだろうか。2階も同様の間取りで、1階より少し天井は低いが、それでもかなり開放感がある。

 3階は居住区として設計されていたらしく、いくつかの部屋に分かれているが天井の高さは低く、オズがギリギリ立てる程度である。まあ、利用することはあるまい。

 地下はやはりワンフロアで、2階と同じくらいの広さだ。天井は2階より少し低いが、それでも天井に手が届かない程度には高い。わざわざ地下室で暮らす趣味もないので、倉庫として利用することになるだろう。水車動力を利用して色々置けるらしいが、現時点では生産に手を出す予定も無い。

 一通り見て回った感想としては、かなり気に入った。広いし立派だし、何より天井問題が解決するというのが大きい。一人では絶対に持て余す広さではあるが、ゲームなので掃除等の手間も要らないし、大は小を兼ねるという事で良かろう。


「良いですね。今すぐ買えます?」

「ええ。手続きをする必要はあるので、一度役所に戻らねばなりませんが」


 と言うことで、役所に戻って手続きをすることになった。

 ゲーム内で往復20分の移動は気にならないではないが、周囲に人が居なければ思いきり走ることも出来るので、実際はもう少し縮まるだろう。

 役所に戻って必要な書類を提出し、代金を払えば手続きは完了だ。鍵は受け取ったが、これは形式的な物で実際には敷地全体が住民以外は入れないエリア扱いになるそうだ。水路も、船を買った上で【操船】アビリティを取得すれば使えるようになるらしい。

 所持金は底を突いたが、元々がクエスト報酬のあぶく銭だったので、また稼げば良い。まだ昼を少し過ぎた位なので、これから稼げば今日のレベルドレイン代くらいは何とかなるだろう。

 今までの借家の引き上げや荷物の移動は自動で行ってくれるというのでお任せし、市役所を後にしようとしたところでコリーに呼び止められた。


「オズさん、少しお時間よろしいですか?」

「ええ、まぁ。特に急ぎの用事はありませんが」


 いつぞやと同じく、奥の部屋へと通される。

 一度離席したコリーは、1冊の本を持ってすぐに戻ってきた。ページをめくれば目的の箇所はすぐ見付かったらしく、開いた本をオズにも見せてくる。どうやら、何かの物語の挿絵の様だ。

 そこに描かれていたのは、牛の角と蝙蝠の翼を持った巨大なトカゲ――つまり、ドラゴンだった。悪者的な立ち位置らしく、稲妻走る空をバックに地上の兵士達に襲いかかろうとしている場面だ。


「悪魔ホープダイアに下った至高竜ニーズヘッグの姿、と言われています」

「ああ、成る程」


 その説明で、何故この絵を見せられたのかを理解する。

 挿絵のニーズヘッグは、実の所オズとはあまり似ていなかった。ニーズヘッグは首が長いし、腕――形状的には前肢と言った方が正確か――もそこまで長くない。典型的なファンタジーに出てくるドラゴンとしてデザインされた様な姿で、リザードマンにパーツを足した結果ドラゴンぽくなったオズとは、差異が大きい。

 ただ、昨日のクエストで増えたパーツ、つまり頭の角と背中の羽に関してはピタリと一致している。神話が事実なら、ニーズヘッグも体内に埋め込まれたホープダイアの因子が原因で挿絵の姿になったのかも知れない。いずれにせよ、見る者が見れば今のオズが悪魔の眷属であるのは簡単に推測出来るという事だ。


「何となく聞きたいことは分かったので何となく答えますが、多分ご想像の通りです」

「やはり、そうですか。詮索するような真似をして、申し訳ありません」

「どうしても隠したい訳でもなかったんで、そこは良いんですが。むしろ、それが分かってて、俺に家なんか売って良かったんですか?」


 オズとしては、神話の時代に何があったかなど特に興味は無く、単に『娼婦に入れ込んで貢いでいる』という事実を吹聴して回りたいとは思わなかっただけの話だ。子供達の前ではそういう話をしないようにしていたが、それ以外ではどうしても秘密にしたかった訳では無い。

 どちらかと言えばそういうのは現地人(NPC)の方が気にするはずで、コリーが気付いていながら街に住む手伝いをしてくれた方が疑問だ。それに対する彼女の答えは、明快だった。


「神話の時代はともかく、今の彼女達はキチンと住民票を取得して納税もしている、立派なスータット民ですよ。商売についても役所の許可を得て行っているので、それを理由に追い出したりはしません。

個人的な意見としては、彼女達が模範的に振る舞ってくれているお陰で、歓楽街の治安は良くなっている面もあります」

「ほう、治安が悪くなるならともかく、良くなるってのは少し意外ですな」

「あそこで問題を起こすと、『悪魔族よりお行儀の悪い輩』のレッテルを貼られますからね。

差別を無くすという観点からすれば良くない事ではあるんですが、酔っ払いが問題を起こしにくくなるという点ではありがたい話ですよ」


 意外な効能だった。まあ、酒の席の粗相というのは案外広まったりするので、それがご近所に知れれば肩身も狭くなるし、次に呑む時はセーブしようとするのかも知れない。

 コリーはそのまま話を続ける。


「ただ、もうお分かりかと思いますがオズさんの姿は誰が見てもそうと分かりますし、不当な差別が無くなっていないのも事実です。

謂れの無い迫害等を受ける可能性があるという事は、ご留意下さい」

「ま、しゃーないですな」

「先程も申しましたとおり、役所としては悪魔族もオズさんも立派な街の民です。何か不当な扱いを受けた際は、速やかに官憲に通報して下さい」

「いや、ありがとうございます。何かあったら、頼らせて貰います」


 恐らく、家を紹介してくれたのも『役所はオズを不当に扱う意思はない』という態度を表明する一環だったのだろう。

 ここまでお世話になっておきながら今更彼女の言葉を疑うのもアレなので、まあ街の中で問題が起きた場合は、官憲を頼れば良いだろう。そういう事態が起きないのが一番だが。

 改めてコリーに礼を言いつつ、役所を後にした。

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