悪魔の力を身につけた?
「と言う訳で、ただいま戻りましたよっと」
「あら、やはり駄目でしたのね」
レベルドレインに戻ると、まるで到着するのが分かっていたかのように店長が出迎えてくれた。
悪魔族の村はやはり竜裔の立ち入り禁止で、門前払いを食らったのでサッサと帰ってきたのだ。サルデス少年は重要参考人なので引き渡せとか、夜魔の宝玉は一族の宝だから返せとか鬱陶しい事を言われたので、頭に来て《竜の吐息》をブッパしつつ相手が怯んだ隙にポータルに駆け込んだ。
背中からデシレを降ろしながら、一応経緯を報告しておく。オズとしては一通り言われたことはやっているが、肝心のデシレのクラスチェンジが出来ていない訳で、クエストとしては失敗だろう。
「ああ、尻尾に子供を括り付けているから何事かと思いましたが、そういう事情でしたか。
でも、その子の扱いはどうするおつもりで?」
「どうすっかな。村には戻れないだろうし、野垂れ死んでも寝覚めが悪いから、どうにかしてやりたいとは思うが」
サルデス少年は相変わらず気絶したまま、オズの尻尾に括り付けられている。実はポータルを通ってスータットに連れ帰れるかは賭けだったのだが、一人置き去りにせずに済んで一安心だ。
どうも聞く限り、彼が使っていた夜魔の宝玉は悪魔族に伝わる神話級のアイテムであるらしい。そんな物を盗み出したのだから村に戻れば当然罰せられるだろうし、かと言って悪魔族は村の外では歓迎されない。オズの悪魔族の村に対する印象は現時点で最悪なので引き渡すという選択肢はないし、サルデス少年個人について言えばどちらかと言えば好感が持てるので、保護するぐらいは構わないかなとは思う。当人は嫌がるだろうが。
永久に面倒を見続ける訳には行かないから、自分で金を稼ぐ手段を身に付けて貰う必要はあるが、それについてはそんなに心配していない。
「まあ、《エナジードレイン》が使えるなら、最悪どうにでもなるとは思うが」
「立ちんぼや私宅娼館は、官憲に見つかると一発アウトですよ?」
「んな事せんよ。と言うか、プレイヤー相手だと性交渉無しでの《エナジードレイン》は一定の需要が見込めるしな」
プレイヤーにとって『再レベリングの手間』と『再レベルアップによるAP取得』を比べれば、後者に価値を見出すプレイヤーはそれなりに多い。
当たり前の話だが、未成年のプレイヤーは成年エリアにあるレベルドレインは利用出来ない。悪魔族の村も到着するのにそれなりのレベルが必要になるし、種族によっては立ち入りを拒否される訳で、レベルドレインを利用出来ないプレイヤーは種族レベルを下げるのにかなりのハンデを背負っていることになる。
それに、妻帯者だったりすると成人男性でも娼館の利用は憚られる訳で、そう言ったプレイヤーにとっては浮気を疑われるリスクの少ない男の《エナジードレイン》使いは、相応の価値がある。オズの知り合いにも『レベルは下げたいけど娼館はちょっと……』というプレイヤーは居るので、新たにレベルを下げる手段が提供出来ればそこに価値を見出すプレイヤーは居るだろう。皮算用でしかないが、サルデス少年が一人生きていく程度なら、どうとでもなると思われる。
「異邦人だと、その辺りはやはり違うものですか……」
「そもそも異邦人は生き返るから命の価値が軽いし、レベリング中に死んでも『明日やり直せば良いか』で済むからな。APはあって困らんし、金で買えるならそうしたい奴は居るだろ。悪魔族がどうこうってのもよく知らんから、気にする奴の方が珍しいし。
デシレも知ってる面子で言えば、ゾフィーやハル、カブータスはそもそもここまで来れんし、マグ姐さんや夫のジョージさんは結婚してるから娼館はアウトだ。そういう奴から金と経験値を取れりゃ、まあ贅沢せずに暮らしてく位は出来んじゃねぇの」
「面白いお話ですね。そのアイデア、その子と一緒に引き取らせて戴けませんか?
勿論、相応のお礼はさせて戴きますが」
「正直、具体的な案は何一つないから、引き取りたいってんならタダで持ってってくれて良いよ。サルデス君も、俺に借りを作るの嫌だろうし」
需要が見込めるかどうかと、商売のための諸々をやりたいかどうかは話が別だ。商人プレイがしたい訳ではないので、その辺の面倒を押し付けられるならその方が良いに決まっている。
サルデス少年にしても、自宅に置いておけばお互い気まずい思いをするだろうから、引き渡すのに否やはない。女の園で居心地は良くないかも知れないが、まあ牢屋よりはマシな筈だ。デシレや屋台に来ている小悪魔達を見る限り、店員に対する虐待等も無さそうだし、預け先としては最上の部類だと思われる。
ひとまず、グルグル巻きのままのサルデス少年を引き渡し、そちらに関してはオズの手を離れた訳だが。
「さて、話が逸れましたが。
デシレのクラスチェンジについては、仕方がありません。ここで行いましょう」
「そんな事が出来るもんなのか? なんか、神子さんじゃないと無理って聞いたが」
「私が神子です」
「わお」
タダ者ではないとは思っていたが、想像以上にタダ者ではなかった。
聞けば、店にある結界等は神子の専用スキルで用意した物だそうだ。よくよく考えてみれば、レベル差に関係なく《エナジードレイン》が成功するというのはバランス崩壊待ったなしの逸品で、納得するしかない。
それはそれで、他の疑問が出てくるが。
「それなら、そもそも灰人の道を越えなくても良かったのでは?」
「設備は村の方が整っていますし、店の娘達も生まれはあちらですから、故郷で晴れ姿を見せる意味合いもあったのですが。
それと、今回に関して言えば、私情ではありますが村の老人達にこそ『悪魔の誕生』に立ち会って欲しいという気持ちもありました」
「うん?」
クラスチェンジの度に護衛を雇ってまで灰人の道を道を行かせると言うのはリスクとリターンが合わないと思ったのだが、店員達に郷里で成人式を受けさせるためだというなら、まあ理解は出来る。
ただ、その後の言葉がよく分からない。
「『悪魔の誕生』も何も、アンタら悪魔族じゃねーの?」
「ああ、やはりご存知ありませんでしたか。悪魔族のクラスチェンジには大まかに2通りあって、一つは悪魔族の因子を単独で励起させて成る夢魔、もう一つが悪魔族と眷属の因子を融合させて成る悪魔です。
ホープダイアの事があって以来、悪魔に成った者は居ないと言われておりますので、デシレは神話以降で誕生する初めての悪魔と言う事になります」
「ほーん」
「……その、眷属というのは、お客様のことですよ?」
「いや、流石にそれは分かってるけど」
何となく大イベントだというのは理解したが、この世界の歴史に詳しくないオズにとっては実感に乏しい。
そもそも、ゲームだとそれ系のイベントはありふれていて、復活しちゃいけない奴は大体復活するし、起きちゃいけない災害は大体起きる。悪魔の誕生も、トリガー自体はそこまで見つけにくい物ではないので、オズが見つけなくとも時間の問題ではあっただろう。
今になって、サルデス少年がデシレのクラスチェンジを止めたがっていた理由が少し分かった気がする。ただ、説得するならもう少し前の段階で、双方落ち着いた状態で行うべきだったとは思うが。
「あー、つまり、デシレのクラスチェンジに俺の因子が要るってこったろ? まあ、俺としちゃ今更断る理由も無いが。
ところで、因子ってどうやって提供すりゃ良いんだ?」
「色々と方法はありますが、ここは娼館ですので。相応しいコースをご用意しておりますわ」
「……あー、俺としちゃ、役得だけどな。デシレは良いのか?」
「がっ、がんばりまひゅ!」
「よし、まずは落ち着こうか」
今になって、サルデス少年がデシレのクラスチェンジを止めたがっていた理由がすげー分かった気がする。
結論から言えば、デシレのクラスチェンジは何事も無く終わった。
儀式の補器として夜魔の宝玉を提供することになったとか、オズが謎の敗北感を味わったとかの細かいイベントはあったが、まあ些事である。
儀式を終えたデシレの見た目は、大きく変わっていた。頭の角は大きくなり、背中の蝙蝠羽も巨大化している。全身の肌が青黒く染まり、所々に鱗が生えていた。指先は爪と一体化して鉤爪の様になり、目は爬虫類の如く縦長だ。
どこまでが悪魔でどこからが竜裔の因子かは分からないが、全体的にそれっぽい見た目になっている。
今は、クラスチェンジ用の魔方陣の中で、ゼェゼェと荒い息を吐いていた。
「大丈夫か?」
「は、はい…… だい、じょ、うっぶ」
「いや、無理せんで良いから」
肌の色の所為で顔色が分からないが、気分は良くなさそうだ。オズもクラスチェンジ後に手足がへし折れた時には気分が悪くなったので、彼女にも同じ様なことが起きているのかもしれない。
どこからともなく現れた店員が、デシレを支えるようにして運んでいった。
儀式を執り行っていた店長が、こちらに声を掛けてくる。
「お客様の方は、大丈夫ですか?」
「まあ、俺の方は気分が悪くなったりは無いけど」
何故だか知らないが、クラスチェンジの様子を横で見ていたオズの身体にも、変化が起きていた。
頭頂部には新しく雄牛のような角が生え、肩甲骨の上らへんに蝙蝠の羽が生えていた。尻尾の先の骨塊は、鏃の様な凶悪な形になっている。争いを忘れた民であれば、小悪魔と同じハート型に見間違えるかも知れないが。
流石に、他人のクラスチェンジで変化が起きるのは予想外だった。
「恐らく、体内のデシレの因子が活性化したのでしょう。申し訳ありません、予想してしかるべきでした」
「そういや、神話でも命を歪めるだなんだって話があったか。まあ、やっちまったもんはしゃーない」
頭の角と尻尾に関しては、取り立てて不都合はない。元々角も尾槌もアビリティであった物なので、多少追加されたり使い勝手が変わってもそこまで変化はないからだ。
ただ、背中の羽は少々厄介だ。これまで無かった器官なので、使い方はおろか力の入れ方すら分からない。満足に畳むことすら出来ず、ダランと床に垂れ下がっていた。このままだと地面を引きずって歩くことになりそうなので、部分的にモーションサポートをONにして羽を畳む。
アビリティを確認してみたが、【飛行】は覚えていなかった。つまり、この羽は現時点では飾りに等しい。身体のバランスは変わるし、的は大きくなるしでデメリットが大きいが、文句を言っても仕方が無い。
「ま、ドラゴンっぽい見た目にはなってるし、これはこれで良いんじゃねぇの」
「そう言って戴けると、助かります。
本来は追加報酬等についてお話しすべきですが、デシレの気分が優れないようですので、一旦は規定の報酬のみお支払いして、後は後日という事にさせて戴けませんか?」
「追加報酬を貰えるほど、働いた覚えも無いが。まあ、どうせ明日――いや、日付的には今日か――も店に来るつもりだから、何かあればまたその時にでも」
「ありがとうございます。では、本日のご来店を心待ちにしておりますわ」
と言うことで、店を後にした。




