義を見てせざるは勇無きなり
月明かりが照らす灰人の道を、オズはひた走る。
クラスチェンジ前は強敵だったミドルオークも、クラスチェンジによってステータス差が埋まった今では多少強い程度の相手でしかない。そして、格ゲーマーにとって多少強い程度の人型モンスターはタダのカモだ。
待ち構える盾持ちに向かって、鼻先の角を突き刺すような勢いでぶつかっていく。盾持ちは当然盾で受け止めそのまま踏ん張るが、オズの方が体格が良いため全力で踏ん張っても押され気味になる。押し合いに夢中になったところを、長い腕で足元を掬ってやりそのまま転ばせる。そのまま踏み越えていけば、蹴爪が何処かに刺さったのか足元から悲鳴が聞こえてきた。
槍持ちの突きをダメージ覚悟で払いのけ、弓持ちの射撃は《ホースシールド》で受け止める。杖を構えて行く手を塞ぐ魔法使いを殴り倒し、そのまま横を抜けて逃走。
デシレに無駄な経験値を稼がせる訳には行かないため、トドメを刺すのは御法度である。面倒と言えば面倒だが、まあそう言うクエストである以上は仕方が無い。
「もう少し行けば、ボスエリアになるか」
「予定より大分早いですね。正直、ここに来るまでに日付が変わるかと思ってたんですが」
【マッピング】の地図を視界の端に映し、現在位置を確認する。
マルガレーテの作った馬具と、道中でデシレが騎乗のコツを掴んだことで、多少強引に押し通っても大丈夫なため思ったよりもスムーズに進行出来ていた。走り続けるためのスタミナは【調息】と【竜の心臓】、そしてこの日の為に買い込んだ回復アイテムで補っているが、この分なら在庫が尽きる前にボスエリアに着けそうだ。
馬鹿でかい猪に乗ったミドルオークがしつこく追いかけてくるので投網を投げつけてやれば、上手く当たったらしく派手な転倒音が後ろから響いてくる。道中で会敵する度にぶん殴っては逃げ出しているため、後ろにどれだけモンスターを引き連れているか知れた物では無い。幸いプレイヤーには会っていないが、もし会っていればMPKの誹りは免れなかっただろう。
そうこうしている内にボスエリア前のポータルが見えてきたので、これ幸いと飛び込む。
ボスエリアは、だだっ広い円形の決闘場の様なフィールドだった。事前に何度か訪れた限りでは、ボスはサンダーオーガ、ないしウィンドオーガという人型モンスターだったはずだ。AIはミドルオークよりはマシだがケロツグには遥かに劣る、まあ例に漏れずカモでしかないボスだったのだが……
「デシレ!」
「サルデス!?」
ボスエリアに居たのは、悪魔族と思しき少年だった。
どうにも、デシレの知り合いのようだ。これも、クエストイベントの一環だろうか?
「何してるの、こんな所で!?」
「お前こそ、自分が何をしようとしているのか、分かってるのか!?」
何やら、オズそっちのけでドラマが始まっている。
サルデスと呼ばれた少年は、身体的特徴から推測するにデシレと同じ小悪魔だと思われる。今すぐぶん殴れば問答無用で押し通れそうだが、流石にそれはどうかと思ったので止めておき、若い二人の言い争いを黙って聞いていた。
「考え直せ! 村の老人達が、悪魔の誕生を認めると思うのか!?」
感情的な言葉が多いのでイマイチ意図を汲みにくいが、どうやらサルデス少年はデシレのクラスチェンジを止めたいらしい。ちと狭量すぎないかと思わないでもないが、村がどうだの伝説がどうだのと言った単語も聞こえてくるので、あるいはオズの知らない事情があるのかも知れない。
「ボクの未来はボクの物だ! 今更、村もキミも関係ないだろ!」
一方、デシレの決意は固く、サルデス少年に対する返答はにべもない。感情的になっている相手にその返しは逆効果じゃないかと思わないでもないが、まあ折角あと一歩でクラスチェンジと言う時に割って入って感情的に喚かれれば、相手に配慮しろというのも無理な話だろう。
そんな状態で話がまとまる筈もなく、程なくして両者の交渉は決裂した。交渉だったのかも怪しいが。
サルデス少年が、懐から紫色の水晶玉のような物を取り出す。
「夜魔の宝玉!? なんて物を持ち出して……!」
「分からず屋め、こうなったら仕方が無い!」
夜魔の宝玉と呼ばれた宝珠が怪しく輝くと、サルデス少年の両脇に4m程の人影が現れる。このエリアでは何度も見た、サンダーオーガとウィンドオーガである。タイマンなら何とでもやりようのある相手だが、二対一は流石に本腰を入れて迎撃する必要があろう。
が、変化はそれだけではなかった。後ろの方から、ピシピシと聞き慣れない音が響いてくる。
「オズさん、後ろ!」
「何だぁ!?」
ボス2体から目を離すのもマズいが、デシレの呼びかけに切迫した物を感じ、後ろを振り返る。
そこには、新たに数匹のミドルオークが現れていた。これまでもボスと共に取り巻きの雑魚が出てくることはあったが、少なくともオーガが雑魚を引き連れているのは見たことがない。加えて、新手のミドルオークは所々傷を負っていたり、ぶん殴られて防具が凹んだりしている。恐らく、ここまで引き連れてきたオーク達で間違いあるまい。
夜魔の宝玉がチートアイテムなのか、はたまたサルデス少年に才能があったのか、もしくはクエストイベントと言うことで運営のテコ入れがマシマシになったのか。いずれにせよ、大盤振る舞いだ。
「デシレ、落ちないようにしっかり手綱を握ってろ!」
デシレが【騎乗】を持っていないことを思えばあまり激しい動きをしたくはないが、かと言って動きを止めてデシレに攻撃が当たるようなことがあれば本末転倒だ。防具があるとは言え、戦闘アビリティを覚えていないデシレに取ってはミドルオークの攻撃でも十分致命傷になり得る。
敵に囲まれないために、まずは走り出した。接敵する前に、ゲッコーから貰った弁当を食らう。彼には悪いが、味わう暇もなく口に詰め込んで一気に嚥下する。スクリューシャークの唐揚げにより、オズのSTRにバフがかかった。
長柄の戦槌を持ったサンダーオーガが、一直線に突っ込んでくる。名前の通り雷を操るオーガで、帯電したハンマーの一撃は洒落ならない威力を誇る上、掠っただけでも運が悪いと麻痺の状態異常を食らう。大振りな攻撃が多いので普段なら御しやすい相手なのだが、周囲の雑魚が邪魔してくる今の状況だと危険度が跳ね上がる。ミドルオークを巻き込もうがお構いなしに戦槌を振るってくるが、殴られたオークがこっちに吹っ飛んできたりして何気に厄介だ。
両手に月牙――三日月型の刃物――を持ったウィンドオーガは、スピードとテクニックで細かい攻撃を重ねてくるタイプである。とは言え、格ゲーマーからしてみればその技量は良くても中の下程度で、特に怖いことはないのだが。敵の数が多い現状では細かい攻撃であっても食らいたくはないし、フットワークを使ってミドルオークの間を縫うように動いてくるので相手をしようにもオークが邪魔だ。一言で言えば、ひたすら鬱陶しい。
ボスエリアに入ってくるオークの数には一応制限があるらしく、雑魚が多すぎて動けなくなるようなことはないが、それでも引っ切り無しに入ってくるオークの所為でボスへの攻撃に移れない。飛び道具持ちが入ってきた時には最優先で潰さねばならないので、オークに気を配らない訳にも行かないのだ。
「サルデスの持つ夜魔の宝玉さえ、どうにか出来れば……」
「それも考えんでもないが、最後の手段だな」
サルデス少年が小悪魔の皮を被った上級悪魔とかでない限り、モンスターを操っているのは夜魔の宝玉の能力だろうから、それをどうにかするというのはオズとしても考えなかった訳ではない。
ただ、それをした場合どうなるか分かっていないので、実行するにはリスクが大きい。単純にオークの追加が無くなるだけなら万々歳だが、モンスターが制御を失ってサルデス少年まで襲うようだと、護衛対象が増えて余計に面倒なことになる。
オズからしてみれば唐突に現れてデシレと口論してただけの相手だが、デシレからしてみれば口論する程度には見知った相手という事だ。モンスターに殺されたのを指差して笑って終わり、とはなるまい。クラスチェンジという晴れの舞台に湿っぽい話を持ち込みたくはないし、出来る限りハッピーエンドを目指したい。
そう考えると、後手後手に回っている現状もあまり良いとは言えない。サルデス少年がモンスターを操るのに何らかのコストを支払っていた場合、コストの支払いが出来なくなれば夜魔の宝玉を失ったのと同様のリスクが発生するからだ。
「しゃーない、あんまり使いたい手じゃないんだが――」
「何でも良いから、手があるなら使って下さいよ!」
切羽詰まったデシレの声に背中を押されて、奥の手解禁を決意した。
タイミング良く斬りかかってきたミドルオークをぶん殴り、サンダーオーガの足元に転がしてやる。サンダーオーガは邪魔だとばかりにオークを蹴り飛ばすが、オズが欲しかったのは蹴り飛ばすために足を止める一瞬だ。その一瞬で間合いを詰め、サンダーオーガの腕を掴み、肘から先をちぎり取った。
人型モンスターの欠点は多くあるが、その最たる物は身体構造が人間と類似する点だ。格ゲーマーは、ある意味で最も熱心に人体を破壊するための手法を研究している集団である。ちょっとした刃物があれば人体を解体するなど朝飯前だし、走竜であるオズの爪は下手な刃物よりよっぽど鋭い。これが格ゲーであれば、黙って解体されるような間抜けとマッチングすることはまず無いが。
サンダーオーガが残った腕で反撃してくるが、両手持ちの戦槌は片手で扱っても速度は出ない。首元に爪を入れて、頭を綺麗に外してやった。
「うっぷ……!」
「吐いても良いが、手綱は放すなよ。落ちたら、助けられるかどうか分からんぞ」
格ゲーマーにとっては見慣れた人体解体ショーも、一般人から見ればドン引き間違いなしである。戦闘経験がないデシレも感性は一般寄りらしく、サンダーオーガの首盗りにはショックを受けたようだった。これだから、奥の手にしていたのだが。
サルデス少年の方をチラリと見るが、何かが追加で召喚されてくる様子はない。流石に、ボスのわんこそば状態はないらしい。
一撃の怖いサンダーオーガさえ始末してしまえば、後は残ったのを順番に解体していくだけだ。まずは、間合いを詰めてきたウィンドオーガに狙いを定める。
「さて、ようやく打ち止めか」
「くそっ!」
あの後、ウィンドオーガを始末してからひたすら侵入してくるミドルオークを片付け、ようやく全てのモンスターを退治し終わった。残るは、サルデス少年のみである。
配下のモンスターを失ってなお戦意を喪失していないらしく、腰の短剣を抜いて斬りかかってくる。技は拙いが、その心意気は天晴れと言わざるを得まい。
胴体を掴み、そのまま顔の高さまで持ち上げて――
「くっ、離――」
「《当て身》」
後頭部に手刀を当てて気絶させた。
《当て身》は【腕技】レベル30で覚えるスキルだが、モーションの縛りがキツイ上に低威力で、相手の後頭部に正確に手刀を当てた場合のみ相手をスタン状態に出来る。ぶっちゃけクソスキルであり、まさか出番があるとは思っていなかった。
クエストイベント故かサルデス少年が気絶した時点で戦闘終了となったらしく、インフォメーションが表示される。
小悪魔サルデス を打倒しました。
灰人 が攻略されました。デビルマウンテン へ進行可能となります。
何度見ても思うのだが、『デビルマウンテン』というエリア名を見てから進んだ先がこぢんまりとした悪魔族の村というのは、知らないプレイヤーが見たら拍子抜けするのではなかろうか。
まあ、それは置いといて。
気絶したサルデス少年を投網でグルグル巻きにして、夜魔の宝玉はアイテムバッグに放り込む。しばし悩んだ後、サルデス少年はそのまま尻尾の先に引っ掛けて連行することにした。
「良かった、サルデスは解体しないんですね」
「いや、俺だって誰彼構わず解体してる訳じゃないからな!?」
当たり前の話だが、生きたまま解体されるというのは、ゲームとは言え人によってはトラウマになりかねない。
タダでさえ現代人にとってVR格ゲーは敷居が高いのに、初心者相手に残虐行為をかまそうものならあっという間にゲーム人口は減るため、本当は禁じ手だ。実力が近い相手であればそんな悠長なことも言ってられないのだが、その場合は技が防がれるのが当たり前になるので、実際に決まることは少ない。
周囲にドン引きされることも分かりきっているので、ゾフィーを始めとする若い子達と遊んでいる時も使えないし、中々使い所のない技である。今回だって、せめてミドルオークが居なければ、普通に戦って普通に勝ったのだが。
「ありがとうございます。サルデスを助けてくれて」
「まあ、どんな事情があるかは知らんが。口喧嘩しただけの相手が死んだら、寝覚めは良くないだろ」
勝ち目がなくなって尚闘志を失わないのだから、余程デシレのクラスチェンジを阻止したい事情があったのだろう。NPCとは言え、勝負に真剣な相手には好感が持てる。
「そういや、仕方が無いとは言えかなりのモンスターを倒しちまったが、レベルの方は大丈夫か?」
「ボクの方は経験値入ってませんね。オズさんは?」
「俺は既に35でキャップ入ってるからなぁ」
特殊なイベント故か、はたまた格下のサルデス少年がボス扱いだった故か。とにかく、余計な経験値取得が防げたなら悪いことはない。
面倒なのでアイテム取得は諦め、ボスエリアを後にした。




