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デシレの冒険

「わぁ……」

「うん。何とか形になったわね」


 姿見に映った自分の姿を見て、デシレは思わず声を上げた。

 動きやすさを重視したパンツルックだが、それでも各部の刺繍やアクセサリで華やかな印象を受ける。あくまでキャストとして振る舞うための店の制服とは違い、こちらはデシレを主役として引き立てるような、そんな衣装だ。


「気に入って貰えたかしら?」

「はい、凄く!」

「そ。一生に一度のことだし、みっともない格好をさせずに済んだなら良かったわ」


 問うてきたマルガレーテに、やや興奮気味に答える。

 よく調べるまでもなく『悪魔族に防具を拵えてくれる店』と言うのがスータットに存在しなかったため、結局は彼女の所を頼る事になった。駆け込みでの注文になったので門前払いされないだけでもありがたかったし、防具という事で皮のジャケットなどをサイズ直しして貰う程度だと思っていたのだが。

 思っていたより数段上の衣装に、嬉しさと困惑が押し寄せてくる。


「こんな素敵な物、本当に良いんですか?」

「貴女の為に仕立てたんだもの、要らないって言われたらその方が困るわ。それに……」

「こんちゃーっす。姐さんに呼ばれて来たんだけど」


 マルガレーテが何か言いかけた時、聞き覚えのある声と共に新たな客が来た。入り口の方を見れば、オズが窮屈そうに巨体をかがめてドアをくぐっている。

 マルガレーテに背中を押され、彼の前に進み出た。


「おうデシレ、似合ってるじゃないか」

「あ、ありがとうございます」


 何度となく店で顔を合わせているはずだが、今日に限っては妙に気恥ずかしい。


「丁度良かったわ。ワル君にもプレゼントがあるのよ」

「え、俺?」


 マルガレーテが、奥から重たそうな防具を抱えて出てくる。ドサリとテーブルの上に並べられたそれは、


「鞍と鐙、それから手綱…… まあ、馬具一式ね」

「わぁ……」

「嫌だったかしら?」

「いえ、嬉しくて涙出そうっす」


 明らかに嬉しく無さそうな声音で天を仰いでいるが、マルガレーテはお構いなしにテキパキと馬具を装着していく。

 途中から観念したのかオズも自発的に馬具を装着し始め、程なくして準備は整った。馬具の方は実用性を重視したのか、皮の色合いがそのままで漆黒のオズの鱗から少し浮いている。

 外に出て、オズに抱え上げられるようにして背中に乗せられた。馬具がある所為か、以前より据わりが良い気がする。


「あの、ありがとうございました!」

「良いのよ、これが仕事なんだし。頑張りなさいな」

「はい!」


 今一度マルガレーテに礼を言い、そのまま出発した。

 オズはそれなりの速度で歩いているはずだが、驚くほど揺れが少ない。そのまま職人通りの方へ出て、今度はゲッコーの屋台までやって来る。


「おう、下の人。注文の品、出来てるぜ」

「悪いな、手間取らせて」

「なぁに、俺のクラスチェンジの時も手伝って貰ったしな。お互い様さ」


 言われて気付いたが、ゲッコーの見た目が変わっている。鼻先に角が生え、体も少し大きくなっていた。オズほど巨大化した訳ではないので、騎乗した状態だとよく分からなかったが。

 恐らく弁当なのだろう、かなり大きなバスケットを受け渡していた。


「ああ、それと。デシレちゃんの分、サンドイッチ作っといたから持ってきな」

「あ、ありがとうございます」

「俺の分を分ければよくね?」

「いやいや、折角おめかししてんのに、揚げ物で唇テカテカにする訳にもいかんだろ」


 ゲッコーがデシレにもバスケットを手渡ししてきた。こちらは、常識的なサイズだ。

 代金を払おうとして、財布を店に置きっぱなしだったことに気付く。マルガレーテの店ではオズが払ってくれることになっていたので、財布は持ってこなかったのだ。


「あの、お代……」

「ああ、いいよいいよ。これからクラスチェンジだろ、常連さんへのささやかなお祝いって事で」

「すみません、ありがとうございます」


 背上から頭を下げ、ゲッコーの店を後にする。

 成年エリアを通り抜けレベルドレインの前まで来れば、既に店の前で店長が待っていた。デシレが一旦降りようとするのを手だけで制し、そのまま話し始める。


「竜にまたがる悪魔。神話にある、ホープダイアとニーズヘッグの再来ですわね」

「乗り物がショボ過ぎて、後世の奴等は色々書き足したい誘惑に駆られるんじゃないかね」


 店長が持ち上げるのを、オズが躱す。自分も何か言うべきかとデシレが悩んでいる間に、店長は本題を切り出した。


「さて、以前にもお伝えしたとおり、デシレのクラスチェンジの為に灰人の道を通って私達悪魔族の住む村まで行って戴きます。

おおよそ迷うような道ではありませんが、もし迷った際は山頂を目指して下さい。そこからなら、デシレが案内出来ます」

「事前に下見はしてるし、ソロでの攻略も出来てるから、そこは問題ないよ。ただ、何度行っても門前払いを食らってるんだが、そこは大丈夫かね?」

「クラスチェンジの為ですから、恐らく大丈夫だと思います。ただ、もしオズ様だけが追い返されそうになった時は、申し訳ありませんがデシレを連れて二人で帰ってきて下さいな。

私としても不本意ですが、その際は別の手立てを用意する必要がありますので」

「了解」


 店長とオズが細かいすりあわせをしているのを、デシレは鞍上で黙って聞いていた。

 話が終わりさて出立しようかという所で、店長がデシレに声を掛けてくる。


「デシレちゃん、これが最後になるけど、本当に良いのね?」

「はい!」

「そう。なら、私から言う事は無いわ。頑張ってらっしゃい」


 オズが踵を返し、振り返らずにレベルドレインを後にした。



 スータットからイアンカーボンまでは、特に何事もなく到着した。

 道中のモンスターはオズが問題無く蹴散らしていく。何度か後ろから奇襲を受けたこともあるのだが、振り返りもせずに尻尾の一撃で叩き落としていた。

 デシレも最初はおっかなびっくりだったのが、今ではオズが動く際に腰を浮かせて手綱と鐙で踏ん張ることが出来るようにはなっている。


「まあ、こればっかりは姐さんに感謝だな」

「あの、馬具を着けるのはお嫌だったのでは?」

「そら、進んで着けたい訳じゃないがな。【騎乗】を持ってないお前さんの安全を確保してくれてるんだ、文句を言ったらバチが当たらぁ」


 そんな事を話ながら、イアンカーボンの街中を進んでいく。

 道中ですれ違う人々が驚いたようにこちらを振り返るが、オズは気にした風もなく歩いていた。そのまま、灰人の道へと続く門の前までやって来る。

 夜中であり、当然ながら門は閉ざされていた。門の上では、二人の衛兵が外を見張っている。


「すんませーん、コイツのクラスチェンジの儀式があるんで、外に出たいんですが」

「あん?」


 オズが声を掛ければ、門の上の衛兵が怪訝そうにこちらを見る。オズの背に乗るデシレを見てギョッとした顔をしたが、事情は思い至ったようだ。


「スマンが、この門は夜間はあけられない決まりになっている。モンスターの侵入を防がにゃならんし、そこは譲れん」

「娘っ子の未来がかかっとるんで、そこをどうにか」

「我々も住民の未来を預かってる身だ。『はい、そうですか』とは言えんよ」


 話は終わりとばかりに、衛兵はまた外を見張り始めた。

 細々とした遣り取りがあるとは言え、イアンカーボンの街と悪魔族は特別親しい訳ではない。悪魔族の為に街を危険にさらす訳には行かないと言うのも、無理からぬ話ではある。どうしたものかと顔を見合わせた時、外を向いたまま衛兵が声を掛けてくる。


「これは独り言だが、俺達は外を見張るのに忙しい。中から壁を乗り越えていく不届き者が居ても、気付けるかは怪しいな」

「あーあー、隣の奴の独り言が五月蠅くて、不審な物音にも気付けないかもなー」


 再び顔を見合わせる。

 オズは、何も言わずに門の横の壁を登り始めた。壁面のわずかな凹凸に器用に爪を引っ掛け、スルスルと乗り越えていく。

 反対側に飛び降りた際の衝撃でデシレの尻にかなりのダメージが入ったが、文句は言えまい。そのまま何も言わずに走り去るオズの背で振り返り、衛兵達に頭だけ下げる。

 『隣の奴が五月蠅い』と言っていた衛兵の持つ槍の穂先が、わずかに左右に揺れていた。

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