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情けは人のためならず

 体の中に流れ落ちる清水の感触で、ログインしたことを知覚する。

 今日も今日とて、相変わらず家が狭い。所詮はゲームであるし、寝て起きるだけの家が狭くて困ることもあまりないのだが、それでもログイン直後にこの状態はテンションが微妙に下がる。

 やはり引っ越しを検討すべきかとも思うが、それより優先すべき事が多いのでそれに手間を割くのも躊躇われる。結局の所、家のことは先送りにすることにして、身をかがめてドアから外に出た。

 そのまま隣のジョージ家にお邪魔する。デシレの装備についてメールで連絡は入れておいたが、やはり頼み事をするなら一度頭は下げておくべきだろうし、素材集め等に関しても意識合わせをして置いた方が良いだろう。

 生産職のことはあまり詳しくないが、ゲームである以上はジョージ夫妻もクラスチェンジした方が良い物が作れるだろうし、その辺も都合を聞いておきたい。

 そんな訳で、ドアを開けて隣家にお邪魔したは良いのだが。


「こんちゃーっす」

「……………………」


 ドアを開けてすぐの所に、ゾフィーが座っていた。

 小さい身体を体育座りで更に小さくしているくせに、全身から『いじけてます』オーラを放って存在感をこれ以上無いくらいアピールしている。一目で分かる、いかにも面倒くさい状態だ。

 ゾフィーに気圧されるように、部屋の隅に固まっていたプロ二人と目が合う。「お前どうにかしろよ」と視線で訴えてくるので、とりあえずはゾフィーに向き直った。


「よう、ゾフィー。どうした、そんなにブンむくれて」

「別に」

「そんな見るからにいじけた態度取っといて、『別に』ってこたないだろう」

「別に!」


 どうやら、かなり意固地になっているようだ。無視しても拗ねるが、無理に聞き出そうとすると余計に拗ねるパターンである。

 仕方が無いので、ゾフィーを摘まみ上げて首の後ろの定位置に乗っける。体育座りのままだったが、アビリティのお陰か転がり落ちずにそのままくっついた。後で気分転換のために連れ回すことにして、ひとまずはプロ二人の方に向き直る。


「んで、そっち二人はクラスチェンジ済みかい」

「ん、あ、ああ。クラスチェンジ自体は日曜に済ませたんだが、見ての通り二人とも体格が変わってな。

今までの装備が使えないんで、新しく作製を依頼してたんだ」


 スーホの言うとおり、プロ二人は以前と大きく体格が変わっていた。

 クマゴローの方は、身体のパーツ構成は変わっていないが全体的に大きくなっている。とは言え、元が2.5m程だったのが3m位になっただけなので、オズからしてみると総体的に小さくなっているのだが。

 スーホの方は、上半身の人間部分は以前と変わらず、下半身の馬の部分だけが巨大化している。人馬族は元から下半身の方が大きい種族ではあったが、それでも以前はサラブレットの様にスラリとしていたのが、全体的にぶっとくなってばんえい馬の様になっている。相対的に、上半身が貧相に見えてくるから不思議だ。

 スーホは下半身の、クマゴローは全身の防具が使えなくなったので注文していたのだが、同じタイミングで複数注文がマルガレーテの元へ舞い込んでいたため、プロ二人の方が若干遅かったのと防具が無くても戦えなくはないと言うことで後回しにされたらしい。


「君の方は、相変わらずヌーディスト続けてるみたいだね」

「アテクシ、鱗も生え揃って居ないような半人前の方々とはデキが違いますので」

「そんなに自慢の鱗なら、引っ剥がして素材として売れば喜ばれるんじゃないの」

「こやつ、ぬかしよる」


 クマゴローと憎まれ口を叩き合っていると、奥からマルガレーテが二人の防具を持って出てきた。

 二人は早速装備を試していたが、やがて特に不具合が無いことを確認すると、代金を払って出て行った。客を見送った後、マルガレーテがこちらへ向き直る。


「で、ワルト君は例のメールの件かしら?」

「ああ、うん。もしデシレが来たら、防具を作ってやって欲しい。条件はメールに書いたとおりで、代金は先払いが必要なら用立てて渡しとくけど」

「デシレ?」


 意外な名前に驚いたのか、今までアクセサリになっていたゾフィーが会話に割り込んでくる。

 依頼について何処まで話して良いものか判断がつかないので、とりあえず当たり障りの無い部分だけ説明してやった。


「デシレの奴、近々クラスチェンジするんだとよ。で、その為に街の外に行く必要があるそうなんで、装備を用立てるアテがなかったらここ使えって教えてやったの」

「前に聞いた時はそんなにレベルが高くないみたいな事を言っていたと思うけど、随分急な話よね。ゾフィーも、ウカウカしてると先を越されるわよ?」


 マルガレーテが、娘に当てこする様に話の矛先を向ける。

 そんな事だろうとは思ったが、やはりクラスチェンジの試練に落ちて拗ねていたらしい。落ちたところで大したデメリットも無いし、合格するまで何度でも受ければ良いだけなのだが、それを割切るのも難しいのだろう。

 その辺を突っ込んで余計に拗ねても困るので、話の方向性を変えてやる。


「そういや、ネズミのクラス2って何になるんだ?」

「何個か選べて、アタシは精霊使い(エレメンタラー)ってのを選んだ、ん、だけど……」

「精霊使い?」

「なんか、精霊を召喚したりできるんだって」


 精霊というと、樹精とかの精霊だろう。そう言えば、オズもイベント報酬で【精霊召喚】というアビリティを覚えている。色々試してみてもアビリティに経験値が入らないので、未だにアビリティレベルは1のままだが。

 オズが見る限り、ゾフィーは森の樹精達とは仲良くしていたはずだ。と言うかゲーム的な事を考えれば、樹精と仲良くしているからこそ精霊使いへのクラスチェンジが可能となった可能性は高い。となれば、そんな落ちるような試練が課されるとも思えないのだが。

 こういう場合、そもそも試練で何を試されているかというのを勘違いしている事が多い。例えば、運転免許を取るのに必要なのは公道を最速でかっ飛ばすドライビングテクニックではなく、道交法を守って安全に運転する遵法精神だ。今の時代に自分で運転しようなどと思うのは余程の好き者なので、その辺を忘れて腕自慢に走る人間は意外と多いそうな。

 とりあえず不機嫌の原因さえ分かれば、後はそれをどうにかするだけだ。精霊使いの試練がどんなものかは知らないが、別に知らなくてもやりようはある。


「んじゃまぁ、精霊使いになるにはどうすりゃ良いか聞きに行くか」

「? 精霊使いの知り合いなんて、居たっけ?」

「いやいや、精霊使いよりももっと良い知り合いが居るだろうが」



「つー訳で、コイツが精霊使いになりたいそうなんで、お知恵をお貸し戴きたく」

「マア、構ワナイガ」


 なんの捻りもなく、樹精の森へとやって来た。

 樹精達が精霊使いになる方法を知っていれば良し、知らなかったとしても彼等の協力を得られるなら精霊使いの真似事程度は出来るだろう。ゾフィーがどの程度真剣に精霊使いを目指しているのか定かでないが、その辺を含めて樹精達と相談出来れば、何の対策も打たずに試練を受けるよりはマシな未来が拓ける筈だ。


「トハ言エ、くらすちぇんじニ関シテ我々ハドウニモ出来ナイ。くえすとノオ礼ニ、【精霊召喚】ノ巻物ヲ渡スナラ出来ル」

「えーと、それってズルくない?」


 ゾフィーは試練に受かる前に精霊使いのアビリティを覚えることに罪悪感を抱いたらしく、口を出してきた。

 ただ、NPCが積極的にゲームルールを破るような真似はしないし、精霊達が認めたならそれはズルでも何でもなく正規の手段だ。そもそも、【精霊召喚】であればオズもイベント報酬で受け取っている訳で、レアリティは高いかも知れないが精霊使いだけが覚えられるアビリティという訳でもない。

 そもそも、彼女は大事なことを忘れている。


「ゾフィーよ、そもそもお前さん、何で精霊使いになろうと思ったんだ?」

「え、そりゃ、精霊と友達になれたら嬉しいなーって……」

「ぞふぃー、我々ト友達ジャナイ?」

「えっ。いや、そんな事ない!」

「友達ハ、気持チ。くらすジャナイ。

ぞふぃーハ我々ヲ助ケテクレタ。我々モ、ぞふぃーヲ助ケル。駄目カ?」

「……駄目じゃない」


 樹精さんがこちらの意図を汲んで話を継いでくれたので、思った以上にアッサリとゾフィーは折れた。

 彼女を指名した特別クエストを受注し、一人で森3へと進んでいく。種族レベルが30もあれば、この森のモンスター相手に後れは取るまい。あまり過保護にしてもゲームの楽しみを奪うし、黙って見送った。


「すんませんね、厄介事頼んじゃって」

「友達ダシ、コノ程度ハ問題ナイ」

「んじゃまぁ、俺もダチんちに巣くうゴブリンでも退治しますか」


 そんな訳で、クエストを受注して森1へと踏み入ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 何を為したかを見せる場 みたいな事を言ってましたね、龍の巫女 [一言] 天井を高くするために、屋根をはずそう。
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