「ゴブリン狩りはお気楽な仕事」な訳がない
「えー。と言う訳で、午後は森でゴブリン狩りをする事になりました」
「えぇー!?」
オズの宣言に、嫌そうな返事をしたのはゾフィーである。
従姉一家には合流前にフレンドメールで状況を説明しておいたはずなのだが、ゾフィーは目を通していなかったらしい。まあ、予想できた事態ではある。
「異邦人の皆様には実感が湧かないかも知れませんが、樹精の森の結界が薄れたとなれば、街にとっては存亡の危機になりかねません。どうか、ご協力をお願い致します」
付いてきた小犬のお嬢さん――コリーさんというらしい――が深々と頭を下げる。
あの後、市役所で奥まった部屋に通され、小犬のお嬢さんと上司らしき大型犬とに質問攻めにされた。オズとしては特に隠す事でもなかったので、朝から森に居た事、出会うモンスターの大半がゴブリンだった事、そう言えば昨日に森に行ったときもゴブリンがいたこと等を素直に話したのだが。
そもそもβテストの情報を持っている異邦人からしてみれば「もはや常識」と言っていい事なのだが、住人達は正式稼働にあたりそこら辺を無かった事にされているらしい。青天の霹靂と言った様子で、一言一句に驚いていた。
質疑応答の結果、役場としてはそれが事実なら看過できないが、大っぴらに動いて市民に動揺を与えるのも避けたいと言うことで、オズへの「指名依頼」と言う形でゴブリンの存在確認が発令され、それを受ける事になったのだ。
「そう不満そうな声を出すな。簡単な依頼で報酬も良いんだから、文句を言えば罰が当たるぞ」
「でもさぁー」
依頼内容としては、コリーが森ゴブリンの存在を確認する事と、可能であれば森ゴブリンを討伐して死体を持ち帰る事。簡単すぎる部類であるが、まあ最初から達成困難な依頼を出されても困るので、こんな物だと思う事にする。
死体を持ち帰るには【狩猟】というアビリティを覚える必要があるのだが、今回は役所が希望者に対してアビリティを覚えるための巻物を提供してくれるらしい。効果としてはモンスターのドロップアイテムがなくなる代わりに死体が残るようになるという少々癖の強いアビリティだが、オズは取得する事にした。
恐らくは運営の意図した通りなのだろうが、オズの持つ【捕食】と【狩猟】アビリティは相性が良い。戦闘後に死体が残るなら、わざわざ戦闘中に噛みつく必要はなくなる。ドロップアイテムがなくなるのは痛いが、その分戦闘で工夫すれば一枚皮を取れる可能性もあるので、それはそれで面白い。
それに加え、報酬はそれなりの報奨金と、ボーナスとしてゴブリン20体討伐につき一人2APである。種族レベルアップ以外でAPが貰えるというのは、かなり美味しい条件だと思う。巻物提供と合わせて、役所側としても本気だという事だろう。
それから、こちらは直接の報酬ではないが、これから街で活動をするにあたり、役所に良い印象を与えて損はあるまい。生産をするジョージとマルガレーテは役所に色々申請を出す事が多くなるだろうから、半日を費やす価値はあるはずだという説明をして、了承は得たと思っていたのだが。
「まあ、街の近くに害獣が大量発生してるとなれば、役所としては動かない訳にも行かないわよね。誰かがやらなきゃいけないなら、死んでも生き返る異邦人が適任というのも理解できるわ。
私としては報酬も合わせて行く価値があると思っているけど、嫌ならゾフィーは別行動でも良いわよ?」
「……行く」
分かっていて誰もが口にしなかった役所の内情を、マルガレーテがぶっちゃける。この場に居る中で一番危ない橋を渡っているのは、死んだら生き返らないコリーであり、オズ達は「報酬美味しいです」とだけ言っていれば良い気楽な立場だ。
ゴブリン退治は嫌だが、仲間はずれにもされたくないのだろう。結局はゾフィーの方が折れる事になった。ふてくされた声で返事をしたと思ったら、さっさとオズの上に乗り込む。オズの肩車がいつの間にか定位置になりそうで、なんとかしたい所ではあるのだが。とりあえず、これ以上彼女の機嫌を損ねたくもないので、今回はそのままにしておく。
「竜裔は誇り高い種族で、他者に乗りかかられるのを何より嫌うと聞いていましたが、異邦人だと違う物なのですか?」
「全ての異邦人がそうだとは言いませんが、まあ俺としちゃ知り合い乗っける位で面倒くさい事言いたくもないですね。出来れば、自分の足で歩いて貰いたい所ではありますが」
コリーからしてみれば、どうにも「鼠を肩車するトカゲ」という絵面は、にわかに信じがたい物のようだ。
オズが竜の末裔なのは、単にキャラメイクの時にそれを選んだからで、そこに誇りも矜持もありはしない。ランダムでレア種族を引き当てたりAIの質問に答えて気に入られたりした訳でもないので、「竜の末裔らしく振る舞おう」等という気概も無い。
ロールプレイをする人間をどうこう言うつもりは勿論ないが、その為に親戚の子供を引きずり下ろすというのは、流石にしたくなかった。
「なんなら、コリーさんも乗ってみます?」
「……よろしいのですか?」
「一応【乗騎】アビリティもあるんで、そこいらのトカゲよりは多少マシな乗り心地だと思いますよ」
「そうですか。では、失礼して」
誘ってみれば、案外アッサリと背中に乗ってきた。実のところ、ここに来るまでにコリーの足がかなり遅い事が判明しているため、【乗騎】で運搬できるのは都合が良いと言えば都合が良い。攻めるにしろ逃げるにしろ、移動が遅くて良い事は一つもない。NPC相手であれば最悪は引っ掴んで運搬する事も出来なくはないが、穏便に済ませられるならそれに越した事も無い。
ゾフィーはマルガレーテの娘で、結構誰とでも打ち解ける所があるので、一緒にオズに乗っかっていればその内仲良くなるだろうという打算もある。とりあえず、ゾフィーが「来るんじゃなかった」と言わないようにするのが、今回の隠れた目的になる。昨日からそんなのばっかりな気もするが、まあMMOなんて大なり小なりそんな物だろうと思う事にした。
午前中にゴブリンを狩りすぎたのではないか、というオズの密かな心配は、杞憂に終わった。
1匹見たら30匹と言わんばかりの勢いで、森はゴブリンの巣窟と化している。もしかしたら、パーティで来ているのが関係しているかも知れないが、悠長に分析している暇はない。
大抵のゲームに言える事だが、「数の暴力」というのはそれだけで立派な能力の一つである。その上で、大型種族で鱗も生えているオズなら気にならないゴブリンの攻撃力も、防御力の低いラインハルトやゾフィー、コリーにとっては脅威となるため、自然と闘いは厳しい物になる。
午前中は鬱陶しいだけだった樹上からの飛び降り攻撃は、ゾフィーとコリーを騎乗させている今、最優先での迎撃課題だ。他にも、こちらが騎乗しているのに対抗したのか、ウルフライダーがちょくちょく混じっているため気の抜けない戦闘が続いている。
「ゾフィー、右側の奴を頼む!」
「っしゃ、まかせて!」
そんな中、意外な活躍をしているのがゾフィーだ。レンジャー系種族である鼠人は最初から【気配察知】のアビリティを持っており、奇襲攻撃をかなりの割合で事前に防いでいる。
また、昨日手に入れた蛙の舌で作ったというスリングショットは、動きの速いウルフライダーを的確に撃ち落としていた。スリングショットが使えるなら弓もいけたんじゃないかと思うのだが、本人的には違う物らしい。まあ、ゴブリンから取った石コロが余っているので、オズとしてもそちらの方が都合が良い。
オズにとっては手放しに喜べない事実だが、どうやらゾフィーは騎射スタイルと相性が良いらしい。命中率は結構良い上に、魔法と射撃を上手く使い分ける事で、3次元的な襲撃をしてくるゴブリン達を的確に捌いている。射撃の弱点である近接攻撃は、オズが対処する事で実質考えなくていいため、当人は攻撃に専念できるというのも大きいだろう。
今も、ゾフィーの放った石礫がウルフライダーの頭を捉え、そのまま狼からたたき落とした。噛みついてきた狼は、オズが首の骨をへし折る事でトドメを刺す。落ちたゴブリンはそのまま踏みつけてトドメを刺せば、戦闘終了である。
「ゴブリンの死体は、1個あれば良いんだっけ?」
「はい。役所が死体で溢れかえっても困りますから。なるべく、状態の良い物を血抜きだけした状態で持ち帰っていただけると、ありがたいです」
出掛ける前の不機嫌はなんだったのかと言いたくなるくらいノリノリのゾフィーに、コリーが応えた。まあ、ずっと不機嫌でいられても困るので、助かると言えば助かるのだが。
たった今製造した死体の中から、良さげなのを見繕ってアイテムバッグに放り込む。乗騎となっていた狼達も、血抜きと内臓の処理だけして、同じくバッグに放り込んだ。本当は肉を冷却しないと傷むのだが、誰も【水魔法】を持っていないので仕方が無いのだ。最悪、肉は諦める事になるだろう。
【狩猟】アビリティはあくまでモンスターの死体を残すだけの能力なので、敵を滅多斬りにして倒せばズタボロの死体が残るし、火の魔法で消し飛ばせば後には消し炭しか残らない。その上、残った死体もキチンと処理しないと、現実と同じように腐り始めるので、その手の作業が嫌いな人間にとってはデメリットしかない。
反面、上手く倒せば例えば皮ならドロップアイテムよりも大きな皮が取れるし、肉も一匹分が丸々取れる上に骨や髄等も手に入る。生産プレイヤーからしてみればこれは非常に魅力的で、従姉一家も全員が【狩猟】アビリティの巻物を貰っていた。
「余ったゴブリンの死体はどうする? 流石に、この量を放置するのはマズい気がするんだが」
「【解体】アビリティがあれば、【狩猟】で残った死体をドロップアイテムに再変更出来ますよ。私が持っているので、今回は私が処理します」
と言う事で、ゴブリンの死体処理はひとまずコリーに一任した。オズとて、この面子の前で【捕食】アビリティのレベル上げに勤しまない程度の分別は持ち合わせている。
【解体】はドロップアイテムの量を微妙に増やす効果もあるらしく、石コロと雑草の増加量が加速している。全く嬉しくないが、どんなアビリティも使い方次第という事だろう。
ちなみに、アイテムバッグは結構大量の物を詰め込む事が出来るが、品質保持や重量軽減の類は一切してくれないので、オズの【運搬】レベルは順調に上がり続けている。
「しっかしまあ、想像以上にゴブリンが多いな。よくまあ、こんだけ居て今まで見つからなかったもんだ」
「樹精の結界があれば、基本的にはゴブリンのような魔物は棲み着かない筈ですから、私共としても楽観視していた部分はあります。
それが今回の事態に繋がったかも知れないと思えば、反省すべきでしょうが」
「その、樹精の結界って、そんなに凄い物なの?」
コリーの述懐にラインハルトが疑問を呈する。実を言うと、オズとしても気にはなっていた。
コリーはゴブリンの存在に疑問を呈していたが、狼や蜂には触れていない。と言う事は、「樹精の結界」とやらは無差別にモンスターを排除するような効果はないので、何故ゴブリンが問題視されるのか今一つ分からないのだ。
その辺りの事を質問してみる。
「樹精は、その名の通り樹木を司る精霊です。あまり争いを好まない性格の者が多く、樹精の森の結界も『植物を傷つける者を退ける』というもので、威力もそこまで強大な訳でもありません。
流石に木を何本もへし折ったりすれば論外ですが、薬師達が生活のために薬草を摘んだり、木こりが間伐する程度は、事前に話を通せば見逃して貰えます。
ただ、ゴブリンというのは考え無しに周囲の環境を破壊するので、樹精から見ても排除の対象となる筈。また、弱い魔物ですので、樹精から攻撃されればすぐに逃げ出して繁殖などしない筈なのですが……」
「つまりは、ゴブリンが危険ってのも勿論あるが、『樹精がゴブリンすら排除できなくなってる』ってのを危険視している訳か」
「そうなります」
コリーの説明に、一応の得心はいった。
この世界の精霊というのがどういった立ち位置なのか、オズはよく分かっていない。だが、コリーの反応を見る限りでは、少なくとも樹精は人間に恩恵を与える立場ではあるようだ。
樹精の影響が弱まる事でどういった効果が出るかは分からないが、少なくとも森の恩恵に与って生きている人間にとって、良い事はないだろう。森の近くにあるスータットの街にとって、好ましくない事態なのは確かだった。
「原因究明は後回しにしましょう。悪いけど、このメンバーじゃあまり奥に踏み込むのも危険だし、コリーさんに何かあれば元も子もないわ。
とりあえず、目に付くゴブリンをできる限り排除して情報を持ち帰る。その上で、後ほど専門チームを組んで事態の把握に努めるのが現実解じゃないかしら」
「そうですね。申し訳ありませんが、皆様には引き続きゴブリンの排除をお願い致します」
「よっし、やるぞー!」
空気が沈みかけた所で、マルガレーテの声が皆の意識を現実へと引っ張り上げる。確かに、現時点でアレコレ考えても仕方が無いだろう。
その後のゾフィーのかけ声に引っ張られる形で、一行はゴブリン狩りを再開した。