ウチはペット禁止って言ったでしょ
体の中に打ち寄せる波濤の感触で、ログインした事を知覚する。
昨夜ログアウトしたベッドの上で身を起こすが、相も変わらず部屋が狭い。一応はゲーム的な融通を利かせてくれており、入り口が狭くて家に入れないとか、ベッドが狭くて寝られないと言った事はないのだが、だからと言って無制限に部屋を拡張してくれる訳でもない。
これまでは、ログアウト時に寝て起きるだけなら我慢出来なくもない狭さだったのだが、クラスチェンジで身体が大きくなってからは流石に圧迫感が無視出来なくなっている。
ゲーム内で余計なストレスを溜めたくもないので、このままなら引越も視野に入れなければならないだろう。が、ジョージ一家の隣という立地は他に代えがたいし、そもそもこのサイズの身体が入る借家が都合良く空いているかという問題もある。スータットの現地民にも大型種族はいるが、大抵は2.5m程度の大きさに収まっている。オズの巨体が入る様な家は、需要が少なそうだ。
ひとまず、家の設定で広さをいじれない事を確認し、家を出た。
「あ、オッさん。……なんかデカくね?」
「おう、ゾフィーか。クラスチェンジして、一回り成長したからな」
「なにそれズッケぇ!」
家を出たところで、ゾフィーと出くわした。
早速よじ登ってこようとするのを、大人しく受け入れる。クラスチェンジしたばかりで勝手が分からないので、下手に動くと振り落とす危険がある。今のオズはちょっとした建物の2階程度の高さがあるので、落ちたらトラウマになる可能性もあり、あまり無茶は出来ない。
頭上ではしゃぐゾフィーが落ち着くのを待って、声を掛けた。
「オッさん、レベル上げのために砂浜行こうと思うんだが」
「砂漠じゃないの?」
「今レベル1だから、流石に砂漠はリスク高いな」
「また下がったのか…… んじゃ、森行こうぜ」
予定を告げて別れようと思ったら、意外な提案が来た。森は砂浜より敵のレベルが低いので、狩りとしてはあまり美味くない。
そもそも、彼女は普段他の面子とパーティを組んでいるので、勝手に抜け出せば不義理になるだろう。
「お前さん、ハル達は置いてって良いのか? あと、なんで森?」
「今日は眠兎がお休み。森は、樹精達に「時々害虫の間引きしてね」って言われてたじゃん」
「……ああ、そう言えば」
森3をクリアしてからすっかり足が遠のいたので忘れていたが、そう言えばそんな事を頼まれていた。ゾフィーはその事をしっかり覚えていたらしい。
今は生産職の就職組を中心に【精霊語】の習得者数も増えているとの事なので、あの頃とは事情も変わっているとは思うが。まあ、行って「いらない」と言われたならそれは森が平和になっているという事で、全くの無駄足にはなるまい。
ゾフィーの予定もフリーとの事なので断る理由も無く、森へと向かった。
「まさか、モグラの真似をする羽目になるとはなぁ!」
「進め、オッさん!」
はしゃぐゾフィーを背中に乗せたまま、匍匐前進に近い体勢でゴブリンの巣穴を進む。
あの後、樹精の森でクエストを受注しようとしたら、樹精達からゴブリン退治を頼まれた。森を訪れる異邦人は狩りとして旨味のある昆虫は積極的に討伐してくれるのだが、ゴブリンの方は人気が無いらしい。まあ、クエスト報酬も一応あるとは言え、ゴブリンの経験値は少ないしドロップアイテムは石コロと雑草だ。率先して受ける人間は、そうは居ないだろう。
とは言え、森を荒らすという意味ではゴブリンも放置して良い存在ではない。報酬に多少色を付けるからと言う事で、それなりに話せるオズ達にお鉢が回ってきたのだ。樹精達は言わなかったが、恐らくはオズのレベルが1なのもあったのだろう。
クラスチェンジ後に見たゴブリンは更に小さくなっていたので多少戸惑ったが、クラスチェンジ前でもレベル1で倒せたモンスターであり危うげ無く討伐は進んだ。それは良かったのだが、問題はインスタンスエリアであるゴブリンの巣穴の狭さだった。
元々130cm程度のゴブリンの巣穴は、身長が3m強の時もギリギリのサイズだった。それが4mになった結果、直立して入る事が出来なくなったのだ。しかも、横幅もそれなりに増えているので、オズが前に立つと後衛のゾフィーは何も出来なくなるため、結果としてオズはモグラの如く洞窟を這いずり、ゾフィーはその上でレール式シューティングの様に出てくるゴブリンを狙撃する事になった。
匍匐前進するオズの上は結構揺れるはずだが、それはそれで冒険心をくすぐるのか、ゾフィーのテンションは高い。攻撃力の低い斥候とは言え、格下のゴブリン相手なら一撃で倒せるため、苦もなくボスエリアへ到達した。
他より少しだけ大きなゴブリンがいるボスエリアはこれまでより少しだけ天井も高いのだが、直立すればゾフィーがオズと天井でサンドイッチになる。結局、そのまま戦闘に突入する事になった。
「あ、そうだ。ゾフィー、超必殺技使うから、《リジェネレート》かけてくんない?」
「ん、OK!」
「んじゃ、いくぞ。《竜の吐息》」
スキルを使った途端、オズの口から閃光がほとばしり正面に居たボスゴブリンを消し飛ばす。逃げようとした取り巻き達も、頭を動かす事でまとめてなぎ払った。
オズのMPとスタミナが目に見えて減っていき、完全に枯渇したところで閃光が止む。インフォメーションが流れ、巣穴のゴブリンが全滅した事を告げられる。
「なに今の!? 超カッケェ!!」
「《竜の吐息》っつー、1日1回しか使えない大技だ。初めて使ったんだが、思ったより威力あったな」
《竜の吐息》は使用時にMPとスタミナが枯渇するため使用後は確定で動けなくなるので、ソロでは使いにくい。アビリティレベルが1なので大した威力も無いだろうと高をくくっていたのもあり、今なら討ち漏らしてもゾフィーが居るので使ってみたのだが、結果は予想外だった。
巣穴の壁は所々えぐれており、下手すれば崩落の危険性もあった訳で、迂闊な行動を反省する。使用機会が少ない為か、【竜の吐息】はもうレベル2に上がっていた。この分なら、多少リスクを負っても威力検証をする価値はあるだろう。
ゾフィーの《リジェネレート》でスタミナが回復して動ける様になったので、方向転換をして巣穴を出ようとした時だった。
「オッさん、ちょい待ち」
「どうした?」
何かを見つけたらしいゾフィーが、オズの背から降りて奥へと進んでいく。
丁度見つけにくいところに横穴があった様で、その奥へと入っていった。穴の大きさは体格によっては中型種族でも難儀するサイズで、オズではどうやっても入れそうに無い。敵の全滅を告げたシステムメッセージがフェイクという事も無いだろうし、恐らくは隠された宝でもあるのだろうと見当を付け、ゾフィーが戻ってくるのを待った。
「オッさん、これ見て!」
「どうしたんだ、その子犬…… いや、狼か?」
戻ってきたゾフィーが抱えていたのは、明らかにまだ子供だろうと思えるサイズの狼だった。
狼を飼い慣らすのに、子供のうちに掠ってきて馴致させると言うのを聞いた事がある。恐らくは、ゴブリンが乗騎とするために掠ってきたのを、巣に置いていたのだろう。ゴブリンが狼を飼い慣らしているのに、プレイヤーによる狼のテイム情報が無いのは不思議に思っていたのだが、こんな所に種があったらしい。
ゾフィーは子狼を連れ帰る気らしく、抱えたままオズの上に乗る。
「オッさん、狼の飼い方って知ってる?」
「あー、調べりゃ出てくると思うけど、その前に両親の許可を貰ってな?」
恐らく駄目だろうなと思いながら、洞窟を後にした。
「駄目よ」
「そんなぁー」
キッパリと告げたマルガレーテの言葉に、ゾフィーがガックリと肩を落とす。
VRペットにまつわる問題は、実の所かなり厄介だ。VRペットは昨今の技術発展によって本物と遜色ないものを作れる上、本物の動物を飼う事に伴う面倒事の大半をカット出来る。言ってしまえば、どこまでも飼い主に都合の良いペットが用意されるわけで、ハマる人間はもうどっぷりハマる。
無論、ほとんどの人間はそれでも現実との折り合いを付けて生きていくのだが、極少数とは言えそれが出来ない人間が出てくるのも世の常で。ペットと遊ぶだけなら疲労は溜まりにくいので、長時間プレイしてもVRポッドの安全装置が働きにくいのも、この場合はマイナスに働いている。
子供のうちはどうしてもその辺の折り合いの付け方が未熟なのもあって、マルガレーテの判断もやむなしと言えるだろう。
「オッさん、どうしよう?」
「ま、しゃーない。誰か飼ってくれそうな人を探しに、隣行くべ」
樹精達に確認したところ、親狼を探すのはまず無理だろうとの事だった。ゾフィーに配慮してか樹精達も詳しい言及は避けたが、狼の巣から子供を掠うのにわざわざ親を生かしておく理由も無いし、そういう事だろう。
このまま森に放しても一匹で生きていくのは絶望的だとも言っていたので、それなら飼い主を探す方が精神的負担は少ない。
「オッさんが飼うの?」
「いや、逆だ逆」
と言う訳で、そのまま隣の来夢家へとお邪魔する。
「キミ、もしかして面倒事は全部ウチに持ってくれば良いと思ってないかい?」
「ま、半分くらいは思ってるが。一応、それなりに理屈も用意してある」
来夢月が呆れた様に言うが、彼に断られた場合はオズが飼い主候補になるため、オズも真剣だ。
それなりに重要情報源であるオズの話を聞かずに追い出す真似もできず、来夢月も観念した様に続きを促した。
「一応、聞こうか」
「つーても、そんな大した話じゃないんだが。
一つ、少なくとも来夢月と来夢翠はVR慣れしてるから、VRペットとの折り合いの付け方に関してジョージさん達よりは信頼出来る。
二つ、もしこの子狼をテイム出来れば、将来的にはゴブリンみたいに乗騎として使えるはずだ。ウサギの足の遅さを補う手段となり得る訳で、来夢一家にとって試す価値はある。
三つ、攻略組でもパーティメンバーの速度差に悩んでるところはそこそこあるだろうから、この情報は高値が見込めるはずだ。情報屋界隈でドヤ顔するにも、丁度良いネタになるんじゃねぇの」
「キミも、こっちの弱いところ突くのが上手いねぇ。ま、ウチにも利益がある話しだし、承るよ。
こう見えてもFファンではAランク経験者だからね、ちゃんと面倒見るのも約束する」
「また、えらい懐かしい名前が出てきたな」
フォーミュラーファンタズマは、自分で飼育したモンスターに乗って競争するという、少し変わったレースゲームだった。もう20年くらい前のゲームなので、実を言えばオズも直接プレイした事は無いが、後追いで似た様なゲームがいくつかリリースされているので、名前だけは知っている。
確かあの手のゲームには隠しパラメータとしてモンスターの懐き度があったので、それで上位ランクに行ったという事はモンスターをかなり大事にしていたという証左でもある。結構流行ったゲームなので探せばランキングのログも出てくるだろうし、そんな所で嘘をつかないだろうという程度には来夢月を信用していた。
とりあえず、降って湧いた子狼の飼い主捜しは思ったよりもスンナリ終了した。ただでさえ狭い家に新たな住人を迎えずに済んだので、オズとしても一安心である。
子狼との別れを惜しむゾフィーを、「隣に住んでるなら、いつでも会いに来れるだろ」と言って引き離す。必要以上に愛着を持ってしまうと、何のために飼うのを禁止したのか分からなくなる。
砂漠へレベル上げに行こうと半ば強引に連れ出す形で、来夢家を後にした。




