暗黙の了解、は悪い文明
「お待ちしておりました。お客様」
「あ、ど、どうも」
日課となったレベルドレインのドアをくぐると、店長が出待ちしていた。
【気配察知】等のアビリティもあるし、オズの来訪を察知した事自体は不思議ではないのだが。一介の客に過ぎないオズに、店長に出待ちされるような覚えは無く、正直かなりビビっている。
コレがロビーですれ違ったとかなら「そんな事もあるよね」で済むのだが、それなりに広いレベルドレインのロビーで、わざわざ入り口のど真ん前に店長が立っている訳で、流石に偶然とは考えにくい。
何かマズい事をやったかと記憶を辿ってみるが、特に思い当たる節は無い。どうしたものかとビクついていると、店長の表から用件を切り出した。
「大変申し訳ありません。何点か、お客様にお詫びしなければならない事がございまして。
ここで出来る話でもないので、応接室までご足労戴けますか」
「あ、はい、喜んで」
正直、詫びを入れられる理由も思い当たらないし、別に良いから解放して欲しいと言うのが本音だったが、下手な事を言って出禁になっても困る。店長に連れられるまま、応接室へと足を運んだ。
促されるまま応接室へと入り、勧められるままにソファに腰掛ける。ソファはオズの巨体を柔らかく受け止めつつも底付く感はないという不思議な素材で出来ていたが、その感触を楽しむ余裕も無い。向かいには、店長と緊張した面持ちのデシレが並んで座っている。
恐らくデシレよりも高レベル帯だろう店員がテーブルにグラスを並べ、3人分の飲み物を注いで戻っていく。一つ一つの所作が洗練されていて、なるほどここが高級娼館なのだという事を改めて感じさせられる。
出された飲み物に手を出して良いモノか悩んでいる内に、店長が話を始めた。
「さて、まずはじめに、昨日サービス中にお客様が危篤状態になられた件について。責任者として、改めてお詫び申し上げます」
「あー、それに関しちゃ昨日の時点で詫びは受け取ってるし、特に改めて謝罪されるような事でもないだろ。
言っちゃなんだが、異邦人にとって死にかける事自体はそこまで大きな損失でもない。外で言いふらすつもりも無いよ」
オズからしてみれば昨日のアレは「ゲームにありがちなハプニング」位の認識で、特に悪感情を抱くような事でもない。むしろ、あそこで死んでたらネタになったんじゃないかと思う程度だ。
昨日の時点で回復アイテムを奢られているので、更に何か要求するというのも気が引ける。詳しくはないが、確か詫びの品の一部でも受け取った時点で法律的には示談が成立したと見られるはずだ。こちらの世界でどうなのかは知らないが。
まあ、変な噂が立てば店側にはダメージだろうから、口外しない事を約束しておけば、丸く収まるだろう。
「そうですか…… ありがとうございます。ただ、お詫びしなければならない事がもう一点ございまして。
当店の利用ルールに関しまして、誠に勝手ながらお客様のみ一部特別ルールを適用させて戴く事となりました」
「はぁっ!? あ、いや、俺としてはなるべくお行儀良くしてたつもりだったんですが……」
「ああ、いえ。特別ルールと申しましても制限を追加するためのものではありませんし、この点に関しましてお客様の瑕疵は一切ございません。
こちらのルールに欠陥があったため、このような事態となった次第ですので。詳しく申し上げますと、昨日お客様が受けられた『血の茨』が原因でして……」
一瞬、厄介客認定を受けたのかと焦ったが、どうやらそう言う事ではなかったらしい。
店長の説明によれば、『血の茨』を受けてオズがデシレの眷属となった事で、デシレの《エナジードレイン》が思わぬパワーアップを果たした事が原因だそうだ。
本来、小悪魔の《エナジードレイン》は成功率が低く、自分より上のレベルの相手に掛けてもまず成功しない。その為、店では客室に特殊な結界を張っており、それを利用する事でレベルドレインが確実に成功するようになっている。だが、同時にその結界のせいで小悪魔はどれだけ格上の相手に《エナジードレイン》を掛けても、一度に1レベルしか上がらないはずだったのだが。
オズの眷属化によってデシレからの《エナジードレイン》は結界抜きでも100%成功するようになり、それに伴ってデシレのレベルアップ制限も撤廃された。
昨日サービスを受けた部屋は『血の茨』の儀式のために件の結界とは別の結界が施されていた事と、ドタバタしていたためにデシレがステータス確認を怠った事が原因で判明が遅れ、オズの帰宅後に事態が発覚したのである。格上のオズから一気に経験値を奪い取った為、デシレの種族レベルは25に達していた。
もし、今日来店したオズがレベル15のデシレを相手する心算だった場合には、レベルが足りない事も予想される。かと言って、店側の認識不足が原因で客を追い返すというのも憚られるので、利用の際に店員より上のレベルである必要があるという制限を、オズがデシレを指名する際に限って撤廃する事にしたそうだ。
今回一度きりの特例とする案もあったが、オズは今の所毎日通っていう上客であるし、結界が無いなら格下の相手からドレインしても全くの無駄にはならないと言う事で、テストケースも兼ねて今回の決定となったらしい。
オズとしても損は無い話なので、ホッと胸をなで下ろす。
「デシレから聞いちゃいたが、本当に『血の茨』って成功率低かったんだな」
「実を言えば、この店で『血の茨』を注文されたのはお客様が初めてですわ。ホープダイアの伝説を知っていれば、悪魔の眷属になろうという方はまず居ませんので。
【隠蔽】があれば一応隠せるとは言え、見破られる時は見破られますし」
改めて、何故そんな物をメニューに入れていたのかは謎だが、一介の客に過ぎないオズが店の方針に口を出すのも憚られたので、黙っておく。
ひとまず、今回の用件はそれだけだと言う事なので、安堵してソファへもたれかかる。終わってみれば本当に詫びを受けただけなのだが、ドッと疲れた。
口の中が乾いていたので、出された飲み物に口を付ける。グラスに入っていたのは、昨日も飲んだスパークリングワインだった。
店長も自分の飲み物に口を付け、しばし緩やかな時間が流れる。デシレだけは、未だガチガチに固まっていたが。
「さて、此度はこちらの不手際でお客様へは大変ご迷惑をおかけいたしました。
お詫びの印、という訳でもありませんが、何かこちらで出来る事があれば、ご配慮致しますが?」
「別にそこまでして貰うような事でも……
ああいや、トーネックスに、異邦人相手でも気さくに話してくれそうな知り合いがいたら、紹介して欲しいかな」
「トーネックスですか。伝手を使えば何名かはアポイントが取れると思いますが、少々お時間を戴く事になるかと」
「いや、そこまでして貰うと、今度はこっちが貰いすぎになる。ぶっちゃけ、ちょっと情報落としてくれそうな人なり店なり知ってたら教えて欲しいなって程度で」
「ふむ。事情をお伺いしても?」
雑談ベースでちょっとした知り合いを紹介して貰えればラッキー程度の目論見だったのだが、思ったよりガッツリ対応されそうだったので、慌てて取り下げる。
聞くだけ聞いてこちらは黙秘というのもアレなので、事情をかいつまんで説明した。とは言え、人魚密漁だの人身売買だのは確証も無い内から口に出す訳にも行かないので、「トーネックスで情報収集しようとしたら、塩対応されました」というだけの話だが。
「なるほど。ああいった交通の要衝では、様々な所から人、物、金が集まりますからね。当然、それに即した価値観が生まれます」
「異邦人とは口を聞くな、と言ったような?」
「いいえ。むしろ逆で、そう言った肩書きがアテにならないという事ですわ。例えば『海向こうの国の王子』を名乗る男が居たとして、それが本物かどうかを実際海向こうの国に確認するのは、時間も手間も掛かりますから。
かと言って、何もかもを頭ごなしに否定してしまえば、儲けの機会を逃す事になる。となれば、もっと手っ取り早く確認出来て、ある程度確実な指標を物差しに使うようになります」
「例えば、金のような?」
「いいえ、クラスですわ」
言われて、頭を殴られたような衝撃を受けた。
思い返せば、クラスチェンジが成人の儀式に類する物だという話は、ゼアから聞いていたのだ。つまり、この世界ではクラスチェンジして初めて一人前と認められるという事で、それに届かないオズは半人前と言う事になる。
言ってしまえば、トーネックスの住人達の対応はちびっ子探偵団に対するソレと同等な訳で、なるほど納得出来る部分はある。プレイヤーとしては、それを先に言えよと運営に強く申し上げたいが。
「ちゃんとした先達の指導を受けられれば、レベル30と言うのはそこまで難しい目標でもありませんから。例え王族の生まれであっても、低レベルで放り出されるという事はその程度の人物だという事です。
この店も、真面目に働けば数年でそこまでは到達出来ますし。ね、デシレちゃん?」
「ハ、ハイッ!!」
話を聞きけたれば、それに見合うだけの人生経験を積んでこいと言う事だ。
理屈としては分からないではないが、裏返せばトーネックスで情報を集めて人魚の事件を解決するのは、レベル30以降にお預けと言う事でもある。思ったより面倒な仕組みだが、それをここで言っても仕方が無い。
まあ、ポジティブに考えれば、これ以上時間を無駄にしなくて済んだと言う事だ。やるべき事が明確になった分、明日からの予定は立てやすくなったと考えれば良かろう。
思わぬ所で重要情報を貰ってしまったので、店長に礼を言っておく。
「ありがとう、大分参考になった。とりあえず、多少無理してでもミドルオークを狩るかね」
「トーネックスからでしたら、砂漠をそのまま海沿いに行ってサンドワームの巣を越えた先、破濤海岸を目指すのがお勧めですわ。
水の精霊の聖域がありますので、【精霊語】があれば助力を得られるでしょう」
「いや、何から何までかたじけない。参考にさせて貰います」
実質オズに損があった訳でも無いので、雑談から何かしらのとっかかりを掴めれば儲けものだと思っていたのだが、なんだかガッツリ重要情報を貰ってしまった。
これはこれで貰いすぎて後が怖いなと思いつつ、応接間を後にする。
「で、レベル30を目指すと言いつつ、今日もドレインは受けるんですね……」
デシレが半分呆れたように言うが、オズからしてみればソレとコレとは話が別だ。思わぬ情報でレベルアップの重要性が高まったとは言え、この店にはレベルドレインを受けに来ている訳であり、情報貰ってハイサヨナラというのも収まりが悪い。
そもそも、事が終わった後にそれを言われてもどうにもならない。
「特別ルールと有用情報で明らかに優遇貰ってるのに、金を一銭も落とさず帰る方がありえなくね?」
「まあ、そうかも知れませんが……」
店側にも不測の自体があったとは言え、こうも優遇策を取られるという事は、店側としてもオズに何かしら期待するところがあるという事だ。
オズ側としても、APの取得やアバターへの慣れと言う意味で、レベルドレインには大きな利点がある。Win-Winの関係になれるなら、それに越した事は無いだろう。
返却されたスタンプカードは一気にハンコが増え、今ではデシレのレベルは26に達している。昨日までのペースであれば、デシレがレベル30付近に行くより早くオズがクラスチェンジ出来る算段だったのだが。この追い上げ具合だと、砂漠を越えるのに手間取れば追い抜かれる可能性もある。
「しっかし、下手すりゃお前さんの方が先にレベル30に行きそうだなぁ」
「どうでしょう? 先輩方曰く、下のレベルからの《エナジードレイン》はかなり効率が下がるそうですから。今までのように毎度1レベル上がる保証も無いですし、お客様がクラスチェンジする方が早いと思いますよ」
「そう聞くと、結構難儀なスキルだな」
格上相手にはそもそもの成功率が低く、格下からは奪える経験値が低いとなれば、そもそも《エナジードレイン》でレベルアップするという行為自体が効率的とは言い難い。
結界による補助があるとは言え、店員達を《エナジードレイン》のみでレベルアップさせつつ数年でレベル30まで到達させると言うのは、かなり大変だろう。
「こんな事聞いて良いのか分からんけど、悪魔族って《エナジードレイン》じゃないとレベルアップ出来ないとかあるのか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。娼婦が戦闘アビリティを覚えても仕事の役には立ちませんから、ボクらは店の方針でそうなってますけど」
「なるほど?」
わざわざ専用の結界まで用意してレベリング方法を縛っているので、もう少し強い動機があるのかと思ったのだが、そういう訳でもないらしい。単に、デシレが知らされていない可能性もあるが。
まあ何にせよ、ここに来てデシレにクラスチェンジで抜かれるというのも悔しいので、早めに破濤海岸とやらに辿り着きたい。
明日からのレベリングに対するモチベーションを高めつつ、店を後にした。




