初見殺しとフィールドギミックはボス戦の華
「サボテンのお代わり来たよ」
「またかよ、畜生!」
来夢月の報告に悪態を吐く。
ダキツキサボテンはその名の如く抱きついてくるサボテンだ。身長3mの人型サボテンなのだが、全身に棘が生えているので抱きつき攻撃が危険なのは勿論、素手で殴るとダメージを食らう。
この棘が非常に厄介で、ストロー状の構造をしていて刺さると出血の状態異常となり、HPとスタミナにスリップダメージが入る。動きもそこそこ良く、何の工夫もなく飛ばした魔法を避ける程度の事はしてのけるため、複数で襲ってくる事もあって接近を阻止するのも難しい。
サボテンなので急所のような物も無く、頭に当たる部分を吹き飛ばしても平気で行動するという、素手で戦うプレイヤーを殺すために生まれてきたようなモンスターである。
幸い、防御力は低めなので足をぶち壊してやれば、一応動きは鈍る。例え両足を失っても這いずって近付いてくるので、それはそれでホラー感が強いが。何度か戦って分かったのは、ダメージに関しては諦めてとにかく即行で片付けるのが、最終的には一番被害が少ないという事だった。
来夢月に回復を任せ、近付いてくるサボテン達をなぎ払うように腕と尾を振るう。何体かは仲間を盾にこちらの懐に入ってくるが、頭を囓ってそのまま遠くへぶん投げた。口の中がズタズタになるが、気にしたら負けである。
倒れ伏したサボテンには適当な武器を投げつけてトドメを刺し、再び抱き付きを狙ってくるサボテンには同じ様に対処して遠ざけるパターンを何度か繰り返し、ようやく全てのサボテンを倒し終えた。HPを全損させる以外の倒し方がないので、下手をすればサソリよりも手間が掛かる。
「タンクが金属装備を手放したくない理由が、よく分かるわ」
「蟹やサソリの素材で、非金属でも全身鎧の装備は作れるはずだけどね。まあ、キミの鱗を貫くような棘だと、何処まで防具で防げるか怪しいところではあるけど」
体中に刺さった棘を抜きながら、魔法でHPを回復する。オズの【竜鱗】はそれなりに硬い筈なのだが、それでもサボテンの棘は平気で貫通してくるので、少しでも頑丈な防具が欲しいと言う気持ちはよく分かる。
落ちているサボテンを拾い、棘を抜いてから齧り付く。甘みの少ないスイカのような味と、薄荷のようなスーッとする感覚は、好みは分かれるだろうがオズとしては嫌いではない。サボテンだけあって水分は豊富で、塩を振ってやれば甘みも引き立つのでデザートとしてはアリだと思う。
来夢月にも塩を振った物を渡してやり、しばし休憩する事にした。
「ふむ。現実のサボテンを食べた事はないけど、結構イケるね。まあ、その為にサボテンを狩りたいかと言われると、微妙だけど」
「攻撃力高い上に数も居るから、事故率高そうだしな。ゲームでこんな事言ってもアレだが、ぶっちゃけ緑化に成功してるんじゃないかって位にサボテンが多い」
エンカウント率で言えば、今の所サボテンが一番上で、その次がサソリだ。まあ、地図を埋めながら数時間砂漠をうろついただけなので、もしかしたら確率が偏っている可能性もあるが。
サボテンの攻撃力は高いがその攻撃力は棘に起因しているので、用途は限られるだろうし素材としてはあまり魅力的ではない。果肉は美味いが、その為にわざわざサボテンと戦いたいかと言われれば、微妙なところではある。現時点では食事によるメリットがあまりないので、食材に対するプレイヤー需要自体があまりない。まあ、ゲッコーに持っていけば喜ぶだろうと、その程度である。
反面、サソリは蟹と同様に甲殻に覆われているため、防具素材として需要が高いらしく狩りをしているプレイヤーを何人も見掛けている。需要から見て、素材として当たりなのはサソリの方だろう。ちなみに肉は有毒だが、海老系の味がして中々美味い。
他にはゲームでお馴染みサンドワームも居るのだが、如何せん動きが雑なので、脅威度としては他のモンスターに劣る。一応、砂に潜ってからの飛び出し攻撃や砂を吐いての範囲攻撃等もあるが、それも走り回っていれば食らうような事はない。牙は硬くてそれなり大きさがあるので武器の材料にはなるだろうと、一応集めてはいるが。
数時間戦闘した結果、砂漠はかなり厄介なエリアだというのが、オズと来夢月の共通見解である。フィールドギミックも出てくる敵も、単体で致命的な被害を与えてくる事はないのだが、積み重なると結構馬鹿にならないリソースを削ってくる。【竜の胃袋】があるオズは最悪砂を食って回復出来るが、そうでないプレイヤーは回復アイテムの消費も馬鹿にならないだろうと思われた。
だだっ広い上にランドマークとなるような物も無いので、目的地を見失いがちなのも厄介な点の一つだ。オズは【マッピング】があるので何とかなっているが、だだっ広いエリアで戦闘をしていると自分の現在地を見失い易い。道に迷った状態でフィールドダメージを食らい続けるというのはかなりストレスが溜まるので、今後は【マッピング】の需要も高まるだろうと思われる。
そんな事を駄弁りながら歩いて行くと、やがて目の前にボスエリア前のポータルが現れた。一面砂の中に、デンとポータルが突っ立っているというのも、中々にシュールな光景ではある。
「さて。どうする? ボスを冷やかすか、Uターンして地図を埋めるか。俺としちゃ、とりあえずボスを拝んどきたいが」
「ボクも、それで良いと思うよ。地図を埋めると言っても、ここから引き返して多少道を外れたところで、新たな発見があるとも思えないしね」
合意が取れたので、ポータル経由でボスエリアへと踏み入る。
ボスエリアも、やはり一面砂だった。ただし、全体がすり鉢状になっており、真ん中へ向かって少しずつ砂が流れていく。立っているだけのオズも、徐々に中央へと引き寄せられていた。
これだけで、何となくボスの正体が分かった気がする。オズの予想が正しければ、中央へ落ちるのはマズいので上へ上がろうとしたのだが、砂に足を取られて上手く行かない。そうこうしている内に、地面が揺れてすり鉢の底からボスが姿を現した。
正確に言えば、現れたのはボスの上半身だけだが、見間違えようもない。流砂のど真ん中に居座る大きな顎を持つ巨大昆虫。アリジゴクである。
ボスが姿を現したからか、砂の勢いが増していく。オズの巨体があっという間に腰まで埋まり、砂をかいても余計に沈み込むばかり。このままだと脱出は無理そうなので、とりあえず来夢月を出来る限り上の方へ放り投げた。
そうしている間にもオズの体はエリア中央へと引き寄せられ、肩まで砂に埋まってどうしようもない状況で、ボスの顎門が迫る。一瞬では見切れない程に様々な状態異常に罹り、その後すぐに首を切られて死んだ。
気がつけば、スータットの噴水前だった。パーティを組むと、デフォルトでここがリスポーン地点として設定されるようになっている。メンバーの同意があれば別の場所にも変えられるのだが、ポータルがある以上はリスポーン地点の選定にそこまで意味もないという事で、そのままにしているプレイヤーが多い。
オズがリスポーンして間もなく、来夢月も同様に死に戻ってきた。まあ、予想出来た事ではある。
「お疲れ。酷い初見殺しもあったもんだな」
「お疲れ様。多分ゴーレムと同じくギミック系のボスだろうけど、かなり殺意高いね」
二人ともデスペナルティを受けていてこれ以上の探索も無理なので、ひとまずパーティを解散する。ボス情報を共有したいというので、そのまま来夢家にお邪魔して話し合う事にした。
とは言え、オズから出せる情報というのは殆どない。素のステータスでは砂からの脱出は無理そうであることと、死ぬ前に複数状態異常に罹った事くらいだ。最終的に顎に首をちょん切られたので攻撃力も高いだろうし、流砂をどうにかしてもそれなりに厄介そうだ、と言うのがとりあえずの感想である。
来夢月はオズが死ぬまでに若干余裕があったので【鑑定】に成功したそうで、それによればボスの名前は地獄カゲロウ、弱点属性は特に無しだそうだ。
「確か、アリジゴクの成虫がウスバカゲロウだっけか。つー事は、途中で変形するタイプか?」
「さて、なにせロクにダメージも与えられてないから、そこは分かんないけどね。砂漠だから、蜃気楼的な意味での陽炎かも知れないし」
アリジゴクはゲームでモンスターとして出てくることもあるが、ウスバカゲロウの方はあまり馴染みがない。すぐに思い浮かぶような攻撃方法もないので、変形したところでどうなるのかは不明だ。来夢月の言うとおり変形するかどうかも確認出来ていないので、推測に推測を重ねても正解に辿り着く可能性は低い。
それよりも先に考えるべきは、あの流砂をどうするか、だ。来夢月曰く、どうもすり鉢状の砂場がボスエリアの様で、外に出て遠距離攻撃という手段は使えなさそうだとの事。まあ、流石に当然だろう。体重が軽いからか、オズの様にあっという間に沈み込んで動けなくなると言う事は無かったが、ウサギの低いAGIでは砂の流れに逆らうのは到底不可能で、対策無しでまともに戦うのはまず無理だそうだ。
魔法攻撃は一応ボスにダメージを与えはしたそうだが、削ったHPはそこまで多くないし、弱点属性も無いので短期決戦を挑める様な高火力は期待出来ない。と言う訳で、やはりギミックを解いて流砂をどうにかするのが攻略法になるだろう。
「とは言え、ボクもそこまでじっくり観察出来た訳じゃないからね。ラインハルト君みたいな飛べる人に挑戦して貰えると、情報収集も捗りそうだけど」
「その辺は、本人に打診してくれ。ま、来夢眠兎とパーティ組んでるんだし、そこまで嫌がりはせんと思うが」
とりあえず分かったのは、オズは沈むのが早く、来夢月はいくらかマシだと言う事くらいだ。
本格的な情報収集をするなら、来夢月の言うように【飛行】アビリティを持つプレイヤーに協力を仰ぐというのも一つの手ではあろう。ただ、ラインハルトもレベルが上がったとは言えずっと飛び続けていられる訳でもないだろうし、彼のパーティメンバーは飛べないので流砂対策はどの道考える必要がある。
沈む速さが体重に関連していると仮定して、真っ先に思いつくのは接地面積の増加、即ち船のような物を用意して、沈むのを防ぐという方法だ。だが、そもそもそんな物を何処で手に入れるかという問題があるし、また仮に手に入れたとして、砂に沈むのは防げてもボスの居る中心部へと落ちていくのは変わりがない。一旦保留。
タコナイトゴーレムの例を考えれば、ギミック対策となるアビリティやスキルがいくつかあってもおかしくないが、実際どんな能力があれば良いか今すぐ思いつかないので、こちらも保留だ。少なくとも、オズのレベル18の【土魔法】には良さげな物は見当たらない。レベル22は恐らくエンチャントだろうから、レベル26で何か覚える可能性もゼロでは無いが、それだけに望みを託すのは流石に分が悪い。
後は、砂漠エリアの何処かにボス弱体化の為の仕掛けがある可能性もある。目印等の無い砂漠でそれを探してうろつき回ると言うのも中々鬼畜な話だが、探しもせずに有るとも無いとも言いがたいので、これもまあ保留。
「分かってはいたけど、やっぱ情報が少なすぎて何とも言えないね」
「ま、初見殺しのボスで、文字通り見ただけで殺されてるからなぁ。とりあえず、砂漠の探索と魔法系アビリティのレベル上げはやっとくか」
来夢月と色々話し合ってはみるものの、中々良い案は浮かんでこない。来夢月の言うとおり、情報が少なすぎると言うのはある。
ひとまずは今出来ることをやりつつ、他の方法も探してみるしかないという無難な結論に落ち着いた。
とは言え、デスペナルティを食らった状態で出来る事もあまり無く、一旦は今有る地図を来夢月に売って、そのままログアウトの運びとなった。




