ゲームの砂漠はやたら難易度が高くても許されるイメージがある
「やぁ。わざわざ呼び出して済まなかったね」
「いやまぁ、構わんけども」
昼食を終えてログインした直後に、来夢月に呼び出された。
デスペナルティは解除されていたが、特に午後の予定が決まっていた訳でも無いのでとりあえず承諾して来夢家にやって来ていた。
「早速だけど、例のシティーアドベンチャーの件。アレを掲示板に載せようと思うんで、一応断っておこうかと」
「……まあ、それに関しちゃ良い案も出せんから反対もせんが、情報屋としちゃそれは良いのか?」
「負けを認めるようで癪だけど、現時点で全くと言って良いほど情報が集まってないからね。どういうイベントなのか掴めていない現状、下手に長引けば人魚に被害が出て状況が悪化する危険もある。
変に抱え込んで腐らせるより、このゲームでどんな風にイベントの調査を進めてくかの試金石にした方が良いだろう、ってのがとりあえずウチらの結論だね」
偶然が重なった結果、攻略が遅々として進まなかった森イベントの前例もあるので、イベント情報の秘匿にもそれなりのリスクはある。状況が悪化した際のデメリットを考えれば人魚誘拐犯を放置しておく訳にも行かないので、この際広く情報を周知して人海戦術で情報収集に当たった方が良いだろうというのが情報屋達の意見だそうだ。
オズ自身、塩対応のNPCに話しかけ続けるのは嫌になってきた所ではあったので、都合が良いと言えば都合が良い。折角見つけたイベントなのに、と思わないでもないが、このまま進捗が遅れて人魚に被害が出るよりは良いだろう。
掲示板への掲載とその後の対応は全て情報屋でやるという事なので、オズとしては特にやる事もない。声を掛けたのは、あくまで認識合わせの為だそうだ。まあ、後からゴネる輩も世の中には居るので、そういうのも大事ではあろう。
話が一段落したところで、来夢月が手を打ち合わせる。相変わらず、ぺふ、という音しかしなかったが。
「さて、わざわざ呼んだのにはもう一つあってね。港街の先にある砂漠エリアに一緒に行かないか、というお誘いなんだけど」
「まあ、海に行ってもしゃーないから砂漠へ行くのは構わんが、エリア攻略に自ら乗り出すってのは珍しいな?」
「聞いた話、砂漠もフィールドギミックと敵が結構嫌らしいらしくてね。どんな物か、一度体験しておこうかと」
平和の海は攻略済みで豊かの交路には実質立ち入れないので、残った選択肢としては砂漠エリアのみであり行くのに異論は無い。
フィールドギミックとやらが少し気になったが、ネタバレしても面白くないという事で、そのままパーティを組んでポータルで飛んだ。
あれだけ降っていた雨は、砂漠に入った途端にピタリと止んだ。まあ、雨が土砂降りの砂漠というのも想像しがたいが。
照りつける太陽と吹き荒れる風、草一本生えない赤っぽい砂地というのは、まあ大抵の日本人が想像する『砂漠』というのと合致しているだろうと思われる。ただ、海が近いためか風は意外と湿っており、気温と相まって不快指数が高い。
来夢月の言っていたフィールドギミックに関しては、足を踏み入れてすぐに判明した。直射日光に晒されたオズの黒い鱗が熱を帯び、HPがジリジリと減っていく。熱された砂も足を焼くようで、歩けばその度にダメージが入る。色の所為なのか分からないが総合してみると結構なダメージが入っており、長時間活動すると洒落にならなさそうだ。
来夢月は、漫画などでよく見る全身をスッポリ覆い隠すような服を着ていた。現実同様、直射日光を避けることで身を守りダメージを防ぐ効果があるらしい。地面からのダメージも、靴を履いていれば同様に防げるそうだ。オズはほとんど防具が装備出来ないので、その方法は採用出来ないのだが。
「これ、装備が出来ない系の種族はかなり厳しいんじゃねーの?」
「一応、アクセサリや《ウォーターヴェール》である程度ダメージは軽減できるそうだから、そこまででは無いらしいよ。それよりも問題になるのは、金属系の装備が熱くなって使えなくなる方だね。
鉄が魔法を阻害する分、魔法防御も含めた総合性能では鉄製防具の方がタンクに人気だったから、それが封じられると結構辛いらしい」
オズの鱗でもコレなのだから、鉄の装備が陽光に晒されて熱くなると言うのも納得出来る話ではある。
装備が熱くなるのは日光のダメージとは別判定な為アクセサリでは軽減出来ず、金属装備は《ウォーターヴェール》も阻害して効果時間が短くなるので、その意味でもあまり相性が良くないらしい。一応、鎧の上から布でスッポリ覆い隠す方法もあるそうだが、そうすると今度は動きにくいので味方を護るのに支障が出る。
厄介なのは、このエリアでは魔法系の攻撃を行ってくる敵がそれなりに居るため、金属防具にもメリットはあるという点だ。ギミック対策を優先して金属防具を外すか、魔法防御力を優先して金属防具を付けるかと言うのは前線組ではホットな話題だそうだ。
まあ、オズには関係ない話ではある。教えられたとおり《ウォーターヴェール》を使えば、日光によるダメージは無くなった。定期的に張り直す必要はあるが、それでもダメージを食らい続けるよりはマシだろう。歩行ダメージは軽減されつつも若干入るが、【調息】で賄える程度なのでそこまで問題にはならなそうだ。
来夢月を騎乗させれば、彼も《ウォーターヴェール》の範囲に入った判定になるらしく、いくつか装備を付け替えてみてもダメージは発生しないらしい。以前、ゾフィーを雨から護るのに騎乗させた状態で《ウォーターヴェール》を使った事があったが、それと同じ事が出来るようだ。
「ふむ。【魔法拡張】なんかのアビリティ無しに、一人分の魔法で複数に効果を及ぼせるって言うのは新しい発見だね。【乗騎】の利用法としては有りなんじゃないかな」
「魔法の範囲内に入ってれば【乗騎】は関係ないんじゃねーの? 流石に、この状態で地面に降りたら日光に焼かれるようだと、シュールすぎると思うが」
試してみたところオズの意見が正しかったようで、来夢月が帽子を取ったまま地面に降りても日光でダメージを受ける事は無かった。まあ、このまま歩き始めればAGIの差で来夢月は魔法の範囲外に出るので、実用性は皆無だが。
アクセサリも試してみたが、流石にこちらは装備者にしか効果が及ばないらしく、オズがアクセサリを付けても騎手の来夢月には影響は無かった。ちなみに、このアクセサリはトーネックスで普通に売られているそうだ。アクセサリと《ウォーターヴェール》を併用すればダメージは無効化出来るようだったが、他の装備無しに剥き出しのアクセサリは戦闘の邪魔になりそうだったため、結局外した。
最前線である事もあって砂漠は人気エリアらしく、色々と試している脇をプレイヤー達が通り抜けていく。攻略もせずに駄弁っているオズ達に不審な目を向ける人間も居ないでは無いが、声を掛ける事はせずに立ち去っていった。
一通りの事前検証を終え、来夢月を騎乗させて歩き出す。足が砂に埋まるので微妙に歩きにくいが、靴の中に砂が入ったりしないのでそこまで不快感は無かった。歩き始めてすぐ、来夢月が思い出したように声を出す。
「そう言えば、NPC情報なんだけどこの砂漠は2ヶ所のエリアに繋がっていてね。その内の一つは『裏切りの荒野』って言うらしいよ。確か、キミから聞いた竜裔の住処だね」
「つー事は、内陸側に歩くと鉱山の先へ出る訳か。まあ、地図的にもおかしくはないな」
【マッピング】で全体図を確認して来夢月の情報を吟味する。未踏破の場所も多いので穴あきだらけではあるが、大まかな方向としては矛盾しない。灰人への道はレベル30以上が推奨となるような高レベル向けエリアであるため、そこを突っ切るよりは納得出来る経路でもある。
レベルアップの都合から考えても、恐らくはこちらから裏切りの荒野へと向かい、更にデビルマウンテンを目指すというのが本来の順路なのだろうと思われた。話し合った末、とりあえず内陸側へ向けて歩き出す。今日中にこのエリアを踏破出来るとも思えないので、単にどちらから地図を埋めていくかという違いでしか無いが。
幾らも歩かないうちに、敵とエンカウントする。
砂と似たような赤っぽい甲殻を持つサソリが3匹、砂の中から姿を現した。大きさは砂浜に居た蟹より大きく、サソリ特有の尻尾の先はオズの頭より高いところでユラユラと揺れている。
「デザートスコーピオン、弱点は水と氷属性だね」
「とりあえず回避優先で動くから、バンバン魔法使って攻撃しといてくれ」
来夢月の【鑑定】結果を聞き、手短に作戦を伝える。初見の敵、しかも数が多いので、接近戦を挑むのは少々危険が伴う。オズはまだしも、防御の低い来夢月は事故で簡単に死に戻る可能性もあるので、安全策をとった。《騎手回復》で来夢月のMPには余裕があるので、弱点属性が分かっているなら火力には問題無いだろう。
サソリ達は、巨体に見合わぬ素早さでこちらに近付いてくる。ある程度の距離に迫ったところで来夢月の魔法が飛び、戦闘へと突入した。
サソリは蟹と違って普通に前に歩くため、死角に潜り込むのは容易ではない。攻撃方法も、両腕の鋏と上からの尻尾で上下に分かれるので、VRで対戦するとそこそこ厄介な敵だ。現実のサソリは尻尾にだけ毒があるのだが、ゲームだと必ずしもそうとは言えないので少人数だとどうしても回避を優先して動く必要がある。
囲まれるとマズいので3匹全員に気を配りながらオズが逃げ回り、来夢月は数を減らすべくターゲットを集中して魔法を放ち続ける。一応、オズも隙を見て爪を叩き込んではいるのだが、硬い甲殻に阻まれて有効なダメージは出せていない。レベルが下がってエンチャント系の魔法も使えないので、純粋に火力が足りていないのだ。
しばらくそうして立ち回っていると、ふと離れたところに居るサソリの尾がこちらを向いた。あの位置からでは尾を伸ばしても届かないはずだが、何となく嫌な予感がしたのでそのまま注視しておく。尾の先が紅く光ったのを見て予感は確信へと変わり、来夢月を押さえつけて横っ飛びに飛んだ。直後、オズの居た場所を熱線が切り裂いていく。
「来夢月、無事か!?」
「問題なし、とも言い難いけど、まぁあのビームを食らうよりはピンピンしてるよ」
急に押さえつけられた来夢月は少々HPが減っては居たが、それでも振り落とされる事無くオズの上に居た。ビーム攻撃というのもゲームにはありがちな攻撃法ではあるのだが、光ってから発射までが早いので中々に初見殺しではある。
一度放って隠す必要もなくなったのか、他のサソリ達も次々にビームを放ってきて、オズは本格的に逃げ回る事に専念した。尾の可動範囲の問題なのか、横になぎ払うような攻撃が無いのが救いと言えば救いである。
数分逃げ回った後に、ようやくターゲットにしていたサソリが来夢月の魔法で沈んだ。熱線の密度が下がったのをこれ幸いと、2匹目のサソリに近付いて足を集中的に攻撃する。甲殻の足をもぐのは蟹で散々やったので、大して時間を掛けずに片側の足を全て折り取った。
動けなくなった2匹目を放置して、3匹目へと向かう。コレまでの戦いで敵の動きは大体把握したので、鋏と尻尾を掻い潜ってそのまま背中へ乗り上げた。爪を甲殻の隙間に何度も叩き込み、強引に尻尾を切り落とす。背中への攻撃方法を失った3匹目にしがみ付きつつ、集中砲火で片付ける。
後は、残った2匹目を死角からドツキ回して、ようやく戦闘が終了した。
「初っ端から、大分殺意の高いのに当たったな」
「大物3匹は、ガチガチのタンクでも押さえるのは難しいんじゃないかな。ヘイト管理に失敗すれば後衛にビームが飛ぶ危険もあるし、中々厄介な敵だねぇ」
素材を回収しながら、感想を述べていく。来夢月の魔法で倒した1匹目はドロップアイテムへと姿を変えていたが、2匹目3匹目はオズが倒すように調整したので、【狩猟】の効果で死体が残っている。とりあえず【氷魔法】で冷凍して、アイテムバッグへと放り込んだ。
食らっていないのでビームの威力がどの程度かは分からないが、リキャストタイムはそこまで長くないようだったので、少なくとも後衛が続けざまに食らえば危ないだろう。
逃げ回るだけでも歩行ダメージが蓄積していたので、来夢月に回復魔法を貰ってHPを回復する。足を使えばフィールドギミックでダメージを貰うし、その場に留まれば敵に囲まれる危険性がある。仕掛けとしては結構嫌らしい。
「フィールドギミックで消耗するのは、流石に効率悪いな。次のエリアに竜裔が居るってんなら、耐性系のアビリティとか覚えるとありがたいんだが」
「どうだろうね? フィールドギミックを無効化しかねないアビリティは流石に強すぎるから、覚えたとしても何らかのデメリットありそうだけど。良くあるパターンだと、反属性が弱点になるとか」
「ああ、その可能性はあるか」
サソリを倒して種族レベルが20まで上がったのを確認する。欲を言えばエンチャントを覚える22まで上がっていると嬉しかったのだが、まあ上がらなかったものは仕方が無い。
来夢月と駄弁りながら、次の獲物を求めて歩き出した。




