燃えないドラゴン
「嘘だろ……」
ボスエリア前のポータルを発見し、呆然と呟く。
エリアを進んできたのだから、その先にボスエリアがあり、その手前にはポータルが存在するというのは、何もおかしな事は無いのだが。問題は、ここに来るまで一度も戦闘していない事だった。
デスペナルティ中で出来る事が少ないので、とりあえず来夢月に頼まれた地図作りをしようと鉱山への道にやって来たは良いのだが。雨に濡れるのが嫌なのか、ブリキロボットもトロッコも道中で出会う事無くここまで来れてしまった。これまで物量に押し出される形で逃げ帰っていたオズとしては、この結果に愕然とする。
正直、このままボスエリアへ踏み入って良いものかどうか迷う。全く戦闘をしていないのでHPMPに問題は無いが、デスペナルティは継続中で、勝てる見込みは少ない。だが、そういうのとは別に、この状態でボスと戦うという事に、ゲーマーとして抵抗がある。
しばらく悩んだ末、結局は好奇心に負けて、ボスエリアへと進む。
ボスエリアは、何と言うか閑散としていた。
エリアの奥に鉱山への入り口と思しき洞穴が見えるので、恐らくはそこへの侵入者を防ぐためなのだろう、足場を組んで陣地を構築しているのは良いのだが。広大なエリアやそこそこ立派な陣地に対して、敵の数が明らかに少ない。
正面、陣地の中央に陣取っている少し大きなブリキロボットはやる気満々で汽笛を鳴らしているのだが、他のブリキロボットやトロッコは雨避けなのか足場の下に居座ったまま出てこない。ダルマストーブが頑張って火の玉を飛ばしては来るが、雨に打たれてこちらに辿り着くまでに大半が消えてしまう。明らかにヒョロヒョロの火の玉が数発辿り着いた所で、避けるのは容易い。
「ボス戦もこれかよ……」
恐らくは、バンディットウルブスのようにリーダーの元で大量の雑魚が襲ってくるタイプのボスなのだろう。もしかしたら、蟻のようにある程度統率の取れた動きもしたのかも知れない。が、当の雑魚がこの雨でサボタージュを決行しているので、全く脅威でなくなっていた。
リーダーの汽笛に押し出されるように、何体かのロボットが渋々と言った感じで雨の下へと出てくるが、やはり普段のような勢いは無いし、油瓶も火の玉が無力化された現状では攻撃手段としては死んでいる。元々グリップに難のあるトロッコの車輪はこの雨で簡単に滑り、何も無いところで横転して大事故を起こしている。何と言うか、全てがグダグダだった。
オズには何ら非は無い筈だが、なんだか申し訳ない気分になってくる。いたたまれないので、とりあえず手持ちの武器を投げつけてリーダーを沈黙させた。リーダーがいなくなって本格的にやる気が失せたのか、他の雑魚はゾロゾロと鉱山へ逃げていく。
ブリキン防衛隊 を討伐しました。
鉱山への道 が攻略されました。コンコー鉱山 へ進行可能となります。
インフォメーションが、無情にオズの勝利を告げる。間違いなく、このゲームで最もつまらないボス戦だった。
意外と頑丈な足場を登り、リーダーの死体を回収する。今更ながら、【鑑定】の結果リーダーの名前がブリキンチーフだと言う事が判明した。胴体を囓っていると、【夜目】が【竜眼】へと変化する。素直に喜べないが、まあ悪い事は無い。
鉱山の入り口を見ると、洞穴の高さが3m弱しかなかった。身長が320cm程のオズだと、屈まないと入れない高さだ。横幅はそれなりにあるので、四つん這いになれば進めるのかも知れないが、そこまでして鉱山へ入りたい訳でも無い。ボス戦でモチベーションが尽きたのもあって、ポータル登録だけしてそのまま街へ戻った。
このまま雑魚狩りをしているとゲームが嫌になりそうだったので、トーネックスへと飛んで情報収集をする事にした。
とは言え、トーネックスの住民もこの雨で外を出歩いている人間は少なく、運良く見つかっても相変わらずの塩対応である。一応、店で買い物をしたりして話を振ったりもするのだが、こちらも出てくる情報は必要最低限と言った感じで、成果は芳しくない。
来夢月も言っていたが、どうにもアプローチの方法を間違えているような気はする。ただ、ではどうすれば正解なのかというのが、サッパリ見えてこないのだが。
しばらく街中をうろついていると、見知った顔に出会った。
「お、ゲッコーか。店は良いのか?」
「おう、下の人か。この天気で屋台を開いても、あっという間にスープだか雨水だか分からなくなるだろ。正直、天候要素はマジで料理人泣かせだわ」
ゲッコーが、街の道具屋を冷やかしていた。聞けば、この天候では屋台の集客は見込めないので、今日はもう見切りを付けて港街で手に入る食材を確認にきたらしい。ただし、海は大時化で漁師も休業状態なので、手に入ったのは砂浜で採れる蟹と貝、あとはちょっとしたスパイス程度だったそうだが。
休日はログインするプレイヤーが多いので、本来は生産職にとってかき入れ時なのだが、やはり雨だと集客は落ちるらしい。ゲームとは言え、悪天候の中をわざわざ屋台で食事しようという人間は少ないのだ。丁度トーネックスにキャリーされた直後という事もあり、屋台は諦めて食材探しに来たらしい。
「分かっちゃいたが、蟹と貝は買うと高いな。状態は良いんで、扱いやすいっちゃ扱いやすいんだが」
「そもそも、蟹や貝が必要なら自分で狩れば良いだろうに。蟹なんぞ慣れればレベル1でも狩れるし、数も多いから自分で狩って状態の良い部分だけ使う方が効率が良いぞ」
「生産職に無茶言わんでくれ。アンタから習ったリザードマン拳法でそこそこ戦えちゃいるが、蟹相手だとろくにダメージ通らんよ」
ゲッコーの言葉に、少し考える。
蟹の殻は硬いので、真正面から殴り合えば確かにダメージを通すのは難しい。ただ、横歩きしかしないので真正面から殴り合うという場面自体が少なく、立ち位置さえ確保してやれば相手の射程範囲外から一方的に攻撃を加えるのはあまり難しくはない。
同族のよしみで、ゲッコーには何度か戦い方をレクチャーした事はある。と言っても、生産職の彼に本格的な武術を習得させるのは荷が重いので、ちょっと練習すれば使えるような小技を教えただけだが。その時の経験からすれば、蟹を相手にする程度なら少しやり方を教えれば出来るようになるとは思う。
情報収集にも飽きてきたところだったので、これ幸いとゲッコーを連れて砂浜へと繰り出した。
「蟹の最大の欠点は、横歩きしか出来ないのにメインの攻撃方法である鋏は真横に届かないって事だ。なので、基本的に蟹はこちらに対して斜め移動で常にある程度正面を向いたまま突っ込んでくる。
その時に相手の死角へ回り込むような位置取りをすれば、比較的安全に攻撃出来るって寸法だな」
「それだけ聞くと、簡単そうだな」
「実際、動き自体はそこまで難しくはない。ただ、3人称視点のゲームなら自分と敵の立ち位置を常に把握出来るが、フルダイブVRだとそうは行かないから、そこで躓く人間が多いってだけだ」
動画を撮りながら実際に何度かやってみせれば、とりあえず理屈が合っているというのはゲッコーも納得した。
ただ、いざ自分でやろうとすると、最初の内はどうにも上手く行っていなかったが。ゲッコーも【気配察知】を取得してはいるが、それでも自分の位置を客観的に把握するのは難しい。蟹は複数で行動するので、ある蟹の死角に潜り込んだと思ったら、別の蟹の真正面だったという事もしばしば起こる。オズがフォローをしているので、危機に陥る事は無かったが。
一戦を終える毎に撮影した動画を見せ、蟹の位置の把握と動き方について細かくレクチャーを入れていけば、やがてゲッコーもコツを掴んだらしく、蟹の死角へ潜り込む動きも段々と様になってくる。位置取りさえ出来れば、蟹の足を折るのはそこまで難しくは無い。片側3本ある内の1本折っただけでも移動速度は鈍るし、2本折れば棒立ちになって3本折れば無力化したも同然である。
特定の蟹に狙いを定めて一気に足を減らすか、まずは脚を1本折って相手の移動を阻害するかは好みや状況に寄るが、とりあえず全ての蟹を無力化してからトドメを刺せば、危うげなく蟹は処理出来る。
1時間ほど練習すれば、ゲッコーも2匹の蟹を相手に立ち回れるようになっていた。後は、練習すればもう少し多くの蟹を相手に出来るようになるだろう。
「なんつーか、倒し方が分かってみると案外楽だな」
「まあ、PvEの敵なんて倒されるために配置されてるようなもんだしな。それと、なんだかんだで竜裔のガタイの良さは優れた武器ではある。
蟹の足を折るのだって、中型や小型種族だと道具使うなりなんなりが必要だろうが、俺らなら適当に引っ掴んで捻ってやりゃ良いんだからな」
「なるほどなぁ」
エンドコンテンツや隠しボスなどの特殊な敵を除けば、MMORPGの敵というのはプレイヤーにとって餌に等しい。大多数のプレイヤーが楽しめるようなバランスにするなら、道中の雑魚敵はそこまで強くも出来ないのだ。
武器防具を装備出来ないというデメリットこそあるものの、竜裔は体格とステータスではトップクラスに恵まれた種族である。組み付いて足をへし折るにも他の種族より大分有利であり、蟹の足が取れやすいのもあってそれ自体にはあまり苦労もしない。モーションサポートに恵まれていないだけで、オズとしては結構優れた種族ではないかと思うのだが。
ゲッコーからしてみると、やはり竜裔での戦闘は敷居が高いようだ。
「俺みたいな素人からしてみると、モーションサポートが使えないってだけで大分ハードル上がるってのはあるな。
アンタに教わったリザードマン拳法も、なんとなく使えちゃいるが他人に説明出来るほどじゃないし」
良くも悪くも他のゲームには居ないタイプのアバターなので、戦い方を学習しようにも教材というものが無いに等しい。本来はそこまでプレイヤースキルを重視されないMMORPGで、わざわざ体の使い方を研究しようという人間はそう多くないのだ。
オズがゲッコーに教えた「リザードマン拳法」というのも、単に「モーションサポート切って、相手に当たるように腕をぶん回しましょう」というそれだけのもので、本来は拳法と呼べるような代物では無い。モーションサポートでの攻撃というのは割と融通の利かない部分が多いので、大振りの攻撃だとどうしても命中率に難がある。敵の軌道に合わせた細かい使い分けというのも慣れていない人間には難しいので、それならいっそモーションサポートを切った方がまだマシと言うのが、現時点でのオズの結論だ。
{訓練所}があるのでモーションサポート切っても動けるようになるのはそう難しくないし、竜裔の腕は下手な丸太よりも太くて長いので適当に振り回すだけでも腕の何処かは当たる。【腕技】と【拳技】のアビリティを取っておけば、腕の何処かが当たればダメージ補正は入るので、それだけでそこそこ戦えてしまうのだ。
勿論、ある程度手形の作り方や腕の振り方は教えたしフォームの矯正などもしてはいるが、根本がアバター性能に物を言わせたゴリ押しなので、あまり広めたいものでもない。
「NPCの竜裔は、もう少しマシな戦い方してると思うんだけどな。残念ながら、今の所見た覚えが無い。
スータットで道場でも開いて貰えりゃ、俺なら少なくとも1ヶ月は入り浸るんだがなぁ」
オズとしてもアバターの性能を十全引き出せているとは言い難く、未だに試行錯誤を繰り返している段階だ。レベルドレインとアビリティ封印のお陰である程度まで体を動かせるようになってきてはいるが、自分の体を基にしたアバターと比べると今一つしっくりこない部分は多い。
裏切りの荒野とやらに行けば現地人の竜裔が居るはずだが、少なくともその手前のエリアに居るミドルオークでさえ推奨レベルが30以上という高難易度のエリアだ。プレイヤーが到達するのは、まだもうしばらく先の話になるだろう。
なんやかんやと言いながらも練習を続け、ひとまずゲッコーが蟹の重量でペナルティを受けたタイミングで、街へ戻ってそのまま昼食のためにログオフした。




