対 沼名主のケロツグ戦
体の中に打ち付ける雨の感触で、ログインした事を知覚する。
ザァザァという雨音に気付いて窓の外を見れば、予想通り雨が降っていた。ゲーム内では久しぶりの雨である。屋内でも分かる程度に激しく風も吹いており、ちょっとした春の嵐といった風情だった。
こりゃ足元に気を付けないと、竜裔の恐竜脚では危ないだろうなと考えたところで、唐突に思い出す。雨、沼、ケロツグ、今レベル1。
居ても立ってもいられず、家を飛び出した。
流石にレベル1でケロツグに挑むのは舐めプが過ぎるので、蟹を殴ってレベル上げをする。この風雨の中で空を飛ぶほど海鳥たちも剛毅ではないらしく、姿が見えないのでその点はスムーズだった。
砂浜で何戦かして分かった事だが、強い風雨の中での戦いはなかなかに竜裔にとって不利である。接地面積の低い恐竜脚で踏ん張りが利きづらいのに加え、腕が長く上半身がマッシブなので重心が上に寄りやすく、風に煽られると体勢を崩しやすい。それでも体重が重いのでそうそうグラついたりはしないのだが、腕を振るう際にタイミング良く風が吹いたりすると、ヒヤッとする事が幾度かあった。
蟹たちは雨の中だとやはり元気になるらしく、いつもより動きが良い。とは言え、横歩きなのは変わりないし、海鳥との連携も出来ないので、総合的に見ればいつもよりやりやすく感じる。風に乗ってクラゲが飛んでくるので、思わぬ所で麻痺を食らうアクシデントはあり、あやうく事故死しかけたが。
戦い慣れた相手であっても状況によっては有利不利が異なる訳で、なるほど面白い試みではある。世界初のアダプター搭載ゲームという事で、プレイヤー側に色々やらせる為の天候要素ではあるのだろう。オズとしては、かなり気に入った。
種族レベルが12になった所で、一旦レベリングを切り上げた。あまりレベルを上げすぎると、折角のケロツグ戦が楽しめなくなる恐れがある。ひとまず荷物を家に置いてから、改めて沼地へとポータルで飛んだ。
ボスエリアに入る前に、沼地での動きを確認しておく。泥の分だけ滑りやすく、風の影響も考えれば砂浜よりも更に安定しない。ケロツグは組付きからの攻撃も多いので、注意する必要があるだろう。ただ、【水泳】のお陰で沼の中の動きが少し良くなっているのは、思っても見ない発見だった。
その辺の雑魚相手に動きを確認してみたが、やはりレベルが上がりすぎているのであまり意味は無かった。
「まあ、風の分だけ不安要素はある物の、総合的に見れば前回よりも大分動ける、って所だな」
前回挑んだ時は確かレベル15だった筈だが、あの時よりも取得アビリティは増えているので、ステータス的には恐らく遜色ないと思われる。具体的な値が見れないので、あくまで体感だが。レベルダウンによる体の使い方を練習もしているので、そう言った意味では前回のケロツグ戦よりも動けては居るはずだ。
確認したい事は確認出来たので、いよいよボスエリアへと足を踏み入れる。
ケロツグは、前回と変わらず蓮の葉の上に鎮座していた。流石のこの風雨の中で煙草に火を付けるのが難しいのか、煙管は咥えずに肩に担ぐようにして持っているだけだったが。すぐにこちらに気付いたようで、ゆっくりと立ち上がる。
「よう、ひさしぶり」
「ゲゴゴ」
言葉が通じているのかは分からないが、強敵への敬意として挨拶を交わしておく。
舌での打撃を警戒しながら歩み寄るが、間合いに入る前にケロツグが沼へと飛び込んだ。明らかに深さが足りないはずだが、ケロツグは沼に完全に埋没してしまう。【気配察知】を使ってみても、沼の中は察知の範囲外なのか位置は掴めなかった。
どこから来ても対処出来るよう気を張って待ち構える。意外と近い位置での水音に振り向けば、ケロツグはオズのほぼ足元の位置から、タックルのような姿勢で組み付いてくるところだった。竜裔はタダでさえ重心が上になりがちで、加えて沼地に足を取られて居るため踏ん張りも効かない。下半身への組付きは良い手ではある。
が、オズとてその程度は理解しているし、対策も練ってある。相手の体ごと尻尾で持ち上げ、カンガルー式フランケンシュタイナーの体勢へと持っていく。そのまま相手を水面へと叩き付けようとしたところで、足のロックを外されて脱出された。行きがけの駄賃とばかりに、舌でのボディブローを置いていく。
恐竜脚だとどうしても相手のロックが不完全になるというのは自覚していたが、まさか初見で外されるとは思っていなかった。ケロツグのAIに対する評価を、更に上方修正しておく。
続いて、ケロツグが手に持った煙管を投げつけてくる。沼に足を取られつつも上半身を反らして回避したが、ケロツグの舌が空中の煙管を掴み、そのままフレイルのように振り回した。咄嗟に肘で弾いて直撃は避けたモノの、幾ばくかのダメージは負ってしまう。お返しとばかりにアイテムバッグから剣を取り出して投擲してやるが、アッサリと回避された。間合いから外れたのか、舌と共に煙管はケロツグの元へと戻っていく。
「ちょっと見ない間に、技が増えてんな。練習してたのか?」
「ゲゴゲゴ」
軽口を叩きながら、《リーフヒール》で傷を癒やす。今回こそは魔法無しで行けるかと思っていたのだが、一連の攻防で考えを改めた。やはり、舐めプをして勝てる相手ではない。
「《レイ》3連、《ウィンドカッター》3連!」
相手の回避先を潰すように魔法をバラ撒けば、比較的威力の低い《レイ》に一発だけ当たるようにして回避された。恐らく、他のプレイヤーからも散々魔法を食らって学習したのだろう。
そのまま沼に潜ろうとしたところを、《ストーングレイブ》で串刺しにする。間一髪躱されたが、その間に距離を詰めた。長い腕を活かして、ド突き合いへと持ち込む。オズは沼に潜られたくないし、ケロツグは遠距離から魔法で削られれば分が悪い。奇妙な利害関係の一致を見て、ド突き合いは成立した。
長い腕を振るって繰り出されるオズの連撃の中を、ケロツグはガードを固めて少しずつにじり寄る。オズの腕は2本、ケロツグの舌は1本。中距離戦ではオズに分がある。距離を詰めようとするケロツグの出足を潰す形で爪を繰り出せば、ケロツグも容易には近付けない。AIの学習能力が高いとは言え、対人経験で言えばオズの方が圧倒的に多いのだ。
ジリジリと削られているHPバーに焦ったか、ケロツグが被弾覚悟で距離を詰めようとする。そもそも適正レベルであればボスの方がステータスは上で、流石に押し返せずに懐へと入られた。そのまま組み付こうとするのを尻尾で体を持ち上げる事で躱し、半ば踏みつけるようなカンガルーキックで迎撃した。流石のケロツグもこれには体勢を崩し、そこに連撃を加えて距離を離す。
「……ゲゴ」
「お、ようやく本気になったか」
ケロツグの体色が、緑から赤へと変わる。煙による目潰しを警戒したが、意外にもケロツグはそのまま距離を詰めてきた。
今までより更に強引に、懐へと入ってくる。ボスのステータスならそちらの方が有効なのは確かで、幾らかダメージは入れたものの、最終的には組付きを許してしまった。カンガルーキックの様な大技は、流石に2度も通用しないだろう。
発狂モードになっても寝技巧者なのは変わらないらしく、隙あらばこちらの関節を極めようとしてくる。ガードしたり打撃で怯ませたりしてしばらくは外していたのだが、膂力で勝る相手にいつまでも通用する物ではなく、とうとう左腕を脇固めの形に捕らえられた。相手の後頭部を尻尾でぶん殴り、怯んだところで強引に腕を抜いて何とか脱出する。
しばらく、組み付かれては突き放すという攻防を繰り返していたが、ふと違和感を覚える。確かにケロツグはボスモンスターでありHPが多いが、それにしても頑丈すぎる。一連の攻防で与えているダメージはオズの方が多いはずだし、オズは【調息】と回復魔法でHPを回復しながら戦っているので、ダメージレースになればオズに有利だ。流石に、ケロツグにそれが分からないとも思えない。
改めてケロツグのHPバーを確認してみるが、発狂時からほとんど減っていない。いくら何でも、ダメージの収支が合わない。少し離れたところで呼吸を整えるケロツグに、猛烈に嫌な予感を覚えた。
「……もしかして、煙草止めた?」
「ゲゴゲゴ」
軽口を叩いているそばから、ケロツグのHPゲージが微量だけ回復する。恐らく、【調息】に類するアビリティを取得したのだろう。隠しボスとは言え、よりにもよって回復アビリティを覚えるというのは恐れ入った。今回、煙草を吸うような動作を一切していないのは、恐らくこれによるモノだろう。流石に、何のトレードオフも無しに新アビリティを覚えさせるほど、運営も鬼畜ではなかったらしい。
とにかく、こうなれば悠長にしている暇はない。こちらから詰め寄る形で、ド突き合いを再開した。相変わらず強引に詰め寄ってくるケロツグをなんとか突き放すが、やはり突き放しきれずに組み付かれる。回復アビリティの存在を考えれば、被弾覚悟での接近はかなり有効な手段ではある。下半身へのタックルを受けて倒れそうになるのを、尻尾で支えて何とか堪えた。沼地で下手に転ばされれば、最悪そのまま溺死する危険もある。
一瞬押し合いの形で両者の動きが止まった隙に、相手の目に爪を突き入れて目を潰す。ケロツグの学習能力の高さを考えればあまり使いたくなかった手ではあるが、そうも言っていられない。相手が怯んだ隙に逆に引きずり倒し、そのままマウントポジションに持っていく。
「《ストーングレイブ》3連!」
寝転んだケロツグの背中に下から石槍を突き入れ、上からは全力の打撃を間断なく浴びせる。沼に潜る攻撃も持っているケロツグだが、流石に沼中に引きずり倒された形では呼吸もままならないらしく、HPの回復も止まっていた。
これを逃せば、またHPを回復されてジリ貧になる恐れがあるため、オズとしても必死に攻撃を加え続ける。【調息】は諦め、短期決戦の覚悟で爪と魔法を叩き込んだ。今ほど【竜の心臓】を取ってて良かったと思った事はない。
持てる火力を総動員した甲斐あって、なんとかケロツグのHPを削りきる。
沼名主のケロツグ を討伐しました。
インフォメーションが、オズの勝利を告げる。
スタミナもMPも、かなりギリギリだった。種族レベルは、一気に14まで上がっている。
「まさか、ここまで追い詰められるとは思わんかった」
ケロツグの学習能力の高さは知っていたが、まさかアビリティの組み替えをしてくるとは思っていなかった。オズとしても前回の戦いからいくつもアビリティを覚え、レベルを下げて体の使い方を学習してから挑んでいる訳で、それなりに強くなっているはずなのだが。
ノロノロと立ち上がれば、重石の取れたケロツグの死体が浮かび上がってくる。最終的に死ぬまで全身に攻撃を浴びせられただけあって、かなり酷い有様だった。素材としては、傷の少ない部位から肉を取るくらいが精々だろう。
アイテムバッグに放り込むと、『軽量化の鞄』のお陰でギリギリ重量ペナルティが発生していない。
躊躇無く、ボスエリアを出入りしてケロツグとの第二戦を開始した。
結論から言えば、午前中の戦績はオズの2勝1敗だった。
3戦目にして、ケロツグがHP回復と沼に潜ってからの攻撃を繰り返す事を覚えたせいで、オズに相手のHPを削りきる手段がなくなった為である。




