自分の嫌いな物を安易にクソゲー呼ばわりしてはいけない
「これ、クソゲーでは?」
「気持ちは分からないではないけど、落ち着きたまえよ」
オズの即直すぎる感想を、来夢月が窘める。
トーネックスでの情報収集は、思った以上に難航していた。どうにも、市役所でのオズの発言が広まっているらしく、住民達のオズに対する態度があからさまに悪い。まあ、それは自業自得なので仕方が無い部分もあるが、そこら中をたらい回しにさせられて結局収穫なしというのは、流石に気分が沈む。
来夢月とは手分けして情報を探っていたのだが、彼の方も住民の態度こそ若干マシなものの、やはりたらい回しの末に収穫なしと言う事で捜査状況に進展は無かった。数時間で劇的に解決するような甘い考えを抱いていた訳ではないが、それでもくたびれ損の骨折り儲けは精神にクる物がある。
来夢月が、首を捻りながら考えを口にする。
「正直な話、いくら何でも集まる情報が少なすぎる気がするんだよね」
「と、言うと?」
「なんて言うかな。キミの話だと、人魚とこの街は一応最低限の交流はある筈なんだけど、それにしては人魚の話題に対して食いついてくるNPCがほとんど居ないんだよね。
お互い不可侵と言ってはいるけど、マップ配置を考えれば人魚の居る豊かの交路の方が、漁場としても交易路としても美味しいはずだろ。そこを縄張りにしてるなら、漁師や船乗りなんかは、人魚に対して思うところがあると思うんだけどね」
RPGでは、基本的に先に進めば進むほど稼ぎは大きくなる。港に面した平和の海よりその先の豊かの交路の方が稼ぎ場として上だというのは、マップデザインから考えれば自然な成り行きではある。確かに海で生計を立てる人間ならば、そちらに行きたい人間も多いだろう。
初対面の異邦人にいきなり本音をぶちまける人間もそう居ないとは思うが、それにしてもそう言った話が全く聞こえてこないのは少々不自然だというのが、来夢月の意見だった。
「そうすると、そもそも現地人が異邦人に情報を落とさないようにしてるって事か?」
「うーん、山奥の限界集落ならいざ知らず、港街でそんな閉鎖的な空気を醸し出してるってのも考えにくいけど。
いずれにせよ、このまま突撃取材を繰り返しても情報の集まりは悪そうだし、もう少し別の手口を考える必要はあるんじゃないかな」
「その意見には賛成するが、かと言って実際どうするかってのが思いつかんのだよなぁ……」
港街と言うのは良くも悪くも多方面から人の行き来する場所であり、閉塞的になりようがない場所ではある。だが、実際問題としてオズと来夢月の情報収集は暗礁に乗り上げつつあり、このままでは埒が開かないと言うのもその通りだろう。
ただ、その為の具体的な方法というのが、サッパリ思いつかない。そもそもの話、オズはまず住民達の評価をニュートラルに戻すところから始める必要がある訳で、今日明日でどうにかなるかと言えば、そんな事はなさそうだ。来夢月と二人、途方に暮れる。
「まあ、ここで考えてても仕方が無いしね。とりあえず、ボクも知り合いに声を掛けてみるよ。
そう言えば確認しときたいんだけど、この情報、余所に持ってっても大丈夫かい?」
「現状だと、独占してたらいつまで経っても終わらなそうだしな。そっちの判断で、売るなり周知するなり好きにしてくれ。
何なら、こっちに了解を取らずに進められるところまで進めてくれても構わん。荒事になりそうなら、呼んでくれるとありがたいが」
オズはそもそもシティーアドベンチャーが得意ではない。普段やっているゲームの傾向からして、暴力で解決出来ない問題というのはどうにも苦手で、このイベントに対するモチベーションもどちらかというと低い。数時間を無駄にしたというのもあり、他人に任せられるなら任せてしまいたかった。
現実問題として平和の海はそこまで魅力的な狩場ではないので、豊かの交路へ進めない状況が続くと本格的に海方面へ向かうモチベーションが底を付く可能性もある。意地になって自力での解決を目指すより、使える物は使ってサッサと終わらせた方が後々得になるだろう。
「そう言や、情報屋クランを作るんだっけ?」
「ああ、その予定だよ。とは言え、クランの設立条件を満たせるのもしばらく先だし、今の所は『そう言う建前で仲良くしようね』ってレベルだけど」
気分転換がてら、話題を変えてみる。
先日の月曜に追加されたプレイヤークランだが、今の所発足したという話は聞かない。設立条件の一つに『種族レベル30以上のプレイヤーが一定数以上』というのがあり、それを満たすプレイヤーが居ないためだ。と言うか、そもそもレベル30に達したという話自体聞かない。
情報屋というプレイスタイルの性質上、クラン員となる予定のメンバーはそこまでレベル上げに熱心でなかったので、クラン設立は当分先になりそうだとの事だった。クラン設立後はともかく、それまでは情報の売り買いに関しても個々人で行うとの事で、「今後ともヨロシク」という来夢月の提案を承諾しておく。
その他にもいくつか雑談を交えて情報交換を行い、来夢月とは別れた。
夕食後にログインしてからずっと情報収集をしていたため、全く金策が出来ていない。一応、砂浜や平和の海で狩りをした成果としてそこそこの稼ぎはあるが、目標金額を思えば喜べる物でもない。ひとまずはミドルオークでも狩ろうと、ポータル経由で灰人の道へととんだ。
駄目なときは何をやっても駄目なのか、ミドルオーク狩りはあっという間に返り討ちにあって終了した。
シーフなのかアサシンなのか知らないが、隠密行動に優れたオークがオズの背後から奇襲してきて、何とか即死は免れた物の大ダメージを食らってしまいそのまま削りきられたのだった。思った以上にバリエーション豊かなミドルオーク陣営に、情報収集で沈んだ心が少しだけ軽くなる。
とは言え、デスペナルティの時間を考えれば今日はこれ以上の金策は不可能なので、そこは割切る事にしてレベルドレインへとやって来た。流石に2週間も通っていれば高級な店構えにも慣れたもので、重厚なドアを開いてそのまま中へと入る。
「あ、いらっしゃいませ」
「お、デシレか。さっきぶり」
入り口入ってすぐのロビーに、デシレが立っていた。こちらに気付いた彼女はこちらに歩み寄ってきて、そのまま受付をしてくれる。カードを渡して手続きをし、促されるままに部屋へと進む。
部屋の中は、物々しい雰囲気が漂っていた。いつもは高級娼館に相応しい、物が少ないながらも居心地の良い空間だったのだが、今日に限っては床に魔法陣が光ってるわ、強めの香が焚いてあるわで、怪しげな儀式の会場のようになっている。
「なんか、凄い事になってるな」
「すいません、『血の茨』の成功率を上げるのに、この位する必要があるので」
そう言えば、そんな物を注文していたか。神話の時代から伝わるような呪詛と言う事だが、なるほど悪魔族に伝わる儀式だと思えば、この雰囲気にも納得出来る。
何となく気になったので、質問してみた。
「これって、やっぱ神話の時代からずっと続いてる儀式だったりするのか?」
「いえ。神話の時代の儀式も伝わってはいるんですけど、現代でやるとお店がなくなっちゃうので。これは、お客様の魔法防御を下げつつリラックスを促す事で、少しでも呪詛の成功率を高めるための仕掛けですね。
昔は相手を拷問したり、薬漬けにしたりしてアッパラパーにしてからやってたそうです。それでも、成功率は大分低かったそうですが」
床で魔法陣が光っている部屋でリラックスを促すというのに驚愕を禁じ得ないが、この世界ではそういうものなのだろうと納得しておく。
成功率が100%でないのにも少々驚いたが、考えてみれば呪詛と言う事は状態異常の一種とも取れる訳で、無条件で成功するようだとゲームバランスに関わってくるのかも知れない。
デシレに言われるまま魔法陣の真ん中へと座り、出された飲み物を飲み干す。何かの薬かと思いきや、普通にスパークリングワインだった。飲み終えてから、もう少し味わっとけば良かったと後悔する。
「えと、じゃあ、始めます」
「俺の方で、なにか心掛ける事はあるか?」
「お客様に少しでも抵抗されると失敗するので、受け入れて下さい…… と言っても、実際に呪詛をかけられて抵抗しない人間も居ないので、まあ気持ちを楽にしといて下さい」
言われて、肩の力を抜く。どうにも床の魔法陣が気になるが、これはもうそう言う物だと思うしか無い。今まで色々なゲームで魔法陣のある部屋に入った事はあるが、そこで「リラックスしろ」と言われたのは初めてで、考えてみれば貴重な体験ではある。
デシレが針のような物で自分の指を傷付ける。指先に、赤い血の玉が浮かんだ。ふと、年齢制限がかかっていたらここの表現どうなるんだろうとか、余計な事を考える。
「《ブラッドソーン》」
デシレのスキルで、血がそのまま棘のような種子のような、奇妙な形に変形する。それをそのままオズの左胸、丁度以前に刻印を受けた場所へと持っていき、更にスキルを重ねた。
「《ルーツアフェクション》」
チクリとした痛みと共に血の棘がオズの胸へと刺さり、そのまま埋まっていく。献血の時のような、何かが体から抜けていく感覚が走るが、言われたとおり抵抗せずにそのままにしておいた。まあ、どう抵抗すれば良いのか分からないというのもあったが。
奇妙な感覚は、程なくして治まった。改めて自分の胸を見てみるが、よく見れば赤いひび割れの様な模様が入っているのが分かるくらいで、特に劇的な変化は無い。
デシレが、信じられないという顔で口を開く。
「うわ、成功しちゃった……」
「いやお前、失敗する気だったんかい」
「ああいえ、勿論ワザと失敗しようとは思ってなかったですけど。実を言うと、この儀式の成功例ってボクの知る限り無かったので……」
デシレの口振りから成功率があまり高くなさそうなのは予想していたが、まさかそこまでとは思っていなかったので驚く。何故そんな物をオプションに入れていたのか謎だが、それをデシレに聞いても答えられないだろうから、黙っていた。
メニューを見れば、【小悪魔デシレの刻印】が【小悪魔デシレの眷属】へと変化していた。効果としては、デシレから掛けられる全ての行動の成功率100%だそうだ。デシレ以外からの状態異常成功率減少が無くなっているので、デグレと言えばデグレだが、思ったよりデメリットが少なそうではある。
「眷属って事は、お前さんの手下になったって事になるのか?」
「うーん、ボクの因子を埋め込んで支配下に置く為の呪詛なので、そう言う事になりますかね。ただ、先日も言いましたがボク程度のレベルだとそこまで絶対的優位に立てる訳でも無いので、例えば今喧嘩になったらボクの方がアッサリ負けると思いますけど」
当たり前と言えば当たり前だが、眷属になったからと言ってデシレに対する忠誠心のような物が湧き上がってきたりはしない。そんな洗脳じみた事が出来るゲームなど、国内でリリース出来るはずも無いが。
「とりあえずは、ボクからの《エナジードレイン》が必ず成功するようになったのが、違いと言えば違いですかね」
「つーても、今までも失敗した事は無かったと思うが」
「まあ、その為の結界がお店に付与されてますから」
当たり前と言えば当たり前だが、自分より格上の相手から経験値を奪うのは難しいらしく、レベル差がありすぎるとほぼ成功しないらしい。それを補うための仕掛けが店に施してあるので店内でのレベル下げが失敗した事は無いが、その代償として、店員のレベルは一度に1しか上がらないようになっているそうだ。
今回の儀式によりデシレはオズ相手なら確実にレベルを奪えるようになったので、店の外でもレベルドレインが可能になったが、その場面を衛兵さんに見つかろう物ならしょっ引かれて牢屋行きになるので実質あまり意味は無い。
物は試しという事で、実際に《エナジードレイン》を受けてみる事にした。元々レベル1になるためにこの店に通っているので、経験値を奪われて困る事も無い。
「じゃあ、行きます。《エナジードレイン》」
全身から力が抜け、そのままドサリと床に倒れ込む。
指一本動かせないので何事かと思ってメニューを確認すると、HPとMP、スタミナが見事に無くなっていた。死に戻っては居ないので、HPは辛うじて残ってはいるのだろうが、表示されるHPバーを見る限りではドット単位で残っているのかすら怪しい。何気に、MPとスタミナが枯渇すると指一本動かせなくなると言うのは、新しい発見ではある。
【調息】で回復しようにも呼吸すらままならず、「アレこのままだとヤバくね?」と考えたところで、回復アイテムをぶっかけられて何とか息を吹き返した。
「お客様、大丈夫ですか!?」
「危うく腹上死するところだったわ」
「それは、ちょっと違うような……」
慌ててこちらの様子を確認してくるデシレに支えられ、何とか身を起こす。
聞けば、本来は経験値だけを奪う筈だった《エナジードレイン》が、オズの眷属化によって他のリソースまで奪うようになったらしい。デシレはそんな事になっているとはつゆ知らず、今まで通りの感覚でスキルを使ったら思った以上に根こそぎ持って行く羽目になったそうだ。
改めて確認すれば、確かにオズの種族レベルは1になっていた。しきりに謝ってくるデシレを、オズは「自分が言い出した事だから」と宥める。よくよく考えてみれば、仮にあのまま死んでいてもオズにはあまりデメリットは無い。店としてはたまったものではないだろうが。
結局、回復アイテム代はサービスという事になり、それはそれで悪い気がしながらも、店を後にしたのだった。




