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怪しい奴は「怪しい者です」等とは言わない

 手足が生えてくるのを待って、探索を再開した。

 【マッピング】の表示によれば、今居るエリアは豊かの交路らしいのだが、やはりポータルらしき物が見当たらない上、景観が変わらないため今一つ実感は無い。敵とエンカウントすれば、嫌でも違いが分かるのかも知れないが。

 いずれにせよ、ファストトラベルの手段が無いと言うのは、結構厄介なことではある。海の探索をするには毎回あの鮫と戦わねばならないというのは、時間的にも金銭的にもそこそこ負担が大きい。廃人ならともかく、一般プレイヤーが平日に探索するのは難しいだろう。

 もしかしたら、海は順路から外れているので戻るよう誘導されているのかも知れないが、それはそれとして好きなところを好きなように探索させてくれよ、とも思う。何にせよ、このまま海を攻略するなら、情報収集は必須だろう。

 騎乗している3人も、折角の新エリアで何もせずに帰るのも詰まらないと言うことで、探索続行には乗り気だったのでそのまま進むことにしたのは良いのだが。


「で、どっち行くの」

「どっちが良いと思う?」


 何せ、未開拓のマップで何処に何があるのか全く分かっていない上、目立つランドマーク等も無いので、どちらに進むのが正解か全く分からない。一応、地図を見れば砂浜や港の方向は分かるので、そちら以外に行けば良いと言うのは分かるのだが、それでも範囲は大分広い。

 とりあえず沖の方へ向かえばその内何かあるだろうと、泳ぎ始めたのは良いのだが。


「オッさん、何か居る。メッチャ速い奴!」

「っと、数は?」

「んー、多分1」


 いくらも行かないうちに、ゾフィーが何かを発見した。敵に関する情報も全く無いに等しいので、油断せず彼女の指差す方へ向き直る。

 かなりの速さで移動する指先を視線で追えば、その先に見覚えのある影を発見した。まだ遠くてハッキリ識別できるわけでは無いが、それでもあの人のような魚のような影は、昨日も見た物だ。向こうもこちらに気付いたらしく、こちらへと向かってきた。

 特徴的な槍の形から、何となくそうじゃないかとは思っていたのだが、近付いてきたのはやはり昨日であった人魚族の女戦士ゼアであった。向こうもこちらを覚えていたようで、何となく気まずい雰囲気になる。


「あー、どうも。昨日はお世話になりました」

「ここへ戻ってこさせるために世話したのではないのだが……」

「うわー、人魚だ! カワイイ!」


 ゼアの苦言は、オズの上から身を乗り出したゾフィーによって遮られた。


「オッさん、ホラ、人魚、スゲー、居るんだ、うわー、カワイイ」

「あー、うん、分かったから落ち着け。あと、失礼だから、まず自己紹介しなさい」


 ゾフィーは初めて見た本物――と言うのもおかしな表現だが――の人魚に興奮を隠しきれないらしく、いつにも増して落ち着きが無い。頭の上から目一杯身を乗り出しており、今にもバランスを崩しそうだ。まあ、水中なので落下したところでそこまでの被害は無いだろうが。

 流石に初対面の相手に対して失礼なのでオズがたしなめれば、ゾフィーもほんの少し我に返ったらしく、慌てて自己紹介をする。


「あの、アタシ、ゾフィーって言います! 会えて嬉しいです、サイン下さい!」

「ああ、うん、人魚族の戦士、ゼアだ」


 ゾフィーの態度に毒気を抜かれたらしく、ゼアの態度も幾分鋭さが減っていた。これ幸いと、キリカマーと来夢眠兎も自己紹介を済ませる。

 放っておけばそのままゼアの方へ泳ぎだしかねないゾフィーを抑え込みながら、交渉を再開する。


「すみませんね。異邦人の間では、人魚というのは結構人気のある種族でして。コイツも、悪気がある訳では無いんです」

「まあ、それについては了承した。が、それはそれとして、出来ればあまりこの辺りに立ち寄って欲しくないのだが」

「ええー、なんで!?」


 憧れの人魚からの塩対応に、ゾフィーが抗議の声を上げる。気持ちは分からないでも無いが、相手側にも事情があるのだろうから、あまりこちらの都合だけを押し付ける訳にも行くまい。

 オズ一人ならこの場は引き下がる選択肢もあったのだが、そうなるとゾフィーが収まりそうもない。仕方が無いので、食い下がることにした。


「あー、先程も言ったように、異邦人の間では人魚は人気のある種族です。この辺りに居ると分かれば、押し掛けてくる輩も居ましょう。

そちらに事情があるのは何となく察しますが、残念ながら異邦人も物わかりの良い奴ばかりじゃありませんで。出来れば、事情を伺った上で妥協案のような物を検討させていただきたいんですが」

「すまないが、それについて交渉する権利は私には無い。私は、あくまで部族の戦士として、部族を護るために行動するのみだ。

物わかりの良い相手であればこうやって言葉で促すのみだが、物わかりの悪い輩を相手するのであればこの槍を振るうことになる」


 ゼアが、交渉の糸口を断ち切るかのように槍を振るう。水中とは思えない速さのそれは、今のオズでは避けるのも受けるのも無理だろう。

 戦士として認められたとは言え、元服を迎えたばかりの彼女の一存で勝手に交渉を進められないというのも道理ではある。真面目な性格のようなので、良くも悪くもお目こぼしの様な真似はできないのだろう。

 仕方が無いので、少々搦め手に出ることにした。


「お連れさんも、同じ意見という事でよろしいか?」

「ええ、そうよ―― と言えば、納得して下がって貰えるのかしら?」

「それが出来るなら、そもそもこんな事を言い出さないんでして」


 声は、オズの後方、斜め上の方から聞こえてきた。ゼアの間合いの取り方や気の配り方から、恐らく居るだろうと思ってカマを掛けたのだが、意外なほどアッサリと乗ってくれた。

 声の主は、そのまま泳いでゼアの隣へと移動する。ゼアと同じくらいの年格好の人魚で、ゼアとの違いは獲物が槍では無く珊瑚で作られたと思しき竪琴である点だ。まさか音を鳴らして驚かす為にオズの後ろをとっていた訳では無いだろうから、恐らくは魔法か何かで攻撃する担当なのだろう。


「初めまして。人魚族の楽師、オケアーノよ」

「これはご丁寧に。異邦人、竜裔のオズ悪人と申します」


 お互いに自己紹介を交わしながら、どうやらこれは望み薄だな、と見切りを付ける。

 こうもこちらの思惑に乗ってくれると言うことは、相手としてもできる限りの譲歩は済ませた上で、それでも譲れない部分は譲らないという意思を持っているという事だ。感情論や難癖の付け合いから場をゴチャつかせる余地を速やかに潰されたと言う事でもあり、あくまで平和的な交渉を目指すなら、これ以上オズに取れる手も無い。


「まあ、あまり現地の方に嫌われたくないんで、去れと言われればこの場は下がりますがね。それはそれとして、どうすれば交渉のテーブルに着けるかという糸口くらいは掴みたいんですが」

「そうねぇ――」

「おい、オケアーノ!」

「大丈夫、分かってるわ。でも、単に突っ返して、何度も突撃されても困るでしょう?」

「それは、まあ、そうだが」


 ゼアとオケアーノの討論が終わるのを、静かに待つ。ここで焦っても良い事は無い。

 やがて二人の間で何かしらの結論が出たらしく、改めてオケアーノが言葉を投げかけてくる。


「最近、私達に網を投げかけてくる輩が居るのだけれど。貴方達ではなくて?」

「アタシ達じゃないよ!?」

「ゾフィー、ちと黙ってろ」


 謂われなき容疑に抗議するゾフィーを黙らせる。そもそも、本気でこちらを疑っているなら、そんな事を聞く前に尋問の手筈を整えるだろう。つまり、相手が聞きたいのはオズ達が犯人かどうかではなく、その先だ。

 網を投げかける、と言うことは恐らく生け捕り狙いだろう。動きを封じて止めを刺すという可能性も無くはないが、単に相手を殺害するなら、手勢を連れて物量で押した方が確実だ。何となく、話が見えてきた気がする。

 つまり、人魚が『人気』なのは異邦人に対してだけではないという話だ。


「人身売買という取引の性質上、売り買いの場にせよ相手にせよ、用意するのにそれなりのコネが必要となります。こちらに来たばかりの異邦人にそれが用意出来るとも思えないので、主体として関わっている可能性はまず無いかと。

ただ、現地の人間が主体で、それに利用される、もしくは片棒を担ぐ形で異邦人が関わっている可能性が無いとは言えません。ウチらも全員顔見知りって訳じゃないんで、それ以上は何とも」

「つまり、身の潔白を証明することは出来ない、と言う事ね?」

「そうなりますな」

「じゃあ、私達としてもお帰り戴く他は無いわね。お見送りは必要かしら?」

「いや、方向は分かるので、大人しく帰りますよ」


 結局、ロクに探索もせずにスゴスゴと帰る羽目になった。



「むぅー、折角人魚に会えたのにー!」

「まあ、仕方がありませんよ」


 憤懣やるかたないと言った様子のゾフィーを、来夢眠兎が宥めている。憧れの人魚に会えたのに、けんもほろろに追い払われたとなれば、ゾフィーの気持ちも分からないではないが。

 先程から黙りこくっていたキリカマーが、口を開いた。


「状況がイマイチ把握出来てないけど…… 人魚を捕まえて売ろうとしている人間が居て、それが異邦人じゃないかと疑われている、で合ってる?」

「まあ、大筋そんな感じだろうな。一つ訂正するなら、犯人が異邦人かどうかは重要じゃなくて、多分陸に住んでる種族は大体疑われてる」


 現時点で犯人がいる最有力候補は、勿論トーネックスである。昨日聞いた限りでは人魚はトーネックスとそれなりに交流があるはずなので、異邦人のみを疑うなら、領主に頼んで異邦人の監視なり取り締まりなりを依頼すれば良いはずだ。

 ただ、昼間に街を訪れた限りでは、そう言った感じは無かった。昨日ゼアに誰何を受けたときも、地上人が~と言った論調だったので、恐らく容疑者は地上人の大部分で、下手すればトーネックス領主も含まれている可能性がある。


「アタシ達悪くないじゃん!」

「ゾフィー、俺らが悪いかどうかじゃなくて、人魚としては自衛のために怪しい奴とは距離を置かざるを得ないって話だ。

最初に『人魚は異邦人に人気だ』って言っちまったし、体よく言い訳に使われたんだな」

「オッさんが悪いんじゃん!」

「違いますぅー、悪いのはオッさんじゃなくて人攫いの連中ですぅー」


 軽口を叩きながらも、頭はフル回転している。

 オケアーノがわざわざ『身の潔白が証明出来ないなら帰れ』と言ったという事は、翻せば『身の潔白が証明出来るなら受け入れる余地がある』ということだ。ただ、身の潔白を証明すると言う事はつまり犯人を捕まえて事件を解決する事とほぼ同義である。

 人魚達に陸に上がって捜査しろというのはまあ無茶なので、言ってしまえば体よく利用されようとしているということでもあり、オズ達を利用しなければならない程に人魚達が追い詰められているという事でもある。

 どうやらまた面倒くさいフラグを踏んだらしいという結論に至り、心の中でそっと嘆息した。

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