平和の意味を考えるRPG
昼食後にログインし、トーネックスの地図を埋めていたらそこそこ時間が経ってしまった。
別に地図を埋めて何がある訳でも無いし、そもそも領主の館付近等の重要区域には立ち入れないため、全て埋めることも出来ていないのだが。それでも、地図があると何となく埋めたくなってしまう。【マッピング】の思わぬ弊害に頭を悩ませつつも、ひとまずは港でストレッチをしていた。
ゲームなのだから、海に入る前のストレッチも不要なのだが、まあ気分の問題だ。どうせそこまで時間の掛かるものでもなし、サクッと終わらせて海に入ろうとしたときだ。
横合いから、不意に声を掛けられた。
「あ、オッさんだ。おーい」
「おう、ゾフィーか。さっきぶり」
見れば、昼前に別れたゾフィーがこちらに駆け寄ってくるところだった。彼女の後ろには、キリカマーと来夢眠兎の姿もある。3人で冒険していたらしい。
キリカマーと来夢眠兎もやはり装備を新調したらしく、装いが新たになっていた。マルガレーテも完全受注生産で活動しているので、デザインに凝る余裕があるのだろう。3人ともセーラー服を基調にしたデザインながら、色合いや造りが細かく違っている。
ゾフィーは足元まで寄ってきたかと思えば、開口一番、
「オッさん、砂漠行こーぜ!」
ビシッと街の方を指差して誘ってきた。どうやら、陸路の方の新エリアは砂漠らしい。それはそれで興味があるが、何となく気分は海だったのも事実だ。
まあ、道具が無いので鮫には勝てないだろうし、そこまで拘るつもりも無いが、一応は言ってみる。
「オッさん、今から海行こうと思ってたんだけど」
「よし、じゃあ海行こーぜ!」
「切り替え早いな?」
後から追い付いてきたキリカマー達の説明に寄れば、3人で砂漠のエリアに踏み入ったは良いものの、敵が強くて大した成果もなく逃げ帰ってきたらしい。
どうにも大型の敵が多いようで、キリカマー一人で敵を抑えられないので後衛の来夢眠兎が危険に晒されたそうだ。幸い、近くに居た攻略組に助けられたのでデスペナは免れたが、この面子ではどうにもならないと判断して引き返してきたと言う事だった。
普段盾役をやっている男2人が丸々抜けているので、まあ仕方の無い話ではある。
「で、大型種族で前衛のオズさんが居ればと思ったのですが……」
「言うても、俺もアイツらみたいにアビリティ揃えてないしな。ヘイト集めは無理だぞ」
来夢眠兎の目算には、駄目出しをしておく。実際問題、このレベル帯でアビリティ無しのオズがタンクをやるのは無茶だ。
そもそもソロでやっている時にはヘイトコントロールなど必要無いし、パーティを組むなら下手にヘイトを集めると盾役の邪魔になる。一時的に盾役を引き受けるくらいならステータスに物を言わせて火力でゴリ押しすれば良いので、特にその辺のアビリティは必要無かったのだ。
ただ、この面子だと来夢眠兎の火力はオズより高いし、オズもMP回復手段はそこまで豊富で無いので、ずっと火力を行使し続けるのも無理がある。と言う訳で、アビリティ無しで他のパーティメンバーよりヘイトを集め続けるのは流石に不可能だ。
「いいじゃん、折角だから海行こ。ミミズより魚の方が見てて楽しいって」
ゾフィーはすっかり海モードになっている。バンディングフィッシュが果たして見て楽しい相手かと言うと、そんな事は無いと思うのだが。
と言うか、海に行くにもそれはそれで問題がある。
「そもそもお前ら、【水泳】のアビリティ持ってんの?」
「えっ、何それ?」
「ついでに言うと、水中で呼吸するのに【水魔法】もレベル18必要だが」
「あ、それなら私が……」
これまで水中に入らなかった3人は当然【水泳】など覚えてなかったし、水中呼吸の魔法も覚えているのは来夢眠兎一人だけと言う事で、流石に問題がある。オズは【魔法拡張】を覚えていないので、《ブレスインウォーター》を他人に掛けることが出来ない。
来夢眠兎が3人分の呼吸を一手に担ってしまえば、何かあった時の被害が洒落にならない。
「諦めて、砂浜で遊ばない?」
「やだ!」
結局、唯一の【水泳】持ちであるオズが3人を騎乗させて移動し、水中呼吸は【精霊語】で賄うことになった。
現実問題として、砂浜の敵は経験値的にも金銭的にもあまり美味しい敵ではない。それで時間を潰すくらいなら、まだ平和の海に行った方がマシというのが、話し合いの末に出た結論である。
取得経験値からすれば平和の海も砂浜より多少マシ程度であり、ボス討伐をしてレベルが上がっている女子3人組は既にレベルキャップに到達しているのだが、彼女達は初めての海中旅行に心奪われていたので、その辺は気にならないらしかった。
「オッさん、あんな所に昆布生えてる!」
「あー、あれな。【気配察知】には引っかからんけど、あれギャロウズケルプっつーモンスターだぞ」
「え、昆布なのに?」
「昆布なのに。まあ、ゲッコーに持ってくと喜ばれるから、刈っとくか」
ギャロウズケルプは引っ張る力自体は強いのだが、攻撃力は弱いので不意を打たれてもさほどダメージは無いし、爪や牙を引っ掛けてやればすぐ切れるので、そこまで脅威ではない。ワザと尻尾や足に絡ませて引っ張り、後は爪や《ウィンドカッター》で根元を切ってやれば簡単に刈り取る事が出来る。
刈り取った後はまんま昆布なので、出汁を取ったりそのまま料理したりと使い途は多く、料理人プレイヤーの需要は高い。逆に、クラゲは食感は良いのだがどう調理しても麻痺がかかると言うことで、引き取りはお断りされるが。
「あ、今度は魚来た」
「全員構え。射程に入ったら合図を待たずに攻撃。耐久力は低いから、とにかく数を減らすことを最優先に」
「え、折角綺麗なのに……」
「言っとくがかなり攻撃力高いから、近付かれたらお前と来夢眠兎はまず間違いなく死ぬぞ。死にたくなかったらとにかく撃て」
バンディングフィッシュは、平和の海では一際面倒な相手だ。特に、防御力の高くないゾフィーと来夢眠兎は群がられると危険で、彼女らの安全を考えるならとにかく敵を近付けないように立ち回る必要がある。とは言え、オズの【水泳】では水中で魚から逃げるというのは現実的でないので、とにかく近付かれる前に殺ると言うのが現実解になるのだが。
流石に魚のエサになるのは嫌だったらしく、各人から容赦の無い攻撃が飛ぶ。それでも数匹抜けてきたが、その程度なら後衛も即死はしない。キリカマーの振るった鞭が纏わり付こうとする小魚を追い散らし、数が減ったこともあってやがて逃げていった。
今更だが、キリカマーは【鞭技】という新アビリティを覚えている。これまでは素手と魔法で戦っていたのだが、指揮官をやる上で今までのようなインファイトをしていると味方の状況把握に問題があるのと、どうしても味方のフォローに多くMPを割く必要があるので、リーチの長い通常攻撃が欲しいと言うことで取得したそうだ。
ただ、水中にあっては鞭の威力減衰が激しいので、あまりダメージソースとしては役に立って居ないのだが。
「キリさん、妙に鞭が似合いますよね」
「眠兎、後ろを取られて居る相手に喧嘩を売るのは迂闊……!」
「あ、タイムタイム」
背中でじゃれ合う女子達を乗せたまま、海中を進んでいく。
余談だがバンディングフィッシュは個々の耐久力が低く、攻撃するとすぐにズタボロになって使い物にならなくなる。料理人からは結構要望が多いのだが、現状では状態の良いモノを獲るのさえ現実的では無いので、プレイヤーには出回っていない。かなり頑丈で目の細かい網でもあれば良いのかもしれないが、鮫用の網を優先して貰った関係で、未だに入手の目処は立っていなかった。そもそも、そこまでしてバンディングフィッシュを捕獲したいという欲求がオズに無いと言うのも大きいが。
しばらく、海底の散策を楽しんでいると、ゾフィーが何かを見つけた。
「あれ、オッさん、あそこ見て」
「ん、何だ?」
「ほら、あそこ」
ゾフィーの指差す先を見るが、いまいち要領を得ない。ゲーム的に補正が掛かっているとは言え、海中でそこまで視界は良くないのだ。他2人もよく分からないということで、もう少し近付いてみようとした時だ。
スッと、頭の上に影が差した。見れば、特徴的なシルエットの魚影が、こちらへと向かってくる所だった。
「オッさんゴメン! 気付かなかった」
「いや、アレはボスだから、多分気付けない奴だ。今回はオッサンのミスだ、スマン」
こまめに【マッピング】を見てあまり港から離れないようにしていたつもりだったが、いつの間にかスクリューシャークの縄張りまで来てしまったらしい。昨日までは【マッピング】も無かったので、鮫が現れる位置も何となくでしか把握出来ていなかったのが裏目に出た。明らかに、オズのミスである。
昨日は網と銛を総動員して倒した相手だが、残念ながらどちらも修理中だ。ゾフィーが居るので飛び道具に関しては昨日よりも豊富だが、網が無い分だけ回避はかなり難しい。まあ、どの道逃げることは出来ないし、泣き言を言っても始まらぬ。突進してくるスクリューシャークを、迎え撃つ準備をする。
「相手は雷が弱点だ。ゾフィーは当てられそうだったらバンバン撃て! 水中では攻撃魔法は減衰するから、キリカマーと来夢眠兎は補助優先で頼む」
「ゾフィーさん、私が《サンダーエンチャント》を掛けるので、攻撃に集中して下さい!」
「OK! 《ダブルショット》、《トリプルショット》」
彼我の機動力の差を考えれば、持久戦は不可能と考えていい。ダメージを稼げる内に稼いで、後はなんとかチャンスを見出すしかないだろう。
バラ撒くように放たれた5つの礫の内3発は避けられたが、残りの2発が鮫にヒットした。弱点属性で攻撃されて身を捩ったその隙を逃さず、腕で水をかいて鮫に近付く。途中で《ホースシールド》を蹴って再加速し、鮫にしがみ付いた。
魔法を足場にするテクニックは割と色々なゲームにあるのだが、竜裔が重すぎる故に今まで足場として耐えられる魔法が無かったため、お蔵入りになっていた。《ホースシールド》もリキャスト時間があるので機動戦を挑める訳ではなく、結局はしがみ付くのが精一杯だったが。
鮫もこちらを引き離そうと必死で暴れるので、ちょっとした水中ロデオのようになっている。オズはオズで、ここで引き剥がされたらその後はダルマになる運命が見えているので、爪と牙で必死に食らいつく。
「そのままジッとしてろ、《キャプチャーノット》!」
「お、ゾフィー、ナイスだ!」
ゾフィーが【捕縛技】のスキルを使い、オズと鮫をロープで無理矢理括り付けた。
補正が入ってしがみ付くのが容易になり、そのまま全員でダメージを積み重ねていく。このまま行けば勝てるんじゃないかと光明が見え始めたとき、ボスのHPが5割を切り、鮫が回転を始めた。鮫を縛り付けていたロープがアッサリと解け、オズ達は弾き飛ばされる。
「流石に、そこまで甘くはないか」
「オッさん、どうする?」
「しゃーない、イチかバチかだ。キリカマー、出番だぞ」
「え……?」
網も銛も無い鮫の速度は、昨日とは比べものにならない位に速い。長話をする猶予は無いので、簡潔に作戦を伝えた。
オズの背中に隠れたゾフィー目掛けて突っ込んでくるノコギリを、両手と《ホースシールド》で無理矢理ずらす。両肘から先と右肩がミンチになったが、即死していないので狙い通りだ。
背中から飛び出したキリカマーが、鮫の首に両手刀を突き立てる。旋盤で金属が削れていくように、鮫の体が削れていく。普通の魚なら骨で止められるのだろうが、鮫に骨が無いのは昨日ゲッコーに聞いて知っている。キリカマーの手刀は、鮫の胴体をかなり深くまでえぐった。彼女の肘から先も鮫肌に削られたが、まだ生きている。
そのまま通り過ぎようとする鮫の尾に齧り付いて、何とか食らいつく。キリカマーの胴体に尻尾を巻き付け、無理矢理引き寄せた。物凄い勢いでぶん回されるが、回転の中心に近い部分に食らいついているため遠心力はまだマシだ。鮫が振り落とされたゾフィーを狙わんとUターンする一瞬を狙って、尾に持ったキリカマーを鮫に叩き付ける。
「足ィ!」
「無茶苦茶言ってくれる……!」
文句を言いながらも、キリカマーが足刀を叩き込む。足でも斬撃が放てるのは、初めて出会ったときのPvPで経験済みだ。
元々えぐれていたところに更に駄目押しの足刀を叩き込まれ、今度こそ鮫の頭が切り離された。2つに分かれて尚鮫の体は回転していたが、やがてそれも収まる。
目の前に現れたインフォメーションが、オズ達の勝利を告げた。
スクリューシャーク を討伐しました。
平和の海 が攻略されました。豊かなる交路 へ進行可能となります。
オズの両手は無くなっているし、キリカマーの両腕と右脚も黒いモヤに覆われている。オズとキリカマーで状態が違うのは、恐らく未成年の欠損表現を避ける目的だろうが、かえってグロい気もする。まあ、満身創痍でも勝ちは勝ちだ。安堵して全身の力が抜けた。
「オズ、今後の待遇について話がある」
「キリカマー、そう言う話をするときは、まず権力ってものを身に付けてからでないとないとイカンよ。
……リーダー、やってみる?」
「大人って汚い」
海の底に、純真な少女の呟きが沈んでいく。




