対 ハーミットボーガー戦
ボスの第一印象は、機械で出来たヤドカリ、であった。
いかにもな金属製の鋏と、目を模したのであろうレトロな反射板付きライト、やたらと鋭く研がれたヒゲに、足の代わりであろう無限軌道。これまでファンタジー寄りの敵が多かった中で、一際異彩を放っていた。唯一、背負っている巻き貝は天然物のようだが、それもかなり巨大で二階建てバスくらいの大きさがある。
ハーミットボーガー。貝殻を背負っているが故の物理防御の高さと、機械故の魔法防御の高さ。そしてやたらと豊富な攻撃手段からくる後衛の事故死率の高さから、一部のプレイヤーの間ではクソボス認定がされているらしい。
オズとてゲーマーの端くれで、厄介な攻撃手段を持っていると言うだけでクソ認定をするほど甘えてはいないが、キャリーを目的としているのに後ろの人間が事故死させられるのは困るので、最初から3人を騎乗させて戦うことにしたのだった。
「今更だけど、ボーガーって何なんだろうな?」
「さぁ? そんな事より、来たぞオッさん!」
ゾフィーの警告が飛ぶが早いか、ハーミットボーガーがこちらを轢き殺さんばかりの勢いで突っ込んでくる。他人を乗せた状態で正面衝突は流石に避けたいので、《四足歩行》を駆使して何とか躱した。
そのまますれ違うように脇を駆け抜けたのだが、相手は無限軌道持ちである。超信地旋回でクルリとこちらに向き直ると、今度はそのまま鋏を飛ばしてきた。横からぶん殴って逸らす事は出来たが、ボスの攻撃だけあってこちらもそこそこのダメージを食らう。なるほど、後衛がアレを防ぐのは難しいだろう。
鋏は鎖で繋がっており、巻き取る事で鋏が回収される仕組みになっているようだ。邪魔してみようかと鎖を掴んだのだが、3人を乗せたオズを引っ張るパワーがあったため、慌てて手を離す。
「ゾフィー、出番だぞ!」
「まかしとけ! 《サンダーエンチャント》《アーマーピアース》!」
ジョージ特製のクロスボウから、雷を帯びたボルトが飛ぶ。相手は機械だけあって、雷属性が弱点だそうだ。防御無視の《アーマーピアース》と相まって、ハーミットボーガーにそこそこのダメージが入る。
先週の時点で受け取っていた機械式クロスボウは、ビートルファイター戦ではハニーリッターへの誤射を恐れたので使えず、それ以降はオズとゾフィーが別行動をしていたためにお蔵入りになっていたのだが、ここに来てようやく日の目を見た。鉄が魔法を阻害するというゲームシステム上、エンチャントの持続時間はかなり短いが、1分毎に《アーマーピアース》を撃つだけなら都度かけ直すだけなので、問題にはならない。
ハーミットボーガーの口が開いて4門の銃口が飛び出し、お返しとばかりに斉射をしてきた。
「《ホースシールド》」
オズの目の前に、透明の盾が浮かぶ。《ホースシールド》は【乗騎】レベル22で覚えた新スキルだ。騎手が乗っている時に限り、魔法の盾を生成出来る。後のレベルでおぼえただけあって《マジックシールド》とは比べものにならない大きさと頑丈さを誇る。ボスの銃撃が盾に阻まれて弾け飛び、目の前で火花が飛び散る。
流石に全弾受け止めるという訳にはいかず途中で割られてしまったが、貫通してきた分に関してはジョージが構えた盾で娘を庇いダメージを肩代わりした。マルガレーテが、すぐさま魔法で夫の傷を癒やす。
オズが回避と防御に専念し、ゾフィーが遠距離から攻撃してHPを削るというのが、事前に立てた作戦だ。ダメージソースがゾフィーの射撃だけなので持久戦になるが、ある程度のダメージをジョージが受け持つことでダメージを分散し、マルガレーテが魔法とアイテムで回復を受け持つことで安定を図る。
本職ではないので、ジョージの防御もマルガレーテの回復も十分ではないのだが、足りない分は《騎手回復》で補っていた。先週のアップデートで弱体化された《騎手回復》だが、オズの【乗騎】レベルが高いのでそれなりの回復量はあるし、騎手3人は騎乗しているだけで回復するので、大ダメージを食らい続けるような事態に陥らなければ、時間経過と共に持ち直す。
ブーメランのように後ろから襲ってくるヒゲを尻尾でたたき落とし、砂から湧き出してチクチクと攻撃してくるミニヤドカリを砂ごと食らってそのまま飲み込む。
唯一の懸念点はオズのスタミナだったが、《長途乗騎》と【竜の心臓】のお陰で思ったよりも大分保っている。それでも動き続けていれば少しずつ減ってはいくのだが、ゾフィーの《リジェネレート》とつまみ食いからの《消化吸収》で回復していた。いざとなれば砂を食っても満腹度が回復するので、存外何とかなっている。
「ワル君、だんだん人間止めてってない?」
「いやー、俺も竜の末裔としての貫禄が付いてきたドラ」
「どっちかって言うと、落ちてる物勝手に食べるバカ犬みたいだけれど」
軽口を叩きながらも、足は止めない。
ボスの攻撃で一番厄介なのは機銃掃射だが、これは正面に居なければ食らうことはない。距離を調節したりワザと攻撃されやすい位置に移動したりして他の攻撃を誘発し、その隙にボスの死角へと潜り込む。超信地旋回ですぐに向き直られるのだが、そしたらまた位置を調節して他の攻撃を誘発。それ繰り返しだ。
事故の原因となる多彩な攻撃の大半をオズが対処しているので、ゲームに不慣れなジョージ夫妻はそこまで難しい判断を迫られることもない。戦局は、安定しているかに見えた。
が、
「オッさん! 弾切れ!」
「ちと足りなかったか。通常弾に切り替えて攻撃続行。MPは2割切らなきゃ贅沢して良いぞ」
「Ja!」
ボスのHPが残り6割程度になった所で、10発しかなかったクロスボウのボルトが切れた。ジョージも各所からオーダーメイドで武器を注文されていたのでその対応に追われており、ボルトの増産まで手が回らなかったのだ。ちなみに一番時間を取られたのは、特注の銛を15本も作らせたオズの注文である。
それはともかく、クロスボウだけでボスを倒しきれないのは想定通りではある。ゾフィーの体験談によればハーミットボーガーは残りHPが5割ほどでモードチェンジし、モードチェンジ前と対処法が変わるのでそこまで持って行ければ何とかなる想定ではあった。多少ダメージが足りなかったが、まだ対処可能な範囲だ。
蟹の鋏と貝紐から作られたというスリングショットから、雷を帯びた礫が飛ぶ。ゾフィーの攻撃スキルの集中砲火で、ボスのHPは少しずつ削れていく。一発一発は大した威力はないが、それでも《サンダーエンチャント》のお陰で確実にダメージは蓄積している。
10分ほども逃げ回れば、ボスのHPは半分を切った。
「オッさん、ヤドカリが立った!」
「怪人みたいな見た目なのに、主人公側みたいなギミックしてるのね」
「あんな複雑な機構を砂浜で運用するというのは、如何な物かと思うが」
背中のマルガレーテとジョージから少しズレた感想が飛ぶ。
事前に聞いていたとおり、HPの減ったハーミットボーガーは貝殻から抜けだし、特撮みたいな変形をして二足歩行の人型へと変わったのだ。シルエットは道中で出会ったシャコボクサーに近いが、サイズはこちらの方が大きくオズより背の高い4m程度であった。
機動力は以前より落ちるが、打点が高くなった分だけ敵からの攻撃が打ち下ろしの角度で繰り出されることになる。今までのような四つん這いの状態では防げないので、オズも立ち上がった。ジョージが妻を抱えて、上手く砂の上に転がり落ちる。
「オッさん、Go!」
「いや、お前も危ないから降りろ……」
「よそ見すんな、前!」
騎乗したままのゾフィーに気を取られた隙に、ボスからの鋏が飛んでくる。何とか躱すが、ボスが腕を振るうことで、鎖で繋がれた鋏がフレイルのようにオズ目掛けて迫ってきた。尻尾で払いのけて、直撃を避ける。
人型になって首の自由度が出来たことにより、口部の機関砲は射角がかなり広がっている。追撃の斉射が飛んできたのを《ホースシールド》で防ぎ、そのまま前に出た。
オズから降りた時点で、ジョージ達の事故率は上がっている。あまり時間を掛ければキャリー失敗となる恐れがあるので、ゾフィーを下ろすのは諦めて短期決戦へと持ち込む。
格ゲーマーからすれば、人型のモンスターはカモだ。ファンタジーでは自分より大きなモンスターも珍しくはないので、この程度の体格差はどうという事もない。ゾフィーの援護射撃もあって、アッサリと接近戦の間合いへ持ち込んだ。
ロシアンフック気味の一撃をガードの上から叩き込んで体勢を崩し、そのまま足を払って転ばせる。腕の長い竜裔ならではの攻撃法だ。両足を掴んで持ち上げ、そのままジャイアントスイングにでも持ち込もうと思っていたら、口の機銃がこちらを向いていることに気付いて慌ててひっくり返す。少々不格好な逆海老固めの形になった。
変形機構を積んでいるだけあって関節は頑丈ではないらしく、体重を掛ければ相手の各所がギシギシと嫌な音を発する。空いた尻尾で相手の頭をぶん殴りながらダメ押しで腰を落とせば、ベキリという音と共にボスの腰がへし折れた。
ハーミットボーガー を討伐しました。
ムーンサイドビーチ が攻略されました。港湾都市トーネックス へ進行可能となります。
目の前に現れたインフォメーションが、戦闘の終わりを告げる。
ジョージとマルガレーテはミニヤドカリに集られて多少HPを減らしていたが、それでもボスとド突き合いをしていたオズよりは元気だった。
改めて、へし折れたボスの死体に近付く。ゴーレムの核でアビリティが得られたことを思えば、ハーミットボーガーを食っても同じ事が起きる可能性はある。ただ、ゴーレム以上に何処が内臓なのかは不明だが。
パーティメンバーに了解を取って、ボスの上半身に齧り付く。電気仕掛けで動いていたらしくしたいからバチバチと火花が上がっていたりするのだが、そのせいか結構シャレにならないダメージを食らう。【竜の胃袋】は効いているはずだが、それでも途中で回復を挟む必要があった。
胸の辺りを半分ほど食い進んだところで、インフォメーションが流れて【尾技】が【尾槌技】へと変化したことが知らされる。見れば、尾の先端にゴツイ瘤の様な物が出来ていた。メイスのような形状で、なるほどコレで殴られると痛たそうだ。試しに拳で叩いてみると、ゴツゴツと硬い音がする。
「おお、かっけー。……けど、ドラゴンってそんな尻尾してたっけ?」
「どっちかって言うと、アンキロサウルスとかの恐竜系の能力じゃないかな」
ゾフィーの言うとおり、強そうではあるがファンタジーに出てくるドラゴンという感じはあまりない。見た目だけなら、オズの言うとおり一部の鎧竜の特徴に近いだろう。
余談だが、鎧竜は草食だったと考えられているので、それはそれで相手の肉を食って覚醒する能力としてはおかしいのだが。まあ、ゲーム的な都合にアレコレ文句を付けても始まらない。恐竜脚で蹴りの苦手な竜裔は、尻尾の使用頻度がかなり高い。パワーアップするならありがたい話だった。
食い残しのパーツをアイテムバッグへと納めていく。ヤドカリの貝殻も巨大だったが、アイテムバッグに納めることが出来た。重量は、『軽量化の鞄』のあるオズでもかなりギリギリだったが。もし課金していなかったら、道中で取得したアイテムの大半を諦めることになっただろう。
砂に埋まった細かいパーツまで拾っているとキリがないので、適当な所で切り上げてトーネックスへと進む。
「オッさん、ほら、急げ!」
「いや、慌てなくても港は逃げないからな」
30分ほどして、オズ達一行は港へと向かっていた。
ゾフィーは当初の目的であった海辺で写真を撮ることを真っ先に主張したのだが、大人達が揃って街の探索を優先したため、少々ご機嫌斜めである。
大人達が街の探索を優先したのは、先に役所を見つけて納品クエストを済ませるためだ。アイテムを納品すれば多少は重量がマシになるし、クエストの初成功報酬としてAPが貰える。パーティを組んでいる今なら全員に恩恵があるので、生産職のジョージ夫妻としても美味しい話だった。
港には、プレイヤーと思しき人達が記念写真を撮っているのがチラホラ見受けられる。折角の休日で明るいうちにログイン出来ているのだから、青い海を写真に収めたい気持ちも分からなくは無い。
ゾフィーに急かされるまま岸壁へ行き、撮影の用意をする。待ちきれなかったゾフィーが早速オズの頭に足を乗せてマドロスポーズを取るので、オズもそこら辺の係船柱に足を乗せて同じポーズを取る。恐竜脚なので、多少不格好ではあったが。
ジョージとマルガレーテがそれぞれ娘の雄姿を写真に収めていると、それを見つけたプレイヤーが何人か寄ってくる。自分達も写真を撮って良いかという申し出をゾフィーが快諾したために、同じポーズを数分とり続ける羽目になったのは流石に参ったが。
撮影が終了してゾフィーの機嫌が直る頃には、すっかり日も真上に上がっていたため、そのまま昼休憩にしようという事で一旦ログアウトした。




