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竜騎兵三日会わざれば刮目して見よ

 体の中に満ちるぬるま湯の感覚で、ログインしたことを知覚する。

 今日は土曜日。オズにとっても休日である。溜まった家事を片付けてからログインしたため日は大分高くなっているが、鮫へのリベンジは昨日に無事果たしたため、そこまであくせくする事もない。

 日課となりつつある軽いストレッチでアバターの具合を確かめてから、今日の予定を立てていく。

 何はともあれ、金策の手段を考えねばなるまい。目標金額が大きいので具体的な案は思い浮かばないのだが、とりあえずはトーネックスに行って受けられるクエストを確認する必要があるだろう。ちなみに、砂浜で取れる素材に関してはスータットの役場に納品クエストが設定されていない。恐らくはトーネックス側にクエストがあると思われるので、その意味でもトーネックスのクエスト確認は重要だ。

 砂浜および海で取れる素材は大体が食品か装備素材なので、手元に残っている物は少ない。そう言えば砂浜のボスは倒していないので、砂浜で狩りをしてから正規ルートでトーネックスに行ってみるのも良いかもしれない。

 メニューを弄りながら色々確認していると、フレンドリストでジョージ夫妻がログインしているのを見つけた。

 昨日の経過報告と、鮫のノコギリ部分を渡したかったのでアポイントを取り、すぐに返事が来たのでそのまま隣家へとお邪魔する。


「おはようございまーす」

「あら、ワル君いらっしゃい」


 ノックしてドアを開ければ、マルガレーテが出迎えてくれた。作業をしていたジョージも、一旦手を止めてこちらへやって来る。

 ひとまず、昨日の経過をざっと報告する。来夢月相手に一度話したことではあるので、そこまで苦労することもなく話し終えた。ついでに、鮫退治に必要な道具類の補充も依頼する。


「と言う訳で、網の新調と銛の修理をお願いしたいんですが」

「網は、一から作るとなるとそこそこ時間掛かるわよ」

「銛も、数が数だ。出来れば今日一日は待って欲しいが」

「ひとまずリベンジは果たしたんで、そこまで急ぎませんよ。他の依頼があるなら、そっちを優先してくれて構いません」


 金策を考えれば、需要の大きいバフ料理の材料となる鮫は非常に魅力的だ。ただ、ジョージ夫妻にも都合があるだろうから、オズとしてもそこまで無理を言いたくはない。そもそも銛も網もオズしか使わない特注品なので、そこそこ値が張るというのもある。

 いずれレベルアップすれば鮫も道具無しで倒せるのかも知れないが、現時点では望み薄だ。とりあえずは、道具の再補充を待つ必要があるだろう。

 これまでの協力のお礼として、鮫のノコギリ部分を渡しておく。それだけで2mくらいになる巨大な部位で、幅も広い。柄を付ければ、そのまま漫画に出てくる巨大剣として通用しそうな見た目をしている。ギザギザなので、どちらかというと悪役が使いそうなビジュアルだったが。


「話には聞いていたが、実際に見てみると凄いな」

「アナタ、よくこんなの相手に一人で挑んだわね」


 夫妻は驚いているが、ゲームのボス敵で体が大きいのは珍しいことでもない。それこそ、怪獣みたいな相手に挑まねばならないゲームもザラにあるため、この程度の素材はその内見慣れる事になるだろう。

 物を見ている内に昨日出会ったゼアの武器を思い出したので、一言添えておく。


「昨日出会ったNPCは、そのまま柄を付けて槍にしてましたね。まあ、かなりの大物になるんで、振り回すのに筋力要るでしょうけど。

ハルに持たせるなら、先の方だけ切り取って使った方が良いかもしれません」

「確かに、下手に加工するよりその方が強力だろうな。君の鱗は、容易く貫通するんだったか」

「【竜鱗】はレベル23でしたけど、正直意味があったかどうかは分からない程度にスパスパ斬られてましたね」


 初回に出会ったときもオズは四肢を全て切断された上で首を切られるまで生きていたので、鮫から貰うダメージ自体はそこまで大きくないのだが、切れ味は抜群だった。武器に加工した際も、その特性が受け継がれるかは不明だが。

 思ったよりも有用そうなので数が欲しいとの事だったが、流石に道具無しでスクリューシャークに挑むのは、今のオズでは無謀だ。銛と網が出来たらまた狩りに行く事を約束して、その場は納得して貰った。

 用事も済んだのでお暇しようとしたところで、意外な人物から声を掛けられた。


「あれ、オッサンだ。何してんの?」

「ゾフィーか。素材の受け渡しと、道具の修理を頼んでたんだ」


 見れば、ゾフィーが奥の部屋から出てきたところだった。ラインハルトの姿は見えないが、別行動をしているのだろうか。

 こちらに駆け寄ってきて近くの台の上に立ち、薄い胸をムンと張ってポーズを取る。


「見て見て、新装備!」

「おっ、良いじゃないか。水兵さんみたいで格好良いぞ」


 ゾフィーは装備一式を新調したらしく、全身の装いが変わっていた。

 上は白地に水色の襟が付いたセーラー服で、胸元には黄色のスカーフが結ばれていた。下は襟と同じ色のハーフパンツで、頭にはやはり白地に水色のラインが入ったベレー帽を被っており、オズの言うとおり水兵の様な出で立ちとなっている。砂浜にはよく映えるだろう。

 マルガレーテも相当気合いを入れて仕立てたらしく、活発な彼女にはよく似合っていた。褒められて気を良くしたゾフィーが次々にポーズを取り、しばらく一人ファッションショーで盛り上がる。


「オッさん、アタシあれやりたい。港でマドロスがやってる奴!」

「ふむ、良かろう。今回だけ特別に許可する」

「やった!」


 オズの上に駆け上がったゾフィーが肩の上に立ち、そのまま頭に片足を乗せて前傾姿勢を取る。遠くを見るように顔を上げれば、港でマドロスがよくやっているポーズになった。格好が格好なので、かなり様になっている。

 マルガレーテとジョージに写真を撮ってもらってから、ゾフィーを下に下ろす。


「お、良いんじゃないか」

「でも、家の中だとちょっと間抜けね」

「むむっ」


 見せて貰った写真は、オズからしてみれば中々よく撮れていると思われたのだが、マルガレーテの指摘通り背景が屋内なので少し間抜けな感はある。

 折角のポーズが画竜点睛を欠いた事がゾフィーは不満だったようで、次なる案を出してきた。


「オッさん、海行ってもっかい写真撮ろ!」

「俺は構わんが、いつものメンバーは良いのか?」

「今日はハルがブーちゃんと一緒に、新しくできたショッピングモール行ってるから、パーティはお休み」

「じゃあ良いか」


 いつもパーティを組んでるメンバーに迷惑を掛けないのであれば、ゾフィーを海に連れて行くのは問題無い。一回だけの筈のポーズをまた許可することになっているが、まあ仕方あるまい。

 余談だが、VR全盛のこの時代にあっても、ショッピングは実店舗でするという傾向が強い。VRの店舗も構えられるのだが、店側はデータを用意するだけなので誇大広告が簡単に打ててしまう。いざ商品が届いてみたらVRと全く違ったという例は珍しくないので、VRだけで買い物をする人間というのはあまり多くない。


「あら、それなら丁度良いから、私達も連れて行ってくれない? 港町に一回行っておきたいのよ」

「連れてくのは構わんけど、俺まだ砂浜のボスは倒してないから、無事にキャリー出来るか分からんよ?」


 話を聞いていたマルガレーテが、キャリーの依頼をしてきた。どのみち砂浜での狩りは行う予定だったし、先週の内に砂浜まではキャリーしているので一緒に行くのは問題無いのだが、オズは海経由でトーネックスに到達したため、まだ砂浜のボスに会ったことはない。

 流石に未達のボスに対して安全にキャリーする事を確約は出来ないのでその旨を伝えれば、横からゾフィーが手を上げた。


「アタシ、昨日ボス倒した!」

「お、そりゃ凄い。なら、どんなボスだったか分かるか?」

「んっとね……」


 ゾフィーのパーティは、昨日の内に砂浜のボスを倒してトーネックスへと到達していたらしい。ボスの情報も当然持っていると言うことなので、オズの質問に答えさせる形で情報を聞き出す。

 聞き取りの結果、何とかなりそうだと言うことで、4人で連れ立って砂浜へと向かう。



 ゾフィーは砂浜を攻略する為に新アビリティを覚えていたのだが、これが大当たりだった。


「くらえ、《ボーラスロー》!」


 ゾフィーの手から、三つ叉の紐の先端に錘の付いたボーラという武器が投げられた。ボーラは回転しながら飛んでいき、海鳥の胴と羽を巻き込むように絡みつく。羽ばたけなくなった海鳥は、為す術もなく地面に落ちた。

 海鳥は地面で懸命にもがいているが、絡まった紐をほどくことは出来ず、そのままジョージの槍に貫かれて絶命する。


「ゾフィー、お主やりおるな」

「でしょでしょー!」


 いつも通りオズに騎乗したゾフィーが、誇らしげに胸を張る。

 【捕縛技】のアビリティは、相手の行動阻害に特化したスキルを覚えるアビリティである。捕縛のための道具を別途揃える必要があるが、それさえクリア出来るならかなり有用なスキルが揃っていた。

 そもそも、ゾフィーの攻撃力はあまり高くない。通常攻撃では雑魚敵相手でも倒すまで時間が掛かるし、スキルの集中砲火をしているとあっという間にMPかスタミナが枯渇する。騎乗していない状態だとそれらの回復手段は限られるので、なんとか少ないリソースで相手を無力化出来ないかとパーティメンバーと共に検討した末に選ばれたのが、【捕縛技】のアビリティだった。

 アビリティ無しでも道具とプレイヤースキルがあれば似たような事は出来なくはないが、初心者のゾフィーにそれは難しいし、スキルを使えば相手の行動阻害に補正も乗るため、結果としてかなり有用なアビリティとなっている。

 海鳥は地面に落としてしまえばほぼ何も出来ないし、蟹も鋏や足を縛れば大分動きを封じられる。流石に、ボス相手だとそこまでの効果はないそうだが、それでも十分すぎるほどに役立っていた。

 何より、末っ子気質のゾフィーが他人のフォローに回るようなアビリティを覚えて使いこなしているというのが、オズからしてみると成長を感じられる。


「『子、三日会わざれば刮目して見よ』とは正にこの事だな」

「ふふん!」

「あんまり褒めると図に乗るから、ほどほどにして頂戴ね。

あと、蟹のお代わりが来てるわよ」


 マルガレーテに言われて、新手の蟹に向き合う。

 連日の練習で蟹の関節構造にも慣れたもので、振り回される鋏を上手くいなしてそのままもぎ取った。バランスを崩した所で更に足を捻ってやれば、いとも簡単にひっくり返る。全部の蟹をひっくり返してしまえば、後はパーティ総出で死ぬまでボコるだけだ。

 落ちているクラゲは、ゾフィーが発見して即射殺することで単なる路傍の経験値と化していた。トラッパーシェルも、対応は一人の時と何ら変わらない。

 砂浜での雑魚狩りは安定しており、オズの種族レベルは早くも22まで上がっている。元々ボスを攻略しているゾフィーは既にレベルキャップに達しているし、ジョージとマルガレーテもレベルキャップが近い。レベル上げとしては非常に良いペースだった。


「オッさん、シャコボクサー来た!」

「アレがそうか。見たまんまだな」


 砂浜も後半戦になると、新たなモンスターが登場する。

 その内の一種類がシャコボクサーで、見た目はまんま身長2mほどのシャコ人間だ。ボクサーの名の通り二本の腕から高速のパンチを繰り出してくる敵なのだが、残念ながら格ゲーマーにとって人型のモンスターというのは大体がカモである。

 確かに攻撃力は高いし動きも速いのだが、ミドルオークやケロツグを知っているオズからすれば、お手本通りのパンチを繰り出すだけのシャコボクサーは大した脅威ではない。腕の長さが段違いなので、リーチを活かして足を払い、転んだところを頭を踏み潰して倒した。

 そこそこ数は出てくるので囲まれるとジョージやマルガレーテを庇うのが難しいのだが、やはりゾフィーのボーラが大活躍し、足や腕を縛られたシャコを素早く始末することで数を減らす。やがて、シャコの関節構造もおおよそ理解出来たので、甲殻の隙間に爪を差し込んで腕を切り飛ばすのも容易になり、程なくしてシャコは全滅した。

 味は大変美味であった。蟹よりも身が小さい為か、味が濃いのが好みに合う。殻の歯応えも、竜裔には丁度良い。

 もう一種類はブルースライムで、これはまんま青いスライムである。物理攻撃が効きにくく、ゾフィーの捕縛も掛からないという点では厄介なのだが、足が遅いためジョージとマルガレーテでも逃げ回るのは簡単だ。

 核があるタイプのスライムであったので、ジョージ夫妻が囮になってくれている間にオズが核を引っこ抜けば、簡単に倒せる。ゾフィーの《アーマーピアース》で核を撃ち抜いても倒せるため、こちらもそこまで苦戦しなかった。

 味はわざとらしい無糖のソーダ味だが、何故か食うと結構なダメージを食らう。【竜の胃袋】は既にキャップが掛かっているので、食べるのはそこそこにしておいた。加工して糸にすると、防具の材料としては優秀だそうだ。

 そんな風に雑魚を処理しながら進んでいくと、やがてボス前のポータルが見えてきた。白い砂浜にデンとポータルが設置されているのはシュールな光景だが、これはいつもの事だ。

 今更になって思い出したので【マッピング】の確認をしたが、元々が砂浜を進むだけなので分岐路等は無いし、戦闘でそこそこ動き回っていたので地図は大分埋まっていた。100%にするにはある程度海に入らねばならないようだったが、それは後で良いだろう。

 ジョージもマルガレーテも種族レベルがこれ以上上がらなくなっていたので、このままボスに挑むと言うことで合意し、3人を乗せてボスエリアへと踏み入った。

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