ゲームにおける伝説上の人物の実在率はほぼ100%
「まったく、キミと居るとボクらは一生食いっぱぐれないんじゃないかと錯覚するね」
来夢月の本気とも嫌味ともつかない台詞に出迎えられる。
あの後、オズの不用意な一言でお祭り騒ぎとなった屋台からなんとか抜け出し、こうして来夢家にやって来た。巻き込まれたゲッコーも商売どころじゃないと言う事で、共同発見者として付いて来ている。
ひとまず、今日有ったことをざっと話す。と言っても、鮫へのリベンジに挑戦していることは予め言ってあったので、鮫を倒したら新フィールドに出た事と、海経由でトーネックスへ行ける事、そして料理した鮫を食ったらバフが付いた事と、そんな時間も掛からずに話し終えたのだが。
来夢月の興味を引いたのはやはり人魚族の話のようだ。このゲームのNPCはプレイヤーにとって結構重要な位置に居る事が、職業システムや森のハニーリッター達で判明している。新エリアの新種族となれば、注目しない訳にも行かない。
「出来れば、SSか何かが欲しかったねぇ……」
「あんまり信用されていない現状で、いきなり写真撮影は流石にな。あと、悪いが言いふらさないように頼むわ」
「まあ、話を聞く限りでは、その方が良さそうだね」
一気にプレイヤーが海に押し寄せる事態になれば、それこそ人魚とトラブルが起きる可能性もある。3週間ほどの付き合いで来夢月にある程度信頼が置けるとは思っているが、彼が情報を寄越す相手までそうだと考えるのは、流石に楽観が過ぎるだろう。
人魚側の事情は全く分からない、それでもファーストコンタクトが交渉だった時点で上手くやれば友好的な関係を築けるだろうというのは予想出来る。普通に接触する分には恐らく相手もそこまで悪感情を抱くことは無いだろうから、そう言う意味ではオズ以外のプレイヤーが人魚と接触すれば、その分だけ融和が進む可能性はある。
ただ、どんなゲームにもバカをしでかすプレイヤーというのは存在するし、悪貨が良貨を駆逐するのもまた事実だ。出来れば馬鹿だけ排除したいのだが、当然ながらオズにはそんな権利も能力も無い。なので、とりあえずは情報を秘匿して置いた方が無難だろうと言うのが、オズと来夢月の共通見解だった。
不特定多数のプレイヤーが今日明日に鮫を退治出来るようになる可能性は、恐らく無い。道具の準備もだが、そもそも【水泳】のレベル上げは時間が掛かる。水中でないとレベルが上がらない反面、【水泳】のレベルが低いと水中の敵に殺されやすいという負のスパイラルが起きやすい。
早い時期から海に潜っているプレイヤーは、攻略法さえ見つければ鮫を突破する可能性はある。ただ、砂浜よりも海の方が攻略難易度が高いことを鑑みれば、鮫を攻略出来るのはある程度APを稼いでいる、言ってしまえばNPCと交流しているプレイヤーで、マナーの良いプレイヤーである可能性は高い。何事にも確実というのは無いが。
「まあ、それは追々考えるとして。バフの方を確認しとこうか」
「とりあえず、さっきと同じムニエルと、今ある材料で作れるフリッターにしてみた」
キッチンを借りて料理していたゲッコーが戻ってくる。
本来であれば色々と条件を変えて検証するのが望ましいのだが、鮫は大きいとは言え一匹分しか無いし、この時期の料理人プレイヤーはそこまで色々な料理法を試せるほど余裕も無い。とりあえず適当に調理してみて、違いが出るかどうかだけ確認しようという事になったのだった。
結論から言えば、品目や食べる種族に関係なく、鮫料理には筋力増強の効果が付くようだ。予想されたことではある。
「STRかぁ…… 物理攻撃も見直されてきてはいるし、需要はありそうだけどね」
「下の人、これから毎日鮫を狩ろうぜ?」
「無茶言うな。今の攻略法だと網は使い捨てになるし、銛もメンテしないと戦闘中に壊れかねん。必要経費だけ考えても、マグロ並みの高級魚になるぞ」
そもそもの話、網も銛もジョージ夫妻の特製品である。作って貰うにはそれなりに時間と材料が必要なので、毎日鮫退治というのは非現実的だ。リベンジを果たした今となっては、オズにとってそこまで優先度が高くないというのもある。
ゲッコーからしてみれば、不遇気味だった料理人の地位向上のチャンスなのだろうが、残念ながら現状では絵に描いた餅である。もう少し簡易な鮫の攻略法を編み出すか、レベルが上がって道具に頼らずに鮫を攻略出来るようにならないと、安定供給は難しいだろう。
「そもそも、俺もそろそろ本格的に金策を考えないといけないしな。明日は、トーネックスのクエストを確認せんとならん」
「ああ、それなら、一つ頼みがあるんだけど。ちょっとしたバイトをして貰いたいんだよね」
「バイト?」
「そそ。【マッピング】ってアビリティ、知ってるかい?」
来夢月の提案に、耳を傾ける。
【マッピング】は、まんまプレイヤーが歩いた場所とその周囲を自動でマッピングするアビリティである。ゲームらしくマップは拡大/縮小や情報の書き込み等も自在の上に現在位置も確認出来るという、まあ便利なアビリティではある。ただし、イベント時の樹精の森を除けば、マップが無ければ道に迷うような複雑なエリアは今までには無かったので、序盤はAPが不足しがちなのもあって、取得者があまり多くない。
【マッピング】には面白い機能があり、MPを消費することで作製したマップをアイテム化する事が出来る。アビリティに比べればアイテムの方は出来ることがかなり限られるが、行ったことの無いマップであってもある程度道筋を把握出来るという事で、アイテムとしての地図は最近になって需要が増えてきているそうだ。
「トーネックスの街から行けるエリアが、海を含めて複数あるそうでね。攻略組もばらけ始めたんで、自分達が行っていないエリアの情報を買いたいって要望が出てきてるのさ」
「で、俺に地図を作って、それを売れと」
「そう言う事。今の所、他人の作った地図はどうやっても複製出来ないから、それなりの数を刷って貰ってウチで買い取る形にしたいんだけど」
しばし考える。
海の底はだだっ広く、戦闘を挟むと自分がどちらに向かっていたのかを見失い易い地形ではある。【マッピング】はあって困りはしないだろう。
確認すれば、【マッピング】は取得可能なアビリティの一覧に記載されていた。取得に必要なAPは3だが、鮫を倒して種族レベルも26になっているので、それも問題無い。再レベルアップやクエスト等でAPを取得出来るアテもあるし、そこまで節約をしなければいけない状況でもない。
何より、アビリティを取って歩くだけで金が稼げるというのは、悪い話ではない。来夢月の提案を受けることにした。
「とりあえず、豊かなる交路の地図を作って渡せば良いのか?」
「んー、特にエリアの指定はしないよ。来月頭には第二陣も入ってくるし、地図があって困ることも無いからね。
まあ、値段には差を付けさせて貰うけど」
メニューを操作して【マッピング】を取得する。当たり前だが、アビリティ取得前に歩いた場所はマッピングされないようで、今見えるマップは無い。これも当然だが、他人の家はマッピング出来ないらしい。
マップの買取額は、完成度やその時の需要などに応じて都度交渉と言う事になった。地図商売もどの程度の需要が見込めるか不明なので、仕方が無かろう。
話している内にそろそろ日付が変わる時間帯になったため、今日はお開きという事で来夢家を後にした。
「ボクのレベルが14になったので、ささやかな景品があります」
「お、そう言えばそんな時期か」
鮫に夢中ですっかり忘れていたが、スタンプカードは半分近くまで埋まっている。
今度は何が貰えるのかと内心ワクワクしていると、デシレは冊子のような物を渡してきた。
「と言う訳で、次から選べるオプションが増えます。本番はまだダメですけど」
「……おぉう、そうきたか」
レベル5の景品が加護だったので、今回もてっきりそっち系だと思っていたのだが。
考えるまでもなく、風俗店の景品として真っ当なのは今回の方だ。選べるオプションが増えたという事は、オズの客としてのランクが上がったという事でもあり、喜ぶべきなのは分かるのだが。
こちらの反応が思ったよりも芳しくない事に気付いたのか、デシレが不安そうに聞いてくる。
「えと、何かご不満が?」
「あー、いや…… 情けない話だが、ちと懐事情がな」
「オプションですから選ぶ選ばないはお客様の自由ですし、そもそもカードを維持するなら週に2回来店すれば良いので、毎日来る必要は無いですよ?」
「ばっかオメー、制覇してないメニューとかあったら負けた気になるだろうが。あと、お前さんのレベル30到達まで最速記録を打ち立てる気満々なので、覚悟しておくように」
「一体、何と戦ってるんですか……?」
ゲーマーなんて、絶えず自分さえよく分からない物と戦っている生き物だ。選択肢はとりあえずコンプしたいし、記録はとりあえず塗り替えたい。自分でも無意味だと思うこともあるが、他人にそれを指摘されたらキレる。そんなものだ。
それに、なんだかんだでレベル1で身体を動かすと慣れが早い気がする。正直、未だにこの竜裔の身体を十全動かせているとは言い難いので、この先ゲームを楽しむ為にもしばらくはレベルドレインに日参する必要があるだろう。
とりあえず、目標金額を調べるためにオプションの合計額を頭の中で計算していく。高級娼館だけあって、途中で心が挫けそうな金額になってきたがそれでも続けていると、あるものが目に留まった。
「ちょっと聞きたいんだが、この『血の茨』って何ぞ?」
「あ、それですか……」
雅言葉なのか何なのか、名称から内容が想像出来ないオプションはいくつかあったのだが、その中でもこの『血の茨』は値段が書いていない。高級娼館で時価のメニューとか、実際どれだけになるのか想像するだに恐ろしいのだが。
せめて内容から値段が推測出来ないかと思い、聞いてみる。それ自体が無粋と言うことで断られる可能性もあったが、その時はその時だ。
デシレはしばらく考え込んでいたが、やがて自分の中で何らかの結論が出たらしく、口を開いた。
「その、説明が難しいんですが、『血の茨』は一言で言ってしまえば呪詛になります。
先日打ち込んだ刻印を媒介に、お客様にボクの因子を埋め込む術式ですね」
「よく分からんのだが、刻印のアップグレードって理解で良いのか?」
「アップグレード…… 合っているような、間違っているような……」
彼女からすれば簡潔に説明したつもりなのだろうが、オズからしてみるとイマイチ要領を得ない。
オズが異邦人だからなのか、もしくはそもそも悪魔族の文化が特別難解なのかは不明だが、とりあえず説明が伝わっていないことは伝わったようだ。
「悪魔ホープダイアの伝説はご存知ですか?」
「スマン、知らない」
「じゃあ、そこから説明しますね」
悪魔ホープダイア。神話の時代に名を残す、史上最悪の悪魔である。
当時、白の神と黒の神はお互いに眷属同士を戦わせて覇を競っていたのだが、白の神の眷属たる人間達に対抗する形で生み出されたのが、黒の神の眷属たるモンスターと悪魔族であった。
白の神の眷属が神への奉献に応じてその位階を上げるのに対し、悪魔族は人間の位階を下げて神から遠ざけ、モンスターは弱った人間を屠る。そうやって一進一退の攻防を繰り広げていたのだが、ある時その関係は大きく崩れる事になる。
悪魔ホープダイアが至高竜ニーズヘッグを支配し、力に溺れた彼女は黒の神をも裏切って生けとし生けるもの全てに牙を剥いたのだ。血の呪いは命を歪め、魂の呪いは世界を神から切り離した。
神の加護を失った眷属達は大きく力を減じたが、紆余曲折の末に団結してホープダイアに対抗し、最終的には彼女を封じることに成功した。
ただ、それでも神の加護は地上には戻らず、結果として人間達は自分達の力で歴史を作って行かなければならなくなった、と言うのが神話の要諦である。
「で、ボク達悪魔族もしれっと人間側に付いたらしくて、今はこうして暮らしてます。嫌う人も多いですけど。
話が逸れましたが、そのホープダイアが使ったニーズヘッグを支配し命を歪めた呪いというのが、『血の茨』と言われています。まあ、ボクが使ったところで、そんな大層な効果はありませんが」
「面白いな。金貯めて目指してみるか」
「ボクの話、聞いてました?」
「お前さんの話を聞いてたから、興味湧いたんだが」
「えぇ……」
デシレはドン引きしていた。
具体的な効果はよく分からないが、神話に残るような凄い呪いを受けられると言うのは、心引かれるものがある。ゲーム的な事を考えれば、進行不可能になるほどのデメリットは設定されないだろうという打算もあったが。
「まあ、ご要望であれば、明日までにご注文戴ける様にアビリティレベルを上げておきますよ。ちなみにそちらのオプションではお金取らないので、追加料金は結構です」
「お、頼むわ。にしても、そんな安売りして良いのか?」
「命を安売りしてるお客様に言われると、価値観揺らぎますけどね……」
そうは言っても、プレイヤーの命の価値などデスペナルティの時間とロストするアイテムくらいのものである。売るべき時にはバンバン売るのが、ゲームを楽しむコツだ。
休日に向けて新たなモチベーションも得たので、意気揚々とレベルドレインを後にした。




