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仮想とは言え現実である以上、そうそう上手く行く事もない

 身体の中を流れる清水の感触で、ログインした事を知覚する。

 現在、稼働2日目の午前6時。正真正銘の朝っぱらである。余談だが、ミリオンクランズ・ノーマンズの世界では時刻や日の出、日の入の時間は日本標準時と同じである。なんでも、これを大きくずらすと時差ぼけに近い症状が出る危険性があるらしい。

 昨日は来夢眠兎と別れた後、調子に乗って沼地へ一人で赴いた所、アッサリと死に戻りしたためそのままログアウトした。MMOでは珍しくない事だが、同じフィールドでも昼と夜では出現するモンスターの種類や強さが違ってくるため、昼間に行ったフィールドだからと言って夜でも安全に狩りが出来るとは限らない。

 この世界では夜行性らしいゴブリン集団の波状攻撃は退けたものの、一息ついた所で難敵の一つに数えられる亀に足首を噛まれて沼中へ引きずり込まれ、そのまま溺れ死んだ。

 竜裔は一応【夜目】の種族アビリティを持ってはいるが、人間思ってもみない所からの攻撃には普通に対応出来ないのだ。沼地のモンスターに関する事前調査を怠った代償を、半日遅れで払った形である。

 ミリオンクランズ・ノーマンズのデスペナルティはそこそこ重く、アイテムのランダムロストと所持金半減、それに一定時間のバッドステータス付与だ。低レベルの戦闘屋だとバッドステータスが解消されるまで何も出来ないので、そのままログアウトする事にしたのだった。

 回復アイテムをいくつか失ったのはまあ仕方が無いとして、所持金が宿屋に泊まれるギリギリしか残らなかったのが痛い。

 このゲームでは安全にログアウト出来る場所が限られており、例え街中であっても不用意にログアウトするとアバターはその場に残り、道端で寝てる人として衛兵さんにしょっ引かれるらしい。それは嫌なので宿屋に泊まり、開始2日目早々に素寒貧である。

 自分はどちらかと言えば楽観主義者であると思っているオズだが、流石にこの状況は笑えない。このままだと餓死か衛兵にしょっ引かれて臭い飯で食いつなぐかであり、ゲームの中だろうとそんなのは嫌なので、とりあえず人の少ない時間帯に平原で最低限の金策だけはしとこうと思い立った訳だ。

 果たしてオズの考えは大甘だったようで、平原は今日も人で溢れていた。昨日の芋洗いよりは若干マシであるものの、それでも「街を出てちょっと金策しようかい」なんて雰囲気ではない。皆さん、このゲームを楽しまれているらしい。


「さて、どうしたもんかね」


 とりあえず口に出してみるものの、それで何が解決する訳でもない。

 ひとまず、状況を整理してみる。現時点で行ける狩り場は、平原を除けば森と沼地である。

 多少時間はかかるだろうが、一人であれば平原で稼ぐのも出来なくはないだろう。平原兎のドロップアイテムである皮は生産職の素材としてそこそこ需要が有り、数さえ揃えれば結構な金になるらしい。ただ、戦闘自体はかなりのヌルゲーになりそうなので長時間続けるのは避けたい。

 この状況で沼地に突っ込む蛮勇は、オズも持ち合わせてはいない。となれば残る選択肢は森しか無いのだが、蜂がうろついていると判明した以上、森も安全に狩りが出来るフィールドとは言い難い。

 数秒ほど逡巡したものの、結局は森へ行こうという結論に達した。ヌルゲーは嫌だし、昨日の経験から蜂相手でも逃げるだけならなんとかなるだろうという打算がある。オズが事前調査をまともに行った唯一のフィールドでもあるので、敵の情報量が多いというのもある。

 そうと決まれば善は急げで、そのまま森へ向けて歩き出した。現状だと空腹になっても食事も出来ないので、時間を無駄にも出来ないのだ。



 森は意外なほど空いていた。もう少し正確に表現するなら、オズ以外誰も居なかった。道中で森に向かうプレイヤーを見掛けもしなければ、森に入っても狩りをしているプレイヤーの影は無い。

 他人とターゲットの取り合いをしなくて良いのは助かると言えば助かるのだが、稼働2日目でこうも過疎っていると不気味である。恐らくは、早朝であるのと蜂の情報が周知されたのが重なった結果だとは思うが、あまり良い気分はしない。

 それでも気味悪がってばかりも居られないので、さっさと狩りを開始した。

 森に出現するのは、昨日も遭遇したゴブリンと、狼、蛇、それに蜂である。蜂は論外として、金策という意味ではゴブリンも外れとしか言い様がない。石コロと雑草を金に換えるような能力を、少なくともオズは持ち合わせていない。

 ターゲットとなるのは狼と蛇で、特に蛇の皮は防具やアクセサリの素材として需要があるらしい。狩っている人間が少ないなら供給も滞っている筈で、捨て値で買いたたかれる事は少ないだろうという算段だ。

 が、これは上手く行かなかった。


「ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン、狼、ゴブリン、ゴブリン…… ゴブリンの繁殖期か? 畜生め」


 直近で出会ったモンスターを振り返りながら、悪態を吐く。

 森に入ってから、出会う敵の殆どがゴブリンだ。一応、稀に狼も出るので、そこから素材が取れてはいるのだが、アイテムストレージの大半は石コロと雑草が占めている。

 森ゴブリンという事で、木の上から襲ってきたり棒きれを投げつけてきたりと変わった攻撃もあるのだが、いかんせん攻撃力が低すぎて脅威にならない。昨日ならまだ低レベルの内に戦闘も楽しめたかも知れないが、今となっては単なる駆除作業に近い。

 蜂の羽音は何度か聞いているのだが、その時点で進路を変えて遭遇を避けている。現状ではモーションサポート頼りの縛りプレイ状態なので、蜂のような機動力の高い相手とやり合うと負ける事がわかりきっていて、それはそれで面白くない。

 やはり、ゲームを楽しむためには身体操作を早急にどうにかしなければと思うのだが、とりあえずは金が無いのをどうにかしてからだ。

 このままだと金策もままならないので、諦めて沼地に狩場を移すか思案し始めた頃、面白い敵と遭遇した。


「なんだ、またゴブリン…… って、お前ら、意外と多芸なのな」

「ゲギャギャ!」


 現れたのは、またしてもゴブリンである。数は3で、特に多いと言う事は無い。ただし、全員が狼に跨がっていた。

 ウルフライダー、とでも言うのだろうか。長めの棒きれを持って武装しており、それなりに様になっている。思わず写真を撮ってしまった。


「ゲギャー!」


 ゴブリンが一声かければ、それに応えて狼が走り出す。馬具の類も無いのに、意外と安定している。

 まあ、プレイヤーが【騎乗】アビリティを覚えるなら、モンスターが覚えても不思議ではない。ゴブリンが、というのは少々予想外だが、歯応えの無い戦闘に飽きてきた身としては、これは嬉しい誤算だ。

 ウルフライダー(仮)はそこそこの強敵だった。

 元々背の低いゴブリンは、狼に騎乗してもそんなに高さが変わらない。3m越えのオズとは倍近い体高差があり、その背の低さと狼の速度が良い感じに機能している。3匹バラバラになって足下をかすめるように走られると、攻撃パターンの限られるモーションサポートでは捉えるのが難しい。

 狼単体であれば、噛みついてきた所を狙い撃てるのだが、ゴブリンの持つ棒きれがそれを上手く補っており、足を削るように突撃を繰り返す事で、大きなダメージも見込めない代わりに攻撃のリスクも最小限に抑えている。3匹の連携も悪くない。


「なんだお前達、やれば出来る子か!」


 オズの軽口に反応する事も無く、ウルフライダー達は一撃離脱を繰り返す。戦闘中は無駄口を叩かないタイプか。それはそれで良し。

 棒きれとは言えスピードが乗ればそれなりの威力は出るようで、【調息】アビリティでは追いつかない程度のダメージは貰っている。これが石槍や鉄槍だったらと思うと、ゴブリン達の文明レベルの低さが残念だ。

 狼達の移動速度は速いと言えば速いが、目で追えないほどではない。アクションゲームであればもっと速い敵は珍しくないわけで、少し戦っていれば慣れた。後は、どうやって攻撃モーションの軌道をウルフライダー達の進路に重ねるかだ。

 幾度目かの突撃に合わせて、左腕で相手の棒きれを払い落とす。思わず体勢を崩したゴブリンを、竜裔の長い腕を活かして捕らえる。力任せに持ち上げて、そのまま地面に叩き付ければ、耐久力はゴブリンのままらしくドロップアイテムへと姿を変えた。


「グァウ!」


 驚いたのはその後の狼の行動で、主を喪って尚怖じ気づく事なく、オズの左腕へと噛みついてきた。せめて一矢報いようということか。その意気や良し。

 右腕と尻尾で残りのウルフライダー達を牽制しつつ、腕に噛みついた狼の喉笛に食らいつく。ゲーム中では竜の末裔を名乗るオズの牙は狼の毛皮を容易く突き破り、そしてそのまま食いちぎった。

 左腕にかかっていた狼の重量が消えていく事を少し残念に思いながら、残り2匹のウルフライダーに向き直る。

 ウルフライダー達はよく戦ったが、数が減ってしまえば当然戦力は落ちる訳で、程なくしてもう一匹が消滅した。

 最後の1匹となったウルフライダーはしばし逡巡していたようだったが、くるりと反転するとそのまま遁走し始める。一瞬、石コロ投げつけてやろうかと思ったが、残しておけばまた増えるかも知れないと思い見逃した。

 ドロップアイテムは個別のモンスターと変わらないらしく、石コロと雑草、それに狼の皮と肉と牙である。戦果としては下の下だろうが、戦闘自体は歯応えがあったのでオズとしては満足している。


「こうなると、【モンスターテイマー】アビリティとか欲しくなってくるな」


 今回はオズが勝ったが、ゴブリン達の装備とアビリティレベルがもう少ししっかりしていれば、また違った結果になったはずだ。昨日の蛙や亀もあれはあれで戦っていて面白いが、こういう『技術』を使ってくる敵はオズの好みである。

 捕らえたゴブリンと狼に【騎乗】と【乗騎】アビリティを覚えさせつつ、ついでに鍛冶や木工を仕込んで放流してやればかなり面白い事になるんじゃなかろうか。まあ、オズ自身は生き物の世話とかが苦手なので、あくまで妄想にとどまるが。

 とりあえず、それっぽいアビリティが無いかと確認するために、インフォメーションに目を通す。


オズ悪人が 種族レベル 7 になりました

オズ悪人が 種族アビリティ:【捕食】を取得しました

オズ悪人が 一般アビリティ:【掴み】を取得可能になりました

オズ悪人が 一般アビリティ:【投げ】を取得可能になりました


 いつの間にかレベルが7に上がっていた。というか、6になった記憶が無い。記録を遡ってみると、どうも昨夜の沼ゴブリンで上がっていたようだ。

 最近格ゲーばかりだったので、インフォメーションに目を通す癖がすっかり抜けている。自分への戒めとして、とりあえず通知音だけは鳴るように設定を変えておいた。

 取得可能なアビリティを確認してみたものの、やはり【モンスターテイマー】は見当たらない。まあ、特にそれらしい行動はしていないので、あったら逆に驚きだが。

 【捕食】は文字通り、モンスターを食う能力らしい。戦闘中の噛みつき攻撃の威力が上がり、肉を食う事で空腹度の回復の他、稀にステータスアップしたりアビリティを習得したりするそうな。

 大食いでレベルアップの遅い大型種族の特性を考えれば、悪いアビリティではない。ないのだが。


「戦闘中に敵に噛みつくってのはなぁ……」


 VR格ゲーでは、相手への噛みつきは禁止されていない場合が多いが、使う人間はほぼ居ないと言って良い。

 人間の咬筋力は動物の中でも弱い方だし、歯も噛みつき攻撃をするようになっていない。何より、口を開けた状態で顎を殴られれば簡単に外れたり折れたりするので、攻撃の際のリスクが大きいのだ。オズも、意図して使った事は殆ど無い。

 ただ、このゲームのオズは肉食のトカゲで、武器としては悪くないかも知れない。先程の狼を仕留めた攻撃を鑑みても、使いどころが無い訳ではなさそうだ。精神的な抵抗感さえどうにかなれば、だが。

 とりあえず、使ってみてから考えるかと思い、次の獲物を求めて歩き出す。



「うえぇ、マッズ」


 【捕食】アビリティには意外な欠点があった。ゴブリンが不味いのだ。ゴブリンのドロップアイテムに肉が無い理由を痛感する。

 いや、冷静に考えれば、別にゴブリンだけが特別不味いと言う訳ではないのだろう。どんな動物だって、血抜きをせずに食えば血生臭さが嫌でも気になる訳で、血の味に慣れていない現代人が生きた獲物にそのまま噛みつけば、こうなるのは必然と言える。

 先程のウルフライダーのように戦闘に熱中していれば、血の臭いなど無視できるのだが、残念ながらあれ以降出てくるのは普通のゴブリンばかりである。亜人とは言え人型の生き物を適当に捕まえて齧り付くと言うのは、それだけで気分が良くない。

 ついでに、「生肉を食うと腹を壊す」という嫌なリアリティが設定されているらしく、食う度に気分が悪くなり、何匹目かでとうとう「毒」の状態異常が付いた。竜の末裔のくせに、変な所で繊細なアバターだ。開発スタッフが「便意」とかいうステータスを設定しなかった事だけは、英断と言わざるを得ない。

 毒消しを持っていないので、とりあえず【調息】アビリティでHPの回復を図りつつじっとしていると、先程設定した「ポーン」という通知音が聞こえた。


オズ悪人が 種族アビリティ:【悪食】を取得しました


 【悪食】は、食事によって受けるダメージや状態異常が付く確率を下げてくれるらしい。と言う事は、アビリティを鍛えたければダメージを受けるような物をどんどん食えと言う事か。

 肉食獣にはあってしかるべき能力なのだろうが、ロールプレイする現代人としては罰ゲーム的感覚が強い。今は飯代も惜しいのでモンスターを食うのもやむなしだが、平時であればなるべく使いたくないアビリティだった。

 毒のダメージは結構洒落にならないレベルで、先程のウルフライダー3匹から貰ったダメージよりも遥かに大きい。比較するような物でもないとは思うものの、やはり釈然としない。

 どうにも【調息】では回復が追いつかないので、回復アイテム節約のために【無属性魔法】と【樹魔法】を習得する。

 《リーフヒール》でHPを回復中に、そう言えば【樹魔法】に状態異常回復のスキルがあるかどうか知らない事に気付いて、更に落ち込んだ。

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