鱗はあれど、トカゲは魚じゃない
体の中に降る氷雨の感触で、ログインしたことを知覚する。
日曜の朝8時、種族レベルは1。つまり、いつも通りである。と言っても、休日朝に種族レベル1なのは何気に今日が初めてだったりするが。
ベッドから体を起こし、メニューを開く。ログイン前に課金して手に入れた、『軽量化の鞄』が反映されていることを確認した。
『軽量化の鞄』はその名の如く、アイテムバッグに入れた物の重量が半分になる課金サービスである。1ヶ月毎に使用権を買う事になるのだが、10ヶ月分の代金で1年使えるサービスがあったので、それにした。オズとて社会人であるので、その程度の金はある。
昨日の砂浜で半分も行かないうちに重量ペナルティが発生したことを考えれば、必要な出費だと思っている。別に律儀にドロップアイテムを全部拾う必要も無いのだが、折角【狩猟】を持っているのに素材を捨てていくのは、何となく勿体ない気がしてしまう。【運搬】を始めとするアビリティのレベルアップでいきなり可搬重量が倍になるとも考え難いので、この際金の力に頼る事にしたのだ。
ログイン時の感触から期待しながら窓の外を見るが、残念ながら雨は降っていなかった。空を見ればどんより曇っているのでその内降り出すのかも知れないが、それを待つのも時間が勿体ない。
仕方が無いのでオークでレベル上げをしようと準備をしかけた所で、ふと思い立つ。昨日の蟹は、レベル上げの相手に丁度良いのではなかろうか。
蟹は横歩きしか出来ないので距離を詰める際にはジグザグ走行をする必要があるし、攻撃方法がほぼ鋏一択なので読みやすい。攻撃力自体はオークより高いのだが、そもそもレベル1ならオークの攻撃をまともに食らった時点で即死だろうから、あまり意味はない。
落ちているクラゲや、恐らく居るであろう未見のモンスターは懸念事項だが、この時間であればデスペナルティを受けても解除後に色々出来る。何より、オークの相手もマンネリ気味だ。新しい刺激があった方がモチベーションが続くだろうと言い訳して、海へと向かった。
1時間弱も狩りをすれば、種族レベルは19まで上がっていた。やはり、経験値効率で言えば山より数段上であるようだ。
砂浜の敵は昨日遭遇したトラッパーシェルと2種類の蟹、クラゲに加えて昨夜は見なかった新顔の海鳥だった。
海鳥は山のカラス同様に集団でこちらを襲ってくるのだが、羽を飛ばして遠距離攻撃を仕掛けてくるのがカラスとの違いだ。ネットランチャーで網に絡め取り、網ごとぶん回して砂浜に叩き付ける事で事なきを得たが、レベルが低い内に遠距離でチクチクやられていたら、それだけで死に戻って居た可能性はある。運が良かったと言えるだろう。
死体を【鑑定】した所、『ビッグビーク』という名前が明らかになったが、まあ些事である。肉は普通に鳥肉だった。
レベルが上がってしまえば羽攻撃も【竜鱗】で容易く弾けるので、今も手裏剣で翼を攻撃してたたき落とし、そのまま踏み潰した。
「ジョージさんに貰った新兵器、早速役に立ったな……」
ジョージ夫妻は、事情が事情とは言え素材を無償提供されるというのは抵抗があったらしく、物々交換の形で色々提供してくれている。カブトムシ戦用に用意したが余ったネットランチャーや、投擲用の手裏剣や投槍等がそれで、無ければ海鳥の相手は難しかっただろう。
他のモンスターは特に昼と夜で性能が変わるようなこともなく、クラゲは落ちているだけだし、蟹は練習相手としては中々よろしい。出来れば蟹とだけ戦いたいのだが、昼間は海鳥の方がエンカウントしやすいらしく、練習としてはイマイチだ。
トラッパーシェルは昨日ゾフィーの索敵にも引っかからなかった事から分かるように、隠密能力が高いらしい。オズの【気配察知】では全く察知することは出来ない。
ただ、どうも何かが上に乗ったら即飛び出してくるようなので、蟹の足を白杖のように構えて前方を叩きながら歩いていると、引っかかって飛び出てくる。攻撃方法が貝殻による噛みつき(?)攻撃だけなので、貝殻を開いた瞬間にクラゲを放り込んでやれば高確率で麻痺になるため、貝柱を切るのも案外容易い。未消化のクラゲが残っているのか、食うと麻痺になるのでゲッコーには売れないだろうが。
そんな感じで敵を倒しつつ、しばらくレベルを上げていたのだが。ふと、インフォメーションに気になる一文を見つけた。
【水魔法】レベルが18になったので、《ブレスインウォーター》が使用可能になりました。
メニューを開いて説明を読めば、そのまま一定時間水中で呼吸出来るようになる魔法のようだ。ゲームではそこまで珍しくない魔法ではあるのだが……
「水中で呼吸が出来る、ねぇ……」
言いながら、海の方を眺める。
海岸線を辿った先に港町があるので、まず間違いなく順路はこのまま砂浜を行くことだろう。問題は、順路を外れるとどうなるか、だ。
ゲームによっては、見えない壁で遮られて進めないこともあるのだが、このゲームで見えない壁に当たったことはない。森では木々が生い茂っていてオズの巨体ではそれらをなぎ倒さないと通れそうになかったし、山は切り立った崖になっていたりしたので壁と変わりなかったのだが。
このタイミングで水中呼吸の魔法、このタイミングで海。何となく「行け」と言われている気がして、そのまま波打ち際へと歩を進める。
ドンドン歩いて行くと、やがて蹴爪の先に波しぶきが掛かる。そのまま足首、膝、腰まで水に浸かり、それでも歩みを止めないと肩まで水に浸かった。小型種族はおろか、中型種族でも水に沈む深さである。《ブレスインウォーター》を唱えてからなお歩き続ければ、何の抵抗もなく頭の先まで海中に沈む。
海中は、思ったよりも明るくて綺麗だった。ゲームなので水中でぼやけて見えないというようなこともなく、普通にゴーグルを付けて潜水したような景気が目の前に広がっている。まだ深い所まで行っていないので水上からの光も十分に入ってきており、視界に不自由はない。
ただ、動きの方は大分制限される。竜裔が重いからなのか荷物が多いからなのかは不明だが、そのまま歩くと沈むのだが、しっかりと水の抵抗は掛かるので、歩く速度は地上に居るときより大分遅い。また、恐竜脚は水泳に向かないようで、少しバタバタさせても上に上昇する気配がない。腕で水をかけば何とかなるようだが、戦闘には大分ハンデが付くだろう。
初めて使用した《ブレスインウォーター》は問題無く動作しているようで、水中での呼吸に不自由はない。試してみたが声も出せるし、魔法も使える。ただ、魔法が切れたときにはどうなるか分からないので、効果時間には注意する必要があるだろう。幸い、視界の端にタイマーが映っているので、自分で効果時間をカウントする必要はないらしい。
しばらく水中での動きを確認していると、急に体が動かなくなった。何事かと思ってメニューを確認すると、麻痺の状態異常に罹っている。慌てて周囲に気を配れば、いつの間にかクラゲに囲まれていた。砂浜では地面に落ちているだけだったクラゲだが、海中ではフローティングジェリーの名の通り辺りを漂っているようだ。ほぼ透明なので目には見え難いが、【気配察知】には反応するのでそのまま魔法で殲滅する。耐久力は地上に居た頃と変わらないようで、すぐに片付いた。
《キュア》で状態異常を回復し、一息つくと今度は視界の端に銀色に光る物が映った。何かと思って目を向けてみれば、コハダ位の大きさの魚の群れがこちらに向かってくる所だった。魚の群れはオズの巨体を恐れずに突っ込んでくる。まず間違いなくモンスターだろう。慌てて回避しようとするが、水中では満足に動けずにまともに食らった。
魚の体当たりで鱗が削られていく。一発一発は大した威力ではないが、なにせ数が多いので蓄積するダメージも馬鹿に出来ない。魔法で迎撃しようにも、こちらの魔法が発動すると素早く散らばって回避される。回避仕切れなかった数匹程度を仕留められることもあるが、群れ全体から見れば軽微な損害であり、再び突進してきた群れに飲み込まれる形でダメージを食らっていく。
このままでは埒が開かないので、突っ込んでくる群れを口を開けて迎え撃つことで、小魚を食い散らして行く。口の中が切れるが、この際構っていられない。何度か交差して群れの数を減らしていく内に、小魚は割に合わないと思ったのか進路を転換してアッサリと逃げていった。追いかけようにも、到底追いつける速さではない。
「流石にマズいな、こりゃ」
魔法で体力を回復しながら、独りごちる。
水中でも地上と同じ様に戦えると思っていた訳ではないが、それでも想像以上に動けていない。もし先程の小魚がオズの口を避けるように突進してきていたら、今頃エサになっていたのはオズの方だろう。
このまま逃げ帰るのは何となく悔しいので、危険ではあるがメニューを開いて取得可能なアビリティを確認していく。いつの間にかかなり増えていた取得可能アビリティの数に辟易しながら調べていくと、【水泳】というアビリティを見つけた。読んで字の如く泳げるようになるほか、水中での行動に補正が掛かるらしい。2APだったので、その場で取得する。
アビリティ取得直後の感覚としては、「言われてみれば、動きやすい気がする」程度だった。まあ、レベル1でそんな劇的な変化を望む方が間違っているだろう。レベルを上げればマシになるだろうと自分に言い聞かせながら、先へと進む。
その後、何度かクラゲや小魚に襲われて迎撃していると、いつの間にか種族レベルが23まで上がっていた。一匹一匹の経験値は微々たる物だが、どちらも群れてくるために総合的な経験値としては結構大きいようだ。時刻もいつの間にか正午を回っており、一旦戻ろうかと考えたそのときだ。
スッとオズの上に影が差した。何事かと思い見上げれば、いつの間に近付いていたのか巨大な魚影がオズの上に迫っていた。
シルエットとしては、ノコギリザメに近いように見える。ただし、現実のノコギリザメが精々2m弱の大きさしかないのに対して、目の前の魚影はおそらく10m程度はあるだろう。下手なシャチよりもよほど大きい。
一見するとゆったり泳いでいるように見えたが、それはサイズが大きいのでそう見えるだけで、実際には先程までの小魚よりも速い。「あ、こりゃ無理だな」とは思ったものの、抵抗もせずにやられるのは趣味ではないので、戦闘を開始する。
水棲なら雷は効くだろうと考えて《ライトニング》を放つが、効いているのかいないのか分からない内に接近され、そのまますれ違い様に右腕を切り落とされる。慌てて振り返るより速く、戻ってきたノコギリザメに左腕を落とされた。
せめて一矢報いんと《ウィンドカッター》を放ったが、まるで当たらない。そのまま、右足、左足、尻尾と順番に切り落とされた。明らかに弄ばれている。
「テメェッ」
オズが負け惜しみを言い終わるより早く、その首が切り離される。
「その顔、覚えたからな!」
死に戻った自宅のベッドで吼える。無論、負け惜しみだ。そもそも速過ぎて顔をじっくり見る余裕など無かった。
苛立ちのままに拳を振り上げるが、物に八つ当たりして怒りを無駄遣いするのが勿体なくて、そのままゆっくりと降ろす。
「クク、クハハハハハ…… 面白ぇじゃねぇか、このゲーム……!」
あまりにも頭に来すぎて、逆に笑えてくる。
このゲームで負けたのも、死んだのも初めてではない。ただ、今までは多対一だったりパーティで挑んでの負けだったりで、悔しがろうにも今一つ悔しがりきれない所があった。が、今回は文句なしのタイマンで、言い逃れ出来ないくらい完敗である。
オズは負けるのが嫌いだ。舐められるのはもっと嫌いだ。それが、あんな舐めプをされて、そして手も足も出ないで負けた。それを思い出すだけで、心臓が早鐘を打ち、頭に血が上って行く。
ゲームは攻略法を考えている時間が、一番楽しい。あの鮫をどう殺すか。その為には何が必要で、それを揃えるためには何をする必要があるか。頭の中でいくつもの案を組み立て、それらを連ねていく。
時間が惜しい。デスペナルティ中でも出来ることを頭の中にリストアップし、行動すべく家を出た。
ゲームは楽しい。久しぶりに、心に殺意の火が灯る。




