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浜辺には罠がいっぱい

 リアルでの夕食および家事雑事を済ませてしばらくして。

 オズは、三度ムーンサイドビーチへと足を運んでいた。日はとうの昔に沈みきり、その名の如く月明かりが砂浜を照らしている。

 暗い海にわずかな風、寄せては返す波の音と、それだけなら風情のある景色なのだが――


「ギチギチギチ」「ガチガチガチ」

「またかよ……」


 エンカウント率が高すぎて、どうにも風情を楽しむ状況ではない。

 現れたのは、ブレードクラブとシールドクラブという、蟹のモンスターである。頭の位置がオズより少し低い位なので、かなり巨大だ。まんま、刃のように鋭い鋏を持つブレードクラブと、盾として使える頑丈な鋏を持つシールドクラブのコンビで、常に複数で行動しているようだ。

 蟹特有の硬い甲殻とそれに見合う高い防御力、そしてそれなりのコンビネーションを使ってくる敵ではあるが、蟹故に横歩きしか出来ず、コンビネーションもミドルオークに比べればそこまで上手い訳でもないという微妙な敵だ。

 こいつらだけなら何ら脅威ではないのだが、問題はそこかしこに落ちているクラゲである。打ち寄せられたのか何なのか、フローティングジェリーというクラゲのモンスターが砂浜の広い範囲に散らばっており、踏んづけると高確率で麻痺の状態異常を食らう。

 麻痺は体の動き全般に制限のかかる状態異常で、辛うじて口は動くので《キュア》で治療は出来るのだが、動いている最中に麻痺になると容赦なくバランスを崩すので非常に事故りやすい。一撃死するほどブレードクラブの攻撃力が高くないから何とかなっているものの、かなり嫌らしい配置だ。

 動かないのか動けないのか、フローティングジェリーは本当に落ちているだけなので気付きにくく、戦闘に集中しているときほど踏んづけやすい。森の蝉に続く状態異常ギミックで、考えた奴はプレイヤーがやられて嫌なことを分かっていると言わざるを得ない。

 最初は目視でどうにかしようとしていたのだが、流石によそ見しながら戦えるほど蟹も弱くはないので、諦めて【気配察知】を取得した。レベルが低いため範囲が狭く、そこまで劇的な変化は無いが、それでもクラゲを踏んづける回数は減っている。

 蟹達は一応、攻撃と防御で役割分担をしているのだろうが、ブレードクラブがそこそこ防御力も高いため、結果的に攻撃力の低いシールドクラブは良い所無しになってしまっている。蟹だけあって関節も折れやすいので、適当に取り付いて足を折り取って行けば、あっという間に無力化出来る。

 ブレードクラブも鋏を振り回すだけではカバー出来ない範囲が多すぎて、死角から近付いて解体するのも容易い。クラゲさえどうにか出来れば、そこまで苦戦する相手ではなかった。

 バラバラになった蟹を回収しながら、落ちてるクラゲを口に放り込む。麻痺に罹るが、《キュア》で治療した。麻痺への耐性が手に入らないかと思いやっているのだが、今の所そういったアビリティが手に入る気配は無い。毒のある敵や森の蝉はそれなりの数を食ったはずだが、やはり状態異常耐性は手に入らなかったので、アビリティ自体が無いか、取得方法が間違っているのか。

 他に状態異常を防ぐ手段として考えられるのはアクセサリ装備だが、アクセサリも付ける部位によって素手で攻撃したり他人を騎乗させたりしたときに干渉するため、出来れば避けたい。そもそも、そんなアクセサリがあるのかどうかすら、調べていないので知らないのだが。

 夕方に見た港町の方向を目指して歩いていたのだが、エンカウント率が高すぎて半分も行かないうちに蟹の重量でペナルティが発生した。身は普通に美味いし、甲殻も装備の材料になるだろうと確保していたのだが、それが裏目に出た形である。

 ちなみに、砂浜には昼間にゾフィーがやられたトラッパーシェルも居るはずなのだが、今の所出会っていない。あの時のゾフィーがよほど運が悪かったのか、夜は出現しないのかは現時点では不明だ。

 今まで散々舐めプで痛い目に遭っているので、重量ペナルティを負ったまま進むのは避けたい。威力偵察という大義名分(いいわけ)が無いではないが、どうせ死ぬならミドルオークの方が戦っていて楽しいのは事実だ。少し考えたが、結局は引き返すことにした。



 職人街の屋台は、いつものように怪しいフード付きマントで賑わっていた。

 人数的にはプレイヤーの方が多いのだが、プレイヤーの種族や格好がバラバラなのに対し、レベルドレインの店員達は格好が統一されているので悪目立ちしている。とは言え、問題を起こす訳でも無いので、今の所は文句も上がっていないようだったが。

 寸胴をかき回しているゲッコーを見つけ、声を掛けた。


「よう、ゲッコー。突然だけど、蟹好き?」

「おう、下の人か。蟹は、まあ、好きだが」


 ならば問題あるまいと言うことで、アイテムバッグから取り出した蟹の足を放ってよこす。改めて見ると、かなりデカイ。足の一本で竜裔の腕と同じくらいの長さがあるので、足を広げたらおよそ6~7m程度になるだろう。そりゃ、重い訳だ。

 ゲッコーは少々戸惑ったようだが、料理人としての好奇心が勝ったようで、足を折って中の身を口にした。


「なんつーか、普通に蟹だな。これなら、少し火を通した方が美味いかも知れん」

「大量にあるんだが、いくつか引き取ってくれんかね」

「欲しくないと言えば嘘になるが…… おいくら?」


 言われて、相場を調べていない事に気付いた。

 蟹は結構足の速い食材である。余らせても自分で食うか捨てるかしか出来ない。少し迷ったが、今日の戦果を考えればそこまで入手の難しい食材でもないと言うことで、かなり安めの値段を提示した。

 余談だが、蟹を腐らせると命の危機を直感するようなヤバイ臭いがする。ゲームとは言え、自宅でそんな物を発生させたくは無い。

 他の屋台の店主と共同購入したいと言うので承諾すると、ゲッコーは他の屋台の店主を集めて相談を始めた。ひとまずサンプルとしてブレードクラブ一匹分を提供し、結論が出るのを待つ。

 いつにない真剣な雰囲気が気になったのか、いつの間にか近くに来ていたデシレが声を掛けてきた。


「それ…… 本当に食べるんですか?」

「蟹、食ったこと無いのか?」

「故郷で沢蟹は食べてましたけど、あんなに大きいのは……」


 デビルマウンテンと言うくらいだから、やはり山の中なのだろう。海の生き物が初見でも不思議ではない。

 オズからしてみれば、ゲームなのに沢蟹が居る方が意外だったりするが。


「沢蟹って、どうやって食うんだ? やっぱ素揚げ?」

「スアゲ……? いえ、主にスープですね。そのまま煮込んで出汁ガラにするのもありますし、手間を掛けるなら、丸ごとすり潰したのを漉して茹でるとふわっとした身が出るので、それを食べたり」


 聞き慣れない調理法なのでゲッコーに聞いてみたのだが、おそらく「かにこ汁」とか「ガン汁」等と呼ばれる料理だそうだ。特に蟹の種類は問わないらしいが、持ち込んだ巨大な蟹を丸ごとすり潰すのは拷問でしかないので、実際の調理は丁重にお断りされた。

 デシレの故郷というと何となく貧しいイメージがあったのだが、独自の食文化があるという事はそうでもないのかも知れない。単に、食材を無駄にしない知恵である可能性もあるが。

 未知の食材に興味はあるようだったが、そろそろ店の開店時間だという事で、デシレ達はそのまま帰って行った。

 程なくして、店主達の相談も終わり、結構な量の蟹が売れた。スータットでは普段手に入らない海産物だというのと、安値なので量を仕入れてレシピの研究をしたいという事で、需要が高かったらしい。

 思わぬ臨時収入に気分を良くし、うどんを一杯注文する。うどんを茹でている間、ゲッコーが話しかけてきた。


「そういや下の人、その角はイメチェンか何かか?」

「森のボスがカブトムシだった話、する?」

「あー、そっちか。悪いこと聞いちまったな」


 自分からは見えにくいので今一つ存在感の無い鼻先の角だが、傍から見るとやはり目立つらしい。同族のゲッコーだから、尚更気になるのかも知れないが。

 未知のアビリティに関する質問をしたことを気にしている様だったが、大元の取得方法はゲッコーからもたらされた物であるし、そこまで秘匿したい物でもない。雑談がてら、説明することにした。


「そんな大層なモンでもない。一段階目が【角】、二段階目が【竜の角】ってアビリティで、まんま角が生えてそれを使った攻撃に補正が乗る。二段階目だと、魔法効果にも若干補正が乗るらしい」

「角はともかく、魔法に補正が乗るのは良いな」

「だな。二段階目は魔法使うだけでアビリティ経験値が入るから、使えるアビリティだとは思うぞ。……カブトムシの味に目を瞑れば、だが」

「カブトムシか…… 流石に、リアルでもゲームでも調理したことは無いんだが」


 オズはそこそこVRゲームの経験がある方だと自負しているが、それでもカブトムシを食材とするゲームに出会ったのは初めてだ。もしかしたら昆虫食の文化がある国では食べられているのかも知れないが、現代日本人から縁遠いのは間違いない。

 カブトムシに関する食レポをやっても営業妨害にしかならないので、話題を変えることにした。

 一応の警告も兼ねて、ジョージ達が戦闘職からイチャモン付けられた事を話しておく。残念ながらMMOでは良くある話で、ゲッコーも覚えがあるという事で、難しい顔をしていた。

 大抵のMMOに置いて、料理人は不遇職である。ヒエラルキー的に下に見られることが多く、酷いのになるとバフ効果のある食事をタダで提供しろと言ってくる輩まで居るらしい。ジョージの話も、あながち他人事では無いそうだ。


「そんな訳で、ジョージさん達はしばらく知り合いからの受注生産に絞るそうだから。包丁とかエプロンとか入り用なら、注文してやってくれると嬉しいかな」

「この見た目でエプロンは相当シュールだと思うが。まあ、いくつか新調したい調理器具もあるし、時間のあるときにでも相談してみるわ」


 そんな話をしている内にうどんが茹で上がり、サッと食べて店を後にした。

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[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 新鮮な食材だー 麻痺クラゲはスイーツに加工しよう
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