プロ帰る
「《ノッキングスネア》」
オズの【土魔法】に呼応して、地面がスイカ半玉分だけ隆起する。
通常であればタイミングを合わせなければゴブリン一匹転ばせるのも難しいスキルだが、相手が暴走トロッコとなれば話は別だ。隆起に乗り上げた車輪がそのまま浮き上がり、バランスを崩して転倒する。たちまち後続も巻き込んで、大事故が発生した。
来夢翠から教わった方法だが、思った以上に大惨事になっている。トロッコを起こそうとしたブリキ人形をぶん殴って邪魔しつつ、ダルマストーブを踏み潰す。敵の残骸を走っているトロッコの車輪に噛ませる様に投げつければ、また次の大事故が発生する。
昨日の戦闘と来夢翠との情報交換で分かった事は、一所に留まらず動き続けないとジリ貧になると言う事だ。敵はドンドン増えるので、足を止めるとその辺り一帯が油と炎で酷い事になる。また、完全にトロッコに囲まれると脱出が困難なので、相手の陣形が整う前に移動しないと結局はローストリザードになるのを待つばかりだ。
「《ファイアニードル》」
ブリキ人形が投げつけようと構えた油瓶に、【火魔法】を叩き込む。鉄製の人形に魔法はほぼ効果が無いし、炎もあまり有効では無い。それでも、燃え続ければ一定のダメージは見込めるので、相手の手を潰しつつダメージを稼げるという点で優秀な方法だ。
敵の数が多いので、相手に好きにさせないためにも手番をドンドン潰していくのが肝要だ。各種魔法は、攻撃手段ではなく相手への妨害手段として使えば、鉄で出来た相手だろうと一定の効果は見込める。絶えず魔法を使い続けるので【調息】による回復は出来ないが、そこは《消化吸収》で誤魔化す。ブリキ人形を消化吸収して体力を回復するトカゲは、本当に生物なのか疑問だが。
投げられた油瓶はなるべく空中にある内にクズ鉱石を投げて割り、零れた油は《ウォーターヴェール》に掛かるようにすれば火が燃え広がる心配も無い。
相手の攻撃パターンを潰し、自分の攻撃を一方的に通せる状況にする。ゲームでは鉄板の戦法である。もっとも、上手くハマる事はそうそう無いが。とにかく最大効率で敵を潰すべく、オズは駆けた。
「……まさか、アレでも手数が不足するとはなぁ」
【竜の胃袋】がレベル15になっても、《消化吸収》の回復量は話にならないくらい雀の涙だ。【調息】程にはMPを確保出来ないので、そうそう景気よく魔法をぶっ放し続ける訳にも行かない。最初の内こそ調子よく敵を片付けていたのだが、後から後から湧いて出るトロッコを相手取るのにMP枯渇が予想されたので、結局は逃げ帰る羽目になった。
オズとしては、AP15を消費し各属性魔法を覚えてからの討伐行だったので、一発成功とまでは行かなくともせめて成功する目くらいは見えて欲しかったのだが、そうそう上手くも行かない様だ。
一応、鉱山街で野良パーティが組めないかと主要施設を回ってみたりもしたのだが、プレイヤーらしき人影が殆ど無い。ゴーレムの攻略法を考えれば、攻略組でなくとも鉱山街に辿り着くのはそう難しくないはずなのだが、何故かあまり人気がないらしかった。
森は森で、ソロだと蝉からの睡眠を防ぐ手立てが今の所無いので、これまた攻略は行き詰まっている。どうしたものかと頭を抱えながらも、とりあえずは蛙の納品のためにゲッコーの屋台までやって来たのだった。
ゲッコーの屋台には、意外な面子が居た。仕事のためにここ数日ログインしていなかったプロ二人組が、今日はログインしていたのだ。オズに気付いたスーホが声を掛けてくる。
「おお、オズか。久しぶり…… と言うほどでもないが」
「ま、しばらく振りではあるかな。聞く所によると、ご活躍だったそうじゃないか」
「ここ最近、負けが込んでいたからな。なんとか悪い流れを断ち切れたと言った所だ」
ニュースサイトの情報によれば、スーホは参加していたゲーム大会で優勝していたはずだ。中規模の大会とは言え、ホームで負けると言うのはどの国でも屈辱であるので、現地の選手達も気合いを入れて臨んでいる。それを跳ね返しての優勝なのだから、誇るべき戦果ではある。
一方、準々決勝でスーホと当たって敗北を喫したクマゴローは、熊の表情に詳しくないオズから見ても分かる程度に不機嫌な顔をしている。まあ、プロゲーマーなんて負けず嫌いなのが当たり前なので、大会後にはよく見られる光景だ。そう心配する事も無いだろう。
ゲッコーに雑魚蛙を卸すついでに料理を注文し、出来るまでの間はスーホ達との談笑で潰す事にする。
「それにしても、随分客が多いんだな。日曜に聞いた感じでは、失礼ながらあまり流行ってない印象を受けたんだが」
「それについちゃ、下の人様々だな。ただ、出来ればもう少し格好に配慮して貰えると嬉しいんだが……」
スーホの即直な感想に、ゲッコーが頭痛を堪えるような声で答える。リピーターの大部分はレベルドレインの店員達なので、光景としては繁盛店と言うよりも邪教のミサといった方が近い。一応、プレイヤーの利用客も増え始めてはいるそうだが、それでも全身ローブの人間が圧倒的に多いのだった。少々姦しいとは言え、特に問題行動を起こす訳でもないため、今の所は放っておかれているそうだが。
ただ、売り上げには確実に貢献しているため、ゲッコーの屋台も設備が充実しつつある。この調子なら、そう遠くない内にメニューの拡充が出来るそうだ。知り合いの店が繁盛しているというのは、まあ悪い事ではない。
「そういやゲッコー、【捕食】の件、コイツラに話して大丈夫か?」
「ん、ああ、構わねぇよ。そうだ、ついでに言っておくと、ウルフは駄目だった」
「そうか。ま、流石にそこまで都合良くもいかんか」
話しについて行けないプロ二人に、ゲッコーの発見した【捕食】の能力について説明していく。「内臓を食う」というのは彼等にとっても盲点だったようで、驚いた顔をしていた。ちなみに、クマゴローは【捕食】を持っているのだが、スーホは敵に噛みついてもアビリティを取得出来なかったらしい。まあ、肉食の馬というのもそれはそれで怖いが。
オヤブンウルフからもアビリティが取得出来ると判明した時点で、ゲッコーには内臓付きの死体を渡していたのだが、それを食ってもアビリティ取得は出来なかったそうだ。流石に、他人の狩った獲物でアビリティが取得出来るほど甘い仕様でもないらしい。とは言え、日曜にケロツグを狩った際にはゲッコーは実質後ろで見ていただけなので、討伐の際にパーティに入っていれば恐らく問題無いのだろう。
「うーん、【悪食】はともかく、【爪技】がパワーアップするのはありがたいかな」
「と言うか、変化するアビリティって各種族で共通なのか? 胃袋や爪はまだしも、各種族共通の器官しか変化しないとなるとそれはそれで厳しい気がするが」
「確かに、【尾技】なんかは有るのと無いのが居るしな」
クマゴローの感想に、スーホが尤もな疑問を挟む。
サンプル数が絶対的に足りていないので何とも言い難いが、確かに種族によって特徴が異なっているのに、アビリティ変化は画一的というのも不自然ではある。いずれにせよ、実験してみる価値はあるだろうという話になった。
そのまま、話題は今週あった事へと移っていく。ラインハルト達がパーティを組み始めたのはてっきりクマゴロー辺りの差し金だと思っていたのだが、二人も知らなかったらしい。これは少々驚いた。いずれにせよ、自分達で考えてパーティを組んだならそれは歓迎すべき事態であり、助けを求められない限りは余計な手出しはしないでおこうというのが共通見解となった。
後は、やはり大きなトピックとしてはレベルドレインの存在だろう。スーホとクマゴローはプロだけあってリアルでの露出も多く、成人男性である事はわかっているのでこの手の話題を振るにもあまり抵抗がない。やはりAP取得は二人にとっても見過ごせなかったようで、興味はあるようだ。ただ、プロ活動をしている都合上、イメージ戦略との兼ね合いもあるので、利用するかどうかは微妙らしいが。
一応、故郷は別の街であり、もしかしたらそちらにはまた別の施設もあるかも知れないという話はしておいたので、どうしてもAPが欲しいならデビルマウンテンを目指して貰う事になるだろう。名前こそラストダンジョンっぽいが、鉱山街との取引もあるそうなので、目指すだけで刺客が送られてくる様な事もあるまい。
「あー、それと、昨日のうちにジョージさん達を鉱山街までキャリーしておいたんで、鉄鉱石が手に入ってるはずだ。スーホ用の装備も、何とかなるかも知れん」
「おお、それはありがたい!」
ついでに、ジョージ達のキャリーに関しても報告しておく。スーホのランス修理をジョージが受けたと言っていたので、遅かれ早かれ知る事にはなったろうが、別に早くて困る事もない。
ボス討伐についても聞かれたので、話して置いた。クマゴローは、「【採掘】の代わりに【捕食】を使う」というアイデア自体はあったらしく、先を越されて悔しそうだった。少し、気分が良い。気分が良いついでに、ボスドロップのゴーレム核も見せびらかしておく。
「ふーん、これがゴーレムの核か。もう少し大きいかと思ってたんだけど、そうでもないみたいだね。
ところで、ゴーレムのドロップアイテムって、クズ鉱石とこれだけ?」
「【狩猟】で取れるのはこれだけだな。もしかしたら別枠でSレアがあるのかも知れんが、俺は手に入れてない」
オズが質問に答えると、クマゴローは何か考え込んでいるようだった。
しばらく言うか迷っていたようだが、彼の中で何らかの決着が付いたらしく、口を開く。
「……これってさ、言ってしまえばゴーレムの『内臓』ってことになるんじゃないかな?」
「あん? ……あ、あーあー、言われてみれば、確かに」
一瞬、クマゴローが何を言いたいのか分からなかったが、すぐに思い至る。クズ鉱石で腹が膨れると言う事は、ゲームシステム的にはオズにとって鉱石も食糧の扱いである。であれば、ゴーレム核もまた食糧扱いな可能性はあるし、もっと言ってしまえば【捕食】でアビリティが変化する可能性も無くは無い。
肉食獣としてはあるまじき食生活な気もするが、無機物を消化吸収しているのに今更と言えば今更だ。別にゴーレム核自体はそこまで惜しむ様なアイテムでもないので、実験のためにそのまま飲み込む。
「あ、【鱗】ってアビリティ覚えたな」
「いや、【鱗】自体は敵の攻撃食らってればその内覚える筈だぞ。むしろ、今まで覚えてなかった事に驚きなんだが。
あと、注文の品、おまっとさん」
「マジかよ、いただきます」
【鱗】はレベルに応じて物理/魔法防御が上昇する種族アビリティだった。恐らくは、防具を殆ど装備出来ない竜裔が、この先オワタ式にならないためのものと思われる。その後のゲッコーの報告はショックだったが。
オズとて何度も死に戻りはしているし、敵の攻撃もかなり食らっている筈だ。取得条件を今まで満たしていなかったというのは、あまり考えにくいと思うのだが。まあ、覚えていなかった物は仕方が無いので、この機に覚えられたのはラッキーだったと思う事にしよう。正直、思い悩んでも良い事は多分ない。
ゴーレム核を食って覚えられるアビリティは【鱗】で正解なのか、もしくは「アビリティが変化する」という特性上、変化元が未習得のアビリティだった場合補填する事になっているのか分からないが、手元にゴーレム核は無いので確認も出来ない。とりあえず、明日にでも試せば良いだろう。
「さて、折角だし、パーティ組んで狩りでも行かない? このアバターも久しぶりだし、話してばっかりってのもね」
「まあ、構わんが。山と森、どっちにする?」
「キリ達が森に行ってるなら、俺達は山で良いんじゃないか」
クマゴローの提案を二つ返事で了承する。どのみちソロでの攻略は行き詰まっていたので、他人と組むのも気分転換には良いだろう。
スーホの言で行き先もアッサリ決まる。まあ、余計な手出しをしないという取り決めをした直後にバッタリ鉢合わせと言うのも気まずいので、それ以外に選択肢も無いが。
なし崩しでオズをリーダーにパーティを組み、ゲッコーに代金を払って店を後にした。




