ゲームの中でも資本主義は強い
鉱山街のもう一つの出口から出た先は、やはり山道だった。
鉱山へと続いているためか、砂利を敷き詰め整備されているので非常に歩きやすい。ダンジョンっぽくは無いが、未知の敵相手に足場の心配をしなくて良いのはありがたい。
鉱山街で聞いた話によれば、こちらの道には鉱山で働いている鉱員ロボット達が襲ってくるらしい。どういう仕組みかは知らないが、彼等は普段は真面目に仕事をしているのだが一定の割合でサボる者が出始め、また夜になると仕事を止めてしまうらしい。そして、手の空いた者は適当に通行人を襲い始めるらしい。
なんでそんな危険な物を使っているんだと問えば、「便利だから」という身も蓋もない答えが返ってきた。日のある内は一定の能率で仕事はするし、飲まず食わずで働くので維持費も人間に比べれば安く済む。それに、顔見知りの鉱員には襲いかからないそうなので、そこまで深刻な被害というのもそうそう起きないそうだ。
取り返しの付かない事態になるまで危険が放置されるのは、現実もゲームもあまり変わりがないらしい。
襲いかかってきたロボットを破壊しても罪には問われないとの事だったので、まあゲーム的な都合だろうと見切りを付ける。あまり重箱の隅をつついても、ゲームが面白くなる訳では無い。
あまり事前情報を集めても楽しみが減るので、あまり詳細については聞いてこなかったのだが、来夢月あたりは興味を示すかも知れない。
しばらく道を進んでいると、やがて前方からガタゴトという音が聞こえてきた。なにやら、砂利道の上を台車のような物がこちらに向かってきているようだ。早速、おいでなすったらしい。
相手の進行速度が速かったので、その場で迎え撃つ姿勢を整える。程なくして、ソイツらは現れた。
第一印象としては、大きめのトロッコに乗ったブリキ人形達である。実際には地面にレールは敷かれていないので、トロッコでは無く台車の類なのだろうが。ブリキの木こりにツルハシを持たせたようなビジュアルのロボット達が乗り込んでおり、その後ろでなにやらダルマストーブの様な物が煙突から煙を吹いているのが見える。
スチームパンクなのか魔法科学なのかイマイチ判別が付かないが、まあ殴る分にはどちらでも良い。向こうは向こうで、オズを轢き殺さんばかりの勢いで突っ込んできているので、遠慮する理由も無い。心置きなく戦闘を開始する事にした。
先手を取ったのはロボット達の方だった。ダルマストーブが、火の玉のような物を飛ばしてくる。慌てて《ウォーターヴェール》を張るが、それだけで防ぐ事は出来ず何発か貰ってしまった。火の玉の速度はそれほどでも無いのだが、数が多いため全てを回避するのは困難だ。
火の玉のダメージは思ったより大きい。1発2発でピンチになるような事は無いが、食らい続ければその限りではない。受け身に回れば不利だと判断し、こちらから攻める事にした。
走り回るトロッコの側面を、ぶん殴って横転させる。スピードと見た目の重量から、正面衝突すればオズでも危ないと思われるが、それだけに横からの力には弱いらしい。トロッコから投げ出されたダルマストーブを踏み潰す。そもそも急所などあるかも分からない見た目をしているので、とりあえず炉の部分を思い切り踏んづけたのだが、意外とあっさり潰れた。
こちらに攻撃しようとツルハシを振り上げたブリキ人形を殴れば、こちらも2、3発で動かなくなる。どうやら、耐久力は森の昆虫と同程度か少し低いくらいらしい。
ただ、数は明らかにこちらの方が多い。1台のトロッコを引き倒す内に、敵が2台増えているような塩梅だ。オズを取り囲むようにグルグルと走り回り、それこそ雨の如く火の玉を降らせてくる。見た目こそレトロフューチャーだが、やってる事は世紀末のモヒカンと変わらない。
とにかく、守勢に回ればジリ貧になるのは目に見えているため、とにかくトロッコを止める事を最優先する。敵の残骸をぶつけて勢いを殺し、横から引きずり倒したり車輪をぶん殴ったりして、機動性を殺す。足を止めたら、ダルマストーブを潰して火の玉の数を減らす事を最優先に。
ブリキ人形は大型種族のオズに対してツルハシで立ち向かう愚を悟ったのか、何やら瓶を投げてくる。避けきれずに数発貰うと、中の液体がオズに降りかかった。特にダメージや状態異常に掛かる事は無かったので正体不明だったのだが、火の玉を食らった際にそれは明らかになる。
「よりにもよって、油かよ畜生が!」
これまで、火の玉はオズか地面に当たればその時点で消えていたのだが、液体のかかった部分は火が燃え盛ったままだ。これが本当に厄介で、体が焼かれ続ければ当然継続ダメージが入るし、地面に燃える炎は一種のダメージゾーン扱いらしく、こちらもダメージを食らうか行動範囲を狭めるかの選択を迫られる。
一応、【水魔法】で大量の水をかけてやれば火は消えるのだが、引っ切り無しに瓶と火の玉が飛んでくるため、それこそ焼け石に水だ。また、魔法は発動の際にスキル名を唱える必要があるため、その瞬間に【調息】が途切れる。多用すれば、その分だけMPに余裕が無くなる。
油瓶はクズ鉱石を投げつけて迎撃する事も出来るが、結局中身の油は地面にぶちまけられるので、直接食らうよりはマシ程度でしかない。火の玉はこれまた【水魔法】か【氷魔法】で迎撃すれば消せるのだが、リキャストタイムとMPの関係で、全てを消すのは不可能だ。
そうこうしている間にも、敵はドンドン増えていく。結局は増えすぎた敵からの火の玉を躱す事が出来ず、一面の火の海の中でHPを削られて死に戻ったのだった。
「あー、くそ。流石に、調子に乗りすぎたか」
リスポンして戻ってきたホームのベッドで、悪態を吐く。
ソロで初見の敵に対して事前情報無しで挑めば、こうなるのは当然ではある。ただ、当然だからと言って悔しくない訳では無い。リベンジはしたいが、さてあの物量に対抗するとなると、オズ一人では荷が重いのも事実だ。
相手の強みは、物量とそれを活かした弾幕だ。火の玉の速度は決して速くはないが、あの量が降ってくるとなると逆にそれが強みになる。辺り一面を絨毯爆撃するかの様に火の玉を飛ばされれば、逃げ場所は無くなるのだ。また、どうしても火の玉に気を取られがちになるので、油瓶に気付くのが遅れやすいのも厄介な点の一つだった。
地面の火も消化しなければその内フィールド全体がバーベキューのコンロと化す訳で、対処しない訳にも行かない。どうにも、単純に手が足りないのだ。
「範囲魔法…… いや、仕様が分からんし、MP足りないのには変わらないか。
遠距離攻撃を覚えようにも、武器は使えんしなぁ……」
その為に考えられるアビリティを上げていく物の、どれも実現性に乏しい。範囲魔法の詳しい仕様は聞いていないため分からないが、少なくとも単体魔法より消費MPが多いのは確かだろう。ブリキ人形やストーブは明らかに鉄製だったから、魔法攻撃が効くとも思えない。火の玉を潰すだけの為に魔法を使っていれば、結局はジリ貧だ。
では相手の殲滅速度を上げるために強力な飛び道具といきたい所だが、竜裔の特徴として武器は装備出来ない。【投擲】は既に取得しているので、手っ取り早く強力な遠距離攻撃を覚える手段というのも無いのだった。
どうにも、手詰まり感がある。そもそも、MMORPGというのはパーティで攻略する事を前提として作られているので、ソロで進もうというのが無茶ではあるのだ。ただ、短時間ではあるが鉱山街を見て回った限りでは、プレイヤーらしき人影は殆ど居なかった。野良パーティを組むのは難しいだろう。
ラインハルト達を誘えば来てもらう事は可能だろうが、折角オズの手を離れてパーティを組み始めたのだ。あまり頻繁に誘うのも、邪魔をしているようで気が引ける。生産組のジョージ夫妻を誘うのは論外だし、現時点では鉱山への道の攻略目処は立たないのだった。
「そういや、この状態じゃ金策も無理だな」
デスペナルティでバッドステータスが付いて居るので、森3での金策は不可能だ。
一応、勝つのが無理と分かった時点でロボット達の残骸をアイテムバッグに詰め込んだので、ロストして尚バッグの中には大量の部品類が入っている。パーツの大半は鉄製っぽいので、売れば幾ばくかの金にはなるだろうが、それで娼館の代金に届くかは未知数だ。
どうせなら、金策を終えてから新フィールドを見に行くべきだったと後悔するが、今となっては後の祭りである。
とりあえずは、バッグの中の部品を換金するために家を出たのだった。
「おや、昨日ぶり」
「おう、来夢月か」
家を出た所で、何処からか戻ってきたらしい来夢月と出くわした。今日は、よくよく人と会う日だなと思ったが、まあ近所に住んでいるのだからこういう事もあるだろう。
「なにか、新情報があれば買うよ」
「流石に、昨日の今日で新情報出せるほど大冒険もしてないぞ。精々、鉱山街の先で焼け死んだ程度だ」
「君は知らないかも知れないけど、世間じゃそういうのを『新情報』って言うんだよ?」
そうは言っても、来夢月と来夢翠は日曜の時点で鉱山街へと踏み入っているので、その先のフィールドへも行こうと思えば行けるはずだ。特に、来夢翠は準攻略組に居るのだから、オズより先に行っていても不思議では無い。
そんな有益な情報を落とせるとも思えなかったのだが、特に急ぎの予定も無いので、誘われるままに来夢邸にお邪魔する。
「あら、オズさん。いらっしゃい」
「おう、来夢翠も居たのか。お邪魔します」
家の中に、来夢翠も居た。パーティメンバーの一人が都合が付かなかったため、今日は情報屋稼業の方を優先していたそうだ。
別に隠すような事でも無いので、今日あったことを順に話していく。ゾフィーと山へ出掛けた事。ふと思い立ってボスと再戦してみた事。多少予定外はあった物の、ボスを劫掠できた事。ジョージ夫妻に頼まれ、鉱山街にキャリーした事。その先のフィールドでロボット達の物量に押しつぶされ、ついさっき死に戻った事…… まあ、そこまで大した話でも無い。
「それにしても、よく石のゴーレムを食おうと思ったね」
「ま、その為だけに【採掘】取るのも微妙だしな。一応、それでも駄目そうなら、腹の中心まで腕突っ込んで核を引きずり出す案もあったんだが、使わずに済んで良かったよ。
つーか、来夢翠のパーティは鉱山街まで行ってるんじゃないのか?」
「ええ。感想戦での予想通り、ゴーレム相手に【採掘】が有効だったので、月曜には鉱山街へと到達しています。
ただ、その先のフィールドに関しては、オズさん同様、物量に対抗出来ずに死に戻っていますが」
「マジかよ」
確か、来夢翠のパーティは6人居たはずだ。その人数でも物量に対抗出来ないというのは、少々予想外だった。一つのパーティには8人まで参加出来るが、フルメンバーのパーティというのはあまり多くない。大抵の場合、5~7名でパーティを組むのが一般的で、6名というのは決して少ない訳ではないのだ。
準攻略組ともなれば、前衛は中級者である事が多い。その面子で勝てないとなれば、初級者が多い一般人のパーティでは突破は不可能に近い。にわかには信じがたい情報ではある。
来夢翠が、補足するように続ける。
「ウチのパーティは、前衛が剣士で斬属性の攻撃がメインなので、ロボット達にはイマイチ有効で無かったようで。
魔法もそちらの想像通り効きが悪いので、どうにも相性が悪かった感はあります」
「MMORPGだと、前衛は斬打突の属性は一通り揃えるのがメジャーじゃなかったか?」
「物資不足のお陰で、ロクな武器が手に入りませんでしたからねぇ。オークやカラス相手には剣の方が有効だったのもあって、育てるのが遅れたと言うのはあります」
言われてみれば、殆ど防具を装備していないオークや、空を飛ぶカラスと蝙蝠を相手にするなら鈍器よりも刃物の方が有効だろう。一通りの攻撃方法を揃えるのが理想型とは言え、常にそれが出来るとは限らない。
オズ自身は、オーク相手に色々試している途中で【打技】や【尾技】のレベルが上がっていたのだが、誰もが平均的にアビリティレベルを上げている訳では無いと言う事だ。
その後も情報交換を行ったのだが、どうも鉱山街の市役所では壊れたロボットのリサイクル的な事を行っているらしく、ドロップアイテムをそれなりの値段で引き取って貰えるとの事だった。納品依頼扱いでAPも貰えるそうなので、そちらに卸せばそこそこの稼ぎには成るだろうとの事。
思わぬ情報に一縷の望みを見出していると、来夢翠は何でもないように話を続ける。
「ところで、『レベルドレイン』というお店の情報も、出来れば詳細を戴きたいのですけど」
「……来夢月、お前んとこの夫婦ってそんな事まで話すの?」
「いや、まあ…… カミさんに隠し事も出来ないしね」
「正直に言ってしまえば、攻略組は常にAP不足に悩まされていますから。この情報は、高値が見込めるんですよ」
ゲームの仕様上、アビリティの数は取り得る戦術やステータスに直に影響する。特に、初期は必要となるアビリティをいかに早く揃えるかというのも問われるので、AP取得方法に関する情報の需要が高いというのは、納得出来る話ではあるのだ。
女性である来夢翠に、娼館の話をするというのは罰ゲームに近い感覚ではあるが、事情を知った上で情報提供を求められたなら、隠す理由もあまりない。どうせ、話していないのは店の位置と値段くらいの物なので、とりあえず知っている事を話しておいた。
「あー、そう言えば。未確認情報ではあるが、昨日話題に上がった娼婦の故郷、もしかしたら分かったかも知れん」
「へぇ。どこなんだい?」
「鉱山街からの出口が二つある内、坑道へ向かうのとは別側の出口から先へ行った所に、『デビルマウンテン』っつー場所があるらしい。
NPCの話だと悪魔族が住んでるって話だから、可能性は高いんじゃないかな」
「……ちょっと待って。今、悪魔って言ったかい?」
「ん、ああ。娼婦の一人が自分の事を小悪魔って言ってたから、多分無関係じゃないと思うんだが」
「……その話は、もう少し早く聞きたかったなぁ」
来夢夫妻が、盛大に溜息をつく。
聞けば、どうにも悪魔と言うのはこのゲームのストーリーに大きく関わる存在であるそうだ。
この世界の神話だと、遙か昔に善と悪の神様が争っていて、悪魔は悪の神様側の勢力だったらしい。だが、ある日悪魔達はそれまで従っていた悪の神様を裏切り、それが切っ掛けとなって世界はシッチャカメッチャカになったそうだ。
そう言えば、コリーも「呪いというのは『悪魔の力』だ」みたいな事を言っていた。何か忘れていると思ったが、来夢夫妻の話を聞いている内にふと思い出したのだった。神話とやらにどこまで信憑性があるかは分からないが、こういったゲームで単にフレーバーの為だけに神話を用意するとも考えにくいので、何らかの意味はあるのだろう。
ついでに、もう一つ思い出した事があったので、忘れないうちに報告しておく。
「そういや、これもNPCからの情報なんだが。このゲーム、レベル30でクラスチェンジらしいぞ」
「……君さぁ、定期的に僕ん所に爆弾投げ込まないと死ぬ病でも罹ってるのかい?」
酷い言われようだった。
クラスチェンジに関しては鉱山街からのNPCからも聞けるので、そちらに関しては、単に来夢翠達のリサーチ不足である。
娼館でカードを作り、スタンプを集めれば加護が貰えるという話をすると、「是非、追加情報が欲しい」と言う事で軍資金を渡されてしまった。このゲームでは見た事も無い大金に、すこし戦慄する。客観的に見れば来夢夫妻に金を貰って風俗に通う訳で、大分情けない状況ではあるが、ありがたいのは確かだ。
この際、チンケなプライドは心のゴミ箱に捨て去って、早速その足でレベルドレインへと向かったのだった。




