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需要と供給は大抵一致しない

 鉱山街に入ってすぐ、ゾフィーにラインハルト達からのお誘いが入ったため、急遽ポータル経由でスータットへ引き返す事になった。

 その場で別れても良かったのだが、ジョージ夫妻にキャリーの事を報告する用事もあったので、オズも一緒にスータットへと戻ってきている。生産職ではない上に装備も必要としないオズにとって、鉱山街はそこまで見て回りたい場所でもない。


「たっだいまー」

「あら、お帰りなさい。ワル君も、いらっしゃい」

「お邪魔します」


 家に着くと、マルガレーテが出迎えてくれた。

 ゾフィーは、さっそく先程手に入れたゴーレムの核を見せびらかしている。余程嬉しかったのだろうか。あそこまで喜ばれると、逆に申し訳ない気になってくる。

 なにやら話し込んでいたようだが、最終的にゴーレム核はマルガレーテの手に渡る。恐らくは、アクセサリにでも加工されるのだろう。どんな物になるのか、オズには想像出来ないが。

 ゾフィーはそのままラインハルトと連れ立って出掛けていき、家にはジョージ夫妻とオズだけが残される。マルガレーテが、ジロリとこちらを睨み付けてきた。


「あのね。あの子と遊んでくれるのはありがたいけど、あんまり高価な物をポンポン与えないで頂戴な」

「いや、あれ日曜に戦ったゴーレムのドロップアイテムだから、そこまで良いモノでもないんだけど……」

「あら、そうなの?」


 どうやら、本物の宝石の類と勘違いされたらしい。まあ、ゲームに慣れてないなら、仕方の無い部分もあるかも知れないが。

 とりあえず、山に行ってゴーレムと戦った事を簡単に報告する。「石鎧を食って剥がした」と聞いて夫妻は微妙な顔をしていたが、まあゲームの中だと言う事で何とか納得してくれた。鉱山街へ行く算段も付いたので、キャリーが必要なら言ってくれと伝えると、それまで黙って聞いていたジョージが口を開く。


「急で申し訳ないが、今から鉱山街まで運んで貰う事は可能だろうか?」

「まあ、構いませんが。そんなに急ぐんですか?」

「それが……」


 ジョージは、どちらかと言えば事前の準備をキッチリとしてから事に当たる派だ。キャリー可能になったからと言って、即行動というのは珍しい。何か事情があるのかと聞いてみれば、特に隠すような事でもないらしく、説明してくれた。

 それによれば、プレイヤー内での鉄不足が、いよいよ深刻な所まで来ているとの事。攻略組が先に進んだ事で新しい武器への需要が高まったのと、既存の装備を修復するにもある程度は素材が必要な事から、スータットの鉄は底を突いている状態だそうだ。

 一部のプレイヤーはそれこそ既製品を鋳溶かして鉄を得ているそうだが、当たり前の話だがNPCはそんな事をさせるために商品を売った訳ではない。その辺の摩擦も深刻化しつつあり、生産組のジョージ夫妻としても鉄の入手は喫緊の課題であるらしい。


「ワルト君に貰ったパイプも、スーホ君のランス修理で使い果たしてしまってな。幸い、子供達の装備には金属を殆ど使わないので、そちらは何とかなっているのだが」

「そういう事情であれば、確かに早い方が良さそうですね。じゃ、そちらの準備が出来たら、出発しますか」


 装備の必要無いオズにはピンと来ない話だが、生産組のジョージ夫妻にとって深刻な状況だというのは理解した。どのみち、遅かれ早かれキャリーは行うつもりであったし、断る理由もない。

 スータットで鉄が不足していると言う事は、ゴーレムを討伐した攻略組はあまり積極的に鉄の供給を行っていないらしい。今のうちに職人の囲い込みを行う腹積もりなのか、はたまた別の理由があるのか知らないが、いずれにせよ一般プレイヤーにとってはあまり良い状況ではないようだ。

 そんな事を考えながら、準備を始めるジョージ夫妻をノンビリ眺めていた。



 ギミックの割れたボスの相手など、最早作業でしかない。タコナイトゴーレム討伐は、特に見所も無く終わった。

 少人数でボスを撃破しているので経験値的にはそれなりに美味しく、オズのレベルも17まで上がっている。時間効率的には、森でカナブンの相手をしているのとそう変わらない。蝉が居ない事を考えれば、むしろ安定してるとさえ言えるだろう。

 崩れ落ちたゴーレムに近付き、クズ鉱石を持てる限りアイテムバッグに詰めていく。クズ鉱石の相場を知っているマルガレーテが、呆れたように話しかけてきた。


「アンタ、そんなにお金に困ってるの?」

「いや、これは単に、投げて攻撃するのに丁度良いから集めてるだけ。あと、確かここら辺に…… あった」

「あら、ゾフィーが持ってたのと同じものね」


 石に埋もれていたゴーレム核を拾い上げ、ジョージ夫妻に見せる。やはり、【狩猟】があればいくらでも手に入る類のアイテムらしい。

 事前の取り決めで、ドロップアイテムは全てオズが貰って良い事になっている。一応、ジョージ夫妻に要るか聞いてみたのだが、相場も分からないので買い取れないとの事だった。あと、鉱山街で鉄を仕入れるために、なるべく現金は残しておきたいそうだ。

 無理強いするような物でも無いので、とりあえずゴーレム核は取っておく事にして、鉱石集めを再開する。作業を眺めていたジョージが、思い出したように口を開いた。


「そう言えば、ワルト君はまだ石コロを持っているか?」

「そらまあ、蝙蝠相手にバラ撒く程度には持ってますが」

「ゾフィーの石鏃を作るのに使うので、譲って欲しいのだが。勿論、対価は払う」


 石コロも雑草と同じく、【鑑定】することで黒曜石などの半貴石が手に入るそうだ。あまり高価な物は混じっていないそうだが、それでも鏃などに加工すれば有用な物もあるそうで、集めているらしい。

 【投擲】で使うならクズ鉱石の方が若干威力が高いのもあって、石コロを惜しむ理由も無い。後ほど家に届ける事を約束し、そのまま鉱山街へと足を踏み入れる。

 夜だというのに、鉱山街は活気が溢れていた。一瞬、プレイヤーが押し寄せているのかと思ったが、道行く人達の格好を見るに、恐らくは大半がNPCと思われる人達だった。てっきり攻略組と準攻略組でごった返しているかと思ったので、いささか拍子抜けする。

 鉱山街というだけあって、通りには仕事を終えた鉱夫と思しきNPCが多い。雑多な賑わいに混じって、そこかしこから鉄を打つ音も聞こえてくる。鍛冶士達は、こんな時間でもまだ仕事をしているらしい。


「夜だってのに、この街のNPCは随分勤勉ですな」

「そもそも、鍛冶は夜にやる方が効率的だからな。恐らく、その辺を再現しているのだろう」

「そうなんですか?」


 ジョージの説明によれば、物体は1000℃近くまで熱すると赤く光るようになり、この光は温度によって色が変わる。これは黒体放射という現象で、現実世界でも全く同じ事が起きるそうだ。

 で、鍛冶職人というのはこの放射を見て鉄の温度を測るので、暗い所で作業をするのが当たり前らしい。赤外線温度計が一般化した現代社会にあっても、目視で鉄の温度を確認している職人は多いらしく、そういった方々はやはり炉と鉄しか灯りが無いような場所で作業しているそうだ。

 オズには計り知れない世界というのが、世の中にはいくつも存在しているのだった。

 ジョージ夫妻はこのまま市場を見て回るという事だったので、そこで別れた。オズも街を見て回るのは一緒だが、目的は市場ではなく次のフィールドへの出口であるので、一緒に行動するとお互い時間が無駄になる。

 街の案内板を見る限り、次のフィールドへの出口は2つあるらしい。片方は、方角から見て樹精の森方面へ向かう出口。そのまま森へ出るのか、森から出た辺りで合流するのかは分からないが、こっちが順路扱いらしく、案内板にも行き方が分かりやすく示されている。道の途中で、鉱山へも出られるらしい。

 もう片方は、このまま山の奥側へと続く出口だ。案内板に門がある事は示されているのだが、あまり踏み入って欲しくない方面らしく、その先に何があるのかも書かれていない。隠されると暴きたくなるのがゲーマーの常で、ひとまずそちらへ向かう事にした。

 一応は街の出入り口と言う事で、そこへ続く道も整備されており迷う事なく門へ辿り着く事は出来た。ただ、夜だからなのか門は固く閉ざされており、門番らしき衛兵さんが壁の上に数人立っているだけである。なんとなく、ガッカリした気分になる。

 門番の内一人が突っ立ってるオズを見咎めて、話しかけてきた。


「おい、アンタ。こっちは灰人の道へと出る門だ。用がないなら、あまりうろつかんでくれ」

「あー、いや。門があるんで、外へ出られないかと思ったんですが。開いてないなら、出直す事にします。

ところで、この門って何時まで開いてるとか、ありますかね?」

「基本的に、夕方に暗くなり始めたら門は閉める決まりになっている。こっちのモンスターは強いんで、万が一にでも街に入ると、被害が大きいんでな。

里帰りしたいなら、日の高い内に来てくれ」

「里帰り?」


 一瞬、何を言われているのか分からなくて困惑する。門番が不審な目を向けて来た所で、ようやく自分がトカゲである事を思いだした。

 「スンマセン、自分、異邦人(プレイヤー)です」と説明すると、それで門番も納得してくれたらしく、説明してくれた。


「この灰人の道は、デビルマウンテンへと通じていてな。そこを通り抜けて更に行くと、アンタの同族達が住む裏切りの荒野へと行けるらしい。俺も実際に行った事は無いんで、伝聞だがな」

「はぁ、ありがとうございます。それにしても、デビルマウンテンとはまた仰々しい名前ですな」

「実際には、悪魔族が住んでるってだけだけどな。この街とも、行商人を通じて細々とした取引はあるよ。もっとも、迷信深い年寄りなんかは嫌ってるし、そうで無くともあまりいい顔はされないが」


 悪魔、と聞いて娼館の店長やデシレを思い出す。確かデシレは自分の事を小悪魔と言っていたから、無関係ではないだろう。意外と近くに故郷があったようだ。まあ、そうでなくては出稼ぎにも来れないだろうが。

 デシレが外を出歩くときにフードで顔を隠しているのは、てっきり娼婦をやっているからだと思っていたのだが、どうもそれだけでは無いらしい。まあ、悪魔と聞いて良いイメージが浮かぶプレイヤーも居ないだろうし、世界観的にもそちらに寄せて種族の評価が設定されているのだろうが。

 悪魔という単語でもう一つ思い出しかけた事があったのだが、喉元まで出掛かった所で消えてしまった。何となくスッキリしない気分ながら、今は重要では無かろうと見切りを付けて質問を続ける。


「この先の道って、推奨レベルとかって教えて貰えますかね?」

「門番としちゃ、レベルがいくつであっても用がない限りは行かない事を強く推奨したいんだがな。

ま、そんな事を言っても無駄だろうから一応教えとくと、少なくともレベル30になってクラスチェンジするまでは、自殺行為だな」


 つまり、この先の道へ行けば、クラスチェンジ後に戦うような敵と出会えるらしい。良い事を聞いた。

 土曜日の予定の最優先事項にこの事を刻みつつ、門番さんにお礼を言ってその場を後にした。

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