ゴーレムリベンジ
体の中に降りる夜露の感触の感触で、ログインした事を知覚する。
そろそろ見慣れたホームのベッドの上で、オズは目を覚ました。基本的に持ちきれないアイテムを保存するかログアウトするのにしか使っていないので、部屋の中も殺風景である。借家であるし、あまり弄っても引っ越しの際に困るだけだが。
メニューを開いて、レベルが1になり、アビリティも大半が封印されていることを確認する。正直、これだけでニヤニヤが止まらない。蝙蝠に投げつける為の石コロを多めに持って、家を出る。
今日も今日とてポータル経由で山へ行こうと歩き出した所で、隣家から出てきたゾフィーと鉢合わせした。向こうも予想外だったらしく、少し驚いた顔をしている。
「あ、オッさんだ。ウーッス」
「ウーッス」
「丁度良かった。教えて欲しい事があんだけど」
「おう、何だ? オッさんの教えられることなら、教えるが」
ゾフィーの言葉に気前良く応える。彼女はVRゲームを始めたばかりで、今は何をやってもゲームが面白い時期だ。興味のあることにはドンドン手を伸ばした方が、成長も早かろう。山に行くのは遅くなるが、そう大した事でも無い。
ゾフィーからの質問は少々意外なものだった。
「指示出しについて、教えて欲しいんだけど」
「指示出し? まあ、構わんが」
てっきり『三種の神器』あたりを習いたいのかと思っていたので、虚を突かれた形になる。まあ、ラインハルト達とパーティを組むに当たって、早急に必要なのは三種の神器よりも指示出し要員なので、妥当ではあるのだが。
ただ、他人に指示を出すというのはある程度VRMMOの定石を知っている事が必要条件で、ゲームを始めて2週間足らずのゾフィーには荷が重いのも事実だ。やる気があるのは良いことだが、それだけで埋まらないものもある。その辺も含めた話をするとなると、そこそこ時間が掛かる。
少し考えたあと、まあその程度ならオーク相手に練習しながらでも大丈夫だろうということで、ゾフィーを伴って山へ行くことにした。
ポータルを使えば、山へはすぐ着く。ゾフィーを騎乗させながら、オークを求めて進む。いつもは鬱陶しいくらい集ってくる蝙蝠は、レベル20のゾフィーに恐れを成して近付いてこない。中々に気分が良い。
【乗騎】アビリティも封印しているのでゾフィーには辛いかと思ったのだが、「前よりも乗り心地が良くなった」と言われ、少し嬉しくなる。
オズの基本スタイルは古武術系の動きのチャンポンである。とは言え、他のVR格ゲーからパクっただけなので、リアルで古武術を修めた人間からすれば噴飯物だろうが。まあとにかく、武術の歩法には重心のブレを無くす物が多いので、「乗り心地が良くなってる」と言うのはここ数日の練習の成果が出ているということだ。決して、オズが乗り物としてランクアップした訳ではない。
そんなこんなでオークを発見し、一つ一つの動きを確認しながら、ゾフィーへの講義を開始する。
「まず、何で指示出し役が必要か分かるか?」
「わかんない」
「そっからか……」
極論してしまえば、パーティメンバーが全員お互いの動きを逐一把握できているなら、指示出しと言うのは必要無い。「誰がどこへどう動くか」を全員が分かっているなら、「指示を受ける」というプロセスは邪魔にしかならないからだ。ただ、当たり前だがプレイヤーはエスパーでは無いので、互いの心の内を読み取れたりはしない。
また、現実的に、敵と戦っているとそちらに意識を持って行かれやすいため、その分だけ他メンバーの状況把握が出来なくなる事も多い。タンクが指示出し役に向かないのは、その辺も関係している。
「例えば、カブータスだな」
「ブーちゃん?」
「そう。あの子は役割的に、一番強い敵の相手をする事が多い。そんな状況で、後ろに居る奴等が今どんな感じか把握するのは難しい」
「あー、そっか。よそ見してたら、やられるもんね」
「そういう事だ」
とは言え、後衛のカバーが上手く行かなければ結局戦線は崩壊する訳で、タンクが他メンバーの状況把握を出来ていないというのも、それはそれで良くない状況なのだ。と言う訳で、状況を把握し必要に応じてタンクに必要な動きを教えるのが、指揮官の役目の一つである。
勿論、指示出しが必要となるのはタンクだけではない。ラインハルト達のパーティは何だかんだでカブータス以外の全員が回復魔法を使えるのだが、カブータスの回復が必要になる度に全員が集まるのは非効率だし、かといってお見合いが発生してしまえばカブータスがピンチになる。その時の状況から、「誰が誰に」回復魔法を使うのかという割り振りも、必要だったりする。
「他にも、こないだのゴーレムみたいに情報集めながら攻略しなきゃならん場合は、とりあえずどんな作戦を実行するのか決めたりとか。
ま、そんな感じで、パーティ内で無駄な動きは減らして、必要な動きはちゃんと出来るようにするってのが、指示出し役の役目だな」
「おぉー」
今になってやっと指揮官の重要性を納得したらしく、ゾフィーが感心したような声を出す。まあ、分かって貰えたら何よりだ。
「スカウトが指示出しに向いてないのは何で?」
「スカウトは、その役目上パーティから離れることが多いからだな」
スカウトというのは斥候であり、いち早く危険を察知してパーティに知らせるのが役目だ。その都合上、大抵の場合はパーティメンバーより少し先行して歩くのが一般的である。また、敵を釣り出すときには当然パーティメンバーから物理的に距離を置くし、不意打ち用のアビリティを持っているならそれを活用するために姿を隠す必要も出てくる。
そんな人間に、逐一パーティメンバーの状況を把握しろとか、必要に応じて指示を出せというのはどだい無理な話ではあるのだ。
「ボス戦なんかで、スカウトとパーティメンバーが離れない場面も多いけどな。何にせよ、居たり居なかったりする人間が指示出すと、メンバーは混乱する」
「まあ、だよね」
「つー訳で、指示出しに向いているのは、基本的に他のメンバーの状況を把握しやすい位置に居る人間だ。それが、一般的には後衛職になるって話だな」
勿論、後衛職なら誰でも良いと言う訳ではなく、VRMMOの定石をある程度知っていて、メンバーの状況を把握しそれなりに的確な判断が下せる人間でなければならない。
実の所、昨日は「押し付けは良くない」と言ったオズだが、ラインハルト達のパーティでそれが出来るのはキリカマー一人だろうな、と思っている。来夢眠兎は、どうにも経験不足っぽい面が見られるので、指揮官としては少々危ういのだ。
ただ、キリカマーはキリカマーで他人を引っ張っていくタイプではないので、指揮官を押しつけるのは酷だろうとも思う。なので、パーティメンバーで話し合って決めるように促したのだが。
「ところで、指示出しのコツとかって、あるの?」
「さっきも言ったとおり、パーティ内で無駄を減らして必要な動きを出来るようにするってのが、大前提だな。その為には、ある程度経験を積んで色々覚える必要がある。
あとは、指示出しのコツとして『おかし』なんてのはよく言われるか」
「一緒にお菓子食べて仲良くなろうって事?」
「それはそれで悪くないが、この場合は違う。良い指示ってのは『面白くて、簡単で、シンプル』と言われていて、それの頭文字をとって『おかし』だ」
避難訓練の際の『押さない、駆けない、喋らない』と一緒だ。本当はそれだけでは足りないのだが、それでも必要最低限を分かりやすく表す上では、中々に良く出来た表現だと思う。
「『簡単』と『シンプル』って同じじゃん?」
「『簡単』は、命令された人が簡単にできるかどうか。例えば、来夢眠兎に「素早く動いて敵を攪乱しろ」って言っても無理だし、カブータスに「クワトロガッターを一人で抑え込め」ってのも現状では難しい。そういう指示を出しちゃ駄目だよってこった。
『シンプル』は、相手に伝わりやすい表現で、なるべく短くまとめて指示を出しなさいよって事。指示聞いてる間はメンバーはそっちに注意を払う必要があるから、長々と話してるとそれだけで状況は悪くなる」
「へぇー。じゃ、『面白い』は?」
「『面白く』ってのは、指示聞いてる人間が不愉快にならないかどうか。例えば、ゾフィーだって「お前役に立たないからジッとしてろ」とか言われたら面白くないだろ。
当たり前だけど、パーティメンバーは人間であって将棋の駒じゃないんだから、最低限お互いに配慮は必要だよってこった」
口で言うのは簡単だが、メンバーのモチベーションを保つのはかなり難しい。特に、指揮官が効力を発揮する強敵との戦いにおいては、尚更。
そもそもゲームの面白さなんて人それぞれで、勝利に重きを置く人間も居れば、和気藹々とした雰囲気こそが良いという人間も居る。オズの様に強敵と戦うのが楽しい人間も居るし、そのどれもを満たすと言うのは中々大変だ。
また、敵との相性によっては、活躍出来ないメンバーというのが当然出てくる。そう言ったメンバーには必然的に裏方に回って貰う必要があるのだが、そればかりを続けていればそのメンバーは面白くないし、その辺の調整をどうするのかも考える必要が出てくる。結局は人間関係に帰結するというのは、旧来のMMORPGの頃から変わっていないのだった。
そんな事を話しながらオークを潰していると、いつの間にかレベルも14になっていた。
「ふむ。こっからだと、ボス側のポータルの方が近いか」
とりあえず本日の練習は終了し、ゾフィーへの講義も一段落したので、街へ戻る算段を立てていたのだが。オークと戦う内に、随分と元来たポータルからは離れていた。まあ、こういう日もあるだろう。
封印していたアビリティもしっかり解除し、ボス側のポータルへと歩き出したとき、ふとある事を思い出した。この間の戦闘で死んだので、オズ自身はまだボス討伐を出来ていない。来夢月が動画を上げたのが日曜で、今日が木曜だから、いい加減攻略組もゴーレムを討伐し終えているだろう。再戦には丁度良いタイミングかも知れない。
オズ自身が勝ちたいのも勿論だが、ジョージ夫妻を次の街へ送り届けてやりたいという思いもある。次の街は鉱山街らしいので、武器担当のジョージにはメリットも大きかろう。キャリーをするのはまた後日としても、ボスを倒せる目星は付けておきたい。
騎乗していたゾフィーにその旨を伝える。
「俺は一回ボスと戦ってみようと思うんだが、お前はどうする?」
「作戦とかあるの?」
「一応、考えてる事はある。上手く行くかは分からないんで、今回はそのテストも兼ねる事になるが」
「じゃあ、やる!」
思ったよりノリノリの答えが返ってきた。まあ、基本的に蝙蝠を追い払いながら座学を聞いているだけなので、戦闘に飢えているのだろう。その気持ちはよく分かる。
考えている事があるのも本当で、日曜の感想戦の時には思いついていたアイデアが一つある。あまり使いたい手ではなかったのだが、「じゃあ【採掘】を取得するか」と言われればそれも微妙で、他に良い案もないのでとりあえず検証だけはしてみようと思ったのだ。
ゾフィーとパーティを組んでいる事を確認し、ボスフィールドへと突入する。
ボスは、前回同様タコナイトゴーレムだった。斜めに傾いた砂利のフィールドで、周りの石を巻き込むようにして登場する。ボスを倒すヒントにもなっているので、毎回演出が入るらしい。
「オッさん、作戦は?」
「確かめたい事があるんで、なるべく近付いてから《アーマーピアース》頼む。狙いは、腕か頭で」
「腹じゃなくて?」
「核以外の部分をぶち抜いた後の反応が見たいんで、腹は避けてくれ」
「Ja!」
【鑑定】を使い、ゴーレムのHPが見えるようにする。アビリティレベルが低いのでやたらと時間が掛かったが、これはまあ仕方が無い。
近付いてゴーレムの攻撃を避けつつ、ゾフィーに《アーマーピアース》を撃って貰う。頭を貫通したのでダメージが無いが、これは予想通りだ。オズが注視したのは、弾が貫通した際に飛び散ったゴーレムの石片だった。
石片はパッと飛び散ったのだが、磁石に吸い寄せられるように元の位置へ戻っていく。穴も、すぐに塞がった。どうやら、単純に攻撃するだけでは、ゴーレムの石鎧を剥がす事は出来ないらしい。攻略組が討伐出来なかったのも、この辺の仕様が原因だろう。
で、次が検証だ。ゴーレムの攻撃を誘発し、躱した所で肩の辺りに噛みついた。内部に引き込まれるような感覚があるが、力任せに石を食いちぎる様にして引き剥がす。無理矢理噛み砕いて、飲み込んだ。ダメージは受けたが、レベル11の【竜の胃袋】が仕事をしたのか大した事は無い。
問題なのは、この後だ。オズが食った石は、オズの腹から飛び出して元の位置に戻るような事は無かった。ダーウィン賞ものの自殺をしないで済んだ事に内心ホッとしていると、ゾフィーが呆れたように聞いてくる。
「オッさん、美味い?」
「滅茶苦茶痛くて不味いぞ。ゾフィーも食うか?」
「いらねーよ!」
ペチリと叩かれた。ひとまず、石を食ったダメージは《リーフヒール》で回復しておく。
オズの噛み跡は周囲の石が補填するように埋めて、すぐに目立たなくなる。が、ゴーレムを構成する石の全体量が減った事に変わりはない。
さて、ゴーレム攻略の目処は立った。後は作戦実行あるのみだ。
そこからは、作業に近かった。
ゾフィーがゴーレムを引きつけてくれている間に、とにかくオズが石を食いまくる。最初の内はゾフィーの事を気に掛けて居たのだが、想像以上に彼女が上手くやってくれたので、途中からオズは食事に専念出来た。
まずはゾフィーの安全確保のために両腕を食らいつくし、それから腹回りを削っていく。偶にゴーレムが周囲の石を取り込んで鎧を補充する事もあったが、オズの食い進むスピードの方が早いので問題無い。
ゴーレムを食い進めるにあたって、意外な事に《消化吸収》が役に立った。これまでなった事が無かったのだが、満腹度が100%を超えた状態で食事を続けると、段々気持ち悪くなってくる。満腹度を50%消費する《消化吸収》は、食事を続けるのに丁度良かったのだ。回復量はションボリだったが。
そもそも石を食って満腹度回復するとか石を消化吸収するのって生物としてどうなんだと思わなくも無いが、ゲームの仕様なんだからそこに文句を付けても仕方が無い。
そんな感じでゴーレムのハラミを食いちぎっていると、やがてある物に気付いた。ソレを避けるように、丁寧に周りの石を囓っていく。完全に姿を現した所で、ゾフィーに声を掛けた。
「ゾフィー、ちょっとこれ見てみ」
「何これ? 何のマーク?」
「ヘブライ語でEMETH、真理って意味らしい」
「オッさん、ヘブライ語なんて読めんの?」
「いや、ゲームで何度も見るから、この単語だけ覚えた」
「なーんだ」
半分くらい削れたゴーレムの腹には、赤い光で『תמא』の三文字がクッキリと浮かび上がっていた。発狂モードの時には無かったから、恐らくは通常時のみ現れる仕様なのだろう。
VRゲームに慣れている人間には今更説明する必要も無いのだが、ゾフィーには珍しかろうと説明を続ける。どのみち腕を失ったゴーレムはただ歩いてるだけなので、オズに騎乗してしまえば踏み潰される心配も無いのだ。
「この一番右の文字を削るとMETH、死んだって意味になって、ゴーレムは機能を停止する。ゲームじゃよくある設定だな」
「へー。すげーね」
「折角だから、やってみるか?」
「えっ、良いの!?」
ゾフィーの表情がパッと明るくなる。これまで囮ばかりやらせていたので、このくらいの役得はあって良いだろう。オズはこの先何度でもゴーレムと戦える訳で、別にトドメをあせる必要も無い。
文字を削っても倒せずに発狂モードに移行したときの事を考え、周りの石をもう少し削っておく。少し離れた位置からゾフィーが《アーマーピアース》を放てば、赤い文字はアッサリ削れ、ゴーレムはただの石コロに戻ったように崩れ落ちた。
インフォメーションで、ゴーレムが討伐された旨が告げられる。どうやら、元ネタに忠実なタイプだったらしい。
「やったー!!」
「おう、よかったな」
はしゃぐゾフィーを乗せたまま、ゴーレムの残骸に近付く。役立たずの烙印を押されているクズ鉄鉱石だが、投擲用には良さそうなので確保しておこうと思ったのだ。
大分目減りしていたがそれでも結構な量があり、こりゃ一旦アイテムを整理する必要があるなと思いながらクズ鉱石をアイテムバッグに詰めていると、ふと中から赤い宝石のような物を見つけた。恐らくは、ゴーレムの核だろう。
ゾフィーの握りこぶしくらいの大きさの球体で、発狂時の様なモヤは付いていない。持ったときは少し熱かったが、やがて冷めた。鑑定すると、『低位ゴーレムの核』とある。
ゾフィーがキラキラした目で核を見つめている。
「へー、綺麗だね」
「丁度良いや、お前にやるよ」
「マジ!?」
「今日は頑張ってくれたし、オッさんよりお前の方が似合いそうだしな」
「あんがと、大事にする!」
所詮はRPGの序盤で手に入るアイテムだし、恐らくは【狩猟】があればいくらでも手に入るだろうから、そんな大事にせんでもと思ったが、ゾフィーが嬉しそうなので黙っていた。
女の子だし、宝石への興味も無いよりはあった方が良いだろう。ゴーレム核が宝石なのかは分からないが。
大事そうに石を抱えるゾフィーを乗せて、鉱山街へと足を踏み入れる。
サブタイトルは「METH堕ちゴーレム」と最後まで悩んだのですが、結局は今の形になりました。




